42 身の上話
ふう。
少し気力が回復した私は、ついとあたりを見渡した。
目の前に広がるのは、麦畑と少し離れたところに野菜畑、その向こうに見える丈高い並木は、街道脇の並木だろう。
そこから北へ向かうと、わがクゼイン家の領地に向かうはずだ。
「あのサ……」
うん?
声を掛けられてボアを見上げると、ボアはニヤニヤ笑って、
「スカート超まくれてるよ。誘っちゃってる感じ」
んな!?
指摘されて確認するとたしかに、ひざ丈スカートがまくれて太ももがベロンと向きだしになっている。
「っ!」
咄嗟に立ちあがって捲れをなおすが、どれほどの間私はあんな格好でへたっていたのか……。
「あれ、もういいの? 襲わなかったけど、がっかりしてない? ドンカン男のクソボケ、イヤンバカンって感じじゃない?」
感じじゃないです。
それで、襲うとかいう話がでてきたのか。
チッ。
だったらはっきりいえや、ゴラァ。
……なんてことは言わずに(もちろん舌うちもしてないよ)、
「教えてくれてありがとう。なんとか回復した」
ウザイ言葉は全部スルーだ!
「それじゃ行こうか? あっちだよね?」
歩き出す。
「ふふーん」
ボアは鼻で流すように笑って、ついてきた。
それから、10分ほど歩くと、見えていた並木の街道に着いた。
街道の道はほぼまっすぐ延びていて、遠くには、こちらに向かう馬車の姿や、休んでいる旅人、遠ざかって行く荷馬車の姿も見えた。
「ねえ、レオナの家ってどっち? 遠かったりする?」
ボアに聞かれて、頷いた。
「かなり辺境だよ。ここにくるのに馬車で二日ほどかかったし、学園のこともほとんど知らなかったしね」
たぶんうちの領地の子供は、奨学制度なんてものがあることすら知らないんじゃないだろうか。
「ふぅん。じゃ、ちょっと御両親に挨拶を、ってわけにはいかないか。ザンネンザンネン」
なんだそりゃ。
「近くても挨拶なんかする必要ないと……」
そこまで言って、ふと気がついた。
「ボアは近所なんだよね。一旦家に帰るの?」
「あ、俺帰れるような家ないから」
え?
ボアが歩きだす。
そして街道を横断しながら、続けた。
「母親は浮浪者だったし、死んだし、父親は誰かわからないし、町の人はよくしてくれたけど、犬猫みたいに人間ひとり軽く育てるとか無理だから、その場その場で手伝いとかして寝る場所貸してもらってたんだ」
なんですと!
「まあ、寒い夜は泊めてくれる家もあったし、貸本屋の親父なんか無料で本を読ませてくれて、役所の人なんか、奨学試験を受けるための試験料を貸してくれたり、筆記用具も用意してくれたから、俺はたぶんツイている方だと思う」
「……大変だったんだね」
レッツ自制心。
私はツッコミたいのを自制心総動員で押しとどめた。
ボアの話したことは、一見、けなげな苦労話に聞こえる。
しかしボア……いや蛇が普通に話す時は、大抵嘘を織り交ぜて、悲劇の主人公を演じたかったりとか、ツマランことを考えている時なのだ。
本当のことも言っているだろうが、普通に考えて、ボアに力を貸してくれた人の半数は、なんらかの秘密を握られて、強制された人だろう。
世の中そんなにスイートじゃない。
「……まぁね」
ボアはもっと何か欲しそうな顔をしたが、これ以上は過剰サービスだ。
私はあっさり話題を変えた。
「ねえ、あんまりノンビリしてると、明るいうちに帰れないんじゃない。急ごう」
そしてボアを追い抜く勢いで走りだす。
ボアも走り出して、私たちは街道を横断し、王都への道を駆けて、王都のおひざ元の市街地にたどり着いた。
ちょっと不在にするので更新は23日までお休みします。




