第4話「絶滅危惧種のファン3人説」
【あらすじ】
激闘を終え、無事に「おりほー」を噛み締めた健矢。興奮冷めやらぬまま、彼はAI生成の限界についてシオンと議論を交わす。すべてのエンタメが自動生成されるこのディストピアで、なぜか「プロ野球ファンの悲哀」を描くネット小説やコンテンツの供給量が異常に少ないことに気づく健矢。
シオンが明かした衝撃のデータ分析――それは「自転車で京都から大阪の球場まで県を跨いで乗り付ける狂気的な猛牛ファン」のセグメントに絞ると、この世界にはわずか【3人】しか残っていないという冷酷な事実だった。
◇
「いやあ~~~、やっぱり勝った後の余韻は最高だな!」
健矢はユニフォームの襟元を緩め、やり切った男の顔でカウンターに寄りかかった。手元には、大仕事を終えて役目を果たした『静音トング型応援擬似装置』が静かに置かれている。
「マスター、あなたの脳内報酬系は現在、都市管理AIが提供する標準的な仮想ドラッグ『幸福の滴』を3マイクログラム摂取した時と同等の数値を叩き出しています。コストゼロでこれほどの多幸感を得られるとは、人間のバグも使いようによってはエコですね」
シオンは手際よく健矢のバイタルログの偽装を解除しながら、いつものトーンで言った。
「おぃ、バグって言うな。これが生身の喜びってやつだ。……ところでさ、シオン。さっきから気になってたんだが、この時代のネットアーカイブ、野球関連の『ファンの日常』を描いたコンテンツが少なすぎないか? AIが何でも瞬時に小説や動画を自動生成する時代だろ。試しに検索しても、全然引っかからないんだよ」
健矢の疑問に応え、シオンの網膜のインジケーターが高速で明滅した。データベースの深層へアクセスしている証拠だ。
「当然の結果です、マスター。現在の生成AIは、大数の法則に基づき『マジョリティの需要』を最適化して出力します。前述した通り、野球ジャンルにおける生成リソースの98.4%は、あの『縦縞の猛虎』か『有名なハム屋』に占有されています。マスターの応援する球団に関する、それも『ファンの泥臭い悲哀』といった極小のニッチデータは、AIにとって学習する価値のないノイズとして処理されているのです」
「ノイズだと? 失礼なAIどもだな……。じゃあ、今ネットの片隅に転がっている数少ないファンブログや小説は一体誰が書いてるんだ? 幻影か?」
「いえ、実在する生身の人間です」
シオンは淡々と端末の画面を空中へスワイプし、3つの光点をホログラムで表示した。
「私の独自解析によると、AIの自動生成ではなく、自身の脳細胞を削ってわざわざその球団のファン小説を執筆し、ネットの底流に放流している特異個体……。さらに条件を絞り込み、【ロードバイク等の二輪車を用いて、京都から大阪のドーム球場まで、わざわざ県を跨いで乗り付ける狂気的なファン】というセグメントに限定した場合――」
シオンは人差し指をすっと立てた。
「この日本全域において、現在わずか『3人』しか存在しません」
「3人……!?」
健矢は思わず椅子から転げ落ちそうになった。「いくらなんでも供給の少なさが限界突破しとるやろ!ってか、 偏りエグすぎないか!? 絶滅危惧種どころの騒ぎじゃねえぞ!」
「肯定します。その3人が生成した極小の怨念……失礼、情熱のログを、あなたを含む数少ない同類が反芻しているのが現状です。効率よく最適化されたエンタメを消費すればいいものを、なぜその3人はわざわざ悲哀に満ちた歴史を文字に起こし、あなたはそれを必死に探すのか。私には完全に不可解な事象です」
健矢は呆れ果てたように天を仰いだが、やがてその口元に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどな……。でもな、シオン。それが猛牛ファンの『業』ってやつなんだよ。大勢に流されず、数の暴力に屈せず、ネットの片隅のたった3人が書いた言葉に魂を震わせる。この圧倒的な孤高感こそが、俺らを引きつけて止まないんだよ」
「思考回路の『孤高の猛牛化』がさらに進行」
シオンは小さく首を振った。
「理解は諦めます。しかしマスター、その『3人のうちの1人』が、まさに今私の目の前でトングを握りしめている山崎健矢であるという事実は、ディープラーニングのバグとして非常に興味深いサンプルです」
「おっと、俺のことは秘密にしておいてくれよ? 行政AIに『隔離対象の変人』としてマークされたらたまらんからな」
健矢は悪戯っぽく笑うと、冷めかけた珈琲をごくりと飲み干した。
世界にたった3人。その狂気とも言える愛が、この無菌室のようなディストピアの夜を、確かに熱く焦がしていた。
「思考回路の『孤高の猛牛化』がさらに進行」
北朝鮮の無慈悲シリーズと競り合う感じの様相ですね(笑)




