第20話 霞野みつきの逆怪盗
――ARC本部。
ブリーフィングルーム。
「昨夜、怪盗集団による盗難事件が発生したわ」
美琴さんが端末を操作する。
モニターに、一枚の写真が映し出された。
青く輝く宝石。
「盗まれたのは、国宝級の価値を持つ宝石」
「国宝級……」
思わず呟く。
「警察の調査で、怪盗集団のアジトまでは突き止めているわ」
画面が切り替わる。
映し出されたのは、大きな屋敷だった。
見るからに怪しい。
「ただ、内部には監視カメラ、赤外線センサー、重量センサー、電子ロック。それに複数の警備員」
「かなり厳重な警備が敷かれているみたい」
「だったら正面からぶっ飛ばしゃいいだろ」
和臣が言う。
「ダメよ」
「あ?」
「正面から強行突入すれば、追い詰められた怪盗側が宝石を破壊する可能性もある」
美琴さんが宝石の写真へ視線を向ける。
「国宝級の品よ。そんな危険は冒せないわ」
「……めんどくせぇな」
「それで、宝石の所有者からARCへ『なんとか取り戻してほしい』と依頼が来たの」
「……というわけで」
画面が切り替わる。
屋敷の見取り図。
「今回は、この屋敷へ潜入してもらいます」
「…………」
和臣が黙る。
俺も黙る。
みつきも黙る。
「……それ俺らがやったら泥棒じゃねぇの?」
「盗まれた物を取り返すの」
即答だった。
「で、誰が入るんだ?」
俺が聞く。
美琴さんが一人を見る。
「みつきちゃん」
「……私?」
「ええ」
見取り図が拡大される。
「正面からの侵入はほぼ不可能」
画面にいくつかの場所が表示された。
細い換気口。
壁の僅かな隙間。
屋敷内部へ続く排気ダクト。
「でも――」
美琴さんがみつきを見る。
「あなたなら、入れるでしょ?」
「…………」
みつきが見取り図を見る。
そして――ニッと笑った。
「もっちろん」
「つーかよ」
和臣が手を挙げる。
「前ん時も気になってたんだけど、お前……服とかどうなんだ?」
隣で透花が目を細める。
「ああ、それね」
みつきは気にする様子もなく答えた。
「服とか靴とか、身につけてる物は一緒に気体化できるようになったよ。ARCの無線機も小型カメラもね」
「不便だったから、ARCの技術開発局に特殊装備一式作ってもらったんだぁ」
「へぇ」
「でも、気体化中は無線もカメラも機能しないから、そこは気をつけなくちゃならないんだけどね」
そう言ってニッと笑う。
「じゃあ、持ってる物も?」
俺が聞く。
「ううん。そこはダメ。ARCで作ってもらった装備品だけ」
「……面倒くせぇ能力だな」
「そういう能力なんだから仕方ないでしょ!」
「話を戻すわよ」
美琴さんが見取り図を指す。
「朔と和臣は屋敷の外で待機」
「俺、本当に待ってるだけかよ」
「そうよ」
「……地味だな」
「お前が入ったら潜入にならねぇだろ」
「あぁ!?」
「今回のメンバーは、朔、和臣、律、澪、そしてみつきちゃんの5人よ」
「律と澪は基地局からのサポート」
「澪は屋敷内部の人員配置を確認。律は、みつきちゃんに危険が迫った場合、先の状況を伝えてあげて」
澪と律が頷く。
「二人からの情報は、無線でみつきちゃんに伝えて」
「了解」
「分かった」
「そして、朔と和臣」
「ん?」
「みつきちゃんが宝石を確保したあと、何か問題が起きた場合は二人の出番よ」
「…………」
和臣の口元が吊り上がる。
「最初からそう言えよ」
「問題起きる前提で喜ぶな」
「今回の最優先目標は、あくまで宝石を無傷で奪還すること」
美琴さんがみつきを見る。
「みつきちゃん」
「はい!」
「あなたが今回の主役よ。お願いね」
「…………」
みつきは一瞬きょとんとして。
すぐに笑った。
「任せてください!」
◇
――怪盗集団アジト前。
大きな屋敷から少し離れた場所。
俺と和臣は、物陰から周囲の様子を窺っていた。
その少し先。
みつきが屋敷へ近づいていく。
――ザザッ。
『基地局、聞こえる? こちらみつき。目標地点正面側に到着したよ』
『聞こえてる』
澪の声。
『正面に二人いる。事前の情報通りなら警備員ね。正面向かって右側から裏に回った先に通気口があるはず』
『まずはそこに行って』
『了解』
みつきが姿勢を低くして移動していく。
しばらくして。
――ザザッ。
『こちらみつき。通気口前に来たよ』
『了解。通気口周辺には今、誰もいない』
『チャンスだから、そこから侵入して』
『オッケー!』
みつきが通気口を見る。
『じゃあ今から入るね。気体化してる間は無線も使えないから、中に入ったらまた連絡するよ』
『了解。連絡待ってる』
みつきの身体が白い煙のように変わっていく。
服も。
靴も。
身につけた装備も。
その姿が完全に気体へ変わった。
白い煙が細い通気口へ吸い込まれていく。
「…………」
隣で和臣が呟く。
「何度見ても便利だな、あれ」
「さっき面倒くせぇ能力って言ってただろ」
「便利だけど面倒くせぇんだよ」
「どっちだよ」
◇
――怪盗集団アジト内部。
スゥゥゥ……。
通気口から白い煙が流れ出す。
人の形へ。
みつきが実体化した。
周囲を確認する。
誰もいない。
――ザザッ。
小声で無線に話しかける。
「こちらみつき。無事、潜入成功したよ」
『さすがね』
澪の声が返ってくる。
『じゃあ、その通気口を真っ直ぐ進んで。突き当たりを左』
「了解」
再び気体化。
通気口の中を進む。
やがて。
「こちらみつき。進んだよ。でも、この先に下が見える通気口があるけど、大丈夫?」
『いや』
今度は律の声。
『今すぐ進んじゃダメだ』
「え?」
『6秒後、下にいる人間が天井を見る』
みつきの動きが止まる。
数秒後。
下にいた警備員が、ふと天井を見上げた。
「…………」
みつきが息を潜める。
『30秒待機。そのあとなら進める』
「……了解」
30秒後。
警備員がその場を離れていく。
「よしっ」
再び進む。
澪が人の位置と構造を把握し、律がその先に起こる危険を視る。
二人の誘導を受けながら、みつきは屋敷の奥へと進んでいった。
そして――。
◇
――金庫室。
天井の通気口。
その隙間から、みつきが下を覗き込む。
部屋の奥には、銀行にでもありそうな巨大な金庫。
「こちらみつき。金庫室まで来たよ」
小声で続ける。
「銀行みたいなでっかい金庫がある」
『了解』
澪が答える。
『中に一人いる。これも事前の情報通りなら警備員だと思う』
みつきが下を見る。
金庫の近く。
椅子に座った警備員がいる。
「気体化して上手く入っていけそうだけど……念のため、あの人が金庫側を見てないタイミングで入りたいな」
『それなら俺が合図する』
律の声。
『そこで待機しててくれ』
「了解」
待つ。
十秒。
二十秒。
『今だ!』
下にいた警備員が、椅子に座ったまま眠りに落ちる。
みつきの身体が一瞬で白い煙へ変わった。
スゥゥゥ……。
通気口から流れ出す。
白い煙が金庫の前まで移動し、みつきが実体化した。
「…………」
巨大な扉を見上げる。
二重ロック。
(普通に開けるなら面倒だけど――)
ニッ。
(こういう時のために、練習してきたんだよね)
右手を鍵穴へ近づける。
スゥゥゥ……。
右手だけが気体へ変わった。
そのまま鍵穴の僅かな隙間から、内部へ入り込む。
錠前の内部。
指先だけを実体化。
カチャッ。
一つ目。
再び指先を気体化。
さらに奥へ。
カチャッ。
二つ目。
(フフフ。ちょろいちょろーい♪)
ガチャッ。
金庫の扉が開く。
中へ入る。
「あった……!」
中央の台座。
そこに、青く輝く宝石が置かれていた。
(みーつけたっ! これね)
みつきが宝石を手に取る。
その瞬間。
ビーーッ!!
ビーーッ!!
「!?」
警報が鳴り響いた。
「ヤバっ!」
咄嗟に。
《気体化》。
身体が白い煙へ変わる。
同時に。
カランッ。
「…………」
宝石だけが床に落ちた。
(あ)
ブリーフィングでの会話が頭をよぎる。
『じゃあ、持ってる物も?』
『ううん。そこはダメ。ARCで作ってもらった装備品だけ』
(えーん、どうしよう……)
「ん……?」
警備員が目を覚ました。
「何だ?」
立ち上がり、金庫へ近づいてくる。
(こうなったら仕方ない!)
(強行突破だー!)
白い煙が宝石へ近づく。
(部分解除!)
ボンッ。
手首から先だけが実体化した。
宝石を掴む。
(よしっ!)
そのまま。
スイーーッ。
「…………」
警備員が固まる。
「…………は?」
目の前を、宝石を握った手首だけが飛んでいく。
「わわわっ!?」
「何だ!? 何だ!?」
「手首が浮いてる……!?」
スイーーッ。
「ま、待て!!」
警備員が慌てて無線を取る。
「こ、こちら金庫室! 緊急事態発生!」
『どうした』
「手首が……」
『は?』
「手首が宝石を持って逃げて行きます!!」
『…………』
『は? 何を言ってるんだ貴様? 寝ぼけているのか?』
「本当なんです!! 今追跡中! 応援お願いします!!!」
◇
――別の廊下。
警備員たちが無線を聞き、一斉に動き出した。
「金庫室だ! 急げ!」
「侵入者は!?」
無線から声が響く。
『手首だ!!』
「……は?」
その頃。
廊下を、宝石を握った手首が飛んでいく。
スイーーッ!
(ひいいい!!)
(やばいやばいやばいぃぃ!!)
(無線! 無線使わなきゃ!)
逃げながら、もう片方の手、頭、そして無線機を実体化する。
廊下を頭と両手だけが飛んでいく。
「こちらみつき!!」
――ザザッ!!
「大変だよぉ!! 宝石は取り返したんだけど、見つかっちゃった!」
「出口まで誘導してぇ!!」
『分かった!』
澪の声。
『今進んでる道を右に曲がって!』
「了解ぃぃ!!」
曲がる。
その瞬間。
パンッ!!
パンッ!!
「ひゃあっ!?」
背後から銃声。
銃弾が、気体化している胴体を通り抜けていく。
(ひいい! それはダメぇ!!)
(今、頭とか手とかに当たったら死んじゃうーー!!)
『みつき!』
澪の声。
『そのまま進んじゃダメ! 前から三人来る!』
「ええっ!?」
前方から。
ダダダダダッ!!
足音。
「いたぞ!!」
「え!?」
みつきが叫ぶ。
「見えてるの!?」
「手だ!!」
「宝石持ってる手!!」
「…………」
「あーん、そういえば手だけ見えてるんだった!」
「……って、手じゃないもん!!」
『左! 左の廊下に入って!』
「はいぃぃ!!」
宝石を掴んだ手が、スイーーッと左へ曲がる。
ところが。
『待て!』
律の声。
『そっちは15秒後に別の警備員が来る!』
「えぇぇ!?」
『その手前の階段を上がれ!』
「了解!」
方向転換。
階段を駆け上がる。
『みつき、その先の天井に通気口がある』
澪の声。
『一旦そこに逃げて』
「分かった!」
みつきが再び身体を気体化。
ただし、宝石を持った手首だけは実体のまま。
その手を通気口へ。
「よいしょっ――」
ゴッ。
「…………」
入らない。
「え?」
もう一度。
ゴッ。
「…………」
(ええ? 嘘でしょ?)
手首が通気口に引っかかっている。
下から警備員が追いついてきた。
「いたぞ!!」
パンッ!!
パンッ!!
(ひいいい!!)
銃弾が通気口付近へ飛んでくる。
(落ち着け!)
(集中しろ私!)
(手首が通らないなら――)
手首を気体化。
手の甲も。
そして。
小指。
薬指。
中指。
順番に消えていく。
最後に残ったのは、親指と人差し指。
二本の指だけで宝石をつまむ。
(これなら――!)
スッ!!
通った。
宝石ごと、通気口の中へ滑り込む。
パンッ!!
最後の銃弾が壁に当たる。
(ふぅ……)
(危なかったぁ……)
その後も、澪の《索敵》で人の位置と通路を把握し、律の《未来視》で危険を避けながら、みつきは屋敷の外へ向かって進んでいった。
そして――。
◇
「ただいまぁぁ!!」
屋敷の外。
みつきが実体化する。
「はぁぁぁぁ……」
その場にへたり込んだ。
「つっかれたぁぁぁ……!」
「おお、無事だったか!」
俺が駆け寄る。
和臣も後ろからやってくる。
「随分騒がしかったな」
「もう大変だったんだから!」
みつきが頬を膨らませる。
「いっぱい追いかけてきて!」
その時。
バンッ!!
屋敷の扉が勢いよく開いた。
「いたぞ!!」
「宝石を取り返せ!!」
複数の男たちが一斉に飛び出してくる。
「ひぃっ! まだ来たぁ!!」
みつきが俺たちの後ろへ隠れる。
「…………」
和臣の口元が吊り上がった。
「やっと俺の出番か」
「だから嬉しそうにすんなって」
俺も電撃警棒を取り出す。
「行くぞ」
「おう!!」
――数分後。
「…………」
屋敷の前。
怪盗集団の男たちが、まとめて地面に転がっていた。
俺が電撃警棒の電源を切る。
隣では、和臣が拳の炎を消した。
「一丁上がり!」
和臣が満足そうに笑う。
「最初から俺らが入った方が早かったんじゃねぇか?」
「だから、それじゃダメだって美琴さんが言ってただろ。話聞いてなかったのか?」
「…………」
「あー、そういやそんなこと言ってたわ!!」
「お前、もう忘れてたのかよ……」
「そんなことより、見て!」
みつきが俺たちの間に割って入る。
得意げに青い宝石を掲げた。
「ちゃんと取り返したよ!」
――ザザッ。
『こっちからも確認した』
澪の声。
『目標奪還成功ね』
続いて。
『ああ』
律。
『任務完了だ』
「よーし!」
みつきが拳を突き上げる。
そして、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。
「潜入任務なら――」
胸を張る。
「また私に任せてね!」
◇
――ARC本部。
執務室。
「…………」
美琴が端末に表示された任務報告書を眺めていた。
やがて、小さく笑う。
「みつき、律、澪……優秀な子たちがいると助かるわね」
隣にいた宗一が頷く。
「ああ」
「私と宗一でARCを作った頃は、潜入任務なんて結構苦労したものよね」
「…………」
宗一の眉が僅かに動く。
美琴がクスッと笑う。
「宗一なんか、ヒヤヒヤしながら天井に張り付いたりして」
「…………」
「懐かしいわね」
宗一は眼鏡を押し上げた。
「……その話はよせ」
第20話 END




