第238話:江戸城開城
大久保と岩倉が捕縛され、西郷が降伏したことで新政府軍は戦意を喪失。
ついに江戸城のすべての門が開け放たれ、長く血塗られた大和創生戦争が終結の時を迎える。
共和国暦・静寛二年(1870年)、春。
長く、そしてあまりにも多くの血が流れた「大和創生戦争」は、ついにその幕を下ろそうとしていた。
本丸御殿の地下通路で、大久保利通と岩倉具視が捕縛されたという報せは、瞬く間に城内を駆け巡った。
首謀者を失い、さらに実質的な総司令官である西郷隆盛が降伏したことで、新政府軍の兵士たちは完全に戦意を喪失した。彼らは次々と武器を捨て、大和軍(北海道共和国軍)の前に投降していった。
そして、正午。
江戸城の正門である大手門をはじめ、すべての城門が内側から大きく開け放たれた。
「開城だ! 江戸城が開城されたぞ!」
伝令の声が、城外で待機していた大和軍の陣地に響き渡る。
一瞬の静寂の後。
「勝ったぞー!!」
「うおおおおおおおッ!!」
地鳴りのような勝鬨が、江戸の青空に向かって爆発したように湧き上がった。
兵士たちは、銃を空高く掲げ、帽子を放り投げ、互いに抱き合って喜びを爆発させている。
旧幕府軍から蝦夷地へと渡り、厳しい寒さと開拓の苦労に耐え、そして再びこの本州の地へと戻ってきた彼らにとって、この勝利は単なる軍事的な勝利ではない。自分たちの信念が、そして新しい国を創るという夢が、ついに現実のものとなった瞬間なのだ。
「……終わったな」
俺は、開け放たれた大手門を見上げながら、ポツリと呟いた。
右腕の痛みはまだ残っているが、心の中は、憑き物が落ちたように穏やかだった。
京の都で新選組として剣を振るい始めてから、今日に至るまで。数え切れないほどの死線を潜り抜けてきた。その重い過去が、今、ようやく一つの結末を迎えたような気がした。
「新八、行くぞ」
背後から、土方さんが声をかけてきた。
彼の顔にも、いつもの険しい表情はなく、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいる。
「ええ。……行きましょう」
俺たちは、家茂(大統領)閣下を先頭に、堂々たる行進で江戸城へと入城した。
かつて、将軍の居城として絶対的な権威を誇っていたこの城も、今は戦火の爪痕が痛々しく残っている。しかし、その瓦礫の向こうには、確かに新しい時代の光が差し込んでいるように見えた。
◇
本丸御殿の大広間。
そこには、右腕に深い傷を負い、力なく座り込んでいる西郷隆盛の姿があった。
周囲には、武装を解除された薩摩の兵士たちが、沈痛な面持ちで彼を囲んでいる。
家茂閣下が、静かに西郷の前に歩み寄った。
閣下は、自らが羽織っていた陣羽織を脱ぐと、それを西郷の大きな背中へと優しくかけた。
「西郷。……大儀であった」
その言葉に、西郷はビクッと肩を震わせた。
「上様……おいどんは……」
「何も言うな。お前の想いは、痛いほど分かっている」
家茂閣下は、西郷の目線に合わせてしゃがみ込み、その大きな肩に手を置いた。
「お前は、この国を良くしようとした。そのために、泥を被り、手を汚す覚悟をした。……やり方は間違っていたかもしれないが、その『民を想う心』は、決して嘘ではなかったはずだ」
西郷の大きな目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「上様……おいどんは、大罪人です。多くの命を奪い、国を二つに割った。……この命、ここで絶って詫びるしか……!」
「許さん」
家茂閣下の声は、静かだが、決して逆らうことのできない威厳に満ちていた。
「死んで詫びるなど、そんな簡単な逃げ道は許さん。……西郷、良いな。これからは、余と共に新しい国を作れ。お前が壊したこの国を、今度はその手で立て直すのだ」
それは、かつて俺が西郷に言った言葉と同じだった。
だが、家茂閣下の口から直接その言葉を聞いた西郷の胸には、より深く、より重く響いたに違いない。
「上様……! 上様ぁぁぁッ……!」
西郷は、子供のように声を上げて泣き崩れた。
自らの罪の重さと、それを許し、なおも共に歩もうとしてくれる家茂閣下の器の大きさに、彼の心は完全に打ち砕かれたのだ。
その姿に、広間にいた多くの者が、敵味方の区別なく涙を流した。俺も、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
「……まったく、世話の焼ける男だぜ」
その時、広間の入り口から、聞き慣れた江戸訛りの声が響いた。
振り返ると、そこには、勝海舟の姿があった。
彼は、大和軍の入城の報せを聞き、急ぎ駆けつけてきたのだろう。
「勝先生……」
西郷が、涙で顔をくしゃくしゃにしながら勝を見上げた。
勝は、ツカツカと西郷の前に歩み寄ると、その大きな肩をガシッと抱きしめた。
「よかったな、吉之助。……これでやっと、本当の日本の夜明けだ」
勝の言葉に、西郷はさらに激しく泣き咽んだ。
別の世界線では、江戸城無血開城に向けて共に奔走した二人。この世界では違えた道だったが、互いを認め合う絆は決して変わることはなかったのだ。
「勝先生、遅かったじゃありませんか」
俺が声をかけると、勝はニヤリと笑って肩をすくめた。
「いやぁ、道が混んでてな。それに、俺みたいな裏方がしゃしゃり出る幕じゃねぇだろ。……大仕事、ご苦労だったな、永倉」
勝は、俺の右腕の傷を見て、労うように言った。
「ええ。……でも、これからが本番ですよ」
「違いない。国を壊すのは簡単だが、一から創り上げるのは骨が折れるぜ。……だがまぁ、お前らならやれるさ」
勝は、家茂閣下と西郷、そして俺たち大和軍の面々を見渡し、満足げに頷いた。
外からは、未だに歓声が鳴り止まない。
江戸の空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。
長く苦しかった戦いが終わり、新しい時代が、今、この場所から始まろうとしている。
俺は、大きく深呼吸をした。
血と硝煙の匂いは、もうしない。春の暖かな風が、開け放たれた襖から吹き込み、広間を優しく撫でていった。
(……終わったな。本当に、終わったんだ)
俺の心の中に、静かな、しかし確かな希望の光が灯り始めていた。
項垂れる西郷に対し、家茂閣下は陣羽織をかけ共に新しい国を作ろうと語りかける。
その器の大きさに西郷は泣き崩れた。
駆けつけた勝海舟も加わり、かつて道を違えた男たちが再び絆を確かめ合う。
破壊から創造へ。新しい時代の幕開けが、今ここに刻まれる。




