第13話 白霞岳救助任務
ARC本部、ブリーフィングルーム。
正面のモニターには、雪に埋もれた山間の村が映し出されていた。
屋根には大量の雪。
道路は白く埋まり、ところどころ家屋が崩れている。
美琴さんが俺たちの前に立つ。
「みんな、聞いてちょうだい」
いつもより少し険しい表情。
「たった今、政府から救助要請が入ったわ」
画面が切り替わる。
山間部の地図。
「白霞岳にある小さな村で、ここ最近の記録的な豪雪によって積雪が急激に増加。家屋の倒壊が相次いでいるそうなの」
「道路も各所で寸断されていて、通常の救助活動だけでは追いついていない」
部屋の空気が変わる。
さっきまでの雑談が消えた。
「そこで今回、あなたたちには災害救助に加わってもらいます」
「災害救助……」
和臣が小さく呟く。
美琴さんがメンバーを見渡す。
「和臣、律、透花、紬ちゃん、結人」
「今回はこの五人で行ってもらう」
「…………」
俺は少し待つ。
「俺は?」
「朔は待機」
「え」
即答だった。
「今回の事例に《反転》はあまり向いていないわ。何かあった場合に備えて、ここに残ってもらう」
「……そっか」
和臣が俺の肩を軽く叩く。
「まぁ、今回はゆっくり休んどけって」
「美琴さんが待機ってんなら仕方ないな」
その横で、結人が手を挙げる。
「美琴さん、なんで俺が入ってるの?」
「ん?」
「いつも通り無線持たせときゃよくね?」
美琴さんが結人を見る。
「今回の現場は山間部よ」
「豪雪の影響もある。通信設備が正常に機能している保証もないし、場所によっては無線が届かない可能性もある」
「…………」
「万が一、通常の通信手段が使えなくなった時――」
美琴さんが少し笑う。
「あなたが必要になる」
「…………」
結人の口元が緩む。
「……へへ」
一気に胸を張った。
「美琴さんがそう言うならしゃーないなぁ!」
「よーし! ようやく俺の出番ってわけか!」
「《通信》の力、見せてやるぜ!」
「調子に乗るの早くない?」
透花が呆れる。
美琴さんは少しだけ笑ってから、すぐに表情を引き締めた。
「今回は能力犯罪者の制圧じゃない」
「あなたたちが相手にするのは――雪と寒さと時間よ」
全員の顔を見る。
「一人でも多く、無事に連れ帰ってきて」
「了解!」
◇
村へ着いた瞬間。
目の前に広がった光景に、誰もすぐには言葉を出せなかった。
一面の雪。
腰近くまで積もっている場所もある。
屋根が潰れた家。
壁の崩れた家。
救助隊員たちが声を掛け合いながら走り回っていた。
「ここかぁ……」
結人が辺りを見る。
「うわ、ひでぇ有様だな……」
「見てる暇ないわ。早く行きましょ!」
透花が先に走り出す。
紬も倒壊した家屋へ目を向けた。
「私、あっちを見てきます」
「まだ中に人がいるかもしれません」
「俺も行く」
律が続く。
「二次崩落が起きるなら、事前に分かる」
透花は別方向を見る。
「私は怪我人と病人を診てくる」
「じゃ、俺は……」
結人が自分を指さす。
「どうすっかな」
「あんたは私と来て」
「俺?」
「救助隊との連絡役」
透花が指揮隊のいる方向を指す。
「応援が必要になったら、村の入口にいる指揮隊へ伝えて」
「なるほど。了解」
「…………」
一人。
和臣だけが取り残された。
「?」
みんなが振り返る。
「俺は?」
「…………」
律が和臣を見る。
「お前もこっちだ」
「あ?」
「雪を溶かして道を作れ。それと瓦礫の撤去も手伝ってくれ」
「チッ……偉そうに指図すんな」
紬も和臣を見る。
「和臣さん。私からもお願いします」
「瓦礫を軽くすることはできますけど……これだけ数が多いと、私一人では」
「…………」
和臣が頭を掻く。
「しゃーねぇな。分かったよ」
結人が全員を見る。
「じゃ、俺は能力繋いどく」
「何かあったら俺に向かって念じろ。拾ってやる」
それから少しだけ真面目な顔になる。
「ただし、俺から離れすぎると届かなくなるから、そのつもりでな」
全員が頷いた。
◇
救助はすぐに始まった。
「こっちだ!」
ゴォォォッ!!
和臣の炎が積もった雪を一気に溶かす。
そこへ紬が手を向ける。
「《重力》」
崩れ落ちた屋根材が軽くなる。
「よっしゃ!」
和臣が瓦礫を持ち上げる。
「律!」
「右側はまだ崩れない! そのまま行け!」
「おう!」
三人は何軒もの家を回った。
その中から――
一人。
二人。
三人。
さらに二人。
合計五人の生存者を救助した。
「避難所まで運ぶぞ!」
雪の中を進み。
ようやくたどり着いたのは、村の集会所だった。
◇
「……停電してるな」
律が天井を見上げる。
照明はついていない。
暖房も動いていない。
外より風を防げるだけ、まだマシ。
だが――
それだけだった。
「結人さん、聞こえますか?」
紬が心の中で呼びかける。
「…………」
返事はない。
もう一度。
「結人さん?」
「…………」
紬の表情が曇る。
「まずいですね……避難所まで来たはいいものの、結人さんから離れすぎちゃったみたいです」
律が外を見る。
吹雪はさらに強くなっている。
「とりあえず救助を待とう」
「外にいるよりは幾分かマシだ」
「…………」
和臣は何も言わず、室内を見る。
救助した五人。
そのうち一人は、小さな男の子だった。
◇
数十分後。
「寒いよぉ……」
子供の声。
小さな身体が震えている。
大人たちも同じだった。
肩を寄せ合い。
両手を擦り。
少しでも体温を逃がさないようにしている。
和臣が、その様子を見る。
「…………」
自分の手を見る。
そして、ふと気づく。
(……そういうことか)
(俺が今回の任務に選ばれた理由)
和臣が子供の前へ歩いていく。
「待ってろ、ぼうず」
子供が顔を上げる。
「今、暖かくしてやるからな」
ゴォォォォォ!!
「わっ!?」
和臣の全身が一気に燃え上がった。
周囲の温度が急激に上がる。
「わぁ……あったか――」
子供が手を伸ばす。
そして。
「あつっ!」
「熱い! 熱いよ!!」
「えっ」
律がすぐに振り返る。
「和臣、もっと火力下げろ」
「お、おう。悪い」
和臣が炎を弱めようとする。
「…………」
だが。
ゴウッ。
ボッ。
炎が揺れる。
そのまま――
フッ。
消えた。
「あああぁ!!」
和臣が頭を掻きむしる。
「やりにくいなぁクソッ!!」
いつもなら。
もっと強く。
もっと大きく。
もっと激しく。
そればかり考えてきた。
弱くする。
小さくする。
そんなこと、まともに考えたことすらない。
その時。
頭に浮かぶ。
久我の声。
『能力を理解しろ』
『見えている現象だけで判断するな』
『自分が何を起こしているのかを考えろ』
「…………」
和臣が右手を見る。
以前、自分が透花に言った言葉まで思い出す。
(できねぇって決めつけんな)
(火力を上げられるなら……)
「……下げることだって、できるはずだろ」
もう一度。
右手へ意識を集中する。
いつもの炎じゃない。
敵を焼くための炎でもない。
吹き飛ばすための炎でもない。
今ここにいる全員を。
ただ――暖めるための火。
「…………」
ゆっくり。
少しずつ。
ポゥッ。
和臣の手のひらに、小さな火が灯った。
炎じゃない。
まるで焚き火のような――
小さな火。
「……!」
子供が恐る恐る手をかざす。
しばらくして。
「……あったかい」
「…………」
和臣は自分の手を見る。
その小さな火を見つめる。
ふと。
以前、模擬戦で自分が言った言葉を思い出す。
『能力の使い方ってもんを教えてやるぜ』
「…………」
何が能力の使い方だよ。
和臣は少しだけ自嘲気味に笑った。
そして。
「……燃やすだけが、炎じゃねぇ」
律が、その言葉を聞く。
黙ったまま和臣を見る。
「さぁ、お前ら!」
和臣が大きな声を出す。
「俺の手の周りに集まれ!」
村人たちが少しずつ集まる。
小さな火を中心に。
冷え切っていた空気が、少しずつ暖まっていく。
「どうだ?」
和臣が少し心配そうに周囲を見る。
「みんな、熱すぎねぇか?」
子供が首を振る。
「ううん。あったかい!」
「……そっか」
和臣が笑う。
「熱すぎとか、寒ぃとかあったら遠慮なく言えよ」
手のひらの火を見る。
「調整してやるから」
その様子を――
律は黙って見ていた。
そして。
目が僅かに鋭くなる。
未来を見る。
「…………」
「和臣」
「あ?」
「暖かいのはありがたいが……」
律の表情が険しくなる。
「お前、このままだと二時間後には限界が来るぞ」
「二時間?」
和臣は鼻で笑う。
「二時間もありゃ救助来るだろ」
「…………」
律は何も答えなかった。
◇
同時刻。
村の中。
吹雪の中を、結人と透花が走っていた。
「…………」
結人が足を止める。
目を閉じ。
意識を集中する。
『律! 聞こえるか!?』
『和臣!』
『紬ちゃん! 誰でもいい! 返事しろ!!』
「…………」
応答はない。
「……クソッ!」
「まだダメ!?」
透花が振り返る。
「ああ!」
結人が苛立ったように雪を蹴る。
「さっきまでは拾えてたんだ! なのに途中から三人まとめて消えやがった!」
「だったらもっと近づけば――」
「やってるよ!!」
「…………」
珍しく。
結人が声を荒らげた。
二人の間に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
結人自身も気づいたらしい。
「…………」
「……悪い」
透花は少しだけ目を伏せる。
「……いい」
それだけ。
喧嘩をしている暇なんてない。
結人は再び雪の中を歩き出す。
「もう少し奥まで行く」
「でも、そっちだって安全とは――」
「繋がらねぇなら」
結人が前を向いたまま言う。
「繋がるところまで行くしかねぇだろ」
「…………」
透花は何も言わない。
そのまま、結人の後を追った。
吹雪の中。
何度も。
何度も。
『律! 聞こえるか!?』
『和臣!』
『紬ちゃん!』
『誰でもいい! 返事しろ!!』
それでも。
返事はなかった。
◇
それから一時間。
避難所。
和臣の呼吸が少し荒くなっていた。
「ハァ……」
手のひらの火は、まだ灯っている。
だが。
先ほどより小さい。
「和臣」
律が見る。
「大丈夫か?」
「あ?」
和臣が笑う。
「全然平気だ」
どう見ても平気じゃない。
額には汗。
肩も上下している。
紬も心配そうに和臣を見る。
「少し休んだ方がいいですよ」
「大丈夫だって!」
和臣が火を消さないよう、右手に意識を集中する。
「消したら寒いだろ」
その時だった。
三人の頭の中に。
声が響いた。
『和臣! 律! 紬ちゃん!』
「……!」
『誰か聞こえないか!?』
三人が一斉に顔を上げる。
「来た……!」
紬の顔が明るくなる。
「結人さん!」
和臣も笑う。
「やっと来たか!」
律が目を閉じる。
「俺が答える」
そして意識を向ける。
『結人、聞こえるか?』
一瞬。
『律!!』
結人の声。
『よかった! 急に反応なくなったから探してたんだよ!』
律が周囲を見る。
『こっちは何とか五人救助した』
『今は避難所にいる』
『ただ――停電してる。暖房が使えない』
『……マジか』
律が和臣を見る。
『和臣がずっと能力を使って、全員を暖めてる』
少し離れた場所。
結人の隣にいる透花の表情が変わる。
「…………え?」
『どのくらいだ?』
結人が聞く。
律が答える。
『もう一時間』
「……一時間?」
透花の声。
律には聞こえない。
だが結人には聞こえた。
律は続ける。
『俺の《未来視》では――』
少し間が空く。
『あと一時間が限界だ』
「…………」
透花の顔から血の気が引く。
『その先まで続けたら、能力の使いすぎと反動で危険だ』
「…………」
透花が結人を見る。
「急いで」
「……!」
「お願い」
声が震える。
「急いで……!」
結人が頷く。
『律』
『物資と救助隊の応援を要請する。それと、可能なら救助ヘリも手配する』
『分かった』
『ただ、物資用意したり、ヘリ飛ばしたりで少し時間かかるかもしれねぇ』
律が和臣を見る。
『……急いでくれ』
そして。
『和臣がもたない』
一瞬。
通信の向こうが静かになる。
やがて――
『了解』
結人の声。
『そいつに「勝手にくたばんな」って言っとけ』
「聞こえてんぞコラァ!!」
和臣が叫ぶ。
『元気じゃねぇか!』
「うるせぇ!!」
『必ず行くから、もう少し待ってろ!』
通信が切れる。
「…………」
和臣が小さく息を吐く。
そしてまた。
手のひらの火を見る。
◇
さらに一時間。
「ハァ……ハァ……」
和臣は、もう限界だった。
呼吸は荒い。
額から汗が流れる。
右手が震えている。
それでも。
小さな火は消えていない。
「和臣」
律が低い声で呼ぶ。
「……もうやめろ」
「あ?」
「救助隊が来るまでもたない」
律の声が強くなる。
「このままじゃ、お前――」
一瞬。
言葉を詰まらせる。
「能力の使いすぎと反動で、最悪……命を落とすぞ」
「…………」
和臣は何も答えない。
周りを見る。
震える子供。
身体を寄せ合う村人。
そして。
自分の手のひら。
消えかけている火。
「ハァ……ハァ……」
和臣が弱々しく笑う。
「消したら……」
「……寒ぃだろ」
「…………」
律が和臣を見る。
その手のひらで。
火が揺らぐ。
小さく。
今にも消えそうに。
その光を見ながら。
律の頭に、これまでの光景が浮かんだ。
『避けたらコイツが怪我してただろ』
透花を庇って。
自分が傷ついた和臣。
そして。
幻覚の中。
自分を庇って高圧電流を受けた和臣。
『まぁ気にすんな』
「…………」
律が和臣を見る。
今も。
知らない誰かのために。
自分の命まで削っている。
(あぁ……そうか)
ようやく分かった。
(こいつは……)
(そういう奴なんだ)
◇
さらに十分後。
外から。
複数の足音。
「……!」
律が顔を上げる。
扉が開く。
「いた!!」
透花の声。
その後ろから結人。
さらに救助隊員たちが入ってくる。
「……和臣」
律が呼ぶ。
「…………」
反応がない。
「和臣」
もう一度。
「来たぞ」
「…………」
和臣がゆっくりと顔を上げる。
救助隊員が村人たちへ駆け寄っていく。
物資が運び込まれる。
毛布。
暖房器具。
救助された人々が、一人ずつ保護されていく。
さっきまで震えていた子供も。
救助隊員に毛布をかけてもらっていた。
その子が。
和臣の方を見る。
「お兄ちゃん」
「…………」
「ありがとう」
「…………」
和臣がほんの少しだけ笑う。
「……そっか」
「……よかった」
フッ――。
手のひらの火が消えた。
その瞬間。
和臣の身体が崩れ落ちる。
「和臣!!」
透花が駆ける。
床へ倒れる直前。
身体を受け止める。
「ちょっと!!」
肩を揺する。
「和臣!」
反応がない。
「…………」
透花の顔色が変わる。
「和臣?……和臣っ!」
和臣の頬を軽く叩く。
それでも反応しない。
胸元へ手を当てる。
淡い治癒の光。
「……起きなさいよ」
返事はない。
「…………」
光を強める。
「……嘘でしょ?」
声が震える。
「何寝たフリしてるのよ」
「…………」
手まで震え始める。
「何か言いなさいよ……」
光がさらに強くなる。
「ねぇっ!」
返事はない。
透花の目に。
涙が溜まる。
「……お願いだから……!」
淡い光が和臣の身体を包む。
「目を開けてよ……!」
ポタッ。
一滴。
涙が和臣の頬へ落ちる。
「…………」
その時。
和臣の指が――
僅かに動いた。
「……!」
透花が息を呑む。
「和臣……?」
ゆっくり。
和臣の目が開く。
まだ焦点が合っていない。
「…………」
目の前にいる透花を見る。
そして。
かすれた声で。
「……透花……?」
「…………!」
和臣はまだ、何が起きているのか分かっていない。
目を覚ましたら。
透花が泣いている。
ただそれだけ。
でも。
その声を聞いた瞬間。
透花の中で張り詰めていたものが――
全部切れた。
「…………っ!」
治癒の光を出したまま。
「バカぁ……!!」
ペシッ。
「……っ」
「どんだけ……」
ペシッ。
「心配……!」
透花の目から、さらに涙が溢れる。
「させんのよ……!」
ペシッ。
「…………」
和臣が弱々しく顔をしかめる。
かすれた声で。
「……治療で……殴んなよ……」
「…………」
透花が鼻をすすった。
「……うるさい……」
もう一度。
淡い光が和臣の身体を包む。
「…………」
「ひぐっ……」
「うる……さい……」
「……バカ」
和臣は何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ。
笑った。
第13話 END




