第6話 重力
――ドォォォン!!
遠くで、建物が崩れる音が響いた。
辺り一帯を土煙が覆う。
崩れた建物。
ひび割れた道路。
瓦礫で塞がれた道。
「こっちにまだ人がいる!」
「救助班! 急いで!」
あちこちから声が飛び交っている。
突然発生した大規模な地震災害。
ARCも現場へ入り、救助活動に加わっていた。
「高遠!」
「この先に五人。三人は動いてる。二人は――動きがない」
「場所は?」
「正面の建物。その奥」
「分かった!」
美琴さんが周囲を見る。
「透花!」
「もう行ってる!」
透花が瓦礫の間を駆けていく。
「結人! 向こうの救助班と連絡取れる?」
「やってる!」
「和臣は――」
「分かってるって!」
それぞれが別の場所へ走っていく。
俺も瓦礫を乗り越えながら、その後を追った。
◇
「……たすけ……」
「…………!」
一人の少女が足を止めた。
栗毛色のショートヘアの少女。
今――声がした。
「誰かいますか!?」
返事はない。
「誰か――!」
「……ここ……」
「!」
少女は声のする方へ駆け出した。
崩れた建物。
折れた柱。
積み重なった瓦礫。
その隙間から――
手が見えた。
「……!」
少女は駆け寄り、その場に膝をつく。
「大丈夫ですか!?」
「…………」
「聞こえますか!?」
「……たすけ……」
生きてる。
まだ、生きてる。
「待っててください!」
少女は立ち上がると、周囲を見回した。
「誰か!!」
少し離れた場所では、何人もの人が救助活動をしている。
「こっちにも人がいます!!」
だが、誰も来ない。
来られない。
「…………」
少女は瓦礫の下から伸びた手を見る。
「今、助けますからね!」
そして――
目の前の瓦礫へ両手を掛けた。
「んっ……!!」
力を込める。
「くっ……!」
動かない。
もう一度。
「うぅぅぅ……!!」
腕に力を込める。
足を踏ん張る。
それでも――動かない。
「はぁ……はぁ……」
当たり前だ。
少女一人で動かせるような重さじゃない。
それでも。
「待ってて……!」
もう一度、掴む。
「絶対……助けるから……!」
指に力を込める。
爪が欠ける。
掌が擦れる。
「うぅぅぅぅ……!!」
ズ……。
「……!」
少女の目が見開かれる。
動いた。
ほんの少しだけ。
「……動いた……?」
瓦礫を見る。
でも、考えている暇なんてない。
「もう一回……!」
再び掴む。
「んんっ……!!」
ズズ……。
「……!」
さっきより動く。
重い。
まだ、とても重い。
なのに――
「なんで……?」
さっきより、軽い。
「…………」
少女は瓦礫を横へ押し退けた。
その下には、まだいくつもの瓦礫が重なっている。
「まだ……!」
次の瓦礫を掴む。
「くっ……!」
重い。
けれど。
『助けなきゃ……!』
「うぅ……!」
ズ……。
また――軽くなる。
「……!」
少女は夢中で瓦礫を退けた。
一つ。
「はぁ……!」
また一つ。
「まだ……!」
さらに一つ。
指先が痛い。
腕が震える。
息が苦しい。
何度も瓦礫に手を擦り、掌から血が滲んでいる。
それでも止めない。
「もう少し……!」
瓦礫を掴む。
重い。
『助けたい……!』
力を込める。
少し軽くなる。
「……っ!」
退ける。
次。
重い。
『助けなきゃ……!』
また――軽くなる。
退ける。
次。
また次。
気づけば少女は、自分では持ち上げられるはずのない瓦礫を次々と退けていた。
そして――
「…………!」
最後の一つ。
それまでとは比べものにならないほど、大きな瓦礫。
その下から、僅かに人の身体が見えている。
「これ……」
少女が息を整える。
「これを、どかせば……!」
両手を掛ける。
「うぅぅぅぅ……!!」
全身に力を込める。
だが――
動かない。
「くっ……!」
もう一度。
「んんんんっ……!!」
動かない。
「はぁ……はぁ……!」
腕が震える。
力が入らない。
それでも、もう一度手を掛ける。
そのとき。
「……もう……いい……」
「……!」
瓦礫の下から、か細い声。
「……逃げ……て……」
「…………」
「もう……いいから……」
「よくない!!」
少女が叫んだ。
「もう少しだから!」
震える腕で、もう一度瓦礫を掴む。
「絶対助けるから!!」
歯を食いしばる。
腕に力を込める。
「う……うぅぅぅぅ……!!」
重い。
動かない。
それでも――
『助けたい……!』
腕が悲鳴を上げる。
『この人を――』
足に力を込める。
『絶対に助ける……!』
ズ……。
「……!」
動いた。
「まだ……!」
さらに力を込める。
『お願い……!』
ズズ……。
また――軽くなる。
「もう……少し……!」
少女は叫ぶ。
『軽くなって……!』
その瞬間――
フッ――。
「…………え?」
重さが消えていく。
少女はそのまま、全力で瓦礫を持ち上げる。
本来なら、少女一人ではとても動かせるはずのないほどの巨大な瓦礫。
そんな瓦礫が――
まるで重さを失ったかのように、ゆっくりと浮かび上がっていく。
「……!」
少女自身が、一番驚いていた。
それでも――
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
「う……あああああッ!!」
さらに力を込める。
そして――
フワッ――
巨大な瓦礫が持ち上がる。
少女はそのまま――
ドンッ!!
瓦礫を横へ退けた。
「はぁ……! はぁ……!」
少女がその場に膝をつく。
その先に――
倒れている人がいる。
「…………!」
助けた。
少女自身がまだ、それに気づいていない。
自分の手が血だらけなのも。
さっきまで持ち上がらなかった瓦礫を、自分が持ち上げたことも。
「誰か!! 誰かいませんか!?」
少女は叫ぶ。
「こっちです!! 怪我してる人がいるんです!! まだ生きてます!! 誰かっ!!」
「――生存者!」
「!」
声が聞こえた。
瓦礫の向こうから、数人がこちらへ走ってくる。
「透花!」
俺は叫んだ。
「分かってる!」
透花が真っ先に駆け寄り、倒れている人の横へ膝をついた。
「大丈夫。まだ間に合う」
透花が救助者の身体へ手をかざす。
その手から淡い光が広がり、救助者の身体を包んでいく。
裂けていた傷口が、徐々に塞がっていく。
不自然な方向へ曲がっていた腕も、ゆっくりと元の形へ戻っていった。
「…………」
少女はその光景を、呆然と見つめていた。
「はぁ……はぁ……」
力が抜ける。
そこで初めて、自分の手を見る。
「…………」
傷だらけだった。
掌から血が滲んでいる。
少女はゆっくりと顔を上げる。
自分が退けた瓦礫を見る。
「……なんで……?」
最初は、全く動かなかった。
それなのに。
途中から――
どんどん軽くなった。
◇
『助けたい……!』
『絶対に助ける……!』
そして――
『軽くなって……!』
「…………」
美琴は少し離れた場所から、少女を見ていた。
その視線が、横へ退けられた巨大な瓦礫へ向く。
そして再び、少女へ。
「これをやったのはあなた?」
「……え?」
美琴さんが、横へ退けられた巨大な瓦礫を指す。
「あの瓦礫」
「あ……はい。私にもよく分からないんですが……気がついたら、こんなことになってました」
「これ、もう一度できる?」
「分からないです……」
「そこにある瓦礫、試しにもう一度持ってみて」
「……え?」
美琴さんが近くに転がっている、小さめの瓦礫を指す。
「これ……ですか?」
「ええ」
「…………」
少女は立ち上がり、瓦礫の前へ移動する。
両手を掛ける。
「んっ……!」
持ち上げようとする。
「くっ……」
だが、動かない。
「……無理です」
「さっきのことを思い出して」
「さっきの……?」
少女が振り返る。
少し離れた場所では、透花が救助した人の治療を続けている。
「…………」
少女はその姿を見る。
そして、もう一度瓦礫に手を掛けた。
『軽くなって……』
フッ――。
「……!?」
瓦礫が持ち上がる。
「え……?」
「マジか……」
思わず声が出た。
隣にいた宗一も、その様子を見ている。
「覚醒したばかりか」
「ええ」
「覚醒……?」
少女がこちらを見る。
「それって……」
自分の手を見る。
「私……能力者……なんですか?」
「そうみたいね」
「…………」
少女の表情が曇った。
さっきまでとは違う。
自分の手を見つめる目に、僅かな不安が浮かんでいる。
「私が……」
「…………」
「能力者……」
その手が僅かに震える。
美琴さんはそんな少女を見ていた。
「そんな顔しなくていいわ」
「……え?」
美琴さんが視線を動かす。
その先。
透花が治療していた人が、ゆっくりと目を開けた。
「…………!」
少女が息を呑む。
美琴さんは言った。
「あなたの力で、一人助かった」
「…………」
少女は何も言わない。
ただ、助かった人を見つめている。
「私が……」
「ええ」
美琴さんが小さく笑う。
「あなたが助けたのよ」
「…………」
少女はもう一度、自分の手を見る。
さっきまで不安そうに見つめていた、その手を。
◇
救助活動が一段落した頃。
少女は傷ついた手の応急処置を受け、少し離れた場所に座っていた。
「少しは落ち着いた?」
「……はい」
美琴さんが少女の前に立つ。
「…………」
少女は包帯の巻かれた自分の手を見る。
「さっきの……」
「ええ」
「私の能力って、何なんですか?」
「まだ正確には分からないわ」
「…………」
「でも、あなたがあの瓦礫に何かをしたのは間違いないと思う」
「私が……」
「だから」
美琴さんが一枚のカードを取り出す。
…………あ。
「落ち着いたら、一度ARCに来ない?」
「ARC……?」
「特異能力社会調整機構」
美琴さんがカードを差し出す。
「その力について知りたいでしょう?」
「…………」
少女はカードを見る。
すぐには手を伸ばさない。
少し迷って――
それを受け取った。
「……はい」
「そう」
美琴さんが微笑む。
「待ってるわ」
「…………」
俺はそのやり取りを横から見ていた。
「……またそれか」
「何よ」
「いや」
この流れ、もう知ってる。
「なんでもない」
◇
後日。
ARC本部。
少女の能力について、いくつかの検証が行われた。
そして――
「《重力》」
「…………」
少女が自分の手を見る。
「これが……私の能力」
「正確には、物体に働く重力へ干渉できる能力と考えられる」
宗一が説明する。
「あの瓦礫を軽くできたのも、瓦礫に働く重力を弱めたからだろう」
「重力を……弱く……」
「まだ覚醒したばかりだ。どこまでできるのかは分からない」
「…………」
少女は目の前に置かれた重りを見る。
手を伸ばす。
「軽く……」
持ち上げる。
「……!」
先ほどまで持ち上げられなかった重りが、簡単に浮いた。
「できた……」
「そういうことだ」
宗一が言う。
「だが、それだけがその能力の全てだと決めつけるな」
「……え?」
「能力を理解しろ」
「…………」
「自分が何を起こしているのか。それを知ることから始めればいい」
少女は重りを見る。
そして――
自分の手を見る。
「…………」
しばらく黙っていた少女が、口を開いた。
「私……」
「?」
「あの人を助けたとき、必死だったんです」
美琴さんが少女を見る。
「瓦礫が全然動かなくて……」
「…………」
「このままじゃ助けられないって思って」
少女は自分の手を握る。
「でも……目の前でまだ生きてる人を……助けてって言ってる人を……絶対に助けてあげたかった」
「それで、夢中で瓦礫を持ち上げようとしてたら、瓦礫がだんだんと軽くなったんです」
「…………」
少しだけ笑った。
「助かって、本当によかった」
「…………」
「私、この力……」
少女が顔を上げる。
「もっと人を助けるために使えるようになりたいです」
「…………」
「あの……ARCの仕事って、どんな感じなんですか?」
「能力に関わる事件や事故への対応が主な仕事ね」
「じゃあ……能力者と戦ったりもするんですか?」
「そういうこともあるわ」
「…………」
少女は少し考える。
「戦わないとダメですか?」
「いいえ」
美琴さんは、すぐに答えた。
「…………」
「戦うことだけが、ARCの仕事じゃないわ」
「あなたがその力を、人を助けるために使いたいなら――それでいい」
「…………」
少女は少しだけ、美琴さんを見つめた。
「だったら……」
一度、息を吸う。
「私もARCに入れますか?」
美琴さんが少女を見る。
少しの沈黙。
そして――
「そう」
小さく微笑んだ。
「歓迎するわ」
「……はい!」
少女が初めて、はっきりと笑った。
「水瀬紬です」
「これから、よろしくお願いします!」
――第6話 END




