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アラフォー独身カフェマスターはカプセル引きこもり義務化世界でも「おりほー」がしたい!   作者: 蒼波8


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第5話「メディア格差」

カフェ『アルカディア』の片隅にある木製の古びたマガジンラック。そこには、網膜VRのニュース配信が主流となったこの時代において、奇妙なほど存在感を放つ「紙のスポーツ新聞」が差し込まれていた。


インクの匂いをかすかに漂わせるその紙面を整えながら、シオンはカウンターの奥でコーヒー豆のブレンド作業をする健矢に問いかけた。


「マスター。以前から疑問だったのですが、なぜこの店舗はスポーツ新聞の定期購読を行わないのですか? 旧時代の理髪店や喫茶店のように常時設置しておけば、数少ない生身の顧客へのサービス向上に繋がると推測されますが」


健矢はストレージをリズミカルに軽く振りながら、ふっと自嘲気味に笑った。


「シオン、さては関西における『メディア格差』ってやつを分かってないらしいな......。定期購読なんて博打、猛牛のファンができるわけないだろう」


「博打、ですか。新聞の購入がですか?」


「そうだ。いいか、関西でスポーツ新聞を定期購読するってことはだな.....毎日毎日、一面から終面まで『縦縞の猛虎』の文字で埋め尽くされた紙面を強制的に送りつけられるってことだッ.....!


我らが球団が!どれだけ劇的な!!サヨナラ勝ちを収めようが!!!


エースがノーヒットノーランを達成しようが!!!!


あっちの球団の『助っ人外国人の残留交渉の行方』やぁ.......『若手の居残り練習の様子』が一面を飾るのがッ.......この地域の、日常なんだよッ.......!」


シオンは網膜のインジケーターを明滅させ、過去の関西圏におけるスポーツ紙の一面データを高速で検索した。


「なるほど。データを確認しました。確かに確率論的に言えば、関西におけるスポーツ新聞の一面占有率は、特定の黄色と黒の球団が圧倒的多数を占めています。マスターの応援する球団が一面を獲得する確率は、極めて低い数値。皆無に等しいですね。」


「だろ? だから、勝ってもいない日にわざわざ金を払って、他球団の狂騒曲を読まされる理由など毛筋ほども存在しない。だが――『とあるタイミング』だけは話が別だ」


健矢はコーヒーサーバーを置き、真剣な眼差しでシオンを見つめた。


「シオン、お前をわざわざ最寄りの新聞自販機まで走らせる時。それはッ!我が球団が劇的な勝利を収めェ!!なおかつ!『他紙はともかく、あのスポーツジャパンかK3スポーツなら、もしかしたら関西版でも一面にしてくれているかもしれない.....!!!』という、僅かな可能性に賭けるべき聖なる朝だけだ.........!」


「つまりマスターは、勝率の低いガチャを引くために私を物理的に走らせていると?」


「ガチャって言うなよ!ガチャって~~~! あれはな...!ファンのささやかな抵抗であり、歴史の確認なんだよッ........。かつて昭和から平成にかけて、どれだけ勝っても新聞の隅っこに数行しか載らなかった時代から続く、ファンの悲哀と癖が身体に染みついてるんだ......。だからこそ、本当に一面を飾った時の、あの新聞紙の重みッ.......!インクの鮮やかさはなァ......VRのデジタルデータじゃ、『絶対に』味わえねぇんだよ..........!!」


シオンは足元のマガジンラックにある、昨日健矢が歓喜と共に使いっ走らせた新聞に視線を落とした。そこには、確かに小さな扱いながらも、誇らしげに.....『猛牛、劇的サヨナラ!』の文字が躍っている。


「理解不能なこだわりですが……その『敗戦の歴史』から紡がれた面倒な癖こそが、マスターという特異サンプルの固有値のようですね」


「へへ、褒め言葉として受け取っておくよ」


健矢は満足げに笑うと、淹れたての珈琲を静かに啜った。マジョリティの熱狂に隠され続けた歴史を持つからこそ、手に入れた一枚の紙切れに魂を震わせる。絶滅危惧種のファンは、今日もメディアの隙間でしぶとくその息吹を証明していた。


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