Prologue〜とある兵士の走馬灯〜-2
「白装束じゃねえようだが、ルミエールの軍勢だな。さっきのはお前らの仕業か? たった五人で、ナメた真似してくれるじゃねえか」
「……敵と、言葉を交わす気はない」
セブンスの問いに、小柄な刀使いは冷徹にそれだけ答えた。そのままゆらりと脱力したかと思うと、とんでもない踏み込みの強さで、一息にセブンスの懐まで接近してきた。
「ぐっ!?」
いきなり首を狙ってきた一閃を、スレスレのところで受け止めた。眼前に飛び散る火花。愛剣にのしかかる凄まじい圧力に、遅れて冷や汗が吹き出る。
「テメェ……誰に喧嘩売ってんだぁッ!?」
横合いから轟く怒声。額に青筋を浮かべたロキが、両手剣を振りかぶって野獣のごとく刀使いに飛びかかった。刀使いは反応していたが、避けようとはしない。
硬質の金属音を奏でて、それを阻んだのは――二人目の黒装束が差し出した、太い腕だった。
「はぁっ!?」
生身の腕が、剣を苦もなく弾いて受け止めている。剣が辛うじて切断したのは黒装束の袖のみで、その隙間からは漆黒の皮膚が垣間見えた。文字通りの鉄腕――その持ち主のフードの奥で、勝ち気な白い歯とオレンジ色の髪が光る。
「バルサ、そいつ任せた」
「オッケー!」
刀使いの指示で、バルサと呼ばれた黒装束がロキを両手剣ごと抑え込みにかかる。助けに行こうにも、セブンス自身、刀使いの対処で精一杯だ。
「ナナ、ルーミオ! ロキに加勢しろ!」
「は、はいっ!」
ナナの反応が素早かった。ロキを力ずくで抑え込むバルサ目がけて杖剣を構えると、その剣先から水しぶきが迸って、複数の矢を模した水塊がそこに顕現した。
「【鴎弩】!」
ナナは貧民でありながら、貴族が裸足で逃げ出すほど煉術理解の深い才女だ。無から有を生み出す【創造煉術】がそもそも高次元の技術であるのに、"水"という不定形な物質を生み出し、更に彼女ほど精密に操れる術師はそういない。
水鳥の如く群れを成して、水流の矢がバルサへ襲いかかり――彼に命中する寸前で、白雷に消し飛ばされた。
「な……!?」
目の眩むほどの青白い閃光が、水矢を余すことなく蒸発させる。ナナは呆然と立ち尽くして、彼女の連術を消し飛ばした、三人目の黒装束を見ていた。パチパチと帯電しているそいつが、体から垂れ流している煉気の出力は――人間の域を超えている。
フードがずり落ちて、その容貌が明らかになる。白銀の髪、血の通いを感じない白磁の肌、青いビロードの瞳。セブンスは、彼を知っていた。人間の域を超えていて当然だ。そいつは、人間じゃないのだから。
こめかみに、焼けるような怒りが走る。
「テト――……国を売るのか、恩知らずがァッ!!」
刀使いを強引に吹き飛ばして、煉気を練る。途端、セブンスの巨躯から大量の煙が噴出し、たちまち彼を覆い尽くした。
朝焼けに浮かぶ雲のように、薄く紫がかった煙が膨れ上がり、実体をもってうねり、とぐろを巻く。【紫煙】――体内に取り込んだ煙を糧に生み出す、攻防一体の煉術。
無から有を生み出す【創造煉術】とは異なり、セブンスの【紫煙】のような、既にあるものを材料に発動する【変換煉術】に才覚は必要ない。必要なのは、無限の努力と一匙の独創性。この術一本で、セブンスはここまで生き残ってきた。
「久しぶり、煙のおっさん」
テトは路傍の石ころを不意に見つけたような目で、口先だけの挨拶を寄こした。苛立ちが胃の腑を焼く。
「お前……ッ、なにが、不満だってんだ! 飯も寝床も、冒険者って職も地位も、全部もらっといて! お互い何度も、同じ任務で死にかけた仲じゃねえか! そりゃ、当たりの強え奴らもいただろうけどよ……少なくとも俺はお前のこと、ちゃんと仲間だと思ってたんだぞ!」
セブンスの激昂を、テトは鼻で笑った。
「"ちゃんと"って、なんだよ」
全身の細胞を逆撫でされたような不快感に、セブンスは発狂しかけた。優しくしてやっただろ。俺は差別なんてしてなかった。「他の連中の言うことなんて気にすんな」って、肩を叩いてやったことだってある。それなのに、お前が――そんな目で、俺を見てんじゃねえ。
「最後の警告だ! こっちに戻って戦いに参加しろ! 誰よりもルミエールの兵を殺して、もう一度、アイルーへの忠誠を示せ! ウチから逃げ出すような弱虫は、どこに行ったってやってけねえぞ! ルミエールでも同じように――いいや! 一度国を売ったテメェは、これまで以上にヒドく扱われるに決まってる! 今ならまだ間に合う! ルミエールの狗になんかならずによぉ、俺らと一緒に戦え、テト!!」
周囲の紫煙を拡大し、背後に巨大な左右の両腕を形成。左手に大盾、右手に長剣を携えた煙製の両腕が、セブンスの守護霊の如く背後に顕現した。
「おれはルミエールの狗じゃない。ただの、シオンのトモダチの、テトだ」
冷たい青い目でセブンスを見つめるテトの全身が、雷鳴を上げて帯電する。
「おれはただ、人間扱いしてほしかっただけなんだよ、おっさん」
一瞬殺気をほどいてテトがこぼしたのは、セブンスにとってあまりに理解不能な言葉だった。
何を言っているんだ、こいつは。無理だろう、それは。だってお前は、人間じゃないじゃないか。
雷鳴、閃光。小柄なテトの体に蓄積していた電気が、堰を切ったように放電し、爆ぜる。テトの速さをよくよく知っているセブンスでさえ、初撃の速さに理解が追いつかなかった。
「ぐ……ッ!?」
体の前に構えた紫煙の盾に、青白い閃光が槍の如く突き刺さる。目にも留まらぬ飛び蹴り。セブンスの知るテトの速度ではない。この短期間に、一体なにがあった。とてつもない強敵と渡り合い、倒し、その肉を喰らうぐらいしなければ、これほどのパワーアップは――




