35 誤算(ボア視点)
嫉妬という感情は緑らしいです。
「私のことを知ってるの?」
いきなり馴れ馴れしかった俺に、姫は怪訝な表情を見せた。
俺はそれを軽く笑う。
「もち知ってる。王子様の姫だろ? これ常識」
実際アイツと姫のことは、とても有名だ。
姫はチッと舌打ちして……どうでもいいけど、アイツはこの女のどこがいいんだ? ……それから、苦く笑った。
「そういう黒歴史は、学校変わってまで持ち込んじゃだめだと思うな。あんな下衆なあだ名、小学生までだと思うし」
「あれ? 姫って褒めてない? かっこよくない?」
「どんなバツゲームだよ」
吐き捨てるように言う姫は、うん、まあ、たしかに姫って感じじゃなかった。
それまでアイツの執着対象として、遠くから眺めるだけだった俺は、話して、興味引かれた。もともとアイツが執着する理由も気になってはいたから、その答えが知りたくなった。
あいつはというと、やると決めた以上完璧なのか、彼女と仲睦まじくしていて、俺たちのクラスまで来ることはほとんどなく、俺は順調に、姫と仲よくなっていった。
だけど、
「そういえば、番長から聞いたんだけど」
ある時、姫が睨みつけるようにして聞いてきた。
「私の『姫』ってあだ名、アンタがつけたんだって?」
中学に入ってから番長と接触することはなかったから、それはあまりに予期せぬ攻撃で、
「あっはっはー。なーんのことだっかわっかんないなー」
誤魔化す笑みも、自分でひきつっていると分かるレベルだった。
ヤバイ。このままイモズル式に、俺がイジメの拡大に関与しているとバレたら……。
「番長が、『姫』なんてあだ名があったから、小学生の頃苛められてたんだ、って言うんだけど?」
バレてた!!!
「あーっと、不可抗力みたいな?」
ゲシ!
「ヒグェ!!!」
間髪いれないタイミングで、手加減なしの蹴りが脛に入れられる。
「ほんっとアンタ、ロクなコトしないね。そりゃ嫌われるよ」
辛辣だった。
たしかに俺は、嫌われていた。というか、明るく楽しい学校生活を送るために、皆少しずつ演技をしていたから、お互いがお互いをどこか嫌っているのは当たり前で、それをわざわざ指摘するのは野暮なことだと思っていた。
だけど、実際に言葉にされると来るものがある。
そういえば、俺のあだ名は、『蛇』だった。
誰が付けたかはわからないけれど、間違いなく好意的ではないあだ名。
「『番長』がさ、アンタとはもう付き合わないほうがいいって言うんだ」
ああ。と思った。あの時『番長』を利用したのは失着だ。俺が思っていた以上に、あの女は鋭く洞察する。
俺は、詰んだ、と思った。
「でも今更だよね」
え?
顔を上げると、そこにあったのは……。
「アンタがロクでもないのなんか最初からなのに、今更言われてもって感じ?」
笑顔? どうして?
「え? 怒ってなかったりする? もしかして俺にフォーリンラブってたりする感じ? 俺モテモテすぎ?」
「それだけはない」
動揺を隠すための軽口も、いつも通りの軽く否定されて、
「でも、これまで私もアンタのロクでもない噂で楽しませてもらってるし、貸しひとつを10倍返しにしてくれたらそれでいーよ」
本当に、全然気にしてないみたいだ。
「10倍ってボリすぎじゃない?」
「あー、結構前のことだし、利子?」
「えー、そーいう場合、時効とかあんじゃん。なんで増えちゃうの? ズバリ理不尽じゃね?」
「じゃ、100倍で」
「って増えてるし!」
ああ、ロクでもないな。
この女は本当に……。
姫は自分の欲求に正直で、自分のためになら何をしてもいいと思っていて、そして他人がそうであることも許してしまう。
だからなのだろう。姫の周りには、アイツや、俺のような面倒なヤツばかりが集まるんだ。
まともな神経をしていたら、姫の傍にはいられないから。
その時から俺は、アイツへの嫉妬だけではなく、姫が欲しくなった。
そのために、アイツが隠れ蓑に使った女が不安になるよう囁いたり、アイツと肉体関係を結ぶようそそのかしたり。
いつかアイツが駆け引きを終えて、姫を正面から求めた時、姫がアイツといたくなくなるためのカードを集めた。
だって俺は『蛇』だ。
囁いて禁断の果実をとらせ、楽園から引きずり落とす。
それが蛇の役目。
だけども俺は忘れていたんだ。
アダムは、禁断の果実を手にしたイヴのために、神をも裏切って楽園を捨てた、最悪のストーカーだったということを。
次回、本編に戻ります




