第17話 火災救助任務(前編)
ARC本部 ブリーフィングルーム。
正面のモニターに映っているのは、激しく燃え上がる建物だった。
赤い炎が窓から噴き出し、黒煙が空へと立ち昇っている。
「9丁目の介護施設で火災が発生」
美琴さんがモニターを見ながら言った。
「既に消防による消火活動が行われているけれど、施設内にはまだ取り残されている人がいる可能性があるわ」
画面が切り替わる。
建物を取り囲む消防車。
慌ただしく動く消防隊員。
担架で運ばれていく人たち。
「今回は、消火活動の補助及び、人命救助に行ってもらうわ」
美琴さんが俺たちを見る。
「メンバーは、朔、和臣、律、透花、紬の五人」
「は?」
和臣が自分を指さした。
「なんで俺?」
「?」
「いやいやいや」
和臣がモニターに映る介護施設を指さす。
「火事だぞ?」
「お前の目には何に見えてんだ?」
律が呆れた顔をする。
「そういう意味じゃねぇ!」
和臣が噛みついた。
「俺が行ってどうすんだよ! 炎使ったら余計燃えるだけだろ!」
「あなたは炎だけじゃなくて、力も強いでしょう?」
美琴さんが平然と答える。
「紬ちゃんと一緒に、瓦礫の撤去なんかを手伝ってあげて」
「けっ」
和臣が椅子の背にもたれる。
「地味な任務だなぁ」
「だから炎バカって言われるんだ」
律がぼそっと呟いた。
「あぁ!?」
「燃やすだけが炎じゃないんじゃなかったのか?」
「…………」
和臣が黙る。
白霞岳でのことを言っているんだろう。
「うっせぇ」
反論が弱い。
俺は思わず笑った。
そして、モニターに映る炎を見る。
実は。
さっきから一つ、考えていることがあった。
「まぁ、俺もちょっと試したいことがあるんだよな」
「あ?」
和臣がこっちを見る。
「もし上手くいけば、お前――」
少し笑って。
「ヒーローになれるぞ」
「はぁ!?」
和臣が椅子から身を乗り出した。
「何だそれ!? どういう意味だよ!」
「現場に行ってみれば分かるさ」
「今言えや!」
「ただし」
俺はニヤッと笑う。
「上手くいかなかったら、ただの瓦礫退かし要員だけどな」
「てめぇ!!」
「はいはい」
美琴さんが二人の間に入るように声を上げた。
「遊んでる場合じゃないわよ」
「遊んでねぇ!!」
美琴さんは和臣を完全に無視した。
そして、俺たち全員を見る。
「今回の任務、あなたたちなら上手く遂行すると信じてるわ」
表情が少しだけ真剣になる。
「一人でも多くの人を救ってきてちょうだい」
俺たちは頷いた。
「了解」
◇
――9丁目。
介護施設前。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
ゴォォォォォォォォ!!
建物の一部が激しく燃えている。
2階、3階のいくつかの窓から黒煙が噴き出し、正面玄関付近にも火の手が広がっていた。
既に何台もの消防車が到着している。
放水。
怒号。
サイレン。
施設から運び出されてくる人。
辺りは完全に混乱状態だった。
俺たちはすぐに現場の消防隊員から状況を聞いた。
「確認できているだけで、まだ3名が中に取り残されています!」
消防隊員が建物を指さす。
「煙と炎の勢いが強く、内部への進入が難しくなっています!」
「3人……」
透花が燃える建物を見る。
その横で。
「入口からめちゃくちゃ燃えてんじゃねぇか!」
和臣が叫んだ。
正面玄関。
その奥。
完全に炎の壁だ。
「よし!」
和臣が近くにあった水を頭から被った。
「ちょっ――」
「早く救出するぞ!」
そのまま走り出そうとする。
「おい、和臣。ちょっと待て」
「あん!?」
振り返る。
「何だよ朔! グズグズしてる暇ねぇだろ!」
「さっき言っただろ」
俺は和臣へ手を向けた。
「試したいことがあるって」
「……?」
「ちょっと火出してみろ」
「はぁ?」
和臣が俺と自分の手を交互に見る。
「何だってんだよ……」
ブツブツ言いながら。
ボッ。
掌に炎を灯した。
俺はその炎を見る。
和臣との模擬戦。
あの時。
俺は和臣の《炎》を反転させた。
発火。
それを。
鎮火へ。
でも。
今なら――。
「《反転》!!」
ヴンッ!!
「……あ?」
和臣の掌から。
炎が消えた。
「…………」
何度か手を握る。
開く。
「…………」
もう一度。
「おい」
和臣が俺を見る。
額に青筋。
「てめぇ」
「ん?」
「また俺の火、消しやがったなぁ!?」
「まぁまぁ」
「何の嫌がらせだ!? コラ!!」
「いいから」
俺は燃えている正面玄関を指さした。
「ちょっとさ」
「入口に向かって、お前の能力使ってみてくれ」
「……は?」
「いつも通りでいい」
「…………」
和臣は明らかに納得していない。
だが。
「……ったく」
玄関へ手を向ける。
いつものように。
炎を出す動作。
その瞬間――。
シュウゥゥゥゥゥ……!!
「…………?」
和臣の目が見開かれた。
燃え盛っていた炎が。
消えていく。
壁を舐めていた炎。
床を覆っていた炎。
入口を塞いでいた炎。
それらが。
和臣が手を向けた場所から、みるみる消えていく。
「…………」
全員が黙った。
俺は。
ニヤリと笑う。
「成功だ」
「……朔」
律が俺を見る。
俺は和臣へ向き直った。
「前は“発火”を“鎮火”に反転させた」
「でも今回は違う」
和臣が自分の手を見る。
「炎を生み出す力そのものを、炎を消す方向に反転させた」
「発火の反対は――消火でもあるだろ?」
「…………」
俺は親指を立てた。
「つまり、今のお前は消火器ってわけだ」
「誰が消火器だっ!!」
即答だった。
「俺の炎返せや!!」
「へぇ」
透花が燃えていた入口を見る。
「便利ね」
「あぁ!?」
和臣が透花へ振り返る。
「ノリノリで便利とか言ってんじゃねぇ!」
「だって便利じゃない」
「大体、炎使いなのに消火って何だよ!!」
「まぁまぁ」
俺は肩を叩く。
「それでも、この状況で火が消せるなら最高だろ?」
「…………」
「今日のヒーローだぞ、お前」
俺はもう一度、親指を立てる。
「やったな」
「やったなじゃねぇんだよ!!」
「でも」
律が燃えていた入口を見る。
さっきまで炎で塞がれていた場所。
そこには。
人が通れる道ができている。
「実際、これなら入れる」
「…………」
和臣も入口を見る。
しばらく黙って。
「ああっ、もう!!」
頭を掻いた。
「行くぞ!!」
文句を言いながら。
真っ先に施設へ入っていく。
「結局一番やる気じゃねぇか」
俺たちもその後を追った。
◇
――施設内。
「……煙すげぇな」
内部には黒煙が充満していた。
低い姿勢を取りながら進む。
視界も悪い。
そして。
廊下の先。
ゴォォォォォォ……!!
炎。
壁。
天井。
家具。
至る所が燃えている。
さっきまでなら、和臣でもどうすることもできなかった。
炎へ炎をぶつけたところで、火が増えるだけだ。
「…………」
和臣が燃える廊下を見る。
「……こいつも消せばいいんだな」
手を向ける。
いつものように。
炎を放つ動作。
だが――。
シュウゥゥゥゥ……。
「おお……」
炎が。
消える。
左右から。
少しずつ。
和臣を中心に。
道を空けるように。
今まで炎に塞がれていた廊下に。
一本の避難経路ができた。
「…………」
和臣が自分の手を見る。
俺はその横から顔を出す。
「すげぇじゃん、消火器」
「だから消火器じゃねぇって!!」
その時。
廊下の奥から。
「……助けて……」
「!」
老人の声。
和臣の表情が変わった。
「向こうだ!」
走る。
炎が立ちはだかる。
「邪魔だ!!」
手を向ける。
シュウゥゥゥ――!!
消える。
さらに奥。
また炎。
シュウゥゥゥ――!!
消える。
「こっちだ!」
和臣が進むたび。
炎の中に道ができていく。
俺たちもその後を追う。
そして。
「いた!!」
部屋の隅。
老人が一人、床に倒れていた。
その周囲を炎が取り囲んでいる。
「待ってろ!」
和臣が手を伸ばす。
シュウゥゥゥゥ――。
炎が消える。
一気に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「う……」
意識はある。
和臣が老人の前にしゃがむ。
そのまま背負った。
「もう大丈夫だ」
老人が和臣の肩を掴む。
「俺が外まで連れてく」
「いや」
律が言った。
「その爺さんは俺が連れていく」
「あ?」
和臣が振り返る。
律の目は。
既に別の場所を見ていた。
未来を――視ている。
「5分後」
「3階の左奥の部屋が崩落する」
全員の表情が変わる。
「そこに子供がいる」
「!」
「さらに10分後」
律が続ける。
「2階の右手前の部屋で、火の手が一気に強くなる」
「そこには、動けない婆さんがいる」
「…………」
和臣が老人を律へ預けた。
律がしっかりと支える。
「和臣」
「ああ」
「まず3階だ」
律が言う。
「子供を助けろ」
そして。
「その次に2階」
「婆さんを助けろ」
「…………」
和臣が燃える階段を見上げた。
炎が揺れている。
黒煙が天井を這っている。
「……休ませる気ゼロかよ」
「時間がない」
「分かってるわ!!」
和臣が走り出す。
「行くぞ!!」
俺と紬も続く。
和臣が階段へ手を向けた。
シュウゥゥゥゥ――!!
炎が消える。
道が開く。
燃え盛る介護施設の中。
炎使いが。
炎を消しながら。
3階にいる子供を助けるために駆け上がっていった。
第17話 前編 END




