第24話 建物内部調査
ARC本部 ブリーフィングルーム
モニターには、昨日発見した建物の外観と周辺地図が映し出されていた。
「昨日発見したこの建物」
美琴さんが画面を指す。
「澪の《索敵》では、内部におよそ50人」
画面が切り替わる。
次に表示されたのは、荒城岳を殺害した男が乗っていた車の追跡記録。
「そして、荒城岳を殺害した犯人の逃走車両が、この周辺で消息を絶っている」
俺は腕を組みながら、建物の写真を見る。
「限りなく黒に近いってわけか」
「ええ。でも――まだ確証はないわ」
「だったら乗り込んで確かめりゃ――」
和臣が言いかける。
「それで違ったらどうするのよ」
透花が即座に返した。
「…………」
和臣が黙る。
「珍しく黙ったな」
「俺だって考える時くらいあるわ!!」
「考えてから喋れよ」
「うるせぇ!!」
「はいはい」
美琴さんが軽く手を叩く。
「だから、先に内部を確認する」
モニターが切り替わった。
表示されたのは、昨日までに確認できた範囲を基にした建物の簡易図。
「今回の目的は三つ」
美琴さんが指を一本立てる。
「内部構造の把握」
二本目。
「50人近くが、内部でどのような状況にあるのかの確認」
三本目。
「荒城岳を殺害した男が、この建物にいるかの確認」
「…………」
みつきがモニターを見る。
美琴さんも、そんなみつきへ視線を向けた。
「そこで――」
「みつきちゃん。あなたに潜入をお願いしたい」
「私?」
「まあ、適任だろうな」
俺が言う。
「前も一人で潜り込んで宝石取り返してきたしな」
和臣が笑う。
「途中でめちゃくちゃ追いかけられたけどね……」
みつきが苦笑した。
「今回は、それだけじゃないわ」
美琴さんが机の上を見る。
そこには、小型の黒い装置が三つ並べられていた。
「これは……?」
みつきが一つを覗き込む。
「ARC製の中継端末」
結人が答えた。
「犯人の拠点だと確定した場合、次は犯人の確保のために乗り込むことになる」
結人が端末を一つ持ち上げる。
「そうなった時、建物の構造次第じゃ、臨時指揮所との通信が安定する保証がない」
「臨時指揮所?」
「現地での作戦用に設置する指揮拠点だ」
結人が端末を見る。
「だから、潜入して荒城岳を殺害した男がいた場合、要所にこれを設置してきてほしい」
「なるほど」
みつきが端末を手に取る。
「設置した端末同士を繋げれば、臨時指揮所から最深部まで通信網を作れる」
「じゃあ――」
みつきが一つ目の端末を持ち上げた。
「荒城岳を殺した犯人がいたら、これを置いてくればいいんだね」
「そういうこと」
結人が頷く。
「ただし――」
「?」
「気体化してる間は、端末も一緒に気体化する」
「……あ」
「だから、その間は通信できない」
みつきが肩を落とした。
「そこは前と同じかぁ」
「仕方ねぇだろ」
結人がみつきを見る。
「だから無理すんな。通信が切れてる間は、こっちからお前の状況は分からなくなる」
「でも」
澪が口を開いた。
「位置は私が追う」
みつきを見る。
「中に人がいたら教えるから」
「ああ」
律も続く。
「危険な動きがあれば、俺も先を視る」
「…………」
みつきが二人を見る。
そして。
ニッと笑った。
「うん。二人がついてれば安心だよ」
「ええ」
美琴さんも僅かに笑う。
「みつきちゃんなら大丈夫。信じてるわ」
そして、真っ直ぐみつきを見る。
「必ず帰ってきて」
「了解!」
◇
――建物正面。
「こちら、みつき。建物正面まで来たよ」
小声で無線へ呼びかける。
「澪、律さん。聞こえる?」
『聞こえてる』
澪の声。
『衛星写真だと、そこから左側へ回ると排気ダクトがあるはず』
「左ね」
みつきが周囲を確認する。
『今なら見張りもいないみたい。そこから侵入して』
『待て』
律の声が割って入った。
『5分後に、排気ダクト付近へ人が来る』
「5分後?」
『ああ。侵入は速やかに済ませた方がいい』
「了解」
みつきが左側へ視線を向ける。
「内部に入ったら、また連絡するね」
『分かった』
「じゃあ――」
無線機を確認する。
「行ってきます」
通信を切った。
◇
――建物左側。
「排気ダクト、排気ダクトっと……」
壁沿いを進む。
「あ! あったあった」
小さな排気口。
周囲に人の気配はない。
「さてと」
みつきが笑う。
「行っちゃいますか」
身体が揺らぐ。
輪郭がぼやけ――。
髪。
腕。
胴体。
全身が徐々にほつれるように白い気体へ変わっていく。
身につけたARC製の装備。
無線機。
小型カメラ。
そして中継端末も。
その身体と共に気体へ変わった。
白い煙となったみつきは、排気ダクトの隙間へ吸い込まれるように入り込む。
そのまま。
建物内部へ。
◇
――建物内部。
天井裏。
白い気体が集まり、再び人の形を作っていく。
完全に実体へ戻ったところで、みつきが無線機を取った。
――ザザッ。
「こちら、みつき。内部に入ったよ」
『了解』
澪の声が返る。
『そこから約15メートル先に、人が大勢いる』
「大勢?」
『……13、14……15人』
みつきが天井裏の隙間から下を覗く。
「うわぁ……本当だ」
広い部屋。
そこには15人の男たち。
「いっぱいいるよ」
よく見る。
腰。
背中。
机の上。
拳銃。
ライフル。
マシンガン。
ナイフ。
明らかに、普通の施設ではない。
「しかも、みんな武装してるみたい」
『了解』
結人の声。
『記録する』
みつきは再び気体化し、天井裏を進んでいく。
しばらくして。
安全な場所で実体化。
「……あ」
隙間から下を見る。
「なんか、武器保管庫みたいな部屋もある」
『武器保管庫?』
「うん。大きい銃とか、小さい銃とか、刃物とか、色々置いてある」
少し黙る。
「テロリスト集団か何かなのかな?」
『了解。記録した』
結人が答える。
『ますます怪しいな』
『みつき』
澪の声。
『次は、そこの突き当たりを左に曲がって』
「左?」
『下の階へ通じるダクトがあるはず』
「了解だよ」
◇
――B1F。
白い気体がダクトから流れ込み。
物陰で人の姿へ戻る。
――ザザッ。
「こちら、みつき。B1Fに来たよ」
『聞こえてる』
「うわ……」
みつきが目を丸くする。
「ここにもいっぱいいる」
広い空間。
中央にはマット。
周囲にはトレーニング器具。
何人もの人間が身体を鍛え。
別の場所では、二人一組で組み手をしていた。
「大きな訓練所みたい」
『訓練所?』
「うん。トレーニングしてる人とか、組み手してる人とか……」
『……確認した』
澪が答える。
『この階には35人』
「35人もいるの!?」
思わず声が大きくなる。
慌てて口を押さえた。
『訓練施設。戦闘員と思われる人員35名……記録した』
結人の声。
『みつき』
『次はその先を右に曲がって』
澪が続ける。
『さらに下へ繋がるダクトがある。そこから下へ――』
『待て』
律の声。
「?」
『1分後』
少し間。
『天井の方を見る奴がいる』
みつきの表情が変わる。
「……マジ?」
『ああ』
『3分待ってから進んだ方がいい』
「了解」
みつきは、その場に身を潜める。
しばらくして――。
一人の男が、ふと天井を見上げた。
「…………」
何かを探すように見回し。
やがて視線を戻す。
数分後。
『もう大丈夫だ』
律の声。
「助かったぁ……」
小さく息を吐く。
再び身体を気体へ変えた。
◇
――B2F。
「こちら、みつき。B2Fに来たよ」
無線へ呼びかけながら、周囲を見る。
「ここにも広いホールがある」
壁には複数の大型モニター。
中央には長い机。
端末。
資料。
「モニターとかもあるし、作戦会議室とかかな?」
その時。
みつきの声が止まった。
「――あっ」
『みつき?』
澪の声。
『どうしたの?』
「…………」
みつきが身を低くする。
そして。
声を落とした。
「……いた」
一瞬。
通信の向こうが静かになる。
『確認できるか?』
律。
「うん」
みつきが隙間からホールを見る。
一人の男。
背が高い。
細身。
肩ほどまで伸びた、癖のある長髪。
そして――。
黒いロングコート。
「黒いロングコート」
小さく息を呑む。
「背が高くて、長髪」
過去視で律が視た特徴と一致する。
「間違いないよ」
みつきが呟いた。
「律さんが言ってた、荒城岳を殺した男」
『…………』
『ビンゴだな』
結人の声。
『記録した』
「これで、ここが――」
みつきが男を見る。
敵の拠点。
ほぼ間違いない。
その時。
「……あれ?」
みつきが視線を動かす。
ホールの向こう。
天井裏を通るダクト。
さらに奥へ続いている。
「このダクト、まだ奥に続いてる」
『奥?』
「あの人がいるホールを通らなくても、もっと奥まで行けそう」
『…………』
澪が《索敵》を広げる。
『その先には誰もいない』
『なら』
律が言う。
『調べてみてもいい』
一呼吸。
『ただし、慎重にな』
「分かってる」
みつきは再び気体化した。
◇
――B2F 最奥の部屋。
――ザザッ。
「こちら、みつき」
『聞こえてる』
「通路の先に扉がある」
目の前。
頑丈そうな扉。
「内側まで入ってみるね」
『了解』
澪の声。
『周囲に人はいないみたい』
少し間。
『でも、何が起こるか分からない。ここも慎重にね』
「了解」
みつきの身体が、再び白い気体へ変わる。
スゥゥ――。
扉の僅かな隙間から。
中へ。
◇
――扉の内側。
誰もいない。
白い気体が集まり。
みつきが実体化する。
「…………」
目の前の光景に。
思わず言葉を失った。
――ザザッ。
「……何ここ」
『……どう……した?』
結人の声が途切れながら聞こえる。
「すっごく広い……」
周囲を見回す。
巨大な機械。
無数の端末。
見たことのない装置。
太いケーブルが床を這い、壁の奥へ伸びている。
「研究室みたい」
――ザザッ。
「見たことない機械がいっぱいあるよ」
『……記録……』
通信が乱れる。
「……これ、何の機械だろ?」
一台の装置へ近づく。
『不用意に……触るな』
律の声。
『何を研究……しているのか分からない』
「分かってるってば」
ザザザザッ――。
「……通信、かなり悪くなってきたね」
『みつき』
結人の声が飛ぶ。
『聞こえるか?』
「聞こえるよ」
『かなり電波が不安定だ』
ザザッ。
『そこが限界だな』
「…………」
『荒城岳を殺害した犯人のアジトだということは確認できた』
『予定通り、中継端末を三基設置してくれ』
「了解」
みつきが装備から端末を取り出す。
まず。
研究室の入口付近。
カチッ。
小さなランプが点灯した。
「一基目」
次に。
部屋の中央。
機械の陰。
カチッ。
「二基目」
そして――。
研究室の最奥。
壁際まで移動する。
「最後」
カチッ。
三基目の端末が起動した。
一瞬。
無線に混じっていたノイズが消える。
『よし』
結人の声が、はっきり聞こえた。
『三基ともオンライン』
『最深部まで通信良好』
『必要な情報も揃った』
『あとは帰還だ』
『最後まで気を抜くなよ』
「ふぃ〜……了解!」
そして。
研究室の扉を見る。
「じゃ、帰りますか!」
◇
来た道を戻る。
B2F。
『今は動くな』
律の指示で身を潜め。
『右側の通路、二人いる』
澪の情報で進路を変える。
B1F。
地上階。
少しずつ。
確実に。
出口へ近づいていく。
そして――。
◇
――敵アジト外。
排気ダクトから、白い気体がゆっくりと流れ出す。
スゥゥゥ――。
人の形へ集まり。
みつきが実体化した。
「ふぅ……」
周囲を見る。
誰もいない。
――ザザッ。
無線機を取る。
「こちら、みつき」
一度。
小さく息を吸った。
「無事、脱出したよ!」
◇
――ARC本部。
「……よかったぁ」
澪が椅子の背もたれへ身体を預ける。
律も小さく息を吐いた。
「お疲れ」
「頑張ったな!」
結人が言う。
そして。
美琴さんも少しだけ笑った。
「よくやったわ。みつきちゃん」
第24話 END




