第17話 火災救助任務(後編)
――3階。
和臣が階段を駆け上がる。
俺と紬もその後を追った。
だが。
廊下へ出た瞬間。
「……マジか」
通路が塞がれていた。
崩れ落ちた梁。
その向こうでは、炎が揺れている。
「クソッ!」
和臣が梁へ駆け寄る。
「これじゃ通れねぇ!」
「和臣さん!」
紬が前へ出た。
両手を梁へ向ける。
「私がやります!」
《重力》。
グググ……!
「おっ!」
重そうな梁が、ゆっくりと浮き上がる。
「今です!」
「よっしゃ!!」
和臣がその下を走り抜ける。
俺も続いた。
紬も梁を下ろし、すぐに後を追う。
その先。
ゴォォォォォォ!!
また炎。
「邪魔だぁぁぁ!!」
和臣が手を向ける。
シュウゥゥゥゥ――!!
炎が消える。
道が開く。
「左奥だ!」
俺が廊下の先を指さす。
「あそこ!」
半分開いた扉。
その中から。
「うっ……」
小さな声。
和臣が勢いよく扉を開けた。
「いた!!」
部屋の隅。
子供が一人。
床にうずくまっていた。
「お母さん……」
「大丈夫だ!」
和臣が駆け寄る。
子供の前にしゃがんだ。
「助けに来たぞ!」
「……ほんと?」
「当たり前だ!」
子供を抱き上げる。
その時。
「和臣!!」
後ろから声が響いた。
「!」
振り返る。
律が息を切らしながら走ってくる。
「律!」
最初に助けた老人を消防隊員へ引き渡し、戻ってきたようだ。
律が天井を見る。
「あと20秒で、この部屋が崩れる!」
「はぁ!?」
和臣も天井を見る。
ミシ……。
ミシミシ……!
亀裂。
「来た道は使うな!」
「じゃあどこ行けってんだよ!?」
律が右を見る。
「右の壁をぶち抜け!」
「…………」
和臣が壁を見る。
そして。
ニヤッ。
「それなら得意だ!!」
「おい、子供抱えたまま――」
俺が言い終わる前に。
「うおおおおおお!!」
ドゴォォォン!!
「マジでやりやがった!!」
壁が吹き飛ぶ。
その向こう。
隣の区画。
和臣が子供を抱えたまま飛び込む。
俺。
紬。
律も続く。
その直後――。
ドガシャァァァァン!!
さっきまでいた部屋が崩れ落ちた。
「…………」
俺たちは振り返る。
瓦礫。
粉塵。
完全に道が消えている。
「…………」
和臣も黙って見ていた。
腕の中の子供が。
小さな声で言う。
「……こわい」
「ああ」
和臣が息を吐く。
「俺も今ちょっと怖かったわ」
「だから20秒って言っただろ」
律が平然と言う。
「ギリギリすぎんだろうが!!」
「和臣さん!」
紬が子供へ手を伸ばす。
「その子は私が外まで連れていきます!」
「おう」
和臣が子供を紬へ預ける。
「頼んだ」
「はい!」
子供を抱えた紬が走り出す。
律が目を閉じる。
一瞬。
未来を――視る。
そして。
「次だ」
「あ?」
律が目を開けた。
「あと4分」
和臣の顔が引きつる。
「2階の婆さんだ」
「休ませろや!!」
そう叫びながら。
もう走っている。
俺は思わず笑った。
「元気じゃねぇか」
「うるせぇ!!」
俺と律も後を追った。
◇
――2階。
階段を下りる。
その途中から。
熱気が違った。
「……おい」
和臣の表情が変わる。
2階へ出る。
ゴォォォォォォォォ!!!
「…………」
さっきまでとは比較にならない。
廊下の奥。
壁。
天井。
至る所に炎が広がっている。
黒煙も濃い。
「……マジかよ」
和臣が呟いた。
「火の回りが早ぇ……」
律が奥を見る。
「時間がない」
「分かってる!」
和臣が炎へ手を向ける。
シュウゥゥゥゥ……!!
前方の炎が消える。
だが。
ゴォッ!!
「!」
別方向から火が回る。
「クソッ!」
和臣がそちらへ手を向ける。
シュウゥゥゥ――!!
消す。
その直後。
また別の場所。
ゴォォォォ!!
「またかよ!!」
消す。
燃える。
消す。
燃える。
「クソッ……!」
和臣が歯を食いしばる。
「これじゃキリがねぇ!」
「和臣!」
俺は叫んだ。
「全部消そうとすんな!」
「!」
和臣がこっちを見る。
俺は廊下の奥を指さした。
「目的は消火じゃねぇ!」
「婆さんを助けることだ!」
「…………」
和臣が炎を見る。
その目が変わった。
「ああ」
手を前へ向ける。
「分かってる!!」
シュウゥゥゥゥゥゥ――!!
炎が消えていく。
だが。
今度は。
全てじゃない。
「全部消す必要はねぇ」
和臣が一歩進む。
正面の炎だけが消える。
「婆さんのところまで――」
さらに一歩。
道が開く。
「道がありゃいい!!」
シュウゥゥゥゥゥゥ――!!
燃え盛る廊下。
その中に。
一本の道ができていく。
炎の海を。
和臣が切り開いていく。
俺と律も後を追う。
「右手前!」
律が指さした。
「そこだ!」
和臣が扉へ向かう。
だが。
その前にも炎。
「どけぇぇぇ!!」
シュウゥゥゥゥ――!!
炎が消える。
ドンッ!!
和臣が扉を開けた。
「婆さん!!」
部屋の奥。
ベッドの横。
老婆が倒れている。
「……誰か……」
「迎えに来たぞ!」
和臣が駆け寄った。
「大丈夫か!?」
老婆が顔を上げる。
「足が……痛くて……」
「分かった」
和臣が背を向ける。
「乗れ」
「え……」
「歩けねぇんだろ?」
「でも……」
「いいから!」
老婆が恐る恐る、和臣の背中へ腕を回した。
和臣が立ち上がる。
老婆が小さな声で言った。
「……あなた、消防士さん?」
「え?」
和臣が一瞬だけ止まる。
俺も律も。
何も言わない。
和臣が少し考えて。
「いや」
そう答えた。
そして。
前を見る。
「特異能力社会調整機構《ARC》」
一歩。
「炎場和臣だ」
「…………」
老婆が和臣の背中で。
少しだけ笑った。
「そう……」
その時。
ゴォォォォォ!!
廊下から再び炎。
「来たな……!」
和臣が老婆を片腕で支える。
もう片方の手を炎へ向ける。
シュウゥゥゥゥ!!
消える。
一歩。
また炎。
シュウゥゥゥ!!
消す。
一歩。
また。
消す。
一歩。
また。
消す。
背中には救助者。
正面には炎。
炎使いなのに。
和臣が進むたび。
炎が消えていく。
「和臣!」
俺が後ろから声をかける。
「ああ!」
和臣は振り返らない。
ただ。
出口へ向かって。
一歩ずつ。
進んでいった。
◇
――介護施設前。
「出てきたぞ!!」
消防隊員の声。
和臣が正面玄関から飛び出す。
背中には老婆。
その後ろから。
俺と律も外へ出た。
「負傷者です!」
すぐに救急隊員が駆け寄る。
和臣が老婆をゆっくりと下ろした。
「透花!」
「分かってる!」
透花が駆け寄る。
老婆の足元へしゃがみ込んだ。
「ちょっと診るからね」
淡い光。
《治癒》。
老婆の表情が少しずつ和らいでいく。
少し離れた場所。
紬の隣には。
さっき救助した子供。
そして。
最初に助けた老人。
3人。
全員。
無事だった。
「…………」
俺は息を吐いた。
消防隊員たちは、そのまま消火活動を続けている。
放水。
指示。
慌ただしく動く人々。
その中で。
和臣だけが。
少し離れた場所に立っていた。
放水を受け、次第に火の勢いを失っていく介護施設を見る。
「和臣」
俺はその横へ行く。
「あ?」
「どうよ」
「何がだよ」
俺は笑う。
「今日のヒーロー」
「…………」
和臣は何も言わない。
自分の手を見る。
いつもなら。
そこには炎が灯る。
今は。
何も出ない。
「……なんか調子狂うな」
「そうか?」
「ああ」
和臣が手を握る。
「炎使いが炎消して、人助けってよ」
「…………」
俺は少し考えて。
「消火器も悪くないだろ?」
「だから消火器じゃねぇわ!!」
即座に返ってきた。
俺は笑う。
「いいじゃん。めちゃくちゃ役に立ってたぞ」
「うっせぇ」
和臣がまた施設を見る。
「…………」
少しだけ間を置いて。
「……まぁ」
自分の手を見る。
「こういう使い方も――」
僅かに笑った。
「悪くねぇな」
俺は何も言わなかった。
「さてと、火はまだ全部消えてねぇ。もう一仕事するぞ」
その言葉に、思わず口元が緩んだ。
「……ああ、そうだな」
◇
数時間後――。
燃え盛っていた介護施設の炎は、完全に消えていた。
第17話 後編 END




