閑話 普通のデート
待ち合わせ場所に現れた澪を見て、一瞬、別人かと思った。
◇
休日。
駅前広場。
約束の時間より、十分早く着いた。
人の流れを眺めながら待っていると、横断歩道の向こうに澪が見えた。
長い黒髪。
歩くたびに揺れる、小さな鞄。
そこまでは、いつもの澪だった。
違ったのは服装だ。
淡い青のトップスは、両肩が大きく出ていた。
丈も短い。
歩くたび、裾と黒いスカートの間から、白い腹とへそが見える。
その白い肌は、腰のくびれをくっきりと浮かび上がらせ、細く締まったウエストが、上下の豊かな曲線を際立たせていた。
スカートも、澪が普段は選ばないくらい短かった。
そこから伸びる脚は、ストッキングも靴下もない生足だった。
太ももは内側にわずかな隙間を残しつつ、外側に向かってなめらかに膨らみ、膝から下はすらりと長く、歩くたびに柔らかく揺れる。
足元は、細い紐のついた黒いサンダル。
身体に沿う服が、普段の制服や清楚なワンピースでは隠れていた線を、そのまま見せている。
細く締まったウエスト。
その上で際立つ、豊かな胸元。トップスの布が、張りのある双丘を下から持ち上げるように形を取り、歩くたび、わずかに上下に揺れた。
短いスカートがなぞる、丸みのあるヒップ。後ろ姿からは、尻の膨らみが布を押し上げ、太ももとの境目が、歩くたびにわずかに覗いた。
露出しているのは、肩と腹と脚だけだ。
街中に同じような服の人もいる。
それでも。
澪が着ているというだけで、別の服に見えた。
信号が変わる。
澪がこちらへ歩いてくる。
「おはよう、透」
「おはよう」
澪が俺の前で足を止めた。
「何?」
「いや」
「さっきから見てるでしょう」
「見てた」
「どこを?」
「服」
澪が自分の肩からスカートまでを見る。
何がおかしいのか、本当に分かっていない顔だった。
「変?」
「変じゃない」
「なら何よ」
「似合ってる」
澪の目が少しだけ大きくなる。
「……そう」
「うん」
「それだけ?」
「きれい」
「急に言わないで」
澪が顔を逸らす。
肩は隠れない。
髪を前へ持ってこようとして、途中でやめた。
「自分で買ったの?」
「当たり前でしょう」
「いつ?」
「一昨日。デートに着ていく服を探していたら、これが一番よかったから」
「澪が選んだの?」
「私が着る服なんだから、私が選ぶに決まってるでしょう」
「そっか」
「何よ、その反応」
「澪らしいと思って」
「そうでしょう?」
澪は少しだけ満足そうに答えた。
◇
俺は、今日の服を指定していない。
店も。
色も。
形も。
何一つ選んでいない。
ただ。
今日までの間に、短い言葉をいくつか置いた。
透とのデートに着ていく服は、いつもより大胆なくらいが自然。
肩が出ていても。
腹が見えていても。
脚が出ていても。
鏡に映った自分を見れば、それが一番自分らしく見える。
自分で探して。
自分で試して。
自分で買う。
誰かに選ばされたとは思わない。
実際。
俺は今日まで、澪が何を買ったのか知らなかった。
澪は自分でこの服を見つけた。
自分で代金を払った。
今朝も、自分の手でこれを選び、着替えてきた。
そのすべてを。
澪は自分の好みで決めたと思っている。
「透」
「ん?」
「行かないの?」
「行く」
「せっかく早く来たのに、ここで立っていたら意味ないでしょう」
「どこから行く?」
「本屋」
「最初から?」
「あなたに読ませる本を探すの」
「今日はデートじゃなかった?」
「デートでも本は選べるでしょう」
澪が先に歩き出す。
俺も隣へ並んだ。
いつもの距離。
肩は触れない。
人通りの多い場所で、澪から腕を絡めてくることもない。
服装以外は。
普段と何も変わらなかった。
◇
本屋で二冊。
雑貨店で、澪が見つけた小さな栞を一つ購入した。
昼食のあとには、駅ビルのカフェへ入った。
澪の前にはプリン。
俺の前にはコーヒー。
「一口食べる?」
澪が聞く。
「いいの?」
「一口だけよ」
「じゃあ」
澪がスプーンでプリンをすくう。
こちらへ差し出しかけて。
途中で止まった。
「自分で持って」
「食べさせてくれるのかと思った」
「人がいるでしょう!」
「二人なら?」
「……そのとき考える」
スプーンを受け取る。
一口だけ食べる。
「美味しい?」
「うん」
「でしょう」
澪が満足そうに頷く。
店の窓に、俺たちの姿が映っていた。
肩も。
細い腰も。
組んだ脚も。
短いスカートの裾から覗く、白い太ももの内側の柔らかな曲線まで、澪は一度も隠そうとしない。
それが今日の自分にとって自然だから。
◇
カフェを出たあと、駅ビルのゲームコーナーへ寄った。
澪が入口で足を止める。
「ここに入るの?」
「嫌?」
「嫌ではないけど。あまり来たことがないだけ」
「じゃあ少しだけ」
中へ入る。
音が大きい。
光る筐体が並んでいる。
澪は落ち着かない様子で周りを見た。
「透」
「ん?」
「何をするの?」
「写真」
奥に並んでいるプリクラ機を指さす。
「二人で?」
「他に誰がいる?」
「そうだけど」
「嫌ならやめる」
「嫌とは言ってないでしょう」
澪が先にプリクラ機へ向かう。
「撮るわよ」
「うん」
料金を入れ、背景を選ぶ。
澪は青を選んだ。
「服に合うから」
「考えてるな」
「普通でしょう」
撮影用の空間へ入る。
薄いカーテンが閉まった。
外の音が少し遠くなる。
画面に、俺と澪が映った。
並んではいる。
でも、間には少し隙間がある。
教室や街中で並ぶときと同じ距離だった。
『撮影を始めるよ!』
明るい音声。
画面に数字が出る。
三。
澪が俺を見る。
二。
澪が一歩近づいた。
一。
両腕が俺の腕へ絡む。
肩が触れる。
頬まで寄せてくる。
その瞬間、澪の胸が俺の腕に柔らかく押し当たった。薄い布越しに、弾力のある感触が伝わり、温かい体温が肌を伝って染み込んでくる。
白い光が瞬いた。
一枚目。
撮影が終わった瞬間、澪は腕を離した。
「次はどうする?」
さっきまでと同じ距離から聞いてくる。
「任せる」
「一番困る答えね」
画面が次の撮影を告げる。
三。
澪の表情が柔らかくなる。
二。
俺の正面へ回る。
一。
澪の腕が、俺の首へ回った。
額が触れそうな距離。
俺は澪の細いウエストへ手を添える。
指の下で、薄い布を通して、くびれた腰の柔らかな肉感が沈み込む。
同時に、澪の胸が俺の胸板に正面から密着し、豊かな膨らみが押し潰されるように形を変えた。
布越しでもわかる、熱を帯びた弾力が、二人の間のわずかな隙間を埋め尽くす。
白い光。
二枚目。
澪がすぐに離れる。
自分の肩にかかった髪を整えた。
「今の、目を閉じてなかった?」
「たぶん大丈夫」
「失敗してたら撮り直すわよ」
「分かった」
三枚目の案内が始まる。
画面には、全身を入れるように表示されていた。
三。
澪が身体を斜めに向ける。
二。
片腕を俺の肩へ回す。
一。
澪が片膝を曲げ、膝から下を俺の脚へ軽く絡めた。
身体ごと預けるように近づく。
俺は倒れないよう、服に覆われた背中へ手を添えた。
澪の太ももが、俺の脚に絡みつき、短いスカートの裾がわずかにめくれ上がる。
柔らかい腿の内側が、俺の太ももに密着し、熱と弾力が直接伝わってくる。
同時に、胸が脇腹に押し当たり、腰のくびれが俺の手のひらに深く沈み込んだ。
澪は気にした様子もない。
俺を見上げて笑っていた。
白い光が瞬く。
三枚目。
光が消える。
澪は脚を下ろし、俺から一歩離れた。
「終わり?」
「あと一枚」
「結構多いのね」
「疲れた?」
「写真を撮っただけでしょう」
最後のカウントダウン。
三。
澪が俺の隣へ戻る。
二。
今度は俺の背中へ腕を回す。
一。
背中へ回した腕を強め、俺の肩へ顎を乗せた。
写真の枠へ二人で収まるように、身体をぴったり寄せてくる。
澪の胸が、俺の背中に柔らかく押し潰される。
豊かな膨らみが布を通して背中全体に広がり、体温と弾力が、まるで吸い付くように密着した。
腰も、ヒップの丸みまでが俺の尻に押し当たり、短いスカートの布越しに、柔らかな肉感が押しつけられてくる。
澪は、それが写真を撮るときの普通の距離だと信じている。
白い光。
最後の一枚が撮られた。
『撮影終了! 外で待ってね!』
音声が流れる。
澪はすぐに身体を離した。
「行きましょう」
「うん」
カーテンを開ける。
外へ出た澪は、もう俺の腕にも触れなかった。
◇
撮影の合図。
それが、二つ目の条件だった。
写真を撮る瞬間だけ。
そこが街中でも。
人のいる施設でも。
澪にとっては、完全に二人きりの場所になる。
二人きりなら自然だと思う距離まで、ためらわず近づく。
撮影が終われば、距離感も元へ戻る。
一枚目が終われば離れ。
次の数字が出れば、また近づく。
澪は、その繰り返しに何も感じない。
俺も何も教えない。
少しして、機械から同じ写真が印刷されたシールが二枚出てきた。
澪と一緒に覗き込む。
俺の腕へ両腕を絡め、頬を寄せている澪。胸が柔らかく押し当たっている姿が、はっきりと残っていた。
首へ腕を回し、俺に抱かれている澪。正面から密着した胸の形が、布の上からでもわかる。
短いスカートから伸びた脚を、俺の脚へ絡めている澪。
太ももが絡みついた瞬間の、柔らかな肉感までが写真に残っている。
身体を隙間なく寄せ、俺の肩へ顎を乗せて笑っている澪。
背中に押し潰された胸と、尻の丸みが、密着の深さを物語っていた。
写真の中には。
今日の服も。
撮影した瞬間の距離も。
全部残っていた。
「澪」
「何?」
「近くない?」
「恋人同士で撮った写真でしょう」
「そうだけど」
「何よ。普通の写真じゃない」
澪は本気で不思議そうだった。
「一枚、もらっていい?」
「二枚あるんだから、最初からそのつもりでしょう」
片方を渡される。
財布へしまう。
澪は自分の写真を、鞄の内ポケットへ大事そうに入れた。
「なくさないでよ」
「澪も」
「私はなくさないわよ」
「本当に?」
「信用ないわね」
澪が少し笑う。
ゲームコーナーを出る。
人の多い通路。
澪はいつもの距離で、俺の隣を歩いている。
大胆な服装を少しも気にしないまま。
鞄の中には、俺へ身体を絡めた写真が入っている。
でも。
澪にとっては。
今日着る服を選んだのも。
写真の中で俺へ近づいたのも。
全部。
自分の自然な判断だった。
「透」
「ん?」
「次はどこへ行くの?」
「澪が行きたいところ」
「また私に決めさせるの?」
「嫌?」
「嫌ではないけど」
澪が少し考える。
「少し歩きたい」
「分かった」
二人で歩き出す。
澪にとって。
今日は。
どこにもおかしなところのない。
普通のデートだった。




