第10話 治癒の限界(前編)
ARC本部、ブリーフィングルーム。
「今回の任務は、能力犯罪者の確保」
美琴さんがモニターへ資料を映し出す。
そこには、一人の男の顔写真。
「対象は市街地で複数の傷害事件を起こしている能力者よ」
「能力は?」
和臣が身を乗り出す。
「《毒》」
「毒?」
俺がモニターを見る。
「ええ。身体から毒性のある液体を生成して、それを飛ばすことができるみたい」
画面が切り替わる。
路上。
壁や地面に、液体が飛び散ったような跡。
「皮膚に付着しただけでも症状は出るけど、傷口や粘膜から体内に入った場合は危険度が一気に上がる」
「厄介だな」
律が低く呟いた。
美琴さんが頷く。
「そうね。だから今回は不用意に接近しないこと」
そして――
「鈴音」
「はーい」
「防御をお願い」
「任せてねぇ」
「和臣と朔は制圧」
「おう!」
「ああ」
「律は《未来視》で危険行動の予測。前線の補助をお願い」
美琴さんが律を見る。
「律は今回が初陣になるわね。くれぐれも無茶はしないように」
「分かった」
最後に、美琴さんの視線が透花へ向く。
「透花は負傷者が出た場合にすぐ治療へ入れるよう、前線寄りで待機して」
「了解」
「……前線寄り?」
俺は透花を見る。
「お前、結構前まで来るんだな」
「当たり前でしょ」
透花がこちらを見る。
「怪我してから私のところまで戻ってこいって?」
「……まあ、そうか」
「特に今回は毒よ。処置が遅れたら危険なんだから」
和臣がニヤッと笑う。
「じゃあ俺が怪我しても安心だな!」
「毎回怪我する前提で話すな!!」
「でも、いてぇ時は治してくれんだろ?」
「だから最初から怪我すんなって言ってんの!」
「そんな無傷で戦えるかよ!」
「相変わらずだな……」
俺が呟くと――
「朔、あんたもよ」
「なんで俺まで!?」
◇
市街地。
通報を受けた現場周辺では、すでに警察による規制が始まっていた。
俺たちはその奥へ入っていく。
「澪」
「見えてる」
少し離れた場所で、澪が目を閉じる。
「対象はこの先。大通りを移動中」
「一般人は?」
「まだいる。避難が間に合ってない人が何人か」
「最優先で避難させるぞ」
「分かった」
俺たちは走り出す。
大通りへ出ると――
いた。
先ほどモニターに映っていた男が、道路の真ん中で暴れている。
周囲には毒液が飛び散り、一般人が逃げ惑っていた。
「おい、コラ!!」
和臣が前へ出る。
「ああん? なんだテメェは?」
「特異能力社会調整機構《ARC》の炎場和臣だ!」
和臣が拳を鳴らす。
「今からテメェを確保してやっから、覚悟しろや!」
「ケッ、ARCか……ウザってぇ」
男が右腕を持ち上げる。
「お前にも俺の毒を喰らわせてやんよ!」
腕が振られた。
「来るよ!」
鈴音の声。
直後――
バシャッ!!
紫がかった毒液が飛んでくる。
「《防壁》!」
透明な壁が展開される。
ベチャッ!!
毒液が防壁へ叩きつけられ、飛び散った。
「うわ、マジで液体じゃねぇか!」
「触るなよ!」
「分かってる!」
毒使いが腕を振る。
次々と毒液が放たれる。
「鈴音!」
「任せてぇ!」
防壁がそれを受け止める。
だが――
正面を塞いでいるだけじゃ、近づけない。
「チッ……!」
和臣が拳を構える。
「だったら――」
「待て、和臣!」
「あ?」
「下手に燃やすな。毒がどうなるか分かんねぇ」
「じゃあどうすんだよ!」
「今見てる!」
「今かよ!!」
「うるせぇ!」
その時――
「右!」
律の声。
「!」
俺は反射的に横へ飛ぶ。
直後。
さっきまで俺がいた場所へ毒液が叩きつけられた。
「助かった!」
「次、左から来る!」
「鈴音!」
「うん!」
防壁が展開される。
バシャッ!!
毒液が弾ける。
その隙に和臣が前へ出る。
「オラァ!!」
「近づくな!」
毒使いが両腕を振った。
大量の毒液が放たれる。
「和臣!」
「分かってる!」
和臣が炎を放つ。
ゴォッ!!
炎と毒液がぶつかる。
ジュッ!!
「……!」
炎に触れた毒液は、一瞬で蒸発する。
霧すら残らない。
「……和臣!」
「ああ?」
「今の、もう一回やれ!」
「は?」
「毒ごと燃やせる!」
和臣がニヤッと笑う。
「だったら話は早ぇ!」
毒使いが再び液体を放つ。
「鈴音!」
「任せてぇ!」
防壁が展開される。
毒液が壁へ叩きつけられる。
「和臣!」
「おう!」
鈴音が防壁を解除した瞬間――
ゴォォォッ!!
和臣の炎が正面から毒液を飲み込んだ。
ジュウウウウッ!!
次々と毒が蒸発していく。
「なっ……!」
毒使いの表情が歪む。
「今だ!」
和臣が一気に距離を詰める。
だが――
「和臣!!」
律が叫ぶ。
「止まれ!!」
「!?」
和臣が急停止する。
直後。
毒使いが足元へ毒液を撒き散らした。
「チッ!」
「踏んでたらアウトだった」
「助かったぜ!」
和臣が笑う。
「未来視える奴いると便利だな!」
「黙って戦え」
「お、おう。」
その時だった。
「きゃっ!」
悲鳴が上がる。
「!」
振り返る。
避難が遅れた女性が一人、逃げ遅れていた。
毒使いが、逃げ遅れた女性に気づく。
ニヤッ。
腕を振った。
毒液が――
女性へ飛ぶ。
「……!」
律の目が見開かれる。
未来が視える。
自分が避ければ――
毒はそのまま女性へ当たる。
「律!」
俺が叫ぶ。
だが――
律は避けなかった。
女性の前へ踏み込む。
「危ない!!」
バシャッ!!
「……っ!」
毒液が律の腕から肩へ飛び散った。
「律!!」
透花が即座に走る。
「早く逃げて!」
「は、はい!」
女性がその場から走り出す。
律が膝をつく。
「……ぐっ」
「動かないで!」
透花が律の腕を見る。
シュゥゥゥゥゥ……。
皮膚が焼けたように、ただれ始めている。
「《治癒》!」
淡い光が律の腕を包む。
傷が――
塞がっていく。
「……!」
俺が息をつく。
「治った?」
「傷はね」
透花の表情が険しい。
「……でも」
律が胸元を押さえる。
「うぅっっ! はぁ……はぁ……」
「律!?」
呼吸が荒くなる。
額には汗が浮かんでいる。
透花が律の身体へ手を当てる。
「……毒が中に入ってる」
「《治癒》じゃ消せないのか?」
「今やってる!」
もう一度。
「《治癒》!」
光が律を包む。
だが――
症状は止まらない。
「……なんで」
透花の表情が強張る。
「傷は治ってるのに……」
律の身体が大きく揺れる。
「律!」
俺が身体を支える。
「医療班を呼んで!」
透花が叫ぶ。
その声には――
いつもの強さとは違う焦りが滲んでいた。
背後では――
まだ戦いが終わっていない。
毒使いがこちらを見て――
口元を歪める。
「そいつが治癒役か」
「……!」
「なら――」
男が透花へ腕を向ける。
「先に潰す」
毒液が放たれた。
「透花ちゃん!!」
「《防壁》!」
鈴音が割って入る。
バシャッ!!
毒液が透明な壁へ叩きつけられる。
「鈴音、ありがとう。助かったわ」
透花が立ち上がる。
「律は俺が見てる!」
「……お願い!」
透花が毒使いへ視線を戻す。
「今度はこっちの番よ」
ジャキンッ。
腰から伸縮式の電撃警棒を抜き、構える。
そのまま――
毒使いへ向かって走り出した。
「近づけるものなら近づいてみろよ!」
毒使いが腕を振る。
毒液が飛ぶ。
「舐めないでよね……」
透花は身体を捻る。
毒液が頬のすぐ横を通り抜けた。
もう一発。
踏み込む。
かわす。
さらに一歩。
一気に――
懐へ。
「なっ――」
バチィ!!
「グァァァァッ!!」
電撃警棒が毒使いの首元を捉えた。
「クソッ、このガキィ!!」
男が右手を透花へ向ける。
「……!」
透花が咄嗟に後ろへ飛び、距離を取る。
だが――
毒使いの右手には、すでに毒液が集まっている。
「させるかよぉ!!」
和臣が透花の前へ割って入った。
両手を突き出す。
ゴォォォォォォッッ!!
炎が噴き出す。
同時に――
毒使いの右手から毒液が放たれた。
ジュウウウウッ!!
炎に触れた毒液が一瞬で蒸発する。
そのまま炎が毒使いへ到達した。
「ギャァァァァッ!!」
男の身体が炎に包まれる。
「和臣!」
「分かってる!」
和臣が炎を止める。
毒使いが地面へ崩れ落ちた。
「……確保!」




