Prologue〜とある兵士の走馬灯〜-3
押し飛ばされつつ、靴底で大地を削りながら減速。隊員たちの後方まで一息に後退させられた。その隙をついて、光を纏ったテトと刀使いは、ぴったり息を合わせてセブンスの部下たちの群れへ飛び込んでいく。
「殺せ、たった二人だ!」
「裏切り者は惨殺しろ!」
三十人あまりの多勢を前に、刀使いもテトも、欠片も怯まない。臆さない。死ぬことなど怖くないのか、それともそれ以上の恐怖を知っているのか。襲い来るアイルーの精鋭たちの剣や煉術を超スピードで掻い潜り、飛び越え、蹴散らす。二人だけ、動きの速さとキレが段違いだ。アイルー兵の時間だけがいっそ止まって見えるほどに。
焦げた内臓の臭い、錆びた鉄のような血の臭いが、明け方の風にさらわれる。すぐさまセブンスが参入する間に、黒刀が十の首を落とし、白雷が十の兵を焼き焦がした。嵐のようだった。
「た、助けて……ロキ……!」
必死に応戦していたナナが、刀使いに杖剣を叩き折られ、腰を抜かして倒れ込んだ。すがるようにロキの方を見れば――幼馴染の悪童はオレンジ髪の敵の槍に胸を貫かれて、既に壮絶な顔で絶命していた。
「い……いやあああああああ!! 助けておじさん!! ルーミオぉぉ……!!」
泣き崩れた顔をセブンスに向け、ナナが懸命に手を伸ばす。セブンスは、身も凍るような恐怖を覚えた。ナナの顔は、彼女が八歳の頃から知っている。廃れたスラムを明るく照らすような、強い芯を持った少女だった。セブンスとは比較にならないほどの煉術の才能もあった。それが一生懸命勉強して、優れた冒険者になった。
ロキも、ルーミオもそうだ。三人とも、まだまだこれからの子どもたちだ。なんの罪もない、かわいい子たちなんだ。殺すな。殺さないでくれ。マトモな神経の人間なら、彼女たちを殺せるはずがない。
「ああああああああああ!! 死ね、ルミエールッ!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を、ナナは悲壮なほどの憎悪に歪めた。彼女の悪罵が最後まで音になるより前に、ナナは刀使いに首を落とされた。
「……こ、こ、ここ……――この悪魔があああああああああッ!!!」
男泣きに泣きながら、セブンスは絶叫と共に刀使いへ飛びかかった。振り上げた愛剣に、紫煙を凝縮させた巨大な長剣が重なる。煙でできていながら、その威力は岩石さえ叩き割る。【雲海斬り】――全長五メートルの怪物を一撃で殺したこともある、セブンスの持ちうる最強の技。
「まだ子どもだぞ!! 女だぞォッ!!!」
唸りを上げて、振り下ろす。大きく世界が縦に揺れたあと、大地の割れる音がした。砂塵がきのこ雲のように巻き上がる。
「――子どもでも、女でも、俺から見たらあんたら全員悪魔だよ」
「ッ!?」
剣を振り下ろした体勢のまま、セブンスは眼前で響いた声に驚愕した。砂塵が晴れる。足場が陥没するほどの一撃を、刀使いは細っこいその得物一本で受け止めきっているではないか。
そして、何よりも。衝撃でフードが落ちて、あらわになった刀使いの素顔は――子ども……!?
少女……いや、中性的な顔立ちではあるが、少年だ。深い黒髪に、感情の読み取れない暗い瞳。ナナたちと変わらない、いや、それよりも更に若い――こんな少年が、これほどの殺戮を。
至近距離で鍔迫り合いしながら、セブンスは思わず乾いた声で笑った。
「はは……ルミエールは本当にクソだな……こんなガキを特攻隊にするなんざ」
「外野が勝手に、分かったようなこと言うんじゃねえよ。俺は望んでここに来た。お前ら全員、皆殺しにするために」
「そうかよ……」笑ったセブンスの剣に纏わりついていた大量の煙が、次の瞬間、一斉に弾けて少年の体にまとわりついた。
「っ!?」
秘技、【煙縛】。鉄線よりも頑丈な煙で至近距離の相手を縛る、必中必殺の技。既にセブンスが振り抜いた鋼鉄剣の刀身は、身動きの取れない少年の首筋に突き刺さろうとしていた。
「だったら死んで、あの子たちに償え」
初撃で斬りかかり、鍔迫り合いから【煙縛】に繋げるコンボ。対人戦において、初見に限り、セブンスは無敵無敗だった。今日までは。
赤い閃光。それしか記憶にない。気づけばセブンスは、吹き飛ばされて地面に突っ伏していた。混乱しながら起き上がり、尋常ならぬ気配のする方へ視線を向ければ――
夥しい量の煉素にまとわりつかれ、瞳を赤く発光させる少年の姿。セブンスの紫煙など綿菓子同然に引き千切られて、とうに霧散してしまっていた。
なんだ、あれは。煉素が人間に群がっている。そんなことがあるのか。あれは、普通――強いモンスターにのみ見られる現象だろう。
そんなの、反則じゃねえか。
消えかけた戦意の火を、過ぎった妻と娘の笑顔が、再び燃え上がらせた。
煉気解放。ひん曲がった煙草を噛んで、体内に残っていた全ての煙をかき集め、足りないぶんは命を燃やして補充。咆哮を上げたセブンスの体から、かつてないほど濃密で毒々しい、赤紫の煙が噴出する。
それは彼の背後でより集まり、膨張し――三面六臂、今にも敵を噛み殺さん形相の、魔神の上半身を形作った。
「俺は……絶対に生きて帰らなきゃいけねえんだよォ……ッ!!」
血を吐きながら叫ぶセブンスに、横から飛びかかりかけたテトを刀使いが制した。
「俺がやる」
不思議な少年だった。血も涙もない風をして、捨てきれない武士道のようなものを持っている。なんにせよ、ありがたい。セブンスと刀使いは、同時に地を蹴った。魔神の六本の腕が握る剣、槍、斧のそれぞれが、波状的に少年へ襲いかかる。
「【火之迦具土】――"巴"」
刀身から咲き乱れた爆炎が、セブンスの正面で円を描いた。魔神の六本の腕を連鎖的に切断し、焼却、勢いそのままセブンスの首を刎ね飛ばす。
――あぁ、クソ、やっぱりルミエールは最悪だ。悪魔の王国だ。白皇だけじゃ飽き足らず、こんなバケモノまで飼ってるなんて、ズリぃ、汚え。
薄れゆく意識の中で、遠のく赤い空をぼんやりと眺めながら、セブンスは悪態をついた。
――セブンスさん! 三週間お世話になりました! ルミエールにも是非遊びに来てくださいね。今度は私がたっぷりご馳走しますから! あ、ルミエール産の煙草もプレゼントしますよ! 私銘柄とかあんまり分からないけど……。
黒く染まった景色に、一瞬、鳶色の髪の美しい少女の笑顔が明滅した。
あぁ……でも、あの娘は、いい子だったなぁ。若いのにしっかりしてて、強くて、優しくて。ルミエールも捨てたもんじゃないって思ったっけなぁ。
一回くらい、ルミエール産の煙草も吸ってみりゃよかったか。
セブンスは息を吐き、静かに目を閉じた。
ここから新章開幕です。敵も味方も入り乱れる凄絶な戦争で、シオンたちは何を得て、何を失うのか。
第4章 茜色の大戦。是非高評価や感想で後押ししてください!




