第18話 もう一手
ARC本部 ブリーフィングルーム。
正面のモニターに、一人の男の写真が映し出されていた。
引き締まった身体。
鋭い目。
見るからに喧嘩慣れしていそうな男だ。
美琴さんがモニターを見ながら言った。
「数日前から、能力を使った暴行事件が続いてる」
「暴行?」
俺は眉をひそめる。
「ええ。被害者はいずれも能力者」
「能力者を狙ってるのか?」
律が聞く。
「そこまでは分からない。ただ――」
美琴さんが端末を操作する。
画面が切り替わった。
防犯カメラの映像。
薄暗い路地。
一人の能力者が、拳に氷を纏って写真の男へ殴りかかっている。
ドゴッ!!
まともに入った。
だが。
「…………」
男は。
まったく動かない。
「……硬ぇな」
和臣が呟く。
次の瞬間。
男が踏み込んだ。
ダンッ!!
「速っ……!」
一瞬で距離が消える。
ドゴォッ!!
相手の身体が大きく吹き飛んだ。
「……何よ、あれ」
透花が顔をしかめる。
美琴さんが映像を止めた。
「能力の詳細は、まだ分かってないわ」
「面白ぇじゃねぇか」
和臣が笑う。
「また始まった」
透花が呆れた顔で見る。
美琴さんはそのまま次の画面を表示した。
「最後に目撃されたのは――」
地図。
倉庫街。
赤い印。
「ここ」
そして、俺たちを見る。
「今回の任務は、能力犯罪者の確保よ」
「メンバーは、朔、和臣、透花の3人」
「相手は謎が多い男だから、油断しないようにね」
「了解」
◇
――倉庫街。
人気のない通路。
並ぶ倉庫。
風で転がる空き缶。
カラカラカラ……。
「……いたぞ」
和臣が低く言った。
視線の先。
一人の男が。
倉庫の壁にもたれていた。
モニターに映っていた男だ。
「お前が――」
俺が声をかける。
男が顔だけこちらへ向けた。
「ARCか?」
「……!」
俺たちは足を止める。
男がゆっくりと壁から離れる。
「知ってるよ」
首を軽く鳴らす。
「最近、俺のことを嗅ぎ回ってる奴がいると思ったら……」
ニヤッ。
「お前らだったか」
「話が早ぇじゃねぇか」
和臣の拳に炎が灯る。
「大人しく来てもらおうか」
「…………」
男は笑った。
「来いよ」
「あ?」
ゴキッ。
首を鳴らす。
「全力でかかってきな」
「上等だぁ!!」
「なんであんたまで嬉しそうなのよ!!」
透花のツッコミを置き去りにして。
和臣が突っ込んだ。
「オラァッ!!」
パシッ!!
和臣の拳が受け止められる。
「ぐっ……!」
ギリ……ギリ……ギリ……。
和臣の腕が、少しずつ押し戻される。
男が笑う。
「どうした?」
次の瞬間。
男の腕が。
ミシッ。
僅かに膨らんだ。
《筋力――増幅》
ドゴォォォン!!
「ぐぁっ!!」
和臣が吹き飛ぶ。
「和臣!」
地面を転がり。
和臣が歯を食いしばりながら起き上がる。
「っつぅ……」
腹を押さえる。
「なんつーパワーだ……!」
俺は男の横へ回り込む。
「なら――!」
蹴りを放つ。
だが。
《反射――増幅》
スッ。
「!?」
避けられた。
速い。
いや。
反応そのものが違う。
男が踏み込む。
《瞬発――増幅》
ダンッ!!
一瞬で目の前。
「速っ――」
《筋力――増幅》
ドゴォッ!!
次の瞬間、腹に拳が深くめり込んだ。
「ぐっ……!」
肺の空気が一気に押し出される。
身体が浮く。
俺は地面を転がった。
「朔!」
「大丈夫だ!」
立ち上がる。
その横から。
「やろぉっ!!」
和臣が炎の球を放つ。
ゴォォォォ!!
男は。
避けない。
腕を上げる。
《耐久――増幅》
ゴォォォォ!!
炎が男を包む。
やがて。
シュゥゥ……。
煙が晴れる。
「…………」
男は立っていた。
「……その程度か?」
「こいつ……!」
和臣が舌打ちする。
俺は男を見る。
筋力。
瞬発力。
反射。
耐久力。
全部が。
人間離れしている。
(身体能力強化系……?)
いや。
それだけじゃない。
(常に全部を強化してる?)
でも、さっき。
一瞬で目の前に現れたわりに、殴るスピードはそれほどではなかった。
かなり重いパンチではあったが……。
俺の蹴りがかわされた時、奴の腕は膨らんでいなかった。
「…………」
(まさか……)
「試してみるか」
「あ?」
和臣が俺を見る。
俺は手招きした。
「おい、和臣」
「ちょっと耳貸せ」
「?」
俺は小声で伝える。
「…………」
和臣の口元が吊り上がる。
「おう」
拳を鳴らす。
「任せろ」
和臣が前へ出る。
「オラ、来いよ!」
男が鼻で笑った。
「フン……」
「そんなにぶっ飛ばされたいのか?」
ダンッ!!
一気に距離を詰める。
ドゴォッ!!
和臣の腹に、拳が深くめり込む。
「ぐっ……!」
身体がくの字に折れる。
その瞬間。
俺は和臣の影から飛び出した。
「今だ!」
男の脇腹へ。
全力で蹴りを叩き込む。
ドカッ!!
「グッ!?」
男が。
初めて。
僅かによろめいた。
「!」
効いた。
俺は男を見る。
そして。
ニヤッ。
「分かったぜ……お前の能力!」
男の目が細くなる。
「お前は常に全部の身体能力を強化してるんじゃない」
「…………」
「筋力」
「瞬発力」
「反射」
「耐久力」
俺は男を指さす。
「状況に合わせて、必要な身体機能だけを瞬時に増幅してるんだ」
数秒の沈黙。
そして。
男が笑った。
「正解」
「力も」
一歩。
「速さも」
一歩。
「反応も」
一歩。
「頑丈さも――」
拳を握る。
「俺の身体は、全部強くできる」
「それが分かったところで、何になる?」
男が踏み込んだ。
「死ね!!」
拳。
俺は手を向ける。
「《反転》!!」
ヴンッ!!
《増幅》
その性質を。
反転。
《減衰》
「なっ!?」
男の拳を。
俺は。
片手で受け止めた。
「……!?」
男の顔色が変わる。
「力が……」
「抜けていく!?」
俺は笑う。
「終わりだっ!」
男の腹目掛けて、思いっきり膝蹴りを繰り出す。
《筋力――増幅》を解除。
《反射――増幅》
――スカッ。
「!?」
避けられた。
男が距離を取る。
「おっと」
「危ない危ない」
「…………」
男が腕を回す。
「なるほど」
笑う。
「反転か」
ニタァ。
「怖い能力だねぇ」
そして。
「だが」
指を一本立てる。
「俺が能力を使うタイミング」
「何を増幅するか」
「全部を見切って反転させることは、不可能なようだねぇ」
「…………」
図星。
俺は舌打ちした。
「……面倒くせぇな」
男が笑う。
「分かったか?」
「俺は、この能力を使いこなすために――」
拳を握る。
「血の滲むような鍛錬をしてきた」
「この俺に敵う能力者なんていねぇんだよ」
「…………」
俺は男を見る。
(奴の身体を全部弱らせることができれば……)
でも。
《増幅》を一つずつ反転してるだけじゃ。
間に合わない。
何か手は無いか……。
奴の能力を攻略する、もう一手……。
「…………」
ふと。
視線が横へ向く。
少し離れた場所で、戦いを見守る透花がいた。
「……何?」
透花が眉をひそめる。
俺は何も答えない。
(待てよ)
透花の《治癒》。
あれは。
怪我を治すだけじゃない。
身体を正常な状態へ戻す力。
なら。
その反対は――。
「…………」
俺は少し笑った。
「試してみるか」
「……嫌な顔してるわよ、あんた」
「なぁ、透花」
「何?」
「ちょっとお前の能力、反転させるぞ」
「……は?」
和臣の表情も止まる。
「反転って……」
透花が自分を指さす。
「私の《治癒》を?」
「ああ」
「逆にしたらどうなるのよ」
「治癒の反対は――」
俺は男を見る。
「罹患だろ?」
「…………」
透花。
和臣。
二人とも黙る。
「《治癒》が身体を正常な状態へ戻す力なら」
俺は続ける。
「反転すれば、身体を異常な状態へ崩す力になる」
「……多分」
「多分って……本当に大丈夫なの?」
「ものは試しだ」
「透花、ちょっと能力使ってみてくれ」
「……いいけど」
透花が手を出す。
ポゥッ。
いつもの。
淡い光。
俺はそこへ手を向ける。
「《反転》!!」
ヴゥゥゥゥン……。
「…………」
光の色が変わった。
淡い光が。
濃い紫の光へ。
低い音が、まだ微かに響いている。
「…………」
透花が紫色に光る手を見る。
「……なんか色、怖くない?」
「あわわわわわ……」
和臣の顔から血の気が引いていく。
「絶対やべぇだろ、その色……」
「なんかヴゥゥゥンンって変な音もしてるし……」
「…………」
俺も少しだけ不安になる。
「まぁ……色変わってるし」
「反転はしてると思う」
「その手で奴に触ってみようぜ」
「軽く言うわね……」
透花が紫色に光る手を見る。
そして。
男へ視線を向けた。
「……分かったわ」
一歩。
透花が前へ出る。
「何をしても無駄だねぇ」
男が笑う。
「言っただろ?」
拳を握る。
《筋力――増幅》
「俺はこの能力を使いこなすために、血の滲むような鍛錬をしてきた!」
「この俺に敵う能力者など――」
ダンッ!!
踏み込む。
「いないのだよ!!」
拳が透花へ向かう。
その前に。
「させるか!!」
和臣が割り込んだ。
ドゴッ!!
「ぐっ……!」
男の拳を受け止める。
腕が震える。
「和臣!」
「いいから――!」
和臣が歯を食いしばる。
そして。
男の腕を掴んだ。
「今だ!」
「やれ!!」
「……!」
透花が手を伸ばす。
ペシッ!!
紫色に光る手が。
男の肩へ触れた。
「…………」
男。
和臣。
透花。
俺。
全員。
一瞬。
止まる。
「…………は?」
男が自分の肩を見る。
「……なんだ?」
何も。
起きない。
「…………」
透花が自分の手を見る。
和臣が俺を見る。
俺も透花を見る。
「ハッ!」
男が笑った。
「くだらねぇ!」
「こんなもん――」
《筋力――増幅》
その瞬間。
ガクッ。
「……?」
男の膝が落ちた。
「…………」
和臣の表情が固まる。
男が立ち上がろうとする。
「なんだ……」
額に汗。
「身体が……」
呼吸が荒くなる。
「ハァ……ッ」
「ハァ……ッ」
視界が揺れているのか。
焦点が合っていない。
「くそ……」
男が歯を食いしばる。
「増幅……!」
立ち上がろうとする。
だが。
グラッ。
身体が横へ傾く。
「なっ……」
足に力が入らない。
呼吸が乱れる。
平衡感覚まで狂っている。
「うっ……」
口元を押さえる。
「気持ち悪……」
次の瞬間。
「オェェェェッ!!」
「…………」
男がその場に崩れ落ちた。
和臣が紫に光る手を見る。
倒れた男を見る。
もう一度。
透花を見る。
和臣の顔が、完全に青ざめていた。
「ヒィィ……」
一歩下がる。
「エグ……」
男はそのまま身柄を確保された。
「…………」
透花が紫色に光る手を見る。
「へぇ……」
その目が、少しだけ輝く。
「これ、結構使えるかも」
「…………」
和臣がさらに一歩離れた。
「なんで離れるのよ?」
「いや」
「?」
「お前、それ……」
和臣が紫に光る手を指さす。
「絶対俺に使うなよ」
「使うわけないでしょ!!」
透花が怒鳴る。
「…………」
そして、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「でも」
「?」
「あんたが言うこと聞かない時は――」
紫に光る自分の手を見る。
「どうかしらね」
「おいおいおいおい!!」
和臣が一気に距離を取る。
「何だそのニヤケ顔はぁ!!」
「やめろよ!?」
「絶対やめろよ!?」
「さぁねぇ」
透花が笑う。
「知らない」
「怖ぇよ!!」
「ほら」
能力を解除し、紫の光が消えていく。
透花が和臣へ手招きする。
「あいつに殴られたところ見せなさいよ」
「治してあげるから」
「いや、これぐれぇ大丈夫だ!」
「大したことねぇ!」
「ダメ!」
透花が一歩近づく。
「早く見せなさい」
「…………」
和臣がじっと透花の手を見る。
「……光の色どっちだ?」
「いつも通りに決まってるでしょ!」
ポゥッ。
淡い。
いつもの光。
「ほら」
「…………」
和臣がさらに警戒する。
「途中から紫に変わらないよな?」
「そんなわけないでしょ!」
「朔に反転してもらわないとできないんだから」
「本当に治すんだな?」
「しつこいわね!」
「当たり前でしょ!」
「さっさと見せなさい!」
「…………」
和臣は恐る恐る服をめくり、殴られた腹を見せた。
今回の一件で、和臣は透花の治療を受けるたび光の色を確認するようになった。
◇
――薄暗い部屋。
小さな灯り。
その前に。
部下らしき男が立っていた。
「《増幅》の荒城岳も、ARCに確保されたようです」
「…………」
暗闇の中。
男は何も答えない。
「いかがしますか?」
しばらくして。
低い声。
「何もしなくていい」
「……よろしいので?」
「ああ……」
「まだ、見るべきものがある」
第18話 END




