第22話 使わないなら
その男には、かつて親友がいた。
男の名は――東雲雅人。
親友の名は、藤崎陽介。
二人は、ごく普通の親友同士だった。
ただ一つ。
陽介が持つ能力だけは――普通ではなかった。
《死の授与》
対象に「死」を与える、あまりにも危険な能力。
その危険性から、社会では使用を禁じられていた。
そして陽介自身も――
その能力を使おうとはしていなかった。
自分の能力が何を引き起こすのか、分かっていたから。
◇
ある日。
学校帰り。
「今日暇だろ? 俺ん家寄ってけよ。新しいゲーム買ったんだ。一緒にやろうぜ」
雅人が言う。
「良いねぇ。行く行く!」
陽介が笑った。
「ただし、俺が先にやるからな」
「何でだよ。二人でできるゲームなんだろ?」
「いや、一人用のゲームなんだ」
「なんだ、一人用かよ」
「まぁ良いじゃんか。交代でやろうぜ」
くだらない話をしながら、二人は並んで歩いていた。
いつもと変わらない学校帰り。
何でもない一日。
そのはずだった。
やがて――。
雅人の家が見えてくる。
「今日、母さんいるはずだから、なんか食いもん――」
その時。
「キャァァァァァァ!!」
「……!」
家の中から悲鳴が響いた。
雅人の足が止まる。
「今の……」
陽介が家を見る。
雅人は何も答えなかった。
次の瞬間。
「母さん!」
玄関へ駆け出す。
「雅人!」
陽介もその後を追った。
勢いよく玄関の扉を開ける。
「母さん!!」
靴も脱がずに家へ上がる。
リビングへ駆け込んだ。
そして――。
雅人は、その場で立ち止まった。
「…………」
知らない男がいた。
手には――包丁。
そして、床には荒らされた引き出しや散らばった財布。
強盗だった。
その刃が照明を反射している。
男の前には。
「雅人……!」
母親がいた。
壁際まで追い詰められ、怯えた表情で男を見ている。
「母さん!」
雅人の声に、男が一瞬だけこちらを見る。
だが。
すぐに再び母親へ視線を戻した。
「…………」
雅人の顔から血の気が引いていく。
どうすればいい。
警察。
逃げる。
助けを呼ぶ。
そんな考えが、一瞬で頭を駆け巡る。
そして。
雅人は隣にいる陽介を見た。
「陽介」
「……え?」
「お前の能力で――」
「アイツを殺ってくれ」
「…………」
陽介の表情が固まった。
「雅人……?」
「早くしろ!」
「無理だよ」
「……は?」
陽介が首を横に振る。
「そんなの、できない」
「何言ってんだよ」
「だって……」
陽介が包丁を持つ男を見る。
陽介の手が僅かに震えていた。
「親からも、先生からも言われてるだろ」
「…………」
「この能力は使っちゃダメだって」
「今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!!」
雅人が叫ぶ。
「お前なら止められる!」
「でも――」
「頼む!!」
雅人の声が震える。
「今、母さんを助けられるのはお前しかいないんだ!!」
「…………」
陽介は動けなかった。
使えば止められる。
それは分かっている。
だが。
《死の授与》。
その能力が与えるものは――死。
使えば。
目の前の男は死ぬ。
自分が殺す。
「陽介!!」
「…………できない」
小さな声。
「そんな……人を殺すなんて……」
その瞬間。
男が動いた。
「――っ!」
母親が息を呑む。
「母さん!!」
――ザシュッ。
「…………」
時間が止まった。
雅人の目の前で、包丁が――母親の身体へ突き刺さっていた。
「…………あ」
男が包丁を引き抜く。
母親の身体が崩れ落ちる。
大量の血が、リビングの床へ広がっていく。
「母さん……?」
返事はない。
「……あ」
雅人がゆっくりと歩み寄る。
「母さん?」
床に倒れた母親を見る。
「…………」
動かない。
「母さん」
肩に触れる。
「なぁ……」
揺らす。
「母さん……?」
それでも。
返事はなかった。
「あ……あ……」
声が震える。
「あぁ……」
「母さんっ……」
「母さぁぁぁぁんっ!!」
叫び声が、家の中に響き渡った。
「…………」
陽介は何も言えなかった。
ただ、その場に立ち尽くしている。
「雅人……」
「…………」
雅人の動きが止まった。
ゆっくりと。
顔を上げる。
そして――。
陽介を見る。
「……なんで?」
「え……?」
「なんで能力使わなかった?」
「…………」
「お前なら……止められただろ」
陽介の顔が歪む。
「そんなこと言ったって……」
「…………」
「できるわけないだろ」
陽介も声を震わせる。
「人を殺す能力なんだぞ」
「…………」
「使ったら……俺が人殺しになっちゃうんだぞ」
「…………」
雅人の手が震える。
「お前のせいだ」
「……え?」
「お前が能力使わなかったから……」
ゆっくりと立ち上がる。
「母さん、死んじゃったじゃないか……」
「雅人、それは――」
「お前なら助けられた」
「…………」
「お前には能力があった」
一歩。
陽介へ近づく。
「なのに――」
もう一歩。
「使わなかった」
「雅人……?」
「…………」
陽介が後ずさる。
雅人の顔を見て。
初めて。
恐怖を感じた。
「雅人、ちょっと待てよ」
「…………」
「今のお前、おかしいって」
「よこせよ」
「……え?」
「使わないなら――」
雅人が陽介へ手を伸ばす。
「よこせよ。その能力」
「何言って――」
次の瞬間。
雅人の両手が、陽介の首を掴んだ。
「ぐっ……!?」
「よこせ」
「ま、雅人……!」
「よこせ」
「やめ……ろ……!」
陽介が雅人の腕を掴む。
必死に引き剥がそうとする。
「よこせ……」
「よこせよこせ……」
「よこせよこせよこせ……」
「よこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせよこせ……」
グググ……。
陽介の首が締められていく。
「カハッ……!」
陽介の手が、雅人の腕を叩く。
何度も。
何度も。
それでも。
雅人は手を離さなかった。
やがて。
陽介の抵抗が弱くなる。
「…………」
力が抜けていく。
そして――。
その手が。
床へ落ちた。
「…………」
雅人の手が止まる。
「陽介?」
返事はない。
「…………」
ゆっくりと手を離す。
陽介の身体が、その場に崩れ落ちた。
動かない。
「…………」
雅人は見下ろしていた。
たった今まで親友だった少年を。
自分の手で――殺した。
その時。
「……っ」
雅人の身体に、異変が起きた。
胸の奥。
何かが流れ込んでくるような感覚。
「…………?」
雅人が自分の手を見る。
東雲雅人が元々持っていた能力。
《継承》
その能力が――発動していた。
藤崎陽介が持っていた力。
《死の授与》
その能力が今、雅人の中にある。
「…………」
雅人はゆっくりと顔を上げた。
そこには、母親を刺した強盗がいた。
突然始まった出来事に。
男もまた、目の前の光景を呆然と見ていた。
雅人が男を見る。
「よくも母さんを……」
男が後ずさる。
「お、おい……」
「絶対に……」
雅人は歩く。
「待て」
一歩。
「許すもんか――」
もう一歩。
「来るな!」
男が包丁を構える。
だが。
雅人は止まらない。
陽介が使おうとしなかった力。
人を殺すから。
使ってはいけないと言われた力。
それを。
雅人は初めて使う。
男へ手を向けた。
「死ね」
《死の授与》――
「――っ」
男の身体から。
力が抜けた。
包丁が床へ落ちる。
カラン――。
そして。
その身体も。
倒れた。
「…………」
静寂。
床には三人。
母親。
親友。
そして。
母親を殺した強盗。
雅人だけが立っている。
「…………」
自分の手を見る。
陽介が最後まで使わなかった力。
その力で。
雅人は――人を殺した。
「…………」
拳を握る。
そして。
小さく呟いた。
「使えるじゃないか」
◇
――現在。
夜の街を、一台の車が走っていた。
後部座席。
東雲雅人は、手元の端末を見つめている。
画面には、一人の男の情報が表示されていた。
《増幅》の能力者。
荒城岳。
その下には――収監先。
「間違いないんだな」
「はい」
運転席の部下が答える。
「荒城岳はすでに収監施設へ移送されています」
「そうか」
雅人が端末を閉じる。
「…………」
車窓の向こう。
流れていく街の明かりを見る。
「向かえ」
「……はい」
車が夜の闇へ消えていった。
◇
――深夜。
能力犯罪者収監施設。
警報音が鳴り響いていた。
破壊された扉。
倒れている警備員。
廊下の照明が、不規則に明滅している。
その中を。
一人の男が歩いていた。
東雲雅人。
足を止める。
目の前には――収監室。
その中で。
一人の男が壁に背を預けて座っていた。
「…………」
男が顔を上げる。
「……東雲さん?」
荒城岳。
「久しぶりだな」
雅人が言う。
「…………」
荒城が周囲を見る。
壊された扉。
倒れた警備員たち。
そして。
目の前に立つ雅人。
「助けに来てくれたんスか?」
「…………」
雅人が僅かに笑う。
「残念だが、違うな」
「……?」
雅人は、倒れている警備員から奪った鍵を取り出した。
ガチャッ。
収監室の鍵が開く。
荒城が立ち上がる。
「じゃあ、何しに――」
雅人が荒城を見る。
「お前の能力を貰いに来た」
「…………」
荒城の表情が止まる。
「……なっ、何言ってんスか!?」
「《増幅》」
雅人は淡々と続ける。
「筋力、瞬発力、反射、耐久……」
「…………」
「状況に合わせて強化する箇所を切り替える」
一歩。
「鍛え方も悪くなかった」
荒城の眉が動く。
「…………」
「だが――」
雅人は収監室を見回した。
「こんな所に閉じ込められていては――」
荒城を見る。
「もう、お前には使えない」
「……!」
荒城の表情が変わる。
雅人がさらに一歩近づく。
「だったら――」
「待ってくださいよ東雲さん。冗談っスよね!?」
雅人は止まらない。
「俺が使ってやる」
「…………」
荒城の顔が引きつる。
「おい……」
さらに後ろへ下がる。
「待ってくださいって!」
雅人が手を伸ばす。
「東雲さん!!」
――。
◇
静かな廊下。
コツ。
コツ。
足音だけが響いていた。
東雲雅人が、一人で歩いている。
その背後。
開いたままの収監室。
中の様子は――見えない。
「…………」
雅人が歩きながら、自分の右手を見る。
グッ――。
拳を握る。
その瞬間。
ミシッ。
腕の筋肉が膨れ上がった。
《筋力――増幅》
「…………」
雅人が自分の腕を見る。
少しだけ。
口元が上がった。
「悪くない」
拳を開く。
膨れ上がっていた腕が元へ戻る。
そして。
雅人は振り返ることなく――。
収監施設を後にした。
第22話 END




