第十六話 荊-1
重苦しい沈黙が、病室に垂れ込む。俺はつとめて明るい声を出した。
「な……なんだよ、大袈裟だな! 俺は今こんなにフツーにして」
体を起こして元気なことを証明しようとした俺は、上体を半分ほど起こしかけたところで、ガチャリという重い金属の音に動きを止められた。「え?」と自分の体を見ると、分厚い黒い錠と鎖でベッドに繋がれ、俺の両腕、両足は完全に拘束されていた。
「え? え?」
「君のように、アカネウォーカーが完全に覚醒した状態から自我を取り戻した例はない。だから、また暴れだす危険性を否定もできない。申し訳ないが、体を拘束させてもらっている」
「えぇ……」
困惑する俺に、ユーシスが目をそらしながら何やら言いにくそうに付け加える。
「拘束を徹底することと、次暴走を始めたらすぐにその場にいるウォーカーが始末することを条件に、こうして面会が許可されたんだ、我慢しろ。まぁ、なんだ……まだ胴体の上に首がついているだけありがたく思え」
「そんなに崖っぷち!?」
「だ、大丈夫だよシオン、僕たちちゃんと証言してみせるから。絶対助けるからね。だから、くれぐれも法廷で下手なこと言わないでね」
「法廷!?」
全く状況が飲み込めない。皆の思わしくない顔色と無理のある笑顔を見ていると、どんどん不安になる。
「君が目を覚ましたら、城に招致するようにと王の勅命だ。恐らくは、君の処遇について議論がなされると思われる。僕は……一度は君を抹殺しようとした身だ。信じてくれとは言わないが、君が処刑を免れるよう全力を尽くす」
「しょ……しょけい……」
手首を包む錠が、途端に重たく感じられた。
「大丈夫よ。私たちも証言者として招待されてるし、処刑なんて決まった瞬間には城ぶっ壊してでも助けてやるわ」
「そんなことしたら、オレたちまとめて死罪だぜ? まぁやるけどよ!」
マリアとロイドがとんでもないことを言い出して、その発言に誰もつっこまないのが怖すぎた。
「お、おいおい、ちょっと待てって。そんなにヤバい状況なのか? 処刑って……」
確かに我を忘れて暴れたかもしれない。でも、こんな拘束具までつけて、仲間たちにこんな顔させて、処刑されるかもなんて――俺は、そこまでのことをしたのか?
「十年前に現れた先代のアカネウォーカーは、当時世界一栄えていた北の大国、《コーネリア》を一夜にして滅ぼした。五十万人、死んだ」
絶句。誰一人言葉が出なかった。知らない国の、悪夢のような災厄。カンナが、震える声をどうにか紡いだ。
「そんな国、初めて聞いた……」
「海を越え、二万キロは離れている国だからね。ルミエールにとっては他の星の出来事みたいなものだ」
「二万キロって……地球の裏側に行くより長い距離じゃないか。白皇さん、この世界って、どれだけ広いんですか」
「それは僕にも、はっきりとは分からない。惑星の形をしていないことは確かだけどね」
皆の声が、上手く耳に入ってこない。五十万人……ルミエールの五十倍の規模を誇る大国が実在して、それが、一夜で滅んだ。その国には、ルミエールよりもっとたくさんの、強いウォーカーがいたはずなのに。それを――たった一人のアカネウォーカーが、皆殺しにした。
俺も? 俺もそうなるのか? 今ここにいる、それ以外にもたくさんいる、大切な人たち全員、俺は殺してしまうのか? 俺は――
ドン、ドン、と乱暴にドアがノックされた。
「失礼する」
「入るでぇ」
白マントに身を包んだ二人組が、対称的な態度で入ってきた。片方は、俺のよく知る人物だった。
「レザード!」
身構えかけて、ガシャァンと音を立てて鎖が伸びきる。反動でベッドに倒れこんだ俺を、レザードはケタケタ笑って見下ろした。
「あまり暴れると、処分対象と見なすぞ、ナツメ」
もう一人の人物が、ロボットのような冷徹な声で、短く鋭く言い放った。
肌を一ミリも露出しない、青銅色の甲冑で全身を覆った厳つい出で立ちながら、声は透き通るようなアルトボイス。――女、か?
「レザードに、アルテの嬢ちゃん!? お前ら久しぶりだなぁ!」
ロイドが開かない目を見開くようにして、懐かしそうに声を上げる。
「まだ生きとったんかオッサン」
「バーミリオン、気安く呼ぶなと言ったはずだ」
アルテと呼ばれた鎧女は、ベッドに倒れた俺の顔の前に、世界樹製の身分証を突きつけて生真面目に言った。
「私は白薔薇七剣《荊》が一振、《水剣》のリティシア・アルテミス。ナツメ、貴殿に王への謁見命令が下されている。同行願おう」
「同じく《荊》、《火剣》のジェイ・レザードじゃ。暴れたら殺せ言われとるから、頼むけ大人しくせぇよ。さっきの戦い見てから、ワシ、お前のことはちょっと気に入っとるんじゃから」
糸目を伸ばして笑うレザードが、ふと、マリアに気づいて歯を見せる。
「おぉ、マリア。お前、レッドテイルの腕章はどうしたんじゃ?」
マリアが慌てて隠した右腕には、いつの間にか、レッドテイルの証である赤い蜥蜴のスカーフが外されていた。
「まさか、ワシになんの筋も通さずファミリーを抜ける気か?」
「……分かってるわよ。ちゃんと、落とし前はつけるつもり」
「カカカ、そりゃ楽しみじゃ」
レザードはベッドに繋がれた鎖を順に外すと、立ち上がった俺の両腕を後ろに回し、余った鎖で固く拘束した。
「お前、マリアに何かしたら殺すぞ」
「アホ、ワシにそんな趣味はないわ」
「《荊》ってなんだ。聞いたことあるようなないような」
俺の問いにレザードが鼻で笑い、カンナが呆れた顔で説明してくれた。
「白薔薇創設の当初から存在する、七人の幹部のことだよ。それぞれが部隊を持ってて、有事の際は指揮をとるの。メンバーが入れ替わっても常に七人になるようにされてるんだ」
「こんなクズ野郎が幹部って、大丈夫かこのギルド?」
「己自分の立場分かっとる? ワシ殺しちゃうよ?」
ロイドがケラケラ笑いながら口を挟む。
「まぁそいつは確かにクズだが、幹部としちゃあ一番働いてるかもしれんぞ。この国の物流がちゃんとしてんのは、レザードが色んな商会とパイプつくってるおかげだし」
「オッサンと比べたら誰でも勤勉になるわ。ろくに幹部らしいことせずさっさと隠居しくさりおって」
ロイド教官も、元|《荊》だったのか。本当に大丈夫か、白薔薇。
「無駄口を叩くな。さっさと行くぞ」
「へいへい」
アルテミスに急かされ、レザードが俺の尻を蹴り上げる。二人に挟まれる形で連行される俺を、ハルたちが心配そうに見送る中、カンナがレザードに食ってかかった。
「ちょっと、レザード。そんな乱暴にしないで」
「なにぼけっとしとる、あんたも行くで《月剣》。壁内におる《荊》全員に招集かかっとんじゃ」
驚愕する。カンナも、白薔薇幹部の一員なのか。
「わ、私はハル君たちと一緒に参考人側として……」
「アホ抜かすな、そんなこと団長も国王サンも認めるかい」
「……分かった。ならその鎖は私が持つ。貸しなさい!」
レザードから鎖の先端を引ったくり、背後にくると、カンナは俺の背中を優しく押した。
「大丈夫よ。シオン君のこと、絶対処刑なんてさせない」
「お、おう……」
今から死ぬかもしれないなんて、やっぱり実感がまるでない。俺は異様なほど落ち着いていた。だから、「僕らもすぐ行くからな! シオン! 絶対に助けるから!」と叫んだハルたちに、去り際、俺は笑顔で手を振り返していた。




