第十七話 王審-1
「参考人、何かあれば申してみよ」
「僭越ながら」
王の命にユーシスは毅然と立ち上がると、懐から羊皮紙の巻物を取りだし、王に見えるよう広げて高く掲げた。
「この者は三ヶ月前、新種《グレントロール》の初討伐を成しています。討伐補佐に名のある通り、私とアルフォードもその場におりました」
ハルが頷き、立ち上がってユーシスの続きを受け継いだ。
「新種の討伐によって武具加工の幅は広がり、《血溜まりの樹海》の開拓も進んでいます。私共の命があることと合わせて、彼の功績です。彼がこれらの実績をかえりみられず重い処罰を受けるのは、納得がいきません」
あのハルが、こんなに堂々と王の前で話している。マリアが立ち上がり、ハルに付け加えた。
「確かに力を制御しきれていない様子も見られましたが、あくまで試合中、彼が攻撃していたのは対戦相手の白皇のみです。最終的には自らを刺して暴走を止めました。どうか、寛大なご処置を」
バカのマリアが、頭の中の台本を読み上げるようにして、一生懸命論理的に話している。ユーシスとハルに叩き込まれて練習した様子が目に浮かぶようだ。
「……貴様からは何もないのか、バーミリオン」
「これ以上がありますかね?」
笑うロイドに鼻を鳴らし、王は手でユーシス達を払った。
「よく分かった、下がれ。シオン・ナツメはこの場で処刑する」
目を見開き絶句するユーシス達の顔が、意識とともに遠のいていくようだった。王は白皇を玉座から睨みつけると、憤慨した口調で吐き捨てた。
「白皇――アカネウォーカーの存在を秘匿するなら、貴様も死罪になるぞ」
嗄れた声に、白皇を含め、事情を知る全員が動揺して王を見上げる。
「予が知らないとでも思ったか? 王位継承者に代々口伝される習わしだ。現れたら即殺せとの御触れと共にな」
王は血走った目で詰問した。
「モンスターというのは方便だろう。貴様は暴走したアカネウォーカーを、あの場で抹殺するつもりだった。国を、世界を滅ぼすヒト型の天災を」
王は全てを知っていた。俺の正体について、少なくとも俺より詳しいらしい。最初から、そうだと知って俺をここに呼び寄せた。俺がどう暴れようと、これだけの戦力が固められていては一瞬で制圧されてしまう。王審など形だけ。俺は、ここに連れてこられた時点で、殺されることが確定していた――
「人の身でありながら世界の力に溺れ、暴走し、やがて自我ごと世界に飲み込まれる。家族も仲間も無差別に殺すモンスターとなる。それがアカネウォーカーだ。歴史において繰り返し現れては、何千、何万、何十万と人を殺しておる」
王は大仰に低い声で謳った。ウォーカー達から、無数の疑惑と畏怖の視線が突き刺さるのが、床に口づけしていながらでも分かる。
「白皇。言え。其奴はアカネウォーカーか。国を滅ぼす災厄の権化か」
カンナやハル達が、一斉にすがるような目を白皇に向ける。白皇は一度、俺の方を見た。しばらくの沈黙の末、彼ははっきりと口にした。
「はい」
玉座の間がどよめく。王は悪魔を見るような目で俺を見下ろし、忌々しげに唸った。
「お、お待ちください!」
背後で、たまりかねたとばかりにカンナが身を乗り出した。
「どうした、《月剣》」
「彼は人間です! 私と同じ、地球の、日本という地で生まれたごく普通の人間なんです! たまたま世界に愛されてしまっただけ……彼本人は、人を守るために働く優しいウォーカーです! 危険だと言うなら、見張りをつけて自由を制限するだけで十分ではないですか!? この国の王は善人を処刑するのですか!?」
俺にも、それが度を越えた、身分を弁えない発言だったことは理解できた。王は、意外にもカンナの不敬に憤ることはせず、純粋に不思議そうに、眉をつり上げた。
「なにを可笑しなことを。この世界は強く凶暴なモンスターほど愛し、力を与えるではないか。つまりその者の心根は、卑しく醜く凶暴な狂人――外のバケモノどもと同類よ。たとえ上辺が善人であろうと、世界に愛されアカネウォーカーとして覚醒した時点で、其奴の内なる醜さは証明されておる」
どくん、と、心臓が強く脈打った。分厚い、大切な皆からもらった言葉の殻で守っていた俺の急所、図星を、真っ直ぐ貫かれた。
俺はイカれてる。この世界に来た初日からモンスターを斬り殺して、あまつさえ興奮さえしていた。思えばあの日、あの瞬間、本来振り回せるはずのない重量のカンナの剣でゴルダルムの首を吹っ飛ばした時から、俺は世界に力を寄越されていた。
戦いを好み、暴力を好み、それらが抑圧されていた地球での生活は生き苦しかった。この世界に来て、俺は初めてこの世に生まれたような気さえした。壁の外に出て、煉素濃度の濃い地帯で死線を潜り抜けるほどに、五感が冴え渡り、敵の血肉が糧となり、大地、空、自然、世界と、一つに同化していくような感覚が快感とともに襲った。
ずっと、分かってた。俺は普通じゃない、おかしいって。だから隣のハルといつも自分を比べて、ハルが羨ましくて、妬ましかった。
――シオンさんは、思っているよりずっと普通で、ずっとずっと、優しい人です! あの日、私を助けてくれたじゃないですか!
レン。今日の君の言葉が、俺をどれだけ救ったか分からない。嬉しかった。初めて自分に自信が持てたんだ。
「のう、白皇。アカネウォーカーとなった者は人ではない。元々人に生まれたことの方が間違いだった、この世界にそれを見抜かれた結果発露した、人によく似たバケモノよ。心を傷めることなく殺せと、伝承にもそうあるぞ。いち早く気づいたならなぜ消さない」
王の口ぶりで、俺は悟った。この国は、これまでの十二代続く歴史の中で、俺のような存在を何度か秘密裏に始末している。いや、この国だけではない。どこの国でも同じような習わしがあるのかもしれない。
俺は、生まれてきてはいけなかったのか?
「なぜアカネウォーカーがまだ生きている。国民は恐怖に怯え、これだけの人数に王のみが知る事実が露見した。全ては、貴様が、其奴を土壇場で、生かしたからだ!」
杖を床に叩きつけ、王が怒鳴る。
「納得のいく説明をしてみせよ、白皇。場合によっては貴様も死罪だ」
口の端を震わせて睨み付ける王に、白皇はゆっくりと口を開くと、滔々《とうとう》と語り始めた。
「十年前、ここから二万キロの彼方離れた北の大国コーネリアを、覚醒したアカネウォーカーが一夜にして壊滅させました。五十万人死んだ」
王さえ動揺し、玉座の間が震撼する。ユーシス達が信じられないという顔で白皇を見つめた。なぜわざわざ、王も知らないアカネウォーカーの残虐性を、ここで話す必要がある。
「コーネリアを滅ぼしたアカネウォーカーは。国の英雄で――私の、親友でした。私がこの手で、彼を殺した」
絶句する一同に、白皇は柔らかく微笑む。
「私は、アカネウォーカーの心が醜いなどと、生涯一度たりとも思ったことはありません。先代のアカネウォーカーは、私の誇れる友でした。ナツメ君を監視していて確信した。世界に選ばれた者の心は、決して穢れてなどいない。私が殺した友は、やはり優しい男だったと」
白皇から飛んできた冷気が、頬を撫でる。
「だからこそ、私はナツメ君を殺さなければならなかった。あの日、私の友は、最愛の女性さえ手にかけたから」




