第245話:新選組の改組
首都の江戸に、新政府の治安維持を担う警視庁の本庁舎が完成しつつある。
長きにわたり戦い抜いた新選組は、新たな組織へと生まれ変わろうとしていた。
法務大臣の新八が作り上げた法律を現場で執行するため、かつての仲間たちが新しい時代の制服に身を包み動き出す。
大和共和国の首都、江戸。
その中心部、今は静観帝がその御座所を置く「皇居」となった、かつての江戸城の近くに、真新しいレンガ造りの巨大な建物が完成しつつあった。正面玄関には、菊の御紋ではなく、「桜と太陽」をあしらったレリーフが掲げられている。
ここが、新政府の治安維持を担う新たな中枢――「警視庁」の本庁舎であった。
「……どうだ、新八。立派なもんだろう」
真新しい黒の制服に身を包んだ土方歳三が、誇らしげに庁舎を見上げていた。
その制服は、洗練された西洋式のデザインだ。肩には金色の階級章が輝き、腰にはサーベルが提げられている。
「ああ、見事なもんです。これで、あんたも立派な『お役人様』だ」
「馬鹿野郎、俺は現場の人間だ。机にふんぞり返るつもりはねぇよ」
土方は、ニヤリと笑って俺の肩を小突いた。
大和創生戦争が終結し、新政府が発足した今、かつての「新選組」はその役割を終えた。しかし、彼らが雲散霧消することはなかった。
長きにわたり京都の治安を守り抜き、そして北海道から本土奪還まで戦い抜いた彼らの実戦経験と組織力は、新政府にとっても喉から手が出るほど欲しいものであった。
結果として、新選組は二つの組織に分割・改組されることとなった。
一つは、江戸の治安維持を担う警察組織「警視庁」。
そしてもう一つは、静寛帝(和宮様)を護衛する特別部隊「近衛師団」である。
土方は、その類まれなる統率力と実務能力を買われ、初代「警視総監」に就任したのだ。
「江戸の平和は、俺が守る。かつて京都でやったように、いや、それ以上に徹底的にな」
土方の瞳には、かつての「鬼の副長」としての鋭い光が宿っていた。
彼は、フランスの警察制度を参考にしつつ、日本の実情に合わせた近代的な警察組織を作り上げようとしていた。交番制度の導入、指紋捜査の研究、そして何より、法に基づいた厳正な法執行。
法務大臣である俺が作った「法律」を、現場で執行するのが、土方率いる警察なのだ。
「頼みましたよ、トシさん。あんたたちがしっかりしてくれないと、俺の作った法律もただの紙切れになっちまうからな」
「任せておけ。悪党どもには、新しい時代の『法』の恐ろしさを、骨の髄まで教えてやるさ」
◇
一方、皇居(旧江戸城)の奥深く。
静寛の帝の御座所に続く長い廊下を、重厚な足音を響かせて歩く男がいた。
近藤勇である。
彼もまた、土方とは異なる、より装飾的で威厳のある軍服に身を包んでいた。胸には数々の勲章が輝き、その堂々たる体躯は、見る者を圧倒する迫力に満ちている。
「近衛師団長・近藤勇、巡回に異常なし!」
近藤は、御座所の前を警備する近衛兵たちに、野太い声で号令をかけた。
近衛兵たちは、一斉に背筋を伸ばし、敬礼を返す。彼らの多くは、かつて新選組で近藤の下で戦った古参の隊士たちであった。
「ご苦労様です、師団長」
御座所の扉が開き、帝が姿を現した。
近藤は、慌てて片膝をつき、深く頭を下げた。
「はっ! 帝におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「近藤、顔を上げてください。いつも言っているでしょう、そのような堅苦しい挨拶は不要だと」
静寛の帝は、苦笑しながら近藤を立たせた。
「陛下をお守りするのが、俺の……いや、私の天職であります! いかなる凶刃からも、必ずや陛下をお守りいたします!」
近藤の言葉は、熱く、そして真っ直ぐであった。
かつて、京都で将軍家茂を護衛することに命を懸けた男。その忠義の対象は、今、新しい国の元首である静寛帝へと向けられていた。
彼にとって、誰かを守るために命を懸けることこそが、自らの「誠」の証明なのだ。
「頼りにしていますよ、近藤」
帝の優しい言葉に、近藤は感極まったように目を潤ませ、再び深く頭を下げた。
◇
警視庁本庁舎の地下。
そこには、窓一つない薄暗い一室があった。壁には全国の地図が貼られ、机の上には膨大な量の調書や手配書が散乱している。
ここは、警視庁「特別捜査班」――後の公安警察の前身となる部署の執務室であった。
「……また、旧長州藩の残党が動いているようだな」
暗がりの中で、冷たい声が響いた。
斎藤一である。
彼は、警察の制服ではなく、目立たない地味な洋装を着ていた。その鋭い三白眼は、机の上の報告書を獲物を狙う鷹のように見据えている。
「はい、班長。横浜港で、武器の密輸ルートが確認されました。背後に、外国の商人が絡んでいる可能性もあります」
部下の報告に、斎藤は短く舌打ちをした。
「大和共和国が建国されたというのに、まだ夢を見ている馬鹿どもがいるとはな」
斎藤が率いる特別捜査班の任務は、通常の犯罪捜査ではない。
新政府に対するテロ行為の未然防止、スパイの摘発、そして反政府組織の壊滅。それは、国家の暗部を担う、最も過酷で危険な任務であった。
「悪は許さん。……この国の平和を脅かす者は、俺が全て斬る」
斎藤は、腰に提げた愛刀・鬼神丸国重の柄に手をかけた。
警察官となっても、彼の本質は何も変わっていない。彼は、新政府という巨大な組織の「牙」として、暗闇の中で静かに刃を研ぎ澄ませていた。
◇
江戸郊外に新設された、警察学校のグラウンド。
そこでは、真新しい訓練服を着た若者たちが、泥まみれになりながら厳しい訓練に励んでいた。
「おいおい、どうした! そんなへっぴり腰じゃ、悪党の木刀一本防げねぇぞ!」
グラウンドに響き渡る豪快な声。
原田左之助である。
彼は、教官として、未来の警察官たちに逮捕術や格闘術を叩き込んでいた。手には愛用の槍ではなく、長い木刀が握られている。
「原田教官、もう、限界です……!」
「甘ったれるな! 実戦じゃ『限界です』なんて言い訳は通用しねぇんだよ!」
原田は、へたり込む訓練生を容赦なく木刀で小突いた。
その傍らでは、藤堂平助が、別のグループに座学を教えていた。
「いいか、お前ら。俺たち警察官は、ただ力で悪をねじ伏せればいいってわけじゃない」
藤堂は、黒板に「法」という文字を大きく書いた。
「俺たちが守るべきは、この国の『法律』だ。そして、その法律は、民を守るためにある。だから、俺たち警察官は、常に民の味方でなきゃならねぇ。偉そうにするんじゃねぇぞ! 権力を笠に着て威張るような奴は、俺が叩き斬ってやるからな!」
藤堂の言葉に、訓練生たちは真剣な表情で頷いた。
かつて、新選組の魁先生として恐れられた藤堂も、今は良き指導者として、若者たちに自らの経験と信念を伝えていた。
「左之さん、あんまりしごきすぎないでくださいよ。明日動けなくなっちゃいますから」
「へっ、これくらいで音を上げるようなら、江戸の治安は任せられねぇよ」
原田と藤堂は、顔を見合わせて笑い合った。
時代は変わり、彼らの立場も、着ている服も変わった。
しかし、彼らの根底にあるものは、何も変わっていなかった。
己の信じるもののために命を懸け、最後まで戦い抜く。
その「誠」の精神は、形を変え、新しい時代の警察官たちへと、確かに受け継がれていこうとしていた。
俺は、法務省の窓から、遠くに見える警視庁の真新しい庁舎を見つめながら、かつての仲間たちの顔を思い浮かべていた。
(……頼んだぞ、お前ら。俺たちの作ったこの国を、しっかり守ってくれよ)
大和共和国の空は、今日も青く、澄み渡っていた。
土方は警視総監として江戸の治安を守り、近藤は近衛師団長として帝を護衛する。
斎藤は暗部でテロを防ぎ、原田と藤堂は若き警官を鍛え上げる。
立場や服が変わっても命を懸ける誠の精神は変わらない。
新八は窓から庁舎を見つめ、かつての仲間たちと国の未来に思いをはせる。




