57 破壊の剣(ユウシャ視点)
勇気はけして褒められる資質ではない。
勇気と無謀は近似値であり、破滅への第一歩でもある。
そんなことは、自身でもわかっていた。
だが、やめられない。
俺は目の前にいる古竜に向けて、一歩踏み出した。
発端は少女の失踪だった。
辺境のとある村で少女が次々と失踪し、ギルドに捜索と原因究明の依頼が出されたのだ。
最初は近隣のギルドにしか掲示されていなかったその依頼は、3パーティが全滅するに至って、王国全土、そして王都のギルドにも掲示されるようになった。
被害は最初の村に留まらず、近隣の村や一番近い町でも、失踪事件が起き始めていた。
王都の魔法学園に通う俺、ユウシャは、学園に通いながらも冒険者として活動し、これまでも数々の依頼をこなしてきた。
名を売るのが目的ではなく、自身を鍛錬する目的だったが、名が売れると受けられる依頼の範囲も広がる。
この依頼も危険度から、受諾するにはある程度の名声を必要としたが、これまでの名声のお陰で簡単に認められた。
そして俺は学校を休学して現地に急行、失踪した少女の足取りを追って、彼女たちを生贄に捧げていた邪教徒たちを一掃した。
そこまではよかったのだが、生贄を捧げていた儀式はすでに完成しており、その結果、遠い昔に封印されていた古竜が復活してしまって、今はその強大な存在と正面から対峙しているところなのだ。
俺にだってわかっている。
一度撤退し、この情報を持って王国に援軍を求めるべきだと。
それが良識ある判断であり、この場合の最善であることは、俺にもわかっている。
しかし、
俺は古竜の噴き出した炎を手に持った大剣で受け、頬を焦がしながら薄く笑った。
俺が逃げたらこの古竜はどうする?
ここに留まり、おとなしくしている?
そんなわけがない。
古竜は暴れ続け、多くの者が犠牲となるだろう。
そもそもここは村だ。
一般的に竜が見かけられる山奥とは違って、すぐそばに人が住んでいる。
ここから俺が撤退すれば、間違いなく犠牲が出るだろう。
だから俺は、勇気を振り絞ってこの場に留まる。とある女性が肯定も否定もしないでくれた、この勇気が俺を支える。
『馬鹿でしょ?』彼女は言った。
『でも助かった』彼女が言った。
それはただ事実で、それ以上でもそれ以下でもなく、彼女はこれっぽっちも感謝していなくて、だけど俺を否定はしなかった。
だから立ち向かえる。
誰かのためなんかじゃない。ただ結果がほしいだけなんだ、って開き直って、誰に馬鹿にされても踏みとどまれる自分がいる。
そうこれは前世の話。
小学生の頃、偶然居合わせた銀行で銀行強盗にあった。
人の物を力で奪うのはいけないこと。
何も悪いことをしていない銀行員が銃を向けられ、殺されるかもしれない状況に立たされてるのは間違っている。
母さんは怯えていた。知らないおじぃちゃんが苦しそうに胸を押さえていた。見知らぬ女の子が泣いていた。
母さんがよく見せてくれたヒーローが言っていたんだ。弱いものは守らなきゃいけない。愛と勇気があれば、やられても何度でも立ち上がれるんだって。
だから俺は立ち上がった。愛と勇気を友達に、銃を持ち、自分の倍以上の背丈がある男に立ち向かって行った。
次に気がついた時は病院で、俺は銃で撃たれたらしくて、結局俺のしたことに意味があったのかどうかわからなかったけど、俺は散々叱られた。
勇気を持って正しいことをしたはずなのに、親は泣き、周囲は俺を、腫物を扱うように慎重に扱いだした。
感謝をしてくれた人はいたけれど、同じようなことが起きた時、同じことをするように言う人はいなかった。
俺にはわからなかった。
俺が何か間違えたのだとは思ったが、何を間違えたのかわからなかった。
だから俺はそれからも勇気を共に、自分が正しいと思ったことを行い続けた。
交通事故から命を救った女性は、それを感謝してくれた。けれどそれから付き合うようになって、他の人の命を救うために行動すると、その度に俺をなじるようになった。いわく、自分をもっと大事にしてほしい。関係ない人間のために命を投げ出すなんてあり得ない。そんなことを俺に言い、最後にはついていけないと言って別れてしまった。
麻薬を売りさばいていた暴力団に喧嘩を売った時、死にたいなら自分ひとりで死んでくれ、と多くの友達が離れていった。それはいい。無謀な俺に付き合いきれない、その行動は仕方がないと俺も思う。
理解できないのは、そんなことがあっても俺の側に残ってくれた友人たちだ。そろって俺を糾弾し、行動を改めるよう説得してくるのだ。何より俺が大事なのだと、無駄に命を危険にさらしてほしくないと、涙ながらに訴えてくる。
俺の命を危険にさらして救ってやったヤツほど、熱く俺の行動を改めさせようとしてくるのだから、意味がわからない。
それでも、なんとなく自分が違っている気はしていて、だから彼女の反応は新鮮だった。
彼女は元々無謀なことばかりする俺のことは忌避していて、あまり親しくしたこともなかったけれど、偶然混雑したホームから線路に落ちそうだった彼女を助けて、代わりに俺が線路に落ちてしまって、呆れ返った彼女は、それでも俺を否定したりはしなかった。
感謝の言葉に心もこもっていなかったけれど……。
彼女の傍にいるのは、きっと楽だろうと思ったんだ。
俺が彼女のために命を投げ出して死んでしまってもきっと彼女は悲しまない、ただ呆れて見送って、すぐに歩き出してくれる。そこにはきっと、彼女を救った事実だけが残って、俺は憂いなく死ねるのだと、そう思った。
いや実際、そうだったのだろうと思う。
彼女に交際を申し込んで、彼女のストーカーに殺されて、完全に彼女のせいで俺は死んだのに、彼女の瞳には一片の罪悪感も見当たらなかった。
そこにあるのはただ、俺の正義のとばっちりで迷惑をかけられないか、という、自分の身を案じる気持ちだけ。
彼女なら、こんな俺が傍で死んでも悲しませずに済むと思った。俺が死んでたくさんの人が泣いただろうと後悔した前世の俺は、俺が死んだ後少しも悲しまなかったであろう彼女に希望を見出した。
目の前には古竜、そして視界を埋め尽くす炎。
肌は焦げていて、この身は今にも焼き尽くされそうだ。
「上等」
俺は気合を入れて駆けだした。
しかし炎に加えて、古竜の吐く熱い息吹で、中々前に進まない。このままではきっと、俺の刃は古竜に届かないだろう。
俺は諦めて、炎を避けるのに使っていた大剣を振りかぶり、古竜の火を吐く口に向かって思いっきり投擲した。
盾を失って炎は直接我が身を焼くが、剣はまっすぐ古竜に向かっていって……。
ああ、倒せるといいな。
俺が死んだら、彼女は少しは悲しんでくれるだろうか。
フッと笑いがこぼれる。
きっと彼女は悲しまない。
ただ呆れて、俺らしい無駄死にだったとため息を吐くだけだ。




