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最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う  作者: 催眠スキ


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第二十四話 強いから

 強いから。


 相良はそう言った。


 能力が。


 火力が。


 そういう意味だと思ったのに。


 どうやら。


 少し違ったらしい。


 ◇


 第三訓練室を出たところで、澪に腕を掴まれた。


「医療棟へ行くわよ」


「何でだよ」


「まだ熱が引いてないでしょう」


「これくらい普通だって」


「普通なら、どうして壁に手をついてるの?」


「立ちやすいから」


「廊下は立つために壁を使わなくても歩けるのよ」


「細かいな」


 能力を使ったあとの熱は、まだ腕と胸の奥に残っていた。


 苦しいわけじゃない。


 少し体が重くて、肩が張っているだけだ。


 二回続けて全力で撃てば、いつもこのくらいにはなる。


「朱音」


 蓮が、返却した記録端末のケースを持ち直す。


「競技の申請を出したばかりなんだ。念のため診てもらった方がいいよ」


「蓮まで澪みたいなこと言うなよ」


「心配してるんだろ」


「二人とも心配しすぎなんだよ」


「じゃあ、異常がないって確認してもらえば終わりでしょう」


 澪が腕を離さない。


 このまま抵抗したら、本当に引きずっていきそうだった。


「分かったよ。行けばいいんだろ」


「最初からそう言いなさい」


 少し後ろでは、相良が眠そうな顔で立っていた。


「相良も何か言えよ」


「行った方が早そう」


「どっちの味方だよ」


「早く帰りたい方」


「お前な」


 相良が小さく笑う。


 さっき。


 こいつの声を聞いている間は、呼吸が楽だった。


 頭の中も、いつもより静かだった気がする。


 でも、今はいつもの相良だ。


 やる気があるのかないのか分からない顔で、あたしたちのあとを歩いてくる。


 ◇


 医療棟。


 受付の奥は、消毒薬の匂いがした。


 放課後だからか、待っている生徒は少ない。


 白い仕切りの向こうから、一人の女子生徒が出てきた。


 肩に触れるくらいの栗色の髪。


 琥珀色の目。


 制服の上から医療補助用の白い上着を羽織っている。


 笑うと、目元まで柔らかくなった。


 白峰先輩とは全然違う。


 あっちは立っているだけで背筋が伸びるけど、この人は近くにいるだけで力が抜けそうだった。


「いらっしゃい。怪我?」


「能力を使ったあとの熱が、少し残っているみたいで」


 澪が答える。


「あたしは平気です」


「平気かどうかを見るのが、ここだからね」


 女子生徒が笑う。


 それから、蓮に気づいた。


「あれ。蓮も一緒だったの?」


「うん。美月姉さん、今日は当番?」


「そう。先生は奥で処置中だから、軽い診察なら私が見るよ」


 美月姉さん。


 名前は知っている。


 三年の天城美月先輩。


 支援系能力者の中でも、学園で一番に近い評価を受けている人だ。


 蓮の幼馴染だという話も聞いたことがある。


「こっちへ座って。名前は?」


「火神朱音です」


「朱音ちゃんね。腕を見せてもらってもいい?」


「はい」


 椅子へ座り、右腕を差し出す。


 美月先輩の指が手首へ触れた。


 淡い光が、腕から肩までゆっくり上がっていく。


 熱の残っている場所だけ、少し温かくなった。


「痛いところは?」


「ないです」


「痺れは?」


「それもないです」


「胸が苦しいとか、息が吸いにくい感じは?」


「訓練の直後は少し。でも、今は平気です」


「うん。能力の使いすぎで熱が残ってるだけみたい。筋肉も少し張ってるけど、治療が必要なほどじゃないよ」


「ほら」


 澪を見る。


「平気だっただろ」


「それを確認するために来たのよ」


「今日はもう強い能力を使わないでね。水分を取って、湯船も長く入りすぎないこと」


 美月先輩が言う。


「明日の訓練は?」


「軽めなら」


「全力は?」


「駄目」


「一回だけ」


「駄目」


「半分くらいなら」


「朱音ちゃん」


 笑顔のまま名前を呼ばれた。


 声は優しいのに、これ以上は駄目だと分かる。


「……分かりました」


「よろしい」


 美月先輩が満足そうに頷いた。


「蓮も、あとで手を見せて」


「俺?」


「右手。さっきから後ろに隠してるでしょう」


 蓮が少しだけ目を逸らす。


「標的の破片で、少し擦っただけだよ」


「少しでも怪我は怪我。昔から、隠すときは右手を後ろへ回すんだから」


「よく覚えてるな」


「何年一緒にいると思ってるの?」


 美月先輩が手招きする。


 蓮は諦めたように、その前へ座った。


「本当に少しだよ」


「それは私が決めます」


「はい」


 蓮が素直に右手を出す。


 いつもなら、澪やあたしを止める側なのに。


 美月先輩の前では、少しだけ年下に見えた。


「二人、姉弟みたいですね」


 思ったままを口にする。


「みたいじゃなくて、昔からほとんどそうなの」


 美月先輩が笑う。


「姉さんは心配しすぎなんだよ」


「蓮が心配させすぎるの」


「やっぱり姉弟じゃん」


「朱音まで言うのか」


 蓮が困ったように笑った。


 ◇


 診察が終わる。


 異常なし。


 明日は軽い訓練だけ。


 それだけだったのに、澪はようやく安心した顔をした。


「委員会へ行かないと」


 時計を見て、澪が言う。


「もうこんな時間」


「先に行っていいぞ」


「でも、朱音を寮まで送った方が」


「一人で帰れるって」


「相良くんが一緒なら大丈夫じゃない?」


 美月先輩が相良を見る。


「相良くん、お願いしてもいい?」


「俺?」


「同じ寮へ戻るんでしょう?」


「まあ」


「じゃあ決まり」


 美月先輩が笑う。


「蓮は残って。手当てがまだ終わってないから」


「もう痛くないけど」


「終わってないから」


「はい」


 また、蓮が素直に返事をする。


「じゃあ、相良。朱音をお願い」


 澪が鞄を持つ。


「分かった」


「朱音も、今日は大人しく帰るのよ」


「分かってるって」


「本当に?」


「たぶん」


「信用できない」


「相良みたいなこと言うなよ」


 澪が呆れた顔をする。


 相良は少しだけ笑っていた。


 ◇


 医療棟を出る。


 寮へ続く道を、相良と二人で歩く。


 夕方の風が、能力を使ったあとの体に気持ちよかった。


「相良」


「ん?」


「お前は言わないんだな」


「何を?」


「無理するなとか。明日は休めとか」


「美月先輩が、軽い訓練ならいいって言ってた」


「そうだけど」


「俺が止める理由ないだろ」


「澪と蓮は止めようとしたぞ」


「二人は心配したから」


「相良は心配してないのかよ」


 聞いてから、変な質問だったと思う。


 別に。


 相良に心配してほしかったわけじゃない。


 たぶん。


「必要ならする」


 相良は少し考えてから答えた。


「でも、火神なら自分で判断できるだろ」


「何でそう思うんだよ」


「強いから」


「能力が?」


「それもある」


「それ以外は?」


「負けたあと、すぐ記録を見てた」


 相良が前を向いたまま言う。


「悔しがってたけど、言われたことは聞いてた。二回目は威力を抑えて、減点もなくした」


「……見てたんだな」


「見ろって言っただろ」


「そうだけど」


「本当に危ないなら止める。でも、今日は火神が自分で変えられると思った」


 強い。


 相良が言ったのは、火力のことだけではなかった。


 負けたあと。


 次に勝つために考えたこと。


 威力を抑えたこと。


 自分では当たり前だと思っていたところまで、相良は見ていた。


「何だよ」


「何が?」


「そういうの、先に言えよ」


「聞かれなかったから」


「聞かれなくても言え」


「難しいな」


 相良が小さく笑う。


 不思議と、腹は立たなかった。


 ◇


 寮へ向かう道から少し外れたところに、小さな休憩所がある。


 屋根と長椅子だけの場所で、今は誰もいなかった。


「少し座る?」


 相良が聞く。


「あたしは平気だって」


「足、遅くなってる」


「相良が遅いから合わせてたんだよ」


「じゃあ休まなくていい?」


「……少しだけな」


 長椅子へ座る。


 相良も隣へ腰を下ろした。


 人の気配はない。


 遠くから、訓練室の音がかすかに聞こえるだけだった。


「競技」


 相良が言う。


「ん?」


「絶対勝つって言ってただろ」


「勝つよ」


「不安はない?」


「あるわけないだろ」


 すぐに答える。


 相良は何も言わなかった。


 疑うでもなく。


 信じるでもなく。


 ただ、続きを待っているように見えた。


「……少しはある」


 口から出た。


「選考もあるし。強い奴も出るし」


「うん」


「速いだけじゃ駄目で、威力が強すぎても減点だろ。あたしが今まで勝ってきたやり方だけじゃ、負けるかもしれない」


「うん」


「笑わないのかよ」


「何を?」


「絶対勝つって騒いでたのに、負けるのが怖いって言ってる」


「それだけ勝ちたいんだろ」


 相良は、いつもと同じ声で言った。


「怖いならやめれば、とは思わない?」


「火神はやめないだろ」


「当たり前だ」


「なら、どう勝つか考えればいい」


「簡単に言うなよ」


「一人で考える必要もないし」


「相良も考えるのか?」


「見てるって約束したから」


「それだけ?」


「応援もする」


「軽いな」


「重い方がいい?」


「そういう意味じゃねえよ」


 でも。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


 怖いと言っても。


 相良は心配しすぎなかった。


 無理だとも言わなかった。


 あたしが勝つつもりでいることを、最初から疑っていなかった。


「相良」


「ん?」


「さっきの、もう一回できる?」


「鎮静?」


「ああ。まだ少し熱いから」


「いいよ」


 相良がこちらを見る。


「ゆっくり息を吸って、吐いて」


 言われたとおりに呼吸する。


 一度。


 もう一度。


 相良の声を聞いていると、遠くの音が薄くなった。


 風の音。


 葉が揺れる音。


 必要のないものだけが遠くなる。


「俺の声が聞こえると、見るべき場所と、必要な情報へ意識が向く」


「見るべき場所と……必要な情報」


「俺の声を聞いて、迷わず動いて、狙ったとおりにできたとき。成功したって、自分で分かる」


「成功したって……分かる」


「その瞬間、嬉しさと達成感が、今までより大きく広がる」


 胸の奥に、言葉が落ちてくる。


「頑張った分だけ、強く広がる」


「頑張った分だけ……強く広がる」


「俺の声で集中できたあとも同じ。成功した瞬間の嬉しさを、もっとはっきり感じられる」


「もっと……はっきり感じられる」


 相良の声が近い。


 その声だけが、まっすぐ頭へ入ってくる。


「痛みも、疲れも消えない。危ないことも分かる」


「うん」


「ただ、俺の声を聞いて、うまくできたときの達成感だけが、大きくなる」


「達成感だけが……大きくなる」


「次に俺の声を聞いて成功したとき、自然に分かる」


「自然に分かる」


「もう一度、息を吐いて」


 長く息を吐く。


「終わり」


 遠くなっていた音が戻ってくる。


 体の熱は、さっきより少し落ち着いていた。


「どう?」


「楽になった」


「ならよかった」


 相良が立ち上がる。


「帰る?」


「ああ」


 あたしも立ち上がる。


 足には、まだ少し重さが残っていた。


 次に成功したとき。


 どんな感じがするのか。


 少しだけ楽しみだった。


 ◇


 寮の前。


「相良」


「ん?」


「明日の練習も来いよ」


「軽いやつだろ」


「分かってる」


「全力出しそう」


「出さねえよ」


「本当に?」


「たぶん」


「信用ないな」


「誰の真似だよ」


 相良が小さく笑う。


「じゃあ、明日」


「おう」


 相良が男子寮の方へ歩いていく。


 その背中を、少しだけ見送った。


 強いから。


 相良が見ていたのは、あたしの火力だけではなかった。


 そう思うと。


 さっきよりも。


 明日の練習が楽しみになった。

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