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第23話 追跡

ARC本部 ブリーフィングルーム


「みんな、聞いて」


いつになく険しい表情で、美琴さんが俺たちを見る。


「今朝、収監施設から連絡があったわ」


美琴さんが端末を操作する。


モニターに、一人の男の顔写真が表示された。


その顔には見覚えがある。


「……こいつ」


隣で和臣も眉をひそめた。


「《増幅》野郎じゃねぇか」


荒城岳。


以前、俺たちが確保した《増幅》の能力者だ。


美琴さんは一度、俺たちを見回した。


「今朝、収監室内で死亡しているのが発見された」


「……!」


空気が止まる。


「……死んだ?」


思わず聞き返す。


「ええ」


美琴さんが端末を操作する。


画面が切り替わった。


映し出されたのは、荒城が収監されていた部屋。


「ただし――自然死ではないわ」


写真の中央。


床には血の跡が残っている。


「遺体の胸には、何かに貫かれたような穴が空いていた」


「…………」


「収監施設にも破壊された形跡があり、複数の警備員が倒れている」


美琴さんの声が僅かに低くなる。


「何者かに殺害された可能性が高いわ」


「…………。」


「あいつ……とうとう死んじまったのか……。」


和臣が青ざめながら透花を見る。


「…………」


透花の眉がピクリと動いた。


「なんでこっち見るのよ!!」


「あの後、胸に穴が開く病気になったとかじゃねぇのか……」


「どんな病気よ!!」


「少なくとも《罹患》で胸に穴は開かねぇよ」


俺が言うと、透花が勢いよく和臣を見る。


「ほら!!」


「…………」


和臣はまだ透花を見ている。


「まだ疑ってるでしょ!!」


「……話を戻すわよ」


美琴さんの冷静な声が飛んできた。


「……はい」


透花が不満そうに口を閉じる。


モニターが切り替わった。


映し出されたのは、破壊された収監施設の写真。


「問題はここからよ」


美琴さんが画面を指す。


「犯人は、厳重に警備された収監施設へ侵入している」


次の写真。


破壊された扉。


倒れた警備員。


「警備員を突破して、《増幅》の収監室まで到達」


そして。


「《増幅》だけを殺害した」


「……増幅だけ?」


「ええ」


俺の問いに、美琴さんが頷く。


「他の収監者に被害は出ていない」


「…………」


部屋の空気が変わった。


さっきまでの和臣と透花のやり取りが、一瞬で消える。


「偶然とは考えにくいわ」


美琴さんが言う。


「目的は分からない」


モニターに、荒城の顔写真が再び表示される。


「でも、犯人が《増幅》を狙って侵入した可能性は高い」


「……わざわざ収監施設に侵入してまで、か」


「ああ」


律が画面を見つめる。


「普通じゃないな」


「だから、まず犯行当時に何があったのかを知りたい」


美琴さんが律を見る。


そして、俺へ視線を向けた。


「朔。律」


「ん?」


「二人で収監施設へ行って」


美琴さんが続ける。


「律の能力を《反転》させて、犯行当時を確認してきてほしいの」


「未来視の反転か。」


少し笑って律を見る。


「なんか、お前と出会った頃を思い出すな。」


「…………」


律が僅かに眉をひそめる。


「俺にまた過去を視ろっていうのか」


「そういうことになるな」


「……まあ、捜査に役立つなら仕方ない」


律が小さく息を吐く。


「やってみよう」


「犯人の顔、侵入経路、逃走経路……何でもいい」


美琴さんが俺たちを見る。


「アジトに繋がる手掛かりを探して」


「ああ」


「分かった」


「二人とも、頼むわね」


俺と律は同時に頷いた。


「了解!」


◇


――能力犯罪者収監施設。


荒城が殺害された収監室。


「ここか……」


室内へ足を踏み入れる。


事件後だからか、部屋の中はまだほとんど手がつけられていない。


床に残る血の跡。


壁。


鉄格子。


そして。


荒城が最後にいた場所。


「増幅野郎が殺されたのは、この辺だな」


俺は律を見る。


「よし。じゃあ早速始めよう」


右手を上げる。


「準備はいいか?」


「ああ」


律が答える。


その身体へ向けて、手をかざす。


「反転」


《未来視》。


その性質を――反転。


《過去視》。


「…………」


律の目が、僅かに見開かれた。


そして――。


過去を視る。


◇


「……東雲さん?」


収監室の中。


荒城が顔を上げる。


その前には、一人の男が立っていた。


肩ほどまで伸びた、癖のある長髪。


黒いロングコート。


「久しぶりだな」


男が言う。


「…………」


荒城が周囲を見る。


破壊された扉。


倒れた警備員たち。


そして。


目の前の男。


「助けに来てくれたんスか?」


「…………」


男が僅かに笑う。


「残念だが、違うな」


「……?」


倒れている警備員から奪った鍵を取り出す。


ガチャッ。


収監室の鍵が開いた。


荒城が立ち上がる。


「じゃあ、何しに――」


男が荒城を見る。


「お前の能力を貰いに来た」


「…………」


荒城の表情が止まる。


「……なっ、何言ってんスか!?」


「《増幅》」


男は淡々と続ける。


「筋力、瞬発力、反射、耐久……」


「…………」


「状況に合わせて強化する箇所を切り替える」


一歩。


「鍛え方も悪くなかった」


荒城の表情が僅かに強張る。


「だが――」


男が収監室を見回す。


「こんな所に閉じ込められていては――」


荒城を見る。


「もう、お前には使えない」


「……!」


男がさらに一歩近づく。


「だったら――」


「待ってくださいよ東雲さん。冗談っスよね!?」


男は止まらない。


「俺が使ってやる」


「…………」


荒城の顔が引きつる。


そこで――。


◇


「ハッ……」


律が大きく息を吸った。


「戻ったか」


「ああ」


目の焦点がこちらへ戻る。


「どうだった?」


「犯人は視えた。名前も聞こえた」


「名前?」


「荒城が“東雲さん”と呼んでいた」


「東雲……」


律が続ける。


「30代前半くらい。背は高い。細身。肩くらいまである、癖のついた長髪。黒いロングコートを着ていた」


「殺害方法は?」


「そこまでは視てない」


「え?」


律を見る。


「目的は犯人の特定だ」


「…………」


「殺されるところまで視る必要はない」


「……そうだな」


その通りだ。


犯人を追うために必要なのは、荒城がどう殺されたかじゃない。


誰がやったのか。


そいつがどこへ行ったのか。


「それより――」


律が収監室の外を見る。


「まだ追える」


「?」


「時間を進める」


「時間を?」


「ああ」


律が目を閉じる。


「こいつが施設を出た後を視る」


再び。


過去へ。


◇


黒いロングコートの男が、収監施設から出てくる。


そのまま駐車場へ向かう。


「……車だ」


「車?」


俺の声は届かない。


だが、律は過去を視続ける。


男が一台の車へ乗り込む。


エンジンが掛かる。


そして――走り出した。


◇


「ハッ……」


律が《過去視》から戻る。


「車?」


「ああ」


「施設を出て、そのまま車に乗った」


「よし」


俺は身を乗り出す。


「ナンバー見えたか?」


「ああ」


「マジか」


律が頷く。


「ナンバーだけじゃない。車種と色も覚えた」


「十分だ」


俺は収監室の出口を見る。


「一度、本部に戻ろう」


「関係機関に照会してもらう」


「ああ」


◇


――ARC本部。


「未来視が視た車のナンバーだけど……」


美琴さんがモニターを見つめている。


「該当するナンバーは存在しないそうよ」


「偽造か」


「だろうな」


律が腕を組む。


「でも」


俺はモニターを見る。


「車種と色は分かってる」


美琴さんを見る。


「周辺の防犯カメラから追えないか?」


「……そうね」


美琴さんが端末へ手を伸ばす。


「やってみましょう」


◇


収監施設周辺。


道路。


交差点。


モニターに、次々と防犯カメラの映像が表示されていく。


「これね」


美琴さんが一つの映像を止める。


黒い車。


律が視たものと一致する。


「間違いない」


律が言う。


そこから。


別のカメラへ。


さらに別のカメラへ。


数キロ先。


高速道路。


市街地を抜け――。


郊外へ。


少しずつ。


車の足取りを辿っていく。


「…………」


美琴さんが映像を切り替える。


「……ここ」


映像が止まった。


「?」


俺が画面を見る。


「ここから先、車が映っていない」


「どういうことだ?」


画面が地図へ切り替わる。


美琴さんが一点を指す。


「この交差点までは確認できている」


「でも、ここから先のどのルートのカメラにも同じ車が映っていない」


「…………」


俺は地図を見る。


「途中で車を捨てたか……?」


「あるいは乗り換えたか」


律が言う。


その時。


「……だったら」


ブリーフィングルームの席に座っていた澪が口を開いた。


「?」


俺たちが澪を見る。


澪は地図を見つめている。


「この辺り、調べてみない?」


「この辺り?」


「車を乗り換えたのかもしれない」


澪が、追跡が途切れた地点を指す。


「でも、ここで追跡が途切れたなら――」


少しだけ指を動かす。


「少なくとも、この周辺で何かしたはず」


「…………」


美琴さんが地図を見る。


「そうね」


数秒。


考えた後。


「現地に行ってみましょう」


◇


――郊外。


車の追跡が途切れた地点。


周辺には、古い倉庫や使われているのか分からない建物がいくつも並んでいる。


「この辺か」


辺りを見回す。


人気はない。


「澪」


「分かってる」


澪が目を閉じる。


《索敵》。


周囲にいる人間の位置。


建物。


通路。


その全てを探っていく。


「…………」


数秒。


「……人が大勢いる」


「どこだ?」


「あの建物」


澪が指差す。


少し離れた場所に建つ、大きな建物。


窓は少なく。


外から中の様子はほとんど分からない。


俺たちは、その建物に近づいた。


「何人いる?」


「待って」


澪が再び集中する。


「10……」


「…………」


「20……」


俺と律が建物を見る。


「…………まだいる」


「まだ?」


「30……40……」


澪の表情が僅かに変わる。


「……建物の中に散らばってる」


「一か所じゃない。地下にもいるみたい」


「地下……?」


そして。


澪がゆっくりと息を吐いた。


「……50人近い」


「50……?」


思わず聞き返す。


「この建物にか?」


律が言う。


「うん」


俺たちは、目の前の建物を見上げた。


「……どう考えても普通じゃねぇな」


美琴さんも建物を見つめる。


「かなり怪しいわね」


「…………」


「でも、まだここが犯人の拠点だと決まったわけじゃない」


美琴さんが俺たちを見る。


「一度戻りましょう」


そして。


もう一度、建物へ視線を向けた。


「内部を確認する必要があるわ」


第23話 END

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