第五話 紅雲大火山-1
目算で高度百メートルほどまで上昇したところで、俺とマリアは同時に違和感に気づいた。
「なんか……流されてない?」
俺たちが目指す紅雲大火山はルミエールの北方、血溜まりの樹海を飛び越えたその先にある。ところが、俺達の気球はルミエールの壁を越えたあたりから、真北から吹きつける北極風にあおられ、どんどん南に流されている。
思えば当然である。この世界では風向きが変わらない。常に北から南に吹き下ろす北極風で方角を判断しているくらいだ。そして、気球という乗り物には操舵の術が存在しない。完全に風任せの乗り物なのだ。
「おいカンナ、どうするんだよ!? このままだと永遠に南へ流されるぞ!」
まだ真下はルミエールの中央区付近だ。今なら領土内に着陸できる。
「早く降りましょうカンナさん!」
「大丈夫だよ二人とも」
カンナは余裕の笑みを浮かべ、何やらバーナーの底部からぶら下げられたテニスボール大の赤い玉を握ると、力を込めた。
「【ルーム】展開!」
そのとき、景色が一瞬ぶわりと歪んだ。温かいオレンジ色をした、半透明の柔らかい"膜"のようなものがカンナの握る玉から広がって瞬く間に膨れ上がり、気球丸ごとすっぽり覆ってしまったのだ。
途端に、まるで暖炉の焚かれた部屋の中に瞬間移動したみたいに、外気の冷たさや風が消滅し、心地よい暖かさが辺りに充満した。
これは……【ルーム】。外気を遮断し、無風の快適空間を作る煉術だ。【ルーム】が組み込まれた煉器は、野営に重宝するためウォーカーも愛用する。値が張るから俺は持っていないが、白皇のものを使わせてもらったことがある。雨風寒さを凌げる上に無菌空間のため、簡易的な手術室としても使える優れものだ。
だが、一般的な【ルーム】が半径二メートルほどの半球空間に対して、この【ルーム】はその十倍は下らない。より膨大な煉素のチャージを必要とする特別製だろう。
気球は途端に南下の勢いを緩めた。なるほど、【ルーム】の中なら北極風の影響を受けない。あとは僅かな推進力で、どこへでも好きな方角へ飛べる。
カンナが何やら上部の機器をいじると、バスケットが少し揺れたのち、気球はついに北上を始めた。
「動いた! すげえ!」テトがはしゃぐ。「推進力はなんだ」という俺の問いに、カンナは「【ウィンド】」と答えた。風を生み出す煉術だ。
巨大な風を生み出す工業用から、優しい風を生み出すわたあめ機用まで様々に出力を調整された煉器が活用されている、生活にも馴染み深い煉術である。




