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最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う  作者: 催眠スキ


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第十九話 選んでいい

 選んでいい。


 相良はそう言った。


 蓮のところへ行ってもいい。


 自分を選ばなくてもいい。


 そう言われたような気がして。


 なぜか。


 少しだけ腹が立った。


 ◇


 昼休み。


 教室で弁当を広げる。


 隣では、相良が私の本を読んでいた。


「食べながら読まないでよ」


「まだ食べてない」


「これから食べるんでしょう」


「あと少し」


「汚したら許さないからね」


「気をつける」


 相良が栞を挟み、本を閉じる。


 机の端ではなく、鞄の中へしまった。


「最初からそうしなさいよ」


「はい」


 返事だけは素直だった。


「九条」


 蓮が私の席へ来る。


「何?」


「今日の放課後、時間あるか?」


「委員会はないけど」


「少し訓練に付き合ってほしいんだ」


「訓練?」


「新しい動きを試したくて。九条の光剣なら、ちょうどいいと思う」


「あたしじゃ駄目なのかよ」


 朱音が、向かいの席から口を挟む。


「火神は昨日壊した標的の始末があるだろ」


「壊してねえ! 少し形が変わっただけだ!」


「先生は壊れたって言ってたぞ」


「先生が細かいんだよ!」


「訓練用の標的を二つにしたら、壊したって言うのよ」


「綺麗に割れたんだから使えるだろ!」


「何に使うのよ!」


 蓮が苦笑する。


「そういうわけで、今日は九条に頼みたい」


「そうね……」


 断る理由はない。


 蓮との訓練は久しぶりだった。


 新しい動きというのも気になる。


 いつもなら、その場で頷いていたと思う。


 なのに。


 すぐには答えが出なかった。


 隣を見る。


 相良は購買のパンを開けている。


 こちらを見ていない。


 放課後の約束はない。


 図書館へ行くとも聞いていない。


 私が迷う理由なんて、どこにもなかった。


「九条?」


「あとで答えてもいい?」


「ああ。急がなくていいよ」


 蓮はいつものように笑った。


「訓練室は取ってあるから、都合がついたら来てくれ」


「ええ」


 蓮が自分の席へ戻る。


 朱音が私と相良を交互に見る。


「何よ」


「何も」


 朱音が少しだけ微笑む。


 この前から、その顔ばかりする。


 隣では、相良が食べ終えたパンの袋を畳んでいる。


 蓮の誘いについては、何も聞かなかった。


 ◇


 午後の休み時間。


 相良が、机の下から本をこちらへ差し出した。


「読み終わった」


「授業中に読んでないでしょうね」


「休み時間」


「本当に?」


「たぶん」


「自分のことなのに、どうして分からないのよ」


 本を受け取る。丁寧に扱われていて、傷も折り目もなかった。


「今回は大丈夫そうね」


「今回は?」


「前も大丈夫だったけど」


「じゃあ信用して」


「次も大丈夫だったら考える」


「次」


「え?」


「次も貸してくれる?」


「もう読み終わったのに?」


「面白かったから」


 相良が、私の手の中にある本を見る。


「最後の話が一番好き」


「どうして?」


「最初の三つが、全部同じ日に起きてたって分かるところ」


「そこまで気づいたのね」


「九条が選んだ本、そういうの多い」


「嫌だった?」


「逆」


 短い返事。


 でも、少し嬉しくなる。


「次は自分でも探すって約束したでしょう」


「覚えてる」


「なら、図書館で探しなさい」


「今日行く」


「今日?」


「放課後」


 相良が窓の外を見る。


「何かある?」


「……別に」


 蓮との訓練。


 そう言いかけて、やめる。


 相良は一人で図書館へ行くつもりらしい。


 私を誘ったわけではない。


 それなのに。


 胸の奥が落ち着かなくなった。


 ◇


 放課後。


 授業が終わる。


 朱音は、壊した標的のことで黒瀬先生に呼ばれていた。


「壊してねえって言ってるだろ!」


 そう言いながら教室を出ていく。


 蓮が訓練用の鞄を持って、私のところへ来た。


「九条、どうする?」


「……」


 隣では、相良が鞄へ教科書をしまっている。


 蓮と訓練する。


 相良は一人で図書館へ行く。


 それだけのこと。


 今までなら、迷わなかった。


 蓮との訓練を選んでいた。


 それが自然だった。


「九条」


 相良がこちらを見る。


「何?」


「天城のところへ行けば?」


「……どうして?」


「誘われてたから」


「聞いてたの?」


「隣だから」


「あなたは?」


「図書館」


「一人で行くの?」


「そのつもり」


 相良はいつもと同じ顔をしていた。


 私が蓮と行っても。


 本当に何とも思わないように見える。


 それが。


 少しだけ腹立たしい。


「迷ってるなら、九条が選んでいいよ」


 選んでいい。


 相良はそう言った。


 蓮のところへ行ってもいい。


 自分を選ばなくてもいい。


 そう言われたような気がした。


「相良」


「ん?」


「あなた、私に来てほしくないの?」


「図書館に?」


「他に何があるのよ」


「来たいの?」


「今は私が聞いてるの!」


 相良が少し考える。


「来てくれるなら助かる」


「何が?」


「自分で選ぶと外れを選びそう」


「少しは努力しなさいよ!」


 相良が小さく笑う。


 その顔を見て。


 ようやく答えが決まった。


「蓮」


「うん」


「ごめんなさい。訓練は、また今度でもいい?」


 蓮が一瞬だけ止まる。


 でも、すぐにいつもの笑顔へ戻った。


「もちろん。急に頼んだのは俺だから」


「本当にごめん」


「謝らなくていいよ。また付き合ってくれればそれでいい」


「ええ。次は必ず」


「じゃあ、また明日」


「また明日」


 蓮が教室を出ていく。


 その背中を見送る。


 少しだけ胸が痛んだ。


 蓮は何も悪くない。


 誘ってくれたことも嬉しかった。


 それでも。


「九条」


「何?」


「俺、誘ってないけど」


「知ってるわよ」


「天城を断ってまで来る?」


「図書館で変な本を選ばれたら困るでしょう」


「九条の本じゃないけど」


「あなたに勧めた責任があるの!」


「そういうもの?」


「そういうものよ」


 理由なら、すぐに出た。


 相良に読ませる本を間違えたくない。


 一人では適当に選びそうだから。


 どれも嘘ではない。


 でも、それだけでもなかった。


「行く?」


「行くわよ」


 二人で教室を出る。


 ◇


 図書館へ向かう廊下。


 相良は、いつもと同じ速さで歩いている。


 私はその隣を歩く。


「九条」


「何?」


「本当に、天城の方じゃなくてよかった?」


「まだ言うの?」


「訓練したかったかもしれない」


「したかったわよ」


「じゃあ」


「でも、今日は図書館へ行くの」


「どうして?」


 また。


 理由を聞かれる。


 さっきと同じ答えなら言える。


 本を選ぶため。


 相良一人では心配だから。


 でも。


 相良がいなければ。


 私は今日、図書館へ行こうとは思わなかった。


「選んでいいって言ったでしょう」


「言った」


「だから、私が選んだの」


「図書館を?」


「……そうよ」


 相良がこちらを見る。


 何か言いたそうな顔。


「何?」


「別に」


「その返事やめなさい」


「九条もよく言う」


「私はいいの」


「ずるい」


「うるさい」


 相良が小さく笑う。


 私も少しだけ笑った。


 ◇


 図書館。


 本棚の間を二人で歩く。


「今日は自分で探すんでしょう」


「そのつもり」


「なら私の後ろをついてこないで」


「九条が詳しそうな方へ行くから」


「それは自分で探してるって言わないわよ」


「棚は見てる」


「背表紙だけでしょう」


「まだ一分しか経ってない」


「言い訳しない」


 相良が立ち止まり、一冊の本を抜く。


「これは?」


 表紙を見る。


 私が読んだことのない本だった。


「あら」


「何?」


「ちゃんと自分で選んだのね」


「失礼だな」


「少し見直したわ」


「少し?」


「読んでから決める」


「九条も読む?」


「私が?」


「同じ本なら、感想を話せる」


「……」


 相良は。


 たぶん、深い意味なく言っている。


 それでも。


 悪い気はしなかった。


「面白そうならね」


「じゃあ、もう一冊探す?」


「まず、その本の中を確認しなさい」


「厳しい」


「当然よ」


 相良が本を開く。


 私は、その隣からページを見る。


 肩が触れそうな距離。


 相良は何も言わない。


 私も離れなかった。


 蓮との訓練を断ったのは、図書館へ来たかったから。


 そう言えば、まだ説明はできる。


 でも。


 本当に選んだのは。


 図書館ではなかった。


 相良は、私に選んでいいと言った。


 だから。


 私は。


 相良を選んだ。

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