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イケメン王子(執事)はオトメン?!~いえ眼鏡の下はなんと猛獣でした  作者: 蒼良美月


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2.最狂集団?いえ、お嬢様親衛隊です

 馬車がフランシスカ伯爵家の広大な敷地に入り、鬱蒼とした木々の合間を抜けると、マリアを待っていたのは、ある意味で世界最強にして最恐の「過保護軍団」だった。


 重厚なオークの玄関扉が開いた瞬間──


「お帰りなさいませ、お嬢様ァァァアアア!!!」


 ──ズドォォォン、と地響きのような野太い咆哮が、豪華なシャンデリアを小刻みに揺らした。


 出迎えたのは、髭面強面料理長のギルバートだ。


 ()は身長190センチ、体重120キロ。ベンチプレス300キロを軽々と持ち上げる筋肉の巨塔が身体を揺らして近づいてくる。


 そして彼の左頬にはかつての戦場で刻まれた一筋の鋭い傷跡がある元帝国軍の突撃兵。


 その鋼のような肉体には、フリルがたっぷりとあしらわれた特注の超巨大ピンク色のエプロンが揺れていた。


 どう見ても()()()()はバイオレンスな暗黒街の元締めだが、そのゴツゴツとした両手には、マリアのために焼き上げた、直径わずか三センチのウサギ型アイシングクッキーがのった白磁の皿が、プルプルと可愛らしく震えながら捧げられている。


「まぁ、ギルバート。私、おやつは三時と決めておりますのよ。このような、子供騙しの可愛らしいだけのクッキーが、フランシスカ家の当主に似合うとお思い?」


 マリアはツンと顎を引いて、いつものように冷ややかに言い放つ。


 だが心の中では(うさちゃんクッキー可愛いいいいい! 目元がピンクシュガーで塗られてて超絶キュート!! 早く紅茶淹れて!!)と悶絶していた。


 ギルバートは、その恐ろしい形相のまま、胸の前で両手を合わせて身悶えした。


「いやん、お嬢様ったら相変わらずお口がカミソリのようにお鋭い! でもそこが痺れるぅ! 美肌効果にと、小麦粉の代わりに最高級のアーモンド粉を使い、低糖質かつ爽やかな風味が感じられる柑橘エッセンスを練り込みましたのよぉん!」


 そう、何を隠そうギルバートは、見た目の暴力性に反して、完璧な乙女心を持つ「オネエ」だった。


 しかも、彼の視線はマリアの隣に佇むエリオットへと、一瞬にして熱く、ねっとりと注がれる。


「それにしても、エリオットォちゃん。今日のネクタイの結び目も完璧ね。その細い指先でキュッと締められたのかと思うと、アタシの胸の奥の野生がズキュンときちゃうわ……!」


 ギルバートは、大きな身体をクネクネしながら、エリオットにピタリとくっついた。


「ありがとうございます、ギルバート。ですが私は現在、お嬢様の健康管理という神聖な職務中でございます。その不必要な筋肉を私に押し付けるのは、業務妨害にあたりますのでお控えください」


 エリオットは眼鏡の位置を中指で静かに直しながら、ミリ単位のブレもなく真顔で受け流す。


 ギルバートはエリオットのことが大好きなのだ(極めて情熱的な、恋愛的な意味で)


「お嬢、おかえり」


 ひょっこりと、エントランスの巨大なブロンズ像の影から現れたのは、使用人のハンツ。


 かつては帝都の裏路地でスリ、強盗、詐欺などあらゆる悪事を働き「狂犬」と恐れられていた孤児だったが、マリアの亡き父である先代伯爵に拾われ、叩き直された恩義がある。


 彼はマリアを実の妹のように、いや、それ以上に「汚してはならない絶対的な聖域」として崇拝していた。


 もちろん恋愛感情はない。純度百パーセントの、命を賭した「狂犬系忠誠心」である。


「ハンツ、また制服の第一ボタンを外していますわね。だらしないわ。フランシスカ家の使用人としての品格を疑われますことよ」


「へへ、さーせん。あ、そういやお嬢、今日の帰り道、学校の近くに変な羽虫(男)はつきませんでしたかい? もしお嬢の視界に入った不届き者がいたら、俺が今夜あたり、ちょっと『裏のドブ川の底』で人生の勉強会を開いてやろうと思ってんですが」


「いませんわよ! この私に声をかけるような、命知らずで無作法な男がこの世に存在するはずがありませんでしょう!」


 マリアは、ふん、と横を向き口を尖らせていた。


 さらに、階段の踊り場からスルスルと無音で降りてきたのは、ふくよかで優しそうな、いかにも「良き家政婦」といった風情のおばさん、ミリアだ。


「おかえりなさい、お嬢様。今日のお洋服も、泥汚れ一つ残さず、わたくしの特製特殊薬品(かつて東方の暗殺術で用いられた、あらゆる有機物を分子レベルで融解する液体の応用)でピカピカに洗浄しておきましたからねぇ」


 彼女は、近隣諸国を震撼させた元・特殊暗殺部隊のトップエース。彼女の手にかかれば、頑固なシミも、大国の要人も、一瞬にして「この世から存在しなかったこと」にできる。


 そして、開け放たれた窓の外、美しく整えられた庭園の向こうから、一人の老紳士が静かに歩いてきた。庭師のアルバインだ。


「お嬢様、本日の薔薇の剪定は完了しております。万が一の際、どの角度からでも、薔薇の鋭いトゲを暗器として敵の眼球に投げ飛ばせるよう、導線と配置を完璧に調整しておきました」


 彼は先代の時代『フランシスカ伯爵家の絶対的な守護神』と呼ばれた伝説の筆頭執事であった。


 今は若いエリオットにその座を譲っているが、元は某国の超一流諜報員であり、お屋敷の防衛システムの最高責任者だ。


 彼の命令一つで、美しく澄んだ庭の噴水からは即座に高濃度催涙ガスが噴射され、芝生の下からは対人用の落とし穴が作動する仕様になっている。


 この五人──エリオット、ギルバート、ハンツ、ミリア、アルバインこそが、亡き先代伯爵夫妻が世界中から集めた精鋭たちだった。


『大事な一人娘を、悪い虫(特に下卑た男ども)から全力で守れ。マリアが心から愛し、愛される世界一素敵な殿方と結ばれるその瞬間までは、この世で最も鉄壁な防衛網を敷け!』と、きつく遺言された「マリア親衛隊・防衛軍団」の面々である──


 彼らは、言いつけを守り今日も「鉄壁な守り」を繰り広げる。



 ◇



「本当に、相変わらずうるさいお屋敷ですこと……」


 マリアはわざとらしく深いため息をつき、長い睫毛を伏せる。

 けれど、その胸の奥は、愛用の香水よりも甘い、熱い感情で満たされていた。


(ああ、もう! ギルバートのうさちゃんクッキーは信じられないくらい可愛いし、ミリアの洗濯技術は怖すぎるけど頼もしいし、ハンツもアルバインも、みんな私を大切にしてくれて本当に嬉しい!……でも!)


 マリアの瞳が、すっと隣に佇む男へと向いた。


(でも、私が一番、この声を、この視線を届けたいのは──私の憧れ……王子様!)


「お嬢様」


 冷徹で、怜悧(れいり)で、完璧な美貌。冷たい鉄格子の奥に極上の宝石を隠したようなその瞳が、マリアを真っ直ぐ見つめ返した。


「皆様、お嬢様は学校での一日にお疲れです。歓迎の儀はそのあたりに。──ギルバート、あなたのおやつは後ほど、お嬢様のティールームへ。それと」


 エリオットは眼鏡のブリッジを中指でクイ、と押し上げ、ギルバートに極上のドSスマイルを向ける。


「私にこれ以上、その『無駄に実戦向きな大胸筋』を押し付けるのであれば……今夜のあなたの最高級プロテインに、ミリア特製の『有機物完全融解薬』を1滴ブレンドしますが、よろしいですか?」


「いやん! エリオットちゃんたら、そんな冷たい目で見つめられたら、アタシ今夜眠れなくなっちゃうぅ!」


 ギルバートが頬を染めて身悶えするのを無視し、エリオットはマリアに向き直り優雅に一礼する。


「お嬢様、お部屋へ。お着替えの準備ができております。……ああ、それから」


 エリオットはマリアにだけ聞こえる微かな声で囁いた。


「本日、学園の門前で、お嬢様に馴れ馴れしく声をかけようとした愚か者が一名いたようですね。……ハンツに任せるまでもなく、すでに『処理』の手配は済んでおりますので、どうぞご安心を」


(エリオットが、私のために怒ってくれた……!?)


 一瞬にしてマリアの心臓がドキン、と跳ね上がる。


 嬉しくて、愛おしくて、今すぐ彼の胸に飛び込みたい。そんな衝動を必死で抑え込み、マリアは()()()自分を隠すための冷酷な仮面を被ってしまう。


「……フン、余計なお世話ですわ。私に害をなす有象無象など、あなたが手を下す価値すらありません。私を誰だと思っていて? フランシスカ家の当主ですよ。私の心配をする暇があるなら、自分のネクタイの曲がり具合でも心配なさい!」


「これは失礼いたしました。……ですが、私にとってはお嬢様の睫毛の1本、髪の毛の1本すら、世界中の何よりも守るべき価値がございますので」


(もう、バカ! なんでそんな顔で、そんな心臓に悪いこと言うのよ……!!)


 マリアは顔がカッと熱くなるのを隠すように、足早に大階段を駆け上がっていった──


「お忙しい中、最後までお読み頂き大変ありがとう御座います」

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