たじたじ
突如として響く、高い声。
まだ声変わりをする前のメゾソプラノの少年の声が、路地裏に響き渡る。
そこにやってきたのは一人の少年だった。
強い意志の炎に瞳は燃え、下卑た表情を浮かべている三人のことをジッと見据えている。
その姿は正しく、貴族の貴公子そのものだった。
いかにも高そうな仕立ての良い服を身に纏い、
供回りを連れている様子もなく、ただ一人で路地裏に立って男達を睥睨している。
「なんだぁ、てめぇは」
「おいおい、嬢ちゃんを攫ったら貴族のおぼっちゃんが釣れるとか、今日はなんてラッキーデーなんだ!」
「これで稼ぎも倍、とんだ臨時収入だぜ!」
新たな金づるが現れたことに、男達の瞳が欲に濁る。
金に目がくらんだ彼らは担いだズタ袋を地面に放り投げる。
「――んーっ!!」
痛みと衝撃で思わず声を出してしまうアリス。
そして袋の中から声が聞こえてきたことで、少年――ヘルベルトはおおよその事情を察した。
人が集まるところに金の匂いを嗅ぎつける悪人というのは、どこからでも湧いてくる。
王都の治安が良いとは言っても、こういったことは決して起きないわけではないのだ。
フンと自信ありげに鼻を鳴らしている態度は、男達が迫ってきているのを見てもまったく変わらない。
ヘルベルトはそのまま、腰に提げている木剣の握りをたしかめる。
そして――斬ッ!
「ぐええっ!?」
舌の長い男を、たったの一振りで昏倒させてみせる。
「こいつ……強ぇぞっ!」
「前後からいくぞ!」
残る男達は前と後ろに陣取ってヘルベルトのことを包囲しようとしたが、彼の足さばきの前で上手く足並みを揃えることもできず、結果として各個撃破されていく。
「ぐおっ!?」
「ガキのくせに……なんつぅ力だ……」
ヘルベルトは禿頭の男の頭を強かに打ち付け、ショートカットの腹部に剣を突き入れた。
そして三人をしっかりと倒してから、ズタ袋の方へと歩み寄る。
そして縛られていた口紐を取り、ゆっくりと袋を外した。
アリスがゆっくりと目を開ける。
そこにいる男の子を見た瞬間――先ほどまで灰色だったはずの世界が、色を取り戻した。
(す、すごい……)
アーモンド型の瞳にほっそりとした体つき。
年齢は自分とさして変わらないだろうに、ずいぶんと大人びて見える。
それに男達をあっさりと蹴散らしてみせるだけの高い実力……。
ヘルベルトのことを見つめているとアリスの胸はドキリと高鳴り、彼女は咄嗟に顔を逸らしてしまう。
なぜだか真っ直ぐ彼のことを見つめることができなかったのだ。
「大丈夫だったか?」
「は、はい……ありがとうございます……」
「ヘルベルト様! ヘルベルト様~~っ!?」
少年がちらりと後ろを振り返る。
そこには彼を追いかけてやってきている三人の少年の姿が見えた。
「呼ばれてるから、俺は行く。危ないから路地裏には入らないようにするんだぞ」
それだけ言うとヘルベルトは踵を返し、行ってしまった。
そして近付いてきていた友人達に二言三言を添えて、そのままその場を立ち去ってしまう。
アリスは少しだけ呆けて、そしてこのまま立ち止まっていては危ないとすぐさま大通りに出るのだった――。
「――ということがあったのです」
「……なるほどな」
時を現在に戻し。
熱の籠もった語り口調で臨場感たっぷりに情景を伝えてくるアリスを見て、ヘルベルトは必死に記憶を掘り起こす。
そう言われてみるとたしかに以前、路地裏で人攫いに連れて行かれそうになっている子を助けたことはあった気がする。
細かく観察していたわけではないので、まさかその子が隣国の上級貴族の娘だなどということは知らなかったわけだが。
人が多く集まる以上、王都にも犯罪はありふれている。
正義感の強いヘルベルトは自分が見ている範囲で犯罪が起きようとしていた場合、義憤に駆られて動くことが何度もあった。
ヘルベルトからしてみれば、その中の一つにたまたまアリスが入っていたという、それだけの話だ。
けれどそれはアリスにとっては、大きな出来事だったのである。
「それ以後、私は心を入れ替えるようにして勉学にもお稽古にも励みました。ヘルベルト様のようになりたいと思い続けましたから……」
「お、おう、そうか……」
ヘルベルトが鍛錬を辞めてグレてぶくぶくと太っているという情報を聞いても、アリスが行動を変えることはなかったという。
そんな戯れ言は信じなかったというアリスの言葉には、苦笑することしかできないヘルベルトであった。
「やはりヘルベルト様は他の人とは違うと、私はあの時、そう確信したのです。そしてあなたが時空魔法を使えるという噂を耳にした私は、やはり自分の勘が間違っていなかったと改めて思いました。ですからお父様にお願いをしてお見合いをしてもらうよう申し入れをさせていただいたのです……今の私を、あなたに知ってもらいたくて」
しゃべり通してわずかに声が掠れたためか、アリスが紅茶を飲んで喉を潤す。
上品な動作で持ち上げられたカップの奥で、アリスの白い喉がこくんと小さく動いた。
「ヘルベルト様、お慕いしております……」
「……」
アリスという美少女にそこまで思われているというのには、当然男として悪い気はしない。
けれど自分を慕ってくれている理由がわかっても、ヘルベルトにとって一番大切なのはネルだ。
帝国貴族である以上、無下にすることはできないがそれでも自分の思いははっきりと言葉にしておいた方がいいだろうと思い、ヘルベルトが前のめりになって口を開こうとする。
するとその口を、白魚のように細く美しい人差し指が塞いだ。
「わかっております。ヘルベルト様がネルのことを思っているということくらい」
アリスはこちらを見て、にこりと笑う。
そこには芯があり覚悟が決まっている女性にしか出せない凄みとでも言うべき何かがあった。
「けれど私、負けるつもりはございせん。なのでヘルベルト様――今後とも末永く、よろしくお願い致しますね?」
「……ああ」
たじたじになりながらそう答えるヘルベルト。
基本的には力強いヘルベルトではあったが、彼はヨハンナに逆らえないマキシムの血をたしかに受け継いでいた。
「同級生だ、もっと砕けた話し方でも構わないぞ」
「いえ、私の場合こちらが素ですので、そこは気にしていただかなくて結構です」
「そ、そうなのか……」
アリスのことをまた一つ知れたが、それ以上にわからないところも増えてしまった。
女の子というのは本当に不思議な生き物だ。
そんな風に改めて思いながら、ヘルベルトはアリスのことをきっちりとお屋敷まで送るのであった――。
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