第246話:沖田の結婚
戦火の傷跡も癒え、平和な日常が戻りつつある首都の江戸。
ある晴れた春の日、市中の料亭はかつてないほどの熱気と祝福の空気に包まれる。
病魔を克服し死線を乗り越えた沖田総司と、新徴組の女剣士として戦い抜いた中沢琴の祝言が、ついに執り行われようとしていた。
戦火の傷跡も徐々に癒え、江戸の街には活気と平和な日常が戻りつつあった。
そんなある晴れた春の日、江戸市中にある大きな料亭の広間は、かつてないほどの熱気と祝福の空気に包まれていた。
今日は、沖田総司と中沢琴の祝言の日である。
「総司、似合ってるじゃねぇか」
俺は、控室で羽織袴姿の沖田に声をかけた。
普段の稽古着や、かつてのダンダラ羽織とは違う、黒紋付の正装に身を包んだ沖田は、どこか大人びて見えた。結核の病魔を克服し、死線を乗り越えた彼の顔には、以前のような儚さはなく、力強い生命力が満ちている。
「新八さん、ありがとうございます。でも、なんだか窮屈で……やっぱり剣を振っている方が性に合ってますよ」
沖田は照れくさそうに頭を掻いた。その無邪気な笑顔は、昔と少しも変わっていない。
「馬鹿野郎、今日くらいは大人しくしてろ。お前が主役なんだからな」
俺が笑って背中を叩くと、沖田は「痛いですよ」と苦笑した。
◇
大広間には、新選組そして旧・新徴組の面々がずらりと顔を揃えていた。
上座には、近衛師団長となった近藤勇と、警視総監となった土方歳三が座っている。二人とも、今日は軍服や制服ではなく、立派な紋付袴姿だ。
「新郎新婦、入場!」
司会役を務める原田左之助のよく通る声が響き渡る。
襖が開き、沖田と、白無垢姿の中沢琴がゆっくりと入場してきた。
「おおっ……!」
会場から、感嘆のどよめきが漏れる。
普段は男装で剣を振るい、新徴組の女剣士として恐れられた琴だが、今日の彼女は息を呑むほどに美しかった。真っ白な打掛に身を包み、角隠しから覗く顔はほんのりと赤く染まり、恥じらいを含んで俯いている。
その隣を歩く沖田は、少し緊張した面持ちながらも、しっかりと彼女をエスコートしていた。
二人が高砂の席に着くと、三三九度の盃が交わされた。
厳かな儀式が進む中、俺はふと、琴の親族席に目を向けた。そこには、旧・新徴組の幹部であり、琴の実兄である中沢貞祇の姿があった。
彼もまた、妹の晴れ姿を前に、目を細めて優しく微笑んでいる。動乱の時代を共に戦い抜いた同志として、そして何より家族として、この日を誰よりも喜んでいるのだろう。
「それでは、ご来賓の方々からご祝辞を頂戴いたします。まずは、新郎の長年の盟友であり、上官でもありました、土方歳三様、お願いいたします」
原田の指名を受け、土方がゆっくりと立ち上がった。
彼は、咳払いを一つして、沖田と琴の方を向いた。
「えー、本日は……」
土方は口を開いたが、その声はすでに震えていた。
「総司……お前が、こんな日を迎えるなんてな……」
土方の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
鬼の副長と恐れられ、どんな修羅場でも決して涙を見せなかったあの土方が、子供のように泣きじゃくっている。
「あの、小さかった総司が……病気で、一度は死にかけた総司が……こうして、立派に祝言を挙げて……うっ、ううっ……!」
言葉にならず、土方は顔を覆って号泣し始めた。会場からは、温かい笑い声とすすり泣きが入り混じったような声が漏れる。
「トシ、泣きすぎだ。鼻水が出てるぞ」
隣に座っていた近藤が、苦笑しながら懐紙を差し出した。しかし、近藤自身の目も真っ赤に充血している。
「うるせぇ、近藤さんだって泣いてるじゃねぇか……!」
土方は懐紙をひったくるように受け取り、豪快に鼻をかんだ。
「総司、琴さん。本当におめでとう。琴さん……総司を、頼む。こいつは剣の腕は立つが、生活能力はからきしだからな」
「はい、土方さん。任せてください」
琴が、涙ぐみながらもしっかりと頷いた。
続いて、俺の番が回ってきた。
俺は立ち上がり、二人の前に進み出た。
「総司、琴さん。おめでとう」
俺は、二人の顔を交互に見つめた。
京都での血みどろの戦い。北海道での過酷な日々。そして、本土奪還の激戦。
俺たちは、数え切れないほどの仲間を失い、血の海を渡ってここまで来た。その中で、こうして生き残り、新しい夫婦の門出を祝うことができる。これ以上の喜びがあるだろうか。
「幸せになれよ。お前たちが幸せになるのが、俺たちの……仲間たち全員の願いだ」
俺の言葉に、沖田は深く頷いた。
「新八さん……ありがとうございます。僕たちは絶対に幸せになります」
宴は最高潮に達し、酒が振る舞われ、笑い声が絶えなかった。
藤堂平助が陽気に歌い出し、原田がそれに合わせて手拍子を打つ。斎藤一は相変わらず無口だが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
宴もたけなわとなった頃、沖田が皆の前に進み出た。
彼は、少し照れくさそうに、しかしはっきりとした声で言った。
「皆さん、今日は本当にありがとうございます」
沖田は、隣に立つ琴の手をそっと握った。
「僕は、一度は死を覚悟しました。でも、皆さんが……新八さんが……そして琴さんが、僕を現世に引き留めてくれた。だから、僕はもう、死に急ぐような真似はしません」
沖田の瞳には、かつての剣鬼としての鋭さではなく、未来を見据える穏やかな光が宿っていた。
「僕、長生きします。琴さんと一緒に、おじいちゃんになるまで。そして、皆さんと一緒に、この新しい国がどうなっていくのか、最後まで見届けたいと思います」
その言葉に、会場は一瞬の静寂の後、割れんばかりの温かい拍手に包まれた。
土方がまた泣き出し、近藤が肩を叩いて慰めている。中沢貞祇も、満足そうに頷きながら拍手を送っていた。
俺は、拍手をしながら、窓の外を見た。
江戸の空は、どこまでも高く、澄み渡っている。
俺たちの戦いは終わり、新しい時代が始まったのだ。
沖田と琴の笑顔は、これからの大和共和国の未来を象徴しているかのように、明るく輝いていた。
新選組や旧新徴組の面々が顔を揃える中、美しい二人の姿に会場が沸く。
土方が号泣して祝辞を述べ、新八も激戦を生き抜いた仲間の門出を心から祝福した。
もう死に急ぐ真似はせず共に長生きすると誓う沖田の笑顔は、大和共和国の明るい未来を象徴するように輝いていた。




