第十六話 荊-2
病院を出ると、外にはマントと鎧できっちり正装したウォーカーが十名、規則正しく並んで待機していた。
ウォーカーが正装を義務づけられるのは国儀に際してのみ。普段からカッチリ正装しているウォーカーもいなくはないが、基本、国内にいる間はマントも鎧も煩わしくてしない奴が大半だ。普段は酒場で飲んだくれている顔馴染みまで、生真面目な顔して列に混ざっていた。目が合ってもすぐにそらして、何やら感じが悪い。
左右に五人ずつのウォーカーを壁のように伴って、俺は前を歩くアルテミスとレザード、後ろで俺の鎖を持つカンナに挟まれ、城までの道のりをゆっくり連行されていった。
広い石畳の中央を厳粛に練り歩く俺たちに、国民たちは大名行列のように、脇の建物に張りつく勢いで道を開ける。皆、俺を見て口々に噂話する。本人たちは聞こえないつもりの忍び声でも、俺の耳は全て鮮明に拾った。以前より、なんだか五感が一段と鋭敏になった気がする。
「王の審判だって」「モンスターみたいに暴れたんでしょう?」「みたいじゃなくて、モンスターらしいわよ」「そんな子には見えないけど」「どうなるのかしら」「処刑でしょう」「でも……」――好き勝手に言葉が飛び交う。「処刑」と口走った女性には思わずちらと視線を向けてしまったが、女性はまるで狂犬に吠えられたみたいに飛び上がって悲鳴を上げた。
異様な雰囲気だった。だんだんと、実感が湧いてきた。俺は審判にかけられる。処刑されるかもしれない。それだけのことを、どうやら俺はしたらしい。
針のむしろにいる気分でうつむきながら黙々と歩き続け、二十分ほどで城に到着した。
見上げるほど高い純白の尖塔。ここには毎日のように来ている。城の地下一階が、酒場兼ギルドの集会所になっているからだ。初めてこの国に来たときも、酒場を訪ねてマーズが優しくしてくれたのを覚えている。酒場ではマーズたち受付嬢が、三人態勢で依頼の管理、受注、報告までを切り盛りしている。
今回俺たちが向かったのは、城の横腹にある地下へと続く玄関ではなく、正面の、豪奢な造りの正門だった。噴水が両脇で水音を立てる、レッドカーペットの敷かれた階段の先では、高さ五メートル、幅四メートルもある立派な門扉が解放され、両脇に異常なほど長い槍を天へ突き立てたウォーカーが二人、門番のように立っていた。
この先に、俺は一度も足を踏み入れたことがない。普段は門も閉まっているし、特別な用がない限り門番に止められてしまう。俺たちは、レッドカーペットを踏みしめて城の中へと入っていった。
そこは、別世界だった。
外の大衆的な建物とは、色から材質から造りから、まるで違う。入ってすぐの目を疑うほど広い大広間は、床一面に一等のモンスター素材と思われる滑らかな絨毯が敷き詰められ、壁は全て純白の石造り。壁にかけられた無数の装飾品のたった一つで、ニュービータウンのボロ家を建て替えられるに違いない。
西洋の城の一階は騎士の広間と聞いたことがある。パーティーをしたり、戦いで敗走を繰り返したときの最後の籠城場所となったりする。馬ごと入れるように出入り口が広くなっているのだが、この世界で馬のようなモンスターを使役していた時期はあったのだろうか。ほとんどのモンスターは人間に懐かないから、可能性は低そうだ。
一階の広間には数名のウォーカーが見張り兼案内役でいるのみだった。金の手すりの螺旋階段をのぼり、上階へ。
人の気配が一気に濃くなった四階が、目的地だった。階段を登りきってすぐ、分厚い扉に閉ざされた大きな玄関があった。両脇にはまたしても門番。二人は顔馴染みの、名の通ったベテランウォーカーだった。二人は俺のことなど見えもしないという風に無視する。門番は見知った顔なのに、全く、知らない世界に来ているような気がした。
「アルテミスだ。勅命によりナツメを連行してきた。通せ」
「はっ」
門が開かれる。その先に広がる光景は、俺の度肝を抜いた。
まず、天井が見上げるほど高い。四階と五階は吹き抜けになって、緩い弧を描く丸い屋根に拵えられた幾つもの天窓には、一流の職人が意匠を凝らしたと思われる色鮮やかなステンドグラスが、空の茜色を取り込んで宝石のように輝いていた。
ガラスは貴重品で、研究に使うガラス容器が全く手に入らないとハルが嘆いていた。庶民の建物には窓すらないのだ。それが、こんなに惜しげもなく。
俺の正面は、深紅のカーペットが一直線に広間の中央を貫き、両脇を、国中のウォーカーを集めたのではというほどの白マントが、剣を抜いて胸の前で構え、整然と並んでいた。圧巻だった。空気が重く、張り詰めている。
「シオン君、歩いて」
カンナに小声で急かされて、慌てて足を前に出す。そこは――玉座の間、だった。レッドカーペットは大理石の白い階段の上にまで及び、その頂点に、純金と深紅の革で見事に造形された玉座が君臨していた。今はそこに片肘をついた壮年の男が一人、威風堂々と座っている。
整髪料で撫で付けた鮮やかな赤髪の上には、初めて生で見る金の王冠。風貌はまだ三十代半ばと思われるが、俺を見下ろす彼の目は、思わず萎縮させられるほど超然的だった。
第十二代目国王、ルミエール十二世。任務で国王演説のパトロールに従事したとき、チラリとだけ顔を見たことがあった。こうして間近で拝むのは、もちろん初めてになる。
「国王様。仰せの通り、シオン・ナツメをここに連行して参りました」
アルテミスは俺の頭を掴んで跪かせると、自らも隣で額づいた。背後のカンナ、更にはレザードまでもがそれに倣う。
「――貴様ら、予にあだなす反逆者か?」
低く嗄れた声に、アルテミスがパッと顔を上げた。
「なにを仰いますか」
「では救えぬ馬鹿であるな。揃いも揃って予に頭を下げておる間に、其奴が予に飛びかかる可能性を考えなかったか」
俺を顎でしゃくってそんなことを言い放った。「はぁっ!?」と危うく声の出かかった俺の顔が、次の瞬間レッドカーペットに深々とめり込んだ。鼻の骨が悲鳴を上げてへし折れ、熱い血が喉へ流れ込んでくる。
なおも俺の頭をとんでもない力で押さえつけながら、アルテミスは「失礼いたしました」と立ち上がり、スラリと腰の鞘から細剣を抜き放つと、刃を俺のうなじに触れさせた。
「少しでも動けば、首を斬り落とします」
「それでいい」
ど……どこが審判だよ、もうほぼ処刑台と変わらねえじゃねえか。




