第6話「ライバルはパインの飴ちゃん?」
【あらすじ】
今日も客ゼロで開店休業状態のカフェ『アルカディア』。健矢は鈴木さんから託された魂のアコースティックギターをかき鳴らし、往年の球団応援歌「WADATSUMI」や「SORA」を弾き語りで熱唱する。しかし無理がたたり、完全に声を枯らしてしまう。
喉を潤そうとシオンに「ドラゴンホーンのど飴」を要求する健矢だったが、シオンは代替品として黄色い「あのアメ」を提案。すると健矢は「虎のアメに魂は売らん!」と支離滅裂な拒絶反応を示し始める。
その裏には、2023年の「なんば線シリーズ」における、負けた側のファンとしての深いトラウマと悲哀があったのだった。
◇
静まり返った京都・西陣の午後。客の姿が一人としてないカフェ『アルカディア』の店内に、力強いアコースティックギターのコード感が響き渡っていた。
じゃらーーん!
「……虹の架け橋〜越えてゆこう〜♪ 拳を挙げて〜♪」
カウンターの奥で、健矢は背筋を伸ばして鈴木さんのYAMADA製アコースティックギターを抱え込み、ジャカジャカとストロークを刻みながら熱唱していた。曲はかつて神戸のスタジアムに響き渡った伝説の球団賛歌「WADATSUMI」、そして間髪入れずに「SORA」へと突入する。
「……羽ばたけ空へ〜! 高く高く〜! 叶うべき~~~!夢の.....先へ~ッ!!」
最後のコードを力強くかき鳴らし、余韻に浸る健矢。しかし、無理な高音発声がたたり、その直後に猛烈な咳込みが襲った。
「ッゴホ! ゴホッ……! ……あー、あー。……っつ、喉が……」
完全に声帯が悲鳴を上げ、喉からカサカサの枯れ果てた音しか出なくなる。
「マスター。音響センサーのログを確認しました」
シオンが冷ややかな視線を向けながら歩み寄ってくる。
「客数がゼロの店舗において、店主が独唱で音量上限に達する行為は、営業ガイドラインおよび静寂維持プロトコルに違反しています。さらに、あなたの声帯粘膜は著しく乾燥し、炎症を起こしています」
「シ……シオン……。奥の棚から……『ドラゴンホーンのど飴』を……取ってきてくれ……」
健矢はガラガラ声で首を押さえながら懇願した。
「マスター。喉の炎症に対しては、管理AIが推奨する『個人用咽頭消炎ペースト』を直接塗布する方が、消炎効率において4.2倍優れています」
「ダメだ……! 喉のケアは……伝統のあの青い袋ののど飴って決まってるんだよ……!」
「頑固ですね」
シオンは呆れたようにインジケーターを明滅させると、棚の奥を捜索した。
「ドラゴンホーンは切らしています。ですが、こちらの甘味キャンディで代用可能です。パイン果汁を模した黄色いリング型の――」
「待て!!!」
健矢は喉の痛みを忘れたかのような素早さで、シオンの手元にある黄色い袋を指差し、叫んだ。
「なぜ……なぜ我が『アルカディア』に、あの【黄色いアメ】が存在するんだッ! 冗談じゃない、俺は『黄色の飴』にだけは絶対に魂は売らんぞ!!」
「支離滅裂な主張を検知」
シオンは首を傾げた。
「このアメは単なる果汁風味の糖類加工品です。特定の政治的・宗教的対立要素は含まれておりません。なぜそれほど過剰な拒絶反応を示すのですか?」
「何も分かってないんだな......シオン! あいつは『あっちの黄色い球団』の監督が愛用して、一気に全国的なシンボルになった悪魔の飴なんだよ! 2023年の『なんば線シリーズ』の時、どれだけあの黄色い輪っかを見せつけられたと思ってんだ!」
健矢はハチに刺されたかのように身を乗り出し、熱弁を振るい始めた。
「あの年! 59年ぶりの関西対決だって世間は大騒ぎだった! だがな、メディアも街も、猫も杓子も『虎の球団』と『黄色いアメ』の一色だったんだ! 我が猛牛軍団も投高低打の極北と言われたリーグを!時に圧倒的な強さで......!時にギリギリの接戦を潜り抜け、3連覇して乗り込んだってのに、第7戦で敗れた瞬間、世界は完全にヤツらの黄色い歓喜に塗りつぶされたッ! 負けた側の俺らがッ!どんだけ静かに爪を噛みィ......!!街中で配られるこのアメの影で身を潜めていたかッ……!!!お前は全く分かってねぇんだッ...............!!!!」
「データ解析完了」
シオンの瞳が静かに光る。
「つまり、2023年の日本シリーズにおける敗北のトラウマ、およびメディア露出の格差による疎外感が、特定の製菓に対する根深いコンプレックスとして定着した……ということですね。極めて非合理的、かつ一方的な風評被害です」
「風評被害じゃない! こっちは敗者の悲哀を背負ってんだよ! だから俺は、喉が千切れようがドラゴンホーン飴一筋なんだ!」
健矢が必死に抗議する横で、シオンは無機質な手つきでパインを模した飴の袋を棚の奥へとしま取った。
「了解しました。では、予備のドラゴンホーンのど飴を倉庫から発掘してまいります。……ただしマスター」
シオンは去り際に、チラリと健矢を振り返った。
「次回、再びギターを弾き語って声を潰した場合、私はあなたの口へ力ずくで黄色いアメを3個同時に押し込むプロトコルを実行します。ご容赦を」
「絶対やるなよ!? どんな拷問だよそれ!」
ガラガラ声で叫ぶ健矢に、シオンは静かに一包のドラゴンホーンのど飴を手渡した。
健矢はそれをつまんで口に放り込み、ようやく落ち着いた喉で深くため息をついた。
「……ふぅ。……まあ、あんな悔しい思いをしたからこそ、俺たちは強いんだけどな」
静まり返ったカフェの壁で、鈴木さんのアコースティックギターが常夜灯の光を反射して琥珀色に輝いていた。敗北の味を知る者だけが鳴らせる音が、確かにこの場所に残されていた。




