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第15話 当たらない男

ARC本部。


ブリーフィングルームのモニターに、一人の男の顔写真が映し出されていた。


短く刈った黒髪。


年齢は三十代前後。


写真だけを見れば、どこにでもいそうな男だ。


だが――。


「今回あなたたちに追ってもらうのは、この男」


美琴がモニターを指し示す。


俺は映し出された男の顔を見ながら口を開いた。


「……能力犯罪者?」


「ええ」


美琴が頷く。


「強盗、傷害、能力を使った襲撃――いくつかの事件に関与してる」


「ずいぶんやってるな」


隣に立つ律が、男の写真を見つめる。


和臣は腕を組んだまま、


「で? そんな奴が今回の相手ってわけか」


「問題はそこじゃないの」


「あ?」


美琴が端末を操作する。


モニターが切り替わった。


映し出されたのは、防犯カメラの映像。


数人の警官が、一人の男を取り囲んでいる。


さっき写真に映っていた男だ。


一人の警官が飛びかかる。


だが――。


スカッ。


「……?」


警官の身体が、男をそのまますり抜けた。


映像が変わる。


能力者らしき男が手を振る。


足元の小石が浮かび上がり、一斉に飛んでいく。


だが――


全て、男の身体をすり抜けた。


さらに別の映像。


発砲。


弾丸が男へ向かって飛び――。


やはり。


何事もなかったかのように、その身体を抜けていった。


「全部、失敗してる」


美琴が言った。


和臣が眉をひそめる。


「なんだコイツ。攻撃当たってねぇじゃねぇか」


「そう」


美琴はモニターを見たまま続ける。


「目の前にいる。触れられそうに見える。それなのに――」


「何をしても、すり抜ける」


「…………」


俺は映像をじっと見る。


警官。


能力攻撃。


銃弾。


どれも確かに、男の身体を通り抜けている。


「能力の詳細は?」


律が聞く。


「不明」


「不明?」


思わず聞き返す。


「少なくとも、今まで戦った人間は誰も仕組みを見破れてない」


「だったら簡単じゃねぇか」


和臣が言った。


「?」


俺が見ると、和臣はニヤリと笑う。


「当たるまでぶん殴りゃいい」


「お前はもう少し考えるってことを覚えろ、炎バカ」


「誰が炎バカだコラ!」


「とうとう、律にまで言われたな炎バカ」


「うるせぇ! どいつもこいつも焼くぞ? コラ!」


美琴が軽く息を吐く。


「今回のメンバーは、朔、和臣、それから律」


律が僅かに眉を上げる。


「俺たち三人か」


「ええ」


美琴が再び端末を操作する。


モニターに地図が映し出された。


市街地の外れ。


その一角が赤く表示される。


「澪の調査で、男がこの廃工場跡に潜伏していることが分かったわ」


表示された地点を見ながら、美琴が俺たちへ向き直る。


「今回の任務は――能力犯罪者の確保」


そして。


「ただし、これまで何度も確保を逃れてる相手よ。油断しないで」


「上等」


和臣が拳を握る。


ボッ。


その拳に炎が灯った。


「何でもすり抜けるってんなら――」


ニヤッ。


「俺の炎もすり抜けられるか試してやるよ」


「いや、だから映像で能力攻撃もすり抜けてただろ」


「…………」


律が和臣を見る。


「見てなかったのか」


「見てたわ!!」


◇


廃工場跡。


錆びついた鉄骨。


割れた窓。


崩れかけた外壁。


敷地の奥には、使われなくなって何年も経っているらしい工場が残されていた。


「ここだな」


俺は建物を見上げる。


「なんか気味わりぃ所だな」


和臣が辺りを見回す。


「廃工場だからな」


律が淡々と返す。


「そういう意味じゃねぇよ!」


そんなやり取りをしながら、俺たちは工場内へ入った。


薄暗い。


窓から差し込む僅かな光。


床には錆びた鉄材や、壊れた機械部品が転がっている。


俺たちは足音を抑えながら、奥へ奥へと進んでいった。


そして。


「……?」


前方。


通路の奥に、一人の男が立っていた。


写真の男。


「何だ? お前たちは?」


男がこちらを見る。


俺は一歩前へ出た。


「特異能力社会調整機構《ARC》の御影朔だ」


男の目が僅かに細くなる。


「強盗、傷害、それから能力を使った複数の事件の容疑で、お前を確保する」


一瞬の沈黙。


そして男が、


「クククッ……」


笑った。


「ARCの連中か」


肩を揺らす。


「懲りないねぇ」


「……何?」


「お前らに俺は捕まえられんさ」


「やってみなきゃ分からねぇだろうがぁ!!」


和臣が飛び出した。


「ちょ――」


止める間もない。


拳を引く。


「オラァ!!」


拳が男の顔面へ――。


スカッ。


「はぁ!?」


和臣の拳が、そのまま男の身体を通り抜けた。


直後。


男が身体を滑らせるように前へ出る。


ドゴッ!!


「ぐっ!?」


和臣の脇腹へ拳が突き刺さった。


「和臣!」


男はそのまま距離を取る。


俺は目を細める。


(身体をすり抜ける……)


和臣が歯を食いしばり、もう一度突っ込む。


「オラァ!!」


スカッ。


まただ。


拳が当たらない。


男が和臣の横をすり抜ける。


ドゴッ!!


「ぐぁっ!」


今度は顎。


和臣がよろめく。


「無駄だ」


男が笑う。


「…………」


(奴の能力は透過か?)


相手の身体を攻撃がすり抜ける。


それだけを見るなら、そう考えるのが自然だ。


だけど――。


(それだと、おかしい)


こっちの攻撃が当たらないなら。


どうして。


(なんであいつの攻撃は、俺たちに当たるんだ?)


和臣が再び構える。


男が動く。


スッ――。


その身体が、僅かに揺らいだ。


輪郭がぼやける。


次の瞬間。


男が和臣へ踏み込む。


拳を振るう。


その瞬間――。


「……!」


輪郭が。


鮮明になった。


ドゴッ!


「ぐっ!」


攻撃が終わる。


そしてまた。


男の輪郭が僅かに揺らぐ。


(今……)


俺はじっと男を見る。


(攻撃した瞬間だけ……)


もう一度。


男が動く。


虚ろに揺らいだ身体。


だが、和臣へ拳を振るう瞬間だけ――。


はっきりと実体を取り戻す。


「……そういうことか」


「あ?」


男がこちらを見る。


「分かったぜ……お前の能力!」


男の表情が僅かに変わる。


「お前の能力は――《虚像》」


「…………」


「ただし、常に虚像になってるわけじゃない」


俺は男を指さす。


「攻撃を受ける時は虚像」


「でも――自分が攻撃する瞬間だけ、能力を解除して実体に戻ってる」


男は黙っていた。


数秒。


やがて。


「……ご名答」


ニヤッ。


笑う。


「で?」


「……!」


「分かったところで、どうする?」


「だったら!」


和臣が拳を握る。


「攻撃してきた瞬間ぶん殴りゃいいだろ!」


男が笑う。


「できるならな」


シュッ――。


男が動く。


「オラァ!!」


和臣が拳を振るう。


スカッ!


まだ虚像。


その直後。


男が実体へ戻る。


ドゴッ!!


「ぐぁっ!」


一瞬。


本当に一瞬だけだ。


攻撃した瞬間だけ実像化。


そして即座に虚像へ戻る。


「《反転》!!」


俺は男へ手を向けた。


ヴンッ!!


男の輪郭が揺れる。


虚像。


その性質を――反転。


男の身体が強制的に実像へ戻る。


「今だ! 和臣!」


「もらったぁ!!」


拳に炎。


和臣が踏み込む。


だが――。


スッ。


「なっ!?」


拳が男の身体をすり抜けた。


「またかよ!!」


「……!」


男はすぐさま能力を再発動していた。


俺が実像へ戻しても。


すぐに虚像へ切り替える。


「くそっ……!」


俺は歯を食いしばる。


「切り替えが速すぎる!」


男が笑う。


「能力ってのはなぁ」


和臣の拳を――。


スカッ。


《虚像》でかわす。


直後。


実像。


ドゴッ!!


膝蹴りが和臣の腹に突き刺さる。


「ぐっ……!」


そしてまた《虚像》へ戻る。


「出しっぱなしにするもんじゃねぇんだよ」


和臣がすぐさま殴り返す。


スカッ。


「能力は、必要な瞬間だけ使えばいい」


攻撃。


回避。


虚像。


実像。


その切り替えに、ほとんど隙がない。


(こいつ……能力の使い方が上手い)


すると。


「…………」


律が動きを止めた。


目を閉じる。


数秒先。


未来を――視る。


敵が《虚像》のまま和臣の右側へ回り込む。


拳を握る。


実像化。


振り抜く。


律が目を開けた。


「和臣!」


「あ!?」


律が一瞬、右へ目をやる。


「5秒後だ」


和臣が一瞬だけ止まる。


そして。


ニヤッ。


「オーライッ!!」


拳に炎を纏う。


ゴォ……!!


男が眉をひそめた。


「……?」


そのまま一気に距離を詰める。


和臣は動かない。


拳へ炎を集中させながら――。


「5……4……3……2……1……」


男が和臣の右側へ回り込む。


まだ《虚像》のまま。


そして。


攻撃のために《虚像》を解除した、その瞬間――。


「そこだぁぁぁぁ!!!」


振り向きざま。


灼熱の拳が叩き込まれる。


犯罪者の目が見開かれる。


「なっ――!?」


もう。


《虚像》へ戻る時間はない。


ドゴォォォォォォン!!!


「ぐぁぁぁぁぁっ!!」


炎を纏った拳が男を吹き飛ばす。


男の身体が床を転がり。


ドガッ!!


壁へ叩きつけられた。


そのまま。


動かなくなる。


「ハァ……ハァ……」


和臣が肩で息をする。


拳に纏っていた炎が消えた。


「ったく……」


倒れた男を見る。


「手間かけさせやがって」


「…………」


律が和臣を見る。


「あ?」


和臣が視線に気づく。


律は一瞬だけ黙り。


「いや」


そして。


「ちゃんと5秒だっただろ」


「…………」


和臣がニッと笑う。


「おう」


拳を軽く上げる。


「バッチリだったぜ」


「……そうか」


律が僅かに笑った。


俺はそんな二人を見ながら。


ふと。


倒れている男へ目を向けた。


そして。


さっきの言葉を思い出す。


『能力は、必要な瞬間だけ使えばいい』


「…………」


(必要な瞬間だけ……か)


「おい、朔!」


和臣の声。


「帰るぞ!」


俺は顔を上げる。


「ああ」


◇


――薄暗い部屋。


灯りは、机の上に置かれた小さな照明だけ。


その奥。


一人の男が椅子に腰掛けていた。


顔は暗がりに隠れ、よく見えない。


その前には、部下らしき男が立っている。


「《虚像》の相馬玲司(そうまれいじ)がARCに確保されました」


椅子に座る男は、僅かに視線を上げた。


「そうか」


「能力の切り替えは、かなり使いこなしていたようです」


「…………」


短い沈黙。


そして。


「使い方は、悪くない」


部下が男を見る。


「回収しますか?」


「いや」


即答だった。


「そのままでいい」


薄暗い部屋に。


再び沈黙が落ちた。


第15話 END

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