第21話 高遠澪、出陣
ARC本部 ブリーフィングルーム
「今回の任務は、能力犯罪者の確保よ」
美琴さんが端末を操作する。
モニターに映像が流れ始めた。
人気のない路地裏。
一人の男が、周囲を警戒しながら歩いている。
何度も後ろを振り返り、足早に路地を進んでいく。
その時――。
ドゴッ!!
「ぐぁっ!?」
男の身体が突然、横へ吹き飛んだ。
「……あ?」
和臣が眉をひそめる。
映像には――誰も映っていない。
殴られた男が慌てて立ち上がる。
『どこだ!?』
周囲を見回す。
しかし――。
ドゴッ!!
「ぐっ!?」
今度は背後から。
男が地面に転がった。
「……何これ」
透花がモニターを見つめる。
「攻撃してる奴が映ってねぇな」
俺も画面を見る。
確かに誰もいない。
被害者の男だけが、何もない場所から一方的に攻撃を受けている。
「ええ」
美琴さんが映像を止めた。
「ここ数日、同様の事件が複数発生しているわ」
画面が切り替わる。
いくつかの事件記録。
「被害者の証言は、全員ほぼ同じ」
モニターに文字が表示された。
『突然、見えない何かに襲われた』
「透明人間ってことか?」
和臣が言う。
「可能性は高いわね」
「能力は《透明化》……とか?」
俺が聞く。
だが、美琴さんは首を横に振った。
「まだ断定はできない」
「……なるほど」
もう一度、停止した映像を見る。
何もない空間。
そこから突然、攻撃だけが飛んでくる。
「見えねぇだけじゃ、能力の正体までは分からねぇってことか」
「そういうこと」
「だったら見つけたところでぶっ飛ばしゃ――」
「その“見つける”のが、今回一番難しいのよ」
「…………」
和臣が黙る。
「そこで――」
美琴さんが一人へ視線を向ける。
「澪」
「…………」
澪が顔を上げる。
「今回は、あなたにも現場に出てもらうわ」
「…………」
俺たちの視線が一斉に澪へ向いた。
「え?」
澪自身も目を丸くする。
「……私も?」
「ええ」
「お前、現場出んの?」
和臣が聞く。
澪がムッとした顔で睨む。
「何、悪い?」
「いや、ずっと基地局にいたから」
「私だって必要なら出るわ」
「でも、見えねぇ奴を探せるのか?」
俺が聞く。
「…………」
澪は少しだけ考え、モニターへ視線を戻した。
「姿が見えなくても――」
澪は停止した映像を見つめる。
そこには誰も映っていない。
「そこに“いる”ならね」
「その通り」
美琴さんが頷く。
「目で見えなくても、澪には対象の位置を捉えられる可能性がある」
画面が切り替わる。
事件が多発している区域の地図が表示された。
「だから今回は――」
美琴さんが俺たちを見る。
「朔、和臣、澪。この3名にお願いするわ」
「律は?」
「律は現在、別件の任務に出ているわ。今回は参加できない」
「なるほどな」
「でも、今回の相手には、むしろ澪の能力が必要になる」
「…………」
澪が小さく息を呑む。
「初めての現場で緊張するかもしれないけど、よろしく頼むわね」
「…………」
一瞬だけ間を置いて。
澪が頷いた。
「了解」
◇
――とある路地裏。
「ここが事件が多発してるっていう路地裏だな」
周囲を見回す。
人の姿はない。
古びた建物に挟まれた、細い路地。
聞こえるのは、俺たちの足音くらいだった。
「オラァ!! 透明人間!!」
突然、和臣が叫んだ。
「いるなら出て来いやぁ!!」
「お前、潜む気ゼロだな」
「うるせぇ! 向こうから出てくりゃ探す手間省けんだろ!」
「出てくるわけねぇだろ……」
静まり返った路地に、和臣の声だけが響く。
「…………」
何も起こらない。
「澪、どうだ? この辺にいそうか?」
「ちょっと待って」
澪が目を閉じる。
意識を集中させるように、僅かに俯く。
数秒後。
目を開いた。
「いる」
「!」
「10メートル先に一人」
俺と和臣が同時に前を見る。
「…………」
誰もいない。
何もない路地が続いているだけだ。
「誰もいねぇじゃねぇか」
「いや」
俺は目を凝らす。
やっぱり何も見えない。
「相手は透明人間かもしれねぇんだ。見えなくても、そこにいるんだろ」
「うん」
澪は真っ直ぐ前を見ていた。
「間違いなくいる」
「…………」
10メートル先。
俺たちには何も見えない。
だが――。
澪には分かっている。
「……動いた」
澪の表情が変わる。
「和臣、気をつけて! 高速で接近してくる!」
「あ?」
次の瞬間――。
ドゴォッ!!
「グオッ!?」
和臣の顔面が大きく弾かれた。
「和臣!」
「痛ってぇな!! 何だ!?」
和臣が周囲を見回す。
だが――。
ドゴォッ!!
「グハッ!?」
今度は俺の腹に衝撃が走った。
身体が後ろへ吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
何だこれ。
何も見えねぇ。
攻撃が来る瞬間すら分からない。
「…………」
澪を見る。
僅かに身体が震えていた。
「澪!」
「……!」
ハッとしたように俺を見る。
「今の敵の位置、分かるか!?」
「ご、ごめん! 右! 右にいる!」
「右だな!」
すぐに身体を向ける。
やっぱり何も見えない。
でも――そこにいる。
「喰らえ、透明人間!」
右手を向ける。
「反転!!」
《透明化》。
その性質を反転させる。
透明なら――不透明へ。
だが。
「…………」
何も起こらない。
「……は?」
次の瞬間。
ドゴォッ!!
「なっ!?」
顔面に衝撃。
身体が地面を転がる。
「朔!」
「痛ってぇ……」
口元を拭いながら起き上がる。
何でだ?
確かにそこにいる。
澪が位置を間違えたとは思えない。
なら――。
「なんで反転しねぇ……?」
何かが違う。
「透明人間じゃないのか……?」
考える間もなく。
「和臣! 左!!」
「左!?」
和臣が咄嗟に左腕を上げる。
ドゴッ!!
「ぐっ……!」
見えない何かが腕へぶつかった。
和臣の身体が僅かに揺れる。
だが――。
今度は防いだ。
「……!」
「次、右後ろ!」
「おらぁ!!」
和臣が振り向きざまに拳を振る。
ブンッ!!
空振り。
「もうそこにはいない!」
澪が叫ぶ。
「朔の方!」
「何っ!?」
ドゴッ!!
「ぐっ!」
また腹を殴られる。
一歩、二歩と後退する。
「和臣、後ろっ!」
「っ!」
ドゴォッ!!
今度は背中。
「クソッ!」
和臣が振り返る。
だが、そこには誰もいない。
「場所が分かっても、動きが見えねぇんじゃ攻撃が追いつかねぇ!」
◇
(さっきから何だ……?)
見えない敵は、三人から少し離れた位置で足を止めた。
(俺のいる場所がバレている?)
視線を向ける。
二人の男。
そして――その後ろにいる女。
(あの女……)
攻撃を仕掛けるたびに。
移動するたびに。
正確にこちらの位置を伝えている。
(あの女には俺の姿が見えているのか……?)
「…………」
見えない敵の目が細くなる。
(なら――)
地面を蹴る。
(あの女から潰す!)
◇
ダッ!!
足音。
「……!」
澪の表情が変わった。
「どうした!?」
「こっち……」
澪が一歩、後ずさる。
「こっちに来る……!」
「何?」
「近づいてる……」
もう一歩。
澪が下がる。
その手が震えている。
さっきまでとは違う。
明らかに様子がおかしい。
「澪?」
「…………」
俺たちに攻撃が飛んできた時とは違う。
今度は――。
澪自身が狙われている。
「……近い……」
小さな声。
「…………怖っ……」
その顔が強張る。
基地局から見ていた時とは違う。
安全な場所から位置を伝えているんじゃない。
今、自分がいる場所へ。
見えない敵が向かってきている。
「澪!」
「……!」
俺の声に、澪がハッと顔を上げた。
「俺の後ろに来い!」
「……うん!」
澪がササッと俺の後ろへ隠れる。
だけど――。
「…………」
《索敵》は止めない。
俺の背中越しに、正面を見つめる。
「……いる」
「どこだ?」
「正面」
澪が答える。
「3メートル」
「…………」
何も見えない。
静かな路地。
だけど。
そこにいる。
「近づいてる」
澪の声が続く。
「2メートル……」
俺は何もない正面を睨む。
(俺たちには見えない。)
(でも――澪には分かってる。)
(そこにいる。位置も分かる。)
(つまり、存在そのものが消えてるわけじゃない。)
(なのに――俺たちには見えない。)
(でも、透明人間ってわけじゃなかった……)
「1メートル!」
ハッ。
(そうか。)
(こいつは身体が透明なんじゃない。)
(俺たちの“視覚”から、自分の姿を消してるんだ。)
「そういうことか……」
思わず口元が上がる。
「やっと分かったぜ……お前の能力!」
目の前へ手をかざす。
「反転!!」
《不可視》。
その性質を――反転。
《可視》。
スゥゥゥ――。
「……!」
何もなかった空間。
そこに、ゆっくりと輪郭が浮かび上がった。
顔。
腕。
胴体。
そして――。
一人の男が完全に姿を現す。
「なっ……!?」
男が足を止めた。
自分の身体を見る。
「何だ!? 俺が……見えてる!?」
「…………」
俺の後ろから澪が顔を出す。
「……見える」
「ああ」
もう隠れていない。
今度は俺にもはっきりと見えている。
そして――。
「…………」
和臣にも。
「…………」
男がゆっくりと和臣を見る。
和臣は――。
笑っていた。
パキッ。
ポキッ。
指を鳴らす。
「みぃーつけた」
「…………」
男の顔が引きつる。
「あ、あわ……」
「散々好き勝手やってくれたなぁ……」
ゴォォォォォ!!
和臣の拳を炎が包む。
「ま、待――」
「喰らえやぁぁぁ!!」
ドゴォォォォォン!!
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
炎を纏った拳が男を吹き飛ばす。
その身体が地面を転がり――。
止まった。
「…………」
和臣が拳の炎を消す。
「一丁上がり!」
「……お前、絶対さっき殴られたの根に持ってただろ」
「当たり前だろ!!」
「こっちが見えねぇのを良いことに、ボカスカ殴ってきやがってよ!」
「まぁ、気持ちはわかる。ナイスパンチだったぞ和臣」
そして、振り返る。
「…………」
澪はまだ少しだけ震えていた。
だけど。
「澪」
「……何?」
「助かった」
「…………」
「お前がいなかったら、最後まで見つけられなかったかもしれねぇ」
澪が目を瞬く。
「……そう」
小さく呟いて。
ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。
◇
――ARC本部。
任務から戻った澪は、いつもの基地局の席に座っていた。
見慣れたモニター。
見慣れた端末。
いつもの場所。
「…………」
椅子の背もたれに身体を預ける。
その時。
基地局の扉が開いた。
「今戻った」
別件の任務に出ていた律だった。
「おかえり」
「ああ」
律が自分の席へ向かう。
だが途中で足を止めた。
「聞いたぞ」
「?」
「現場に出たんだってな」
「……うん」
律が澪を見る。
「どうだった?」
「…………」
少し考える。
「怖かった」
律は何も言わない。
「いつもここから見てた時とは、全然違った」
澪がモニターを見る。
「みんなが殴られるのも、攻撃が飛んでくるのも……全部すぐ近くで」
「…………」
「私、戦えるわけでもないし」
少し俯く。
「本当に私が行ってよかったのかなって……」
「…………」
律は少しだけ黙っていた。
そして。
「でも、全員無事だった」
「……」
「なら、お前が見ていた意味はあったんだろ」
「…………」
澪が顔を上げる。
「……そうかも」
「そうだ」
律はそれだけ言って、自分の席へ向かう。
「律」
足が止まった。
「?」
「あなたも……いつもこんな感じなの?」
「…………」
律はすぐには答えなかった。
少しだけ間を置いて。
「俺が視てるのは先だ」
澪を見る。
「今を見るのは、お前の仕事だろ」
「…………」
律はそのまま、自分の席へ向かっていった。
澪はしばらく、その背中を見つめていた。
そして。
少しだけ笑った。
「……うん」
◇
――薄暗い部屋。
「《不可視》の神谷恭介も、ARCに確保されました」
部下の報告を聞き、男が僅かに目を細める。
「そうか」
「これで《虚像》の相馬玲司、《増幅》の荒城岳、《不可視》の神谷恭介――三人ともARCに」
「…………」
男は静かに目を閉じる。
「三人とも、能力を使いこなしていた」
「にもかかわらず、確保された……か」
ゆっくりと目を開く。
「ARC……」
その口元が、僅かに歪んだ。
「ククク……面白い」
「では――」
部下が男を見る。
「この三人の中から?」
「…………」
男は答えた。
「すでに決めている」
静かに立ち上がる。
そして――。
「出掛けるとしよう」
第21話 END




