第9話 変わる未来
未来視の男と戦ってから、数日後。
ARC本部、休憩室。
いつものメンバーが揃っていた。
「暇だぁぁぁ!!」
和臣がソファにふんぞり返りながら叫ぶ。
「うるさい」
透花が即座に返す。
「任務ないならいいことだろ」
結人が呆れたように言った。
「俺は戦いてぇんだよ!」
「平和でいいじゃないの」
鈴音が柔らかく笑う。
「……うるさい」
澪までぼそりと呟いた。
「俺ってそんなにうるさいか!?」
「残念ながらうるさいな」
「ああん? 朔、てめぇ!」
和臣がこっちを睨む。
その時――
ガチャ。
休憩室の扉が開いた。
入ってきたのは――
灰色がかったアイボリーの、少し長めの髪。
鋭い目つきの青年。
「…………」
俺は思わず、男を見る。
「……お前」
以前、俺が戦った――
《未来視》の男だった。
「ん?」
和臣が俺を見る。
「知り合いか?」
「知り合いっていうか……」
俺は男から目を離さない。
「こいつが、前に話した《未来視》の能力者だ」
「…………」
「…………」
和臣の顔が引きつる。
「はぁ!?」
ボッ!!
その拳から炎が噴き上がった。
「お前か! 以前、朔のことボコったって奴ぁ!」
「あの時の朔、あちこち打撲して帰ってきたわ」
透花の目つきも鋭くなる。
「おいおい、ボコったってお前、それじゃ俺が弱ぇみたいじゃねぇか!」
「弱ぇからボコられるんだろうが!」
「……じゃあお前、そいつとやってみろ。多分、お前もボコられる」
「ほぅ、そいつは面白そうじゃねぇか!」
和臣がニヤッと笑う。
その時――
「はいはい、そこまでよ」
美琴さんが休憩室へ入ってきた。
「…………」
その一声で、さっきまで騒がしかった空気が静まる。
「さっき玄関前に彼がいるのを見かけたから、私が招いたの」
「勘違いするな」
未来視の男が口を開いた。
「俺はまだ、ARCに入ると決めて来たわけじゃない」
「じゃあ帰れ!!」
和臣が即座に一喝する。
「…………」
未来視の男は和臣を無視して――
俺を見る。
「確認しに来ただけだ」
「何を?」
「…………」
「本当に未来は変わるのか」
「…………」
「俺はあの時、自分が視た未来は必ずその通りになると思っていた」
男の目がわずかに細くなる。
「実際、途中までは俺が視た通りだった」
「だが――最後だけが違った」
あの時。
こいつが視た未来では、俺は負けていた。
それでも――
結果は変わった。
「それに――」
未来視の男が、まっすぐ俺を見る。
「俺の《未来視》を狂わせたお前にも、少し興味がある」
「…………」
なんだよ、それ。
◇
翌日。
俺がARC本部へ行くと――
「…………」
昨日の男がいた。
「……本当に来たのか」
「確認したいことがあると言ったはずだ」
「いや、そうだけど」
まさか本当に翌日も来るとは思わなかった。
男は昨日と変わらず、休憩室の端で一人座っている。
周りと話す様子もない。
ただ静かに、ARCの中を眺めていた。
「そういえば」
俺は男を見る。
「まだ名前聞いてなかったな」
「…………」
「時枝律」
「時枝……律」
「ああ」
「俺は――」
「御影朔だろう」
「知ってんのかよ」
「榊から聞いた」
「ああ、なるほど」
その時。
「朔、ちょっと付き合って」
美琴さんが休憩室へ入ってきた。
「ん?」
「備品の受け取り。行ってきて」
「俺が?」
「ええ」
「……分かった」
立ち上がろうとしたところで、美琴さんが続ける。
「それと――」
視線が律へ向く。
「あなたも」
「……なぜ俺が」
「新人だから」
「俺はまだ加入すると――」
「新人だから」
「…………」
律が黙る。
俺はその様子を見て、少し笑った。
「諦めろ。こういう人だ」
「…………」
納得していない顔のまま、律も立ち上がった。
◇
美琴さんに指定された場所へ向かって、俺と律は街を歩いていた。
「……理解できない」
しばらく無言だった律が、突然口を開く。
「何が?」
「なぜ能力者が備品運びをする」
「俺も今それ思ってた」
「…………」
律がこっちを見る。
「なんだよ」
「いや」
少し歩く。
「お前は……」
「ん?」
「なぜ未来が変わったと思う」
「あの時の?」
「ああ」
「……あれは、お前の勘違いだったんじゃねぇの?」
「…………」
律が俺を見る。
「未来が変わったんじゃなくて、お前が絶対だと思い込んでただけなんじゃねぇの?」
「…………」
律は前を向く。
「……納得はできない」
「頑固だな、お前」
◇
備品を受け取り、ARC本部へ戻る途中。
少し離れた交差点で、小さな女の子とその母親が信号を待っていた。
女の子が母親の手を握りながら、楽しそうに何かを話している。
ごく普通の日常。
その時――
「…………!」
律の目がわずかに見開かれた。
◇
大型トラックが、猛スピードで交差点へ向かってくる。
ブレーキが効かない。
歩行者信号が青に変わる。
母親と女の子が横断歩道へ出る。
そのままトラックが交差点へ突っ込む。
母親が女の子を庇う。
――衝突。
◇
「…………!」
律の意識が現実へ戻る。
歩行者信号は、まだ赤。
母親と女の子も、まだ歩道に立っている。
事故は――
まだ起きていない。
「どうした?」
「……いや」
律は短く答えた。
そのまま、何もしない。
何度も視てきた。
未来は変わらない。
助けようとしても――
結局、視た結果へ辿り着く。
だから。
動かない。
やがて――
歩行者信号が青へ変わった。
母親と女の子が横断歩道へ入る。
女の子が母親より少し前へ出る。
「…………」
律の目が二人を追う。
遠くから――
一台の大型トラックが迫ってきた。
「……同じだ」
「ん?」
俺もトラックを見る。
速度が落ちていない。
「……あのトラック、止まらなくねぇか?」
「……!」
俺は走り出した。
「待て」
「は?」
「間に合わない」
「…………」
「俺は視た」
律が低い声で言う。
「二人とも――」
最後まで聞かずに、俺は走った。
「……!」
◇
朔が母子へ向かって走る。
だが――
律には分かる。
このままでは間に合わない。
もう一度、未来を視る。
朔が正面から母子へ向かう。
女の子へ手を伸ばす。
届かない。
そのまま――
朔までトラックに巻き込まれる。
「……馬鹿が」
律が小さく呟く。
未来は変わらない。
今までずっと、そうだった。
だが――
(あの日。俺が知らない未来を――)
(あいつに見せられた)
「…………」
律はもう一度、未来を視る。
正面から行く。
間に合わない。
違う。
左から――
遅い。
違う。
もう一度。
右側から回り込む。
女の子だけを先に押し出す。
母親が娘を追って、反射的に横断歩道の外へ飛び出す。
朔も、そのまま道路の外へ転がる。
直後――
トラックが通過する。
「……!」
これまで律にとって、《未来視》は結果を見るための力だった。
起こる未来を知る。
ただ、それだけ。
だが今――
初めて。
助かる未来を探していた。
走る朔を追って、律も駆け出す。
「朔!!」
律が叫ぶ。
「右から行け!!」
「!?」
「女の子を先に押し出せ!!」
俺は一瞬だけ律を見る。
「分かった!」
迷わず右へ回り込む。
女の子へ手を伸ばした。
「危ねぇ!」
「きゃっ!」
その身体を横断歩道の外へ押し出す。
「――!」
母親が娘を追って飛び出した。
俺もそのまま地面を転がる。
直後――
ドォォォォン!!
大型トラックが交差点を突き抜け、その先の街路樹へ激突した。
「…………」
母親が女の子を抱き締めている。
二人とも――
生きている。
「いってぇ……」
俺は地面に手をつきながら身体を起こす。
あちこち痛ぇ。
でも――
生きてる。
俺は律を見る。
「助かった」
「…………」
「お前が言ってくれなかったら、ヤバかったわ」
律は答えない。
ただ――
母親と女の子を見つめていた。
最初に視た未来。
二人は、ここでトラックに轢かれるはずだった。
でも今――
母親が泣きながら娘を抱き締めている。
「……変わった」
「ん?」
律が自分の手を見る。
「未来が……」
「…………」
「俺が……変えた」
小さな声だった。
でも、確かに聞こえた。
「変えられたじゃねぇか」
「…………」
律が俺を見る。
俺はそれ以上、何も言わなかった。
◇
ARC本部へ戻る道。
律はずっと黙っていた。
「……さっきから静かだな」
「…………」
「まあ、元々静かだけど」
「…………」
「おい」
しばらく歩いて――
「朔」
「ん?」
「……明日もここに来る」
「ここ?」
「ARCだ」
「……ああ」
律は少しだけ視線を落とす。
「まだ……確かめたいことがある」
「何を?」
「…………」
律は少し黙った後、俺を見る。
「……お前といれば、俺にも視えない未来が視られるかもしれない」
「…………」
「だから、もう少しだけ付き合う」
俺は少し笑った。
「好きにしろ」
◇
ARC本部へ戻る。
「ただいまー」
俺が扉を開ける。
「おかえり」
美琴さんがいつものように答えた。
その視線が――
俺の後ろにいる律へ向く。
「…………」
美琴さんは何も聞かない。
ただ、少しだけ笑って。
「おかえり」
「…………」
律はしばらく黙っていた。
そして――
「……ああ」
小さく答えた。
――第9話 END




