第14話 残された戦力
和臣たちが白霞岳へ向かってから、しばらく後。
ARC本部。
俺はブリーフィングルームへ呼び出されていた。
正面のモニターには、美琴さんが映し出した数枚の写真。
切断された看板。
途中から斜めに断ち切られた街路樹。
深い傷の入ったフェンス。
「先ほど、警察から市内で不可解な傷害事件が相次いでいるとの連絡が入ったわ」
「和臣たちが任務に出てるこんな時にか!?」
「ええ」
美琴さんが俺を見る。
「朔、あなたを残しておいて正解だったかもしれない」
モニターの写真が切り替わる。
今度は、腕や肩に切り傷を負った人たちの記録。
「被害者の証言は、ほぼ同じ」
美琴さんが画面を見る。
「『突然、何もないところから切られた』」
「……何もないところから?」
「ええ。現場の監視カメラにも、凶器らしいものは映っていない」
隣にいた鈴音が、小さく呟く。
「能力者……」
「その可能性が高いわ」
さらに地図が映し出される。
何か所かに赤い印。
「澪の調査で、事件が起きている範囲にはある程度の規則性があることが分かった」
美琴さんが一帯を囲う。
「恐らく犯人は、この辺りを拠点にしている」
「で、メンバーどうするんだよ?」
俺は周囲を見る。
いつもならいるはずの面子が、ほとんどいない。
「和臣たちは白霞岳だろ? ほとんど出払っちまってるぞ」
「それなんだけど……」
美琴さんが俺と鈴音を見る。
「朔、鈴音ちゃん」
「二人で行って」
「二人?」
「今すぐ戦えるのはあなたたちしかいない」
そして鈴音へ視線を向ける。
「それに――」
「“見えない攻撃”なら、防壁との相性は悪くないでしょう」
鈴音が小さく頷く。
「……分かりました」
俺も頷いた。
「了解」
「じゃ、行ってくる」
「行ってきます」
美琴さんに見送られ、俺と鈴音は本部を後にした。
◇
犯人の出没地点。
住宅街から少し外れた場所。
周囲には、事件の痕跡がいくつも残っていた。
途中から切断された看板。
裂けたフェンス。
鋭利な刃物で抉られたような街路樹。
「……ひでぇな」
その先。
雑草の伸びた空き地が見える。
入口には大きな札。
『危険! 立ち入り禁止!』
「ここだな」
俺は奥を見る。
「敵がどこから仕掛けてくるか分からない。慎重に行こう」
「うん」
鈴音が俺の隣へ並ぶ。
そして、少しだけ笑った。
「それにしても、朔くんと二人きりで任務なんて初めてだねぇ」
「……っ」
二人きり。
なぜかその言葉だけ妙に耳に残る。
「……そ、そうだな」
俺は少しだけ視線を逸らした。
「何かあったら今回も頼むよ」
「うん。任せといてぇ」
いつもの穏やかな笑顔。
俺たちは立ち入り禁止の札を跨ぎ、空き地へ入った。
その瞬間だった。
シュッ――。
「っ!?」
左腕に鋭い痛み。
「痛っ……!」
服が裂ける。
その下から、血が滲んだ。
「朔くん!?」
「何だ!?」
俺たちが周囲を見回す。
すると。
空き地の奥から、一人の男が姿を現した。
「ひーっひっひっ」
妙に甲高い笑い声。
痩せた身体。
落ち着きなく動く目。
見るからに怪しい。
「お二人さぁん、立ち入り禁止の文字が見えなかったのかい?」
男がニヤニヤ笑う。
「ここは俺の遊び場なんだ」
「勝手に入って来ないでもらえるかなぁ」
俺は左腕を押さえながら男を見る。
「お前こそ、立ち入り禁止区域で何してんだよ」
「遊び場ってのはどういうことだ?」
「そのまんまの意味だよ」
男が、近くに転がっていた空き缶を見る。
指先を――
軽く振る。
シュッ。
「……?」
次の瞬間。
カラン……。
空き缶の上半分が地面へ落ちた。
「……!」
鈴音の表情が変わる。
「今の……」
「楽しいんだよ」
男がニヤァ……と笑う。
「どこまで切れるのか試すのがさぁ」
そして。
周囲を指差していく。
切断された看板。
フェンス。
街路樹。
電柱に刻まれた深い傷。
(さしずめ能力は《カマイタチ》ってところか……)
「最初は空き缶」
「次は木」
「看板」
「フェンス」
「車」
俺は眉をひそめる。
「でもさぁ……」
男が口元を吊り上げる。
「だんだん、それじゃつまんなくなってきた」
「……それで通行人を狙ったのか」
「死なない程度にはしてやったぜ?」
男が肩を竦める。
「俺だって、そこまで悪い奴じゃない」
「…………」
鈴音が黙って男を見る。
俺は吐き捨てるように言った。
「……十分クソ野郎だよ」
「…………」
男の笑顔が止まる。
「カッチーン」
「人の遊び場にのこのこ入ってきて……」
指先が動く。
「今度はクソ野郎呼ばわり……」
ニタァッ。
「やっべぇ……」
「お兄さんで遊びたくなってきたわぁ……」
指先を――
振る。
シュッ!!
「朔くん!」
鈴音が俺の前へ飛び出す。
「《防壁》!」
ガキィィィン!!
透明な壁。
見えない何かが激突し、甲高い音を立てる。
「……っ!」
間一髪。
「ほぅ……」
男が鈴音を見る。
「なんだ……そっちの姉さんは能力者か」
鈴音は防壁越しに男を睨む。
「あなた……一体どういうつもりなの?」
「どう考えても、人に向けて放つ能力じゃないと思うんだけど」
「ひーっひっ」
「言っただろぅ?」
男が楽しそうに笑う。
「物じゃつまらなくなってきたってなぁ」
そして鈴音の防壁を見る。
「姉さんの能力は、バリアかなんかか?」
「可哀想に……」
「守るだけの、くだらねぇ能力引いちまったなぁ」
「…………」
鈴音の目が僅かに細くなる。
「……くだらない能力ねぇ〜?」
いつもの柔らかい口調。
でも。
声には少しだけ棘があった。
「それでも能力を使って人にまで傷をつけようっていうあなたより、何倍もマシかなぁ」
男の笑みが消える。
「私達はねぇ」
鈴音が防壁の向こうから男を見る。
「あなたみたいな人のせいで、被害に遭う人を出さないためにここに来たの」
「…………」
「ひーっひっひっ」
男が再び笑う。
「気に入らない女だなぁ」
「姉さんでも遊びたくなってきたわぁ」
指先を振る。
シュッ!!
鈴音が防壁を前へ出す。
ガキィィィン!!
見えない刃が正面から弾かれる。
「よく今の防げたな」
俺が言うと、鈴音は男の手を見たまま答える。
「あの人の手を見てれば分かったよぉ」
「多分、能力を使う瞬間、指を動かさないとダメみたい」
「なるほど」
ところが――
シュッ!!
「!」
今度の刃は。
鈴音の防壁を掠めるように横へ抜けた。
そのまま。
奥の壁へぶつかる。
キィン!!
「……え?」
跳ねた。
軌道を変えた見えない刃が――
背後から戻ってくる。
「鈴音!」
俺は振り返る。
見えない。
だが――
壁に当たった音と位置で、来る方向は読める。
「軌道――反転!!」
シュンッ!!
背後から迫った刃の進行方向が変わる。
直後。
ザシュッ!!
離れた場所の地面に、鋭い切れ目が走った。
「へぇ……」
男が興味深そうに俺を見る。
「兄さんも能力者か」
そして鈴音の防壁を見る。
「でもさぁ」
ニヤッ。
「その壁、前しか守れねぇんだ?」
「……!」
「だったら――」
男が両手を広げる。
「これでどうだい」
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
「右!」
ガキン!!
鈴音が防ぐ。
「左!」
ガキン!!
「後ろ!」
ガキン!!
「上!」
「……っ!」
間に合わない。
俺が手を向ける。
「反転!!」
刃の軌道が変わる。
鈴音の頭上を逸れていった。
「ありがとう、朔くん」
鈴音が苦笑する。
「守るつもりが、守られちゃったねぇ」
「気にすんな」
だが。
鈴音の表情は険しい。
「……まずいなぁ」
「この人の能力、私とは相性が悪いかも……」
男がそれを聞いて、ニヤリと笑う。
「分かったぜぇ」
「姉さんのバリア、守れる方向に限界があるんだなぁ」
「……!」
「だったら――」
男が指先を構える。
「四方八方から撃ちゃあ終わりだよなぁ」
「そらそらそらそらぁぁ!!」
シュシュシュシュシュッ!!
空気を切る音。
一つ。
二つ。
三つじゃない。
見えない刃が――
四方八方から襲いかかる。
「そんな……!」
鈴音が防壁を張る。
右。
左。
前。
後ろ。
間に合わない。
「ごめん、朔くん……!」
「私の防壁じゃあ、守りきれないかも……!」
「鈴音!」
「……!」
「壁を作ろうとすんな!」
「え……?」
見えない刃が迫る。
俺は叫ぶ。
「お前がやりたいのは、壁を作ることじゃないだろ!」
「…………!」
「守りたいんだろ!!」
鈴音の目が見開かれる。
その瞬間。
頭の中に。
昔の光景が浮かんだ。
石を投げられている子供。
泣いている。
怖がっている。
その前へ飛び出した自分。
『やめて!!』
そして。
初めて現れた。
小さな透明の壁。
「…………」
鈴音が呟く。
「そうだ……」
迫る刃。
「私は――」
両手を広げる。
「壁を作りたいんじゃない」
俺を見る。
「守りたいんだ」
透明な防壁。
今まで。
真っ直ぐだった壁が――
グググ……!
「……!」
曲がる。
俺を包む。
鈴音自身を包む。
さらに。
頭上へ伸びて。
左右から繋がっていく。
そして――
地面まで覆う、透明なドーム状の防壁へと変わった。
ドドドドドッ!!
四方八方から飛んできた《カマイタチ》が、透明なドームへ激突する。
全て。
弾かれた。
「なっ……!?」
男の顔が引きつる。
鈴音も驚いたように、自分たちを覆う防壁を見る。
「…………」
「チッ!」
男が舌打ちする。
「形を変えたから何だってんだ!」
「守ってるだけじゃ、俺には勝てねぇぞ!」
「……確かにな」
「……あ?」
俺は鈴音を見る。
一つ。
試したいことが浮かんだ。
「なぁ」
「?」
「ちょっと試したいことがあるんだけど」
「えっ? 何? 何?」
「いいから、このまま防壁張っててくれるか?」
「ええ、いいけど……?」
俺は鈴音へ手を向ける。
「《反転》」
「……!?」
透明なドーム状の防壁が――
ヴゥゥゥン……!!
震えた。
「なに……これ……?」
鈴音が目を見開く。
俺にも分かる。
いつもの防壁とは違う。
守るために外からの力を拒絶する能力。
その性質を――
反転させた。
守りの防壁。
その反対。
攻めの防壁。
「……なんだ?」
男も異変に気づく。
「鈴音」
俺はニヤッと笑う。
「撃ってみろ」
「…………」
「え?」
「だから、撃ってみろって」
「どうやって!?」
「それは知らんけど」
「鈴音の感覚に任せる!」
「えーっ? ちょっと! 朔くんの無責任っ!」
それでも。
鈴音は自分の能力を見る。
いつもと違う。
これまでは。
外から来る力を。
拒む。
防ぐ。
止める。
そういう感覚だった。
でも今は――
違う。
内側から。
何かが。
外へ。
出たがっている。
「…………」
鈴音が直感的に両手を前へ出す。
ヴゥゥゥゥゥゥゥン……!!
透明なドーム状の防壁が。
青白く光り始める。
「……!?」
男が後ずさる。
鈴音自身も驚いている。
「……なんか……」
「いける気がする!!」
「よし!」
俺は男を指差す。
「ぶっ放してやれ!」
「えぇぇぇぇぇい!!」
ヴゥゥゥゥゥゥゥン……!!
ギュンギュンギュンギュンギュン……!!
ドォォォォォン!!!
青白く光ったドーム状の防壁から――
巨大な波動が放出される。
「何ぃぃぃぃ!?」
男が慌てて指を振る。
シュシュシュシュシュッ!!
何枚もの《カマイタチ》。
だが。
全て。
波動に飲み込まれる。
そのまま――
ドゴォォォォン!!
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
男の身体が吹き飛ぶ。
地面を転がり。
そのまま動かなくなった。
「…………」
静寂。
俺は手を下ろす。
《反転》を解除する。
青白く光っていた防壁が。
ゆっくりと――
元の透明なドームへ戻っていく。
「…………」
鈴音が自分の手を見る。
「どうした?」
「…………」
ぽつり。
「私……攻撃できた……」
「反転してたからな」
「…………」
鈴音が少しだけ嬉しそうに笑う。
「……ねぇ? 今のもう一回やってみたい」
「え?」
「だってあれ……」
鈴音が笑う。
「ちょっと気持ちよかったんだよぉ」
「お前、そんなキャラだったっけ!?」
「えへへ」
鈴音が手を出す。
小さな防壁。
「…………」
今度は反転じゃない。
普通の《防壁》。
だけど――
真っ直ぐじゃない。
透明な壁が。
僅かに曲がっている。
鈴音が目を輝かせる。
「……できる」
「攻撃はできなくなったけど……」
曲がった防壁を見る。
「こっちは残ってる」
「そりゃ」
俺は笑う。
「お前自身が覚えた力だからな」
「…………」
鈴音も少し笑った。
「これなら」
透明な防壁を見つめる。
「もっと守れるねぇ」
「……ああ」
俺も頷く。
「ますます安心して前向けるな」
「うん……任せてぇ」
鈴音が嬉しそうに笑った。
◇
ARC本部。
任務終了後。
俺と鈴音は、美琴さんへ報告をしていた。
「なるほど……」
美琴さんが少し考え込む。
「朔の《反転》を仲間に使用することで、能力の性質そのものを逆転させた……」
「ああ」
俺も自分の手を見る。
「俺もできるとは思ってなかったけど」
「すごかったんですよ!」
「お、おう」
急に鈴音が身を乗り出す。
「ドォォォン!!って!」
「…………」
俺は鈴音を見る。
美琴さんも鈴音を見る。
「…………」
いつも穏やかで。
おっとりしてる鈴音が。
珍しく。
ものすごくテンションが高い。
美琴さんが少し笑った。
「……珍しく興奮しているのね」
「…………」
鈴音が固まる。
そして。
ようやく我に返ったらしい。
「……ちょっとだけ」
少々ばつの悪そうな顔で。
鈴音は笑っていた。
第14話 END




