第二十二話 付き合ってる
付き合ってる。
澪はそう言った。
隣にいる相良を見て、もう一度。
「私と相良、付き合ってるの」
◇
昼休み。
いつものように、四人で机を囲んでいた。
蓮が弁当を開き、相良が購買のパンを取り出し、あたしが唐揚げを一つ食べたところで、澪が急に箸を置いた。
「二人に話しておきたいことがあるの」
「何だ?」
蓮が聞く。
澪は少しだけ姿勢を正し、隣の相良を見る。
相良が小さく頷く。
「私と相良、付き合ってるの」
「……」
「……」
あたしと蓮は、同時に言葉を失った。
驚いた。
でも。
まったく予想していなかったわけではない。
澪は少し前から、相良のことばかり見ていた。
相良がいなければ探し、誰かと話していれば気にする。
好きなんじゃないかと聞いたときも、否定の仕方が分かりやすかった。
「やっぱり!」
思わず机を叩く。
弁当の蓋が少し跳ねた。
「ちょっと、朱音!」
「だって、そうだと思ってたんだよ!」
「声が大きい!」
澪が周りを見る。教室は昼休みの声で騒がしい。
こっちを見た奴もいたけど、話の中身までは聞こえていなかったらしい。
「悪い悪い」
声を落とす。
「いつから?」
「少し前よ」
「少し前っていつだよ」
「どうしてそこまで言わなきゃいけないのよ」
「気になるだろ」
「気にしなくていいの!」
澪の顔が赤い。
それだけで、だいたい分かる気がした。
「相良から?」
「何が?」
「告白」
「澪から」
「相良!」
澪が相良の腕を叩く。
「痛い」
「どうして普通に答えるのよ!」
「聞かれたから」
「あはは!」
やっぱり。
付き合っても、二人は二人だった。
澪が怒って、相良が少し笑う。
昨日までとほとんど変わらない。
でも、並んでいるところを見ると、前より少しだけ近く見えた。
「蓮」
澪が呼ぶ。
蓮は箸を持ったまま、二人を見ていた。
ほんの少しだけ、返事が遅れた。
「……そっか」
それから、いつものように笑う。
「おめでとう、九条。相良」
「ありがとう」
「うん」
澪が少し安心したように息を吐いた。
蓮は弁当へ視線を戻す。
「二人で決めたなら、いいと思う」
「蓮ならそう言うと思ってた」
「他に何て言うんだよ」
蓮が笑った。
いつもの笑い方だった。
たぶん。
「それで?」
あたしは身を乗り出す。
「どこまでいった?」
「何がよ!」
「手くらいつないだ?」
「朱音!」
「つないだ」
「相良は答えなくていいの!」
「じゃあ、もっと?」
「言うわけないでしょう!」
澪が真っ赤になる。
相良はパンを食べながら、少しだけ笑っていた。
「火神」
蓮が呆れたように言う。
「そのくらいにしとけ」
「分かってるって」
「絶対分かってないでしょう!」
澪が睨む。
あたしは笑いながら、もう一つ唐揚げを口へ入れた。
◇
昼休みが終わる。
机を元の位置へ戻す。
澪と相良は、今までと同じ隣同士の席へ座った。
相良が教科書を出し、澪が横から何かを言う。相良が短く答える。
何を話しているのかは聞こえなかった。
でも、澪が少し笑った。
前なら、澪が一番よく笑う相手は蓮だった。
今は、相良の隣で笑っている。
「朱音」
「ん?」
蓮が、自分の席から呼ぶ。
「机、戻しきってないぞ」
「あ」
あたしの机だけ、少し斜めになっていた。
力を入れて押す。
「よし」
「床、削るなよ」
「削ってねえよ」
「音すごかったけど」
「机が重いんだよ」
「普通の机だぞ」
「蓮が細かい!」
言い返すと、蓮が笑った。
その顔は、もういつも通りに見えた。
◇
六限目が終わる少し前。
教室の扉が開いた。
黒瀬先生の隣に、一人の女子生徒が立っていた。
長い銀色の髪。
氷みたいに澄んだ青い目が、静かに教室を見渡す。
華奢な体つきなのに、弱そうには見えない。皺一つない制服も、伸びた背筋も、立っているだけで周りを従わせるような雰囲気も、全部に隙がなかった。
誰かが何かを言ったわけでもないのに、さっきまで騒がしかった教室が少しずつ静かになる。
白峰凛花。
三年の生徒会長で、蓮と同じ、生徒では数少ないSランク能力者。
能力競技で何度も優勝している、あたしが一度は戦ってみたい相手だ。
「少し、時間をもらうぞ」
黒瀬先生が教卓へ資料を置く。
「白峰から、夏季能力競技について説明がある」
その言葉を聞いた瞬間、体が勝手に前へ傾いた。
白峰先輩が教室を見渡す。
「生徒会長の白峰凛花です」
知ってる。
たぶん。
この学園で知らない奴はいない。
「今年度の夏季能力競技について、概要を説明します」
声は静かだった。
大きくないのに、教室の後ろまでよく通る。
配られた資料を見る。
個人競技。班競技。予備測定。競技前の短期合宿。
文字を追うだけで、胸が熱くなる。
「参加希望者は明日から申請できます。希望者が多い種目については、能力評価と予備測定の結果を基に選考します」
「はい!」
手を上げる。
白峰先輩の説明が止まった。
教室中の視線が集まる。
「……火神さん」
「あたし、出ます!」
「申請は明日からです」
「じゃあ明日、一番に出します!」
「そうしてください」
白峰先輩は、表情をほとんど変えなかった。
でも。
ほんの少しだけ、困っているように見えた。
「火神」
黒瀬先生が呼ぶ。
「最後まで説明を聞け」
「聞いてます!」
「今、途中で止めただろう」
「参加するって先に伝えた方がいいかと思って」
「思わなくていい」
教室から笑いが起きる。
白峰先輩が説明を続けた。
「競技区域外への攻撃、必要範囲を超えた施設の破損は減点対象です」
何人かが、こっちを見た。
「何であたしを見るんだよ」
「火神」
「先生まで!」
「聞いておけ」
「壊さなきゃいいんだろ!」
「その認識が不安だと言っている」
また笑いが起きる。
隣の列では、蓮も笑っていた。
澪は呆れたような顔。
相良は、資料ではなくこっちを見ていた。
「何だよ」
小さな声で聞く。
「別に」
「その顔、絶対何かあるだろ」
「火神、楽しそうだなと思って」
「当たり前だろ」
能力競技。
学園中の強い奴と戦える。
去年よりもっと強くなった自分を試せる。
「絶対勝つからな」
「誰に?」
「全員」
相良が小さく笑う。
「じゃあ、見てる」
「出ないのかよ」
「俺、Eランク」
「知ってるけど」
「応援してる」
「軽いな!」
「明日の練習も見ろよ」
「俺が?」
「応援するなら、ちゃんと見ろ」
「分かった」
話が終わっても、相良はまだこっちを見ていた。
いつもの眠そうな顔なのに、目だけは少しも眠そうではなかった。




