第12話 錯乱
ARC本部、ブリーフィングルーム。
正面のモニターには、夜の街並みが映し出されていた。
その中に、一棟だけ古びたビルがある。
美琴さんが前に立つ。
「昨夜、三丁目通りにある廃墟ビルから、錯乱状態の人々が次々と現れ、街の人々を襲うという怪事件があった」
画面が切り替わる。
路上で暴れる人々。
刃物を振り回しながら――
「来るなぁ!!」
「やめろ!!」
何もない空間へ向かって叫んでいる。
「全員、何かに怯えるような言動をしていたそうよ。怪我人も出ている」
「何かって何だ?」
和臣が首を傾げる。
「それが分からないから、あなたたちに調べてもらうの」
「なるほど!」
「分かってなさそうね」
透花が呆れた顔をする。
美琴さんが続ける。
「この事件、恐らく能力者が絡んでいると私は見てる」
モニターに廃墟ビルの外観が映る。
「そこで、このビルを調査してきてほしい」
そして俺たちを見る。
「今回のメンバーは、朔、和臣、律、鈴音ちゃん、透花の五人」
さらに机の上に、何本かの細い棒を置いた。
「それと、朔、律、鈴音ちゃん」
「ん?」
「あなたたちは護身用にこれを持っていきなさい」
俺は一本手に取る。
伸縮式の警棒。
「透花が使ってるものと同じタイプよ。かなりの高圧電流が流れるから、いざという時には役に立つはず」
「おお」
横で和臣が手を挙げる。
「俺、それ貰ってねぇ」
美琴さんが一瞬だけ和臣を見る。
「あなたには必要ないでしょ」
「即答!?」
美琴さんはそのまま説明を続ける。
「それと、今回の現場は本部から近い。通信も安定してるから、装備の小型カメラを通して基地局でも現場の映像を確認するわ」
「カメラ?」
「ええ。澪が基地局から支援に入る」
俺は胸元に取り付けられた小型カメラを見る。
「何かあれば、すぐに連絡するわ」
「了解」
◇
三丁目通り。
問題の廃墟ビル。
中へ入った瞬間。
「うわっ、なんだここ! 真っ暗じゃねぇか!」
和臣の声が響く。
「廃墟だからな」
律が淡々と答える。
「うっせ! 分かってらぁ!」
俺は前を見る。
窓のほとんどは塞がれ、外の光もほとんど入ってこない。
「しかし、こうも暗いと進みにくいな」
「だねぇ」
鈴音も周囲を見回している。
俺はふと思いつく。
「そうだ、和臣」
「あ?」
「炎出してくれよ」
「……なんでだよ」
「いいから。頼む」
「チッ……能力無駄遣いさせんなよな」
和臣が両拳を握る。
次の瞬間。
ゴウッ!!
全身を炎が包んだ。
「うおっ、明るっ!」
一気に周囲が照らされる。
透花が感心したように和臣を見る。
「なるほど! 便利ねぇ」
「おい!」
和臣が振り返る。
「俺をランプ代わりにするんじゃねぇ!!」
「まぁまぁ」
俺は笑う。
「お前のおかげで進みやすくなっただろ。このまま頼むよ」
「ったくよぉ……」
文句を言いながらも、炎は消さない。
俺たちはそのまま奥へ進んでいった。
◇
しばらく歩いた時だった。
「クッ……!」
律が突然、足を止めた。
「?」
俺は振り返る。
「どうした、律」
律が目元を押さえる。
「なんだ……これは……?」
「おい?」
「真っ暗だ……何も見えない……」
「は?」
そして。
律の顔が引きつる。
「うわぁぁぁっ!?」
「!?」
律が後ずさる。
「なんだ!? 化け物!?」
「……化け物?」
俺たちは一斉に周囲を見る。
何もいない。
和臣の炎に照らされた、ただの廃墟。
「何言ってんだよ律。化け物なんてどこにもいな――」
その時。
ジャキン。
律が警棒を取り出した。
「来るな!」
「おい?」
「来るなって言ってんだろ!!」
律が警棒を振り回す。
「ちょっ、やめろ!」
俺は身を引く。
だが――
警棒が俺の方へ振り下ろされる。
その瞬間。
「危ねぇ!」
和臣が割って入った。
バチィッ!!
「あばばばばばっ!!」
和臣の身体が跳ねる。
「いってぇぇぇ!!」
「何のつもりだ律コラァ!!」
「和臣、大丈夫か!?」
だが律は聞こえていない。
何もない空間を睨み、警棒を構えたまま震えている。
その時。
「きゃあぁぁっ!?」
今度は透花の叫び声。
「何!? キモいんだけど!!」
「透花?」
「こっち来ないでっ!」
透花まで警棒を取り出す。
そして――
なぜか律へ向かって突っ込んでいく。
「おいおいおいおいおいっ!!」
和臣が立ち上がる。
「やめろっ!!」
バチィッ!!
「あばばばばばっ!!」
再び和臣が痺れた。
「いってぇぇぇ!!」
「…………」
俺は思わず固まる。
和臣がふらつく頭をブンブン振りながら叫ぶ。
「クソッ、透花!! 今のは律が悪いかもしれねぇけどな!!」
「それにしたって警棒はねぇだろ!!」
「お前まで何やってんだ!! 一体どうなってんだよ!!」
すると今度は――
「きゃあぁぁ! やだっ! やだっ!」
鈴音が叫ぶ。
「鈴音!?」
「こっち来ないでぇ!」
あらぬ方向へ《防壁》を張り始めた。
「おい鈴音! どこに防壁張ってんだよ!?」
何なんだ。
一体、何が起きてる?
その時。
「おわっ!?」
和臣の声。
振り返る。
和臣が俺を見ている。
いや。
俺を見て――怯えている?
「なんだコイツ……!」
「は?」
「そうか……律が言ってた化け物ってコレか!!」
「ちょっと待て!」
和臣の拳に炎が集まる。
「お前までかよ!!」
「くらえぇぇぇ!!」
「うおっ!?」
俺は慌てて横へ飛ぶ。
炎の拳が鼻先をかすめた。
その瞬間――
視界が落ちた。
「……っ!?」
真っ暗。
何も見えない。
「なんだこれ!? 何も見えねぇ!」
そして。
闇の中に。
ぼわぁ……。
何かが浮かび上がる。
ぬめった皮膚。
細長い胴体。
異様に大きな口。
蛇とカエルを無理やり混ぜたような――
「うわっ……キショ!!」
化け物。
こいつか。
みんなが見ていたのは――!
俺はとっさに警棒を取り出す。
「来んなよ……!」
その時。
――ザザッ。
無線が鳴った。
『みんな。聞こえる? 聞こえたら応答して』
「澪!?」
俺は慌てて無線を取る。
「ああ、聞こえてる!」
『良かった。カメラ映像はこっちでも見えてる』
「マジか」
『そっち、一体どうなってるの? さっきから仲間同士で何やってるのよ?』
「それが、こっちもさっぱり分からねぇ!」
俺は目の前の化け物から視線を外さず答える。
「みんな急におかしくなっちまって、それから俺も急に目の前が真っ暗になって……」
「今、気色の悪い化け物と対峙してるところだ!」
『……化け物?』
澪の声が少し低くなる。
『朔。しっかりして』
「何だよ」
『今、あなたの目の前にいるのは和臣よ』
「はぁ?」
俺は化け物を見る。
化け物もこちらを睨んでいる。
「流石に和臣はここまでキショくねぇよ」
『そこ基準なの?』
「いや、だってキショいんだって!」
『……待って』
少し間が空く。
『おかしい……』
「何が?」
『《索敵》では、あなたたち五人とは別にもう一つ生体反応がある』
「……!」
俺は息を呑む。
『朔。あなたの目の前にいるやつ、どんなキショさなの?』
「キショさで聞くなよ!」
『いいから』
「えーっと……」
俺は化け物を見る。
「蛇とカエルを足して二で割ったような……」
『それ、多分だけど幻覚』
「幻覚?」
『カメラにはそんなもの映ってない。それに、みんなそれぞれ何もない場所に怯えてる』
「…………」
『どうなるかは分からないけど、自分に《反転》を使ってみて』
「自分に!?」
俺は自分を見る。
「やったことねぇよ、そんなの!」
『いいから、やってみて!』
「分かったよ!」
俺は自分へ手を向ける。
(幻覚……)
(見えてるものが嘘なら)
(反対は――)
「《反転》!!」
《幻覚》――反転。
《現実》。
一瞬。
視界が真っ白になった。
「うっ……!」
眩しさに目を閉じる。
そして。
ゆっくり目を開く。
「…………」
目の前に――
和臣がいた。
「うおおおお!! 来んな化け物ぉぉぉ!!」
あらぬ方向に拳を振り回している。
「なるほど……さっきの化け物が和臣だってのは、こういうことか!」
「はぁ!?」
俺は和臣へ手を向ける。
「《反転》!」
「……お?」
和臣の動きが止まる。
周囲を見る。
そして俺を見る。
「……化け物が朔になった」
「誰が化け物だよ」
「どうなってんだ、こりゃ?」
「幻覚だよ」
俺は周囲を見る。
「俺たち全員、幻覚を見せられてたらしい」
俺は律、透花、鈴音にも順番に《反転》をかけていく。
「《反転》!」
「《反転》!」
「《反転》!」
少しずつ。
全員の表情が戻っていく。
――ザザッ。
『上手くいったみたいね』
「サンキュー、澪」
『朔。さっき言った、あなたたち五人とは別の生体反応』
「ああ」
『すぐ近くにいる』
俺は暗闇の先を見る。
『恐らく、幻覚はそいつの能力』
「なるほどな」
横を見る。
「和臣」
「あ?」
「思いっきり燃え上がってくれ」
和臣がニッと笑う。
「おうよ!」
ゴォォォォォッ!!
全身から炎が噴き上がる。
廃墟の内部が一気に明るくなる。
そして。
少し離れた場所。
柱の陰。
「……!」
一人の男が立っていた。
男がたじろぐ。
「見つけたぞ」
和臣が拳を鳴らす。
「オメェが犯人か!!」
男が逃げようとする。
「逃がすかよ!!」
和臣が手を突き出す。
ゴゥゥッ!!
大きな炎の球が放たれる。
「ギャァァァァァァ!!」
直撃。
男の身体が吹き飛んだ。
「一丁上がり!」
◇
能力犯罪者を確保した後。
廃墟の外。
律が和臣の横へ歩いていく。
「なぁ……和臣」
「あ?」
「朔から聞いたんだけどさ」
「何を?」
律が少し言いづらそうに目を逸らす。
「幻覚を見せられて、透花が警棒を振ってきた時、俺のこと庇ったんだってな」
「ああ」
和臣が腕を組む。
「オメェにも一回やられて、透花にも一回やられて」
「二回も痺れたわ!!」
「…………」
律が目を見開く。
少しだけ、和臣を見る。
そして――
「……悪かったな」
少し間を置いて。
「それと……助かった」
「サンキューな」
「フンッ」
和臣が鼻を鳴らす。
「まぁ気にすんな」
律が顔を上げる。
「あんなキショい化け物見せられたら、誰でもああなる」
和臣が頭を掻く。
「俺も朔に攻撃しちまったみてぇだしな」
「……そうか」
律が小さく笑う。
和臣はそれに気づかないまま、先へ歩いていった。
第12話 END




