1.お嬢様は天邪鬼
※新作です。よろしくお願いします。思いのまま書いたご都合主義なところや、矛盾点が多くありますが、あまり気にせず軽い読み物として読んでください。
「ごきげんよう、みなさん」
聖ルミナス女学院の格式高い校門。大理石のアーチをくぐりながら、マリア・フランシスカは一分の隙もない完璧な微笑みを浮かべていた。
秋の気配を孕んだ風が、彼女の輝くようなプラチナブロンドの長髪を美しくなびかせる。背筋を凛と伸ばした姿はまさに『フランシスカ伯爵家』の名に恥じない気品と、近寄りがたいほどのオーラに満ちていた。
──だが、重厚なベールの下に隠された彼女の脳内は、今にも決壊しそうな大洪水状態だった。
(あああっ! 今日こそ、今日こそは……! クラスのみんなが話していた、裏通りの角にある新しいカフェの新作イチゴパフェのお店に『私も連れてって!』って言うのよ、マリア! 頑張れ私、ただ『一緒に行きたいな、お友達ですものね』って言うだけよ。口を半開きにして、息を吸って吐き出すのと同時に言葉をのせるだけなんだから……!)
マリアの脳内では、小さなポンポンを持った可愛いファンシーな応援団が、フリルスカートをひらつかせながら全力でチアリーディングをしていた。
(いける! 今日こそはあの輝かしい可憐な輪の中に加わるのだ)
しかし、いざクラスメイトの令嬢たちが「ねえ、今日の放課後、例の喫茶店に行かない? 季節限定の果物がのったパフェが絶品なんですって!」
と楽しげに盛り上がっている輪を目の前にすると、マリアの喉は鉄の処女のように凍りついた。
口から滑り出たのは、自身の魂の絶叫とは正反対の、氷点下の言葉だった。
「あら、みなさん。あのような大衆の喧騒にまみれた、乳脂肪分の塊を誇るようなお店にわざわざ足を運ばれますの? フランシスカ家では、お抱えの菓子職人が特別に仕入れた最高級の山羊乳を用いたソルベを用意しておりますわ。私には、わざわざ街中で並ぶ理由が見当たりませんわ。おほほほほ!」
(ち・が・うーーーーーー!!! なんでソルベ!? ソルベなんかどうでもいい、私はあの背の高いガラスの器に入った、生クリームと苺の地層をスプーンで掘り進めたいのよーーーーー!!!)
マリアは心の中で血の涙を流し、大絶叫した。
本当は、ただ普通の女の子のように流行りの店に一緒に並びたい。
なんなら友達とお揃いの、おまじないの入った可愛いチャームとか買って、街の似顔絵描きに恥ずかしそうに肩を寄せ合う似顔絵を描いてもらい「似てないわね!」なんて言いながらキャッキャウフフと馬車に揺られて帰りたいのだ。
だが、そんな彼女の思いとは裏腹に、十歳の頃に両親を異国での不慮の馬車事故で亡くして以来、マリアは孤独だった。
周囲の貪欲な親族たちから「幼い女児一人」と侮られぬよう、「一人で強く気高く生きていかねば」「フランシスカの血を引く者が、他人に頭を下げるな」と自身を厳しく律し続けた。
その過剰な武装の結果、彼女の防衛本能は、重度のアマノジャク・ツンデレモンスターという悲しき生態系を完成させてしまっていた。
「ま、満足いたしましたわ。それでは、みなさん、お勉強に励んでくださいませ。失礼」
動揺からか、訳の分からない言葉を述べながらも、彼女はツンデレモンスタースイッチを発動させて冷たい一瞥をおとし、シルクのフリルを美しく翻して去って行った。
その背後から、少女たちの囁き声がチクチクと突き刺さる。
「やっぱりマリア様はお高くとまっていらっしゃるわね……」
「お名前からして『マリア・フランシスカ』だもの。私たちとは住む世界が違って、お友達なんて必要ないのよ」
◇
誰もいない校門の陰に回り込んだ瞬間、マリアのライフは完全にゼロになった。
がっくりと項垂れ、細い指先で目元を押さえる。
(ううう……またやってしまった。どうして私は、こうも可愛くないのかしら。今日も一人寂しく、あの広すぎるお屋敷で、喋らないお人形を相手にお茶を飲むのね……。寂しい、私の心の『寂しい貯金箱』がそろそろ硬貨でカンストしちゃうわ……!)
どんよりとした紫色のオーラを背負いながら、校門の前で待つ一目で超一級品と分かる深い漆塗りの馬車へと歩み寄ると、真鍮のドアノブが静かに引かれ、扉が開いた。
そこに立っていたのは、彼女の家庭教師兼執事のエリオット・ロードライトだった。
「おかえりなさいませ、マリアお嬢様。本日も、秋薔薇のように凛と美しい佇まいでございますね」
エリオットは、名門ロードライト伯爵家の三男という高貴な生まれでありながら、諸事情あってフランシスカ家に身を置く青年だ。
端正な輪郭に、一糸乱れぬ仕立ての燕尾服姿。知的な銀縁眼鏡の奥にある切れ長の瞳は、いつも深海のように穏やかで、底が知れない神秘さと上品をあわせ持つ。
誰が見ても非の打ち所がない完璧な美貌の執事だった。
マリアは彼の顔を見た瞬間、心臓が「ドキン」と、痛いほど跳ねるのを感じた。
何を隠そう、彼はマリアの初恋の相手であり、今もなお、世界で一番大好きな人で、兄のように優しく、時に厳しく自分を支え続けてくれた憧れの存在だった。
だが、大好きな相手だからこそ、彼女の「ツンデレ防衛システム」は最大出力で牙を剥いてしまう。
「……遅いわよ、エリオット。車内の温度が、私の肌に最適な温度より、コンマ五度ほど低いのではないかしら? このままでは、私の顔に無作法な乾燥小皺ができてしまいますわ」
エリオットは、眉一つ動かさずに完璧な微笑みを維持したまま、優雅に一礼した。
「これは大変失礼いたしました。お嬢様の透き通るような白磁の肌を損なうなど、万死に値する失態。すぐにクッションの下の温水循環管の弁を調整いたします」
わずかな時間で循環器を調整したかと思うと、今度は流れるような動作で彼女の足元に温かいシルクのブランケットをかけるエリオット。
その低く心地よいバリトンボイスに、マリアの心臓はさっきから「ドキン、ドキン」と、うるさいほどに警鐘を鳴らしている。
(ああ、もう! 近い、近いですわエリオット! 爽やかなシトラスの香りと、ほんのり甘いお砂糖のような、いい香りがしますわ……。やはり私の王子!本当は、今日学校で寂しかったから、あなたの胸に飛び込んで『よしよし』ってしてほしいのに……!)
悶える胸の内を隠すため、マリアはツンと顎をそらし、窓の外に視線を向けた。
「ふん。まあ、許して差し上げますわ。……それより、今日のハーブティーは何かしら? 私の気分に合わないものなら、一口もつけませんからね」
「本日はお嬢様のお疲れを癒やすため、カモミールと、少し甘い香りのするブレンドをご用意して──」
その時だった。
──ガタガタガタッ!!!
「おっと!?」
「きゃっ!?」
不意に、馬車が大きく揺れた。道路の窪みに車輪が嵌まったのだ。
重力に抗えず、マリアの華奢な体が前方へ大きく投げ出される。
待ち受けていたのは、硬い座席ではなく、驚くほど広くて温かいエリオットの胸の中だった。
「──お怪我は、ございませんか。お嬢様」
「あ……、え……」
しっかりと抱きとめられていた。
彼の長い腕がマリアの腰を抱きすくめ、もう片方の手が彼女の後頭部を優しく守っている。
至近距離で見つめ合う、深海のような黒い瞳。眼鏡の奥の瞳が、一瞬だけ熱を帯びて揺れたのを、マリアは見逃さなかった。
(な、なななな、何が起きてますのーーー!? 私、エリオットに抱きしめられて!? 呼吸が、心臓が爆発しますわーーー!!!)
頭が真っ白になり、防衛システムすらフリーズするマリア。
だが、奇跡のような密着は、ほんの数秒で解かれた。
「無礼をいたしました」
エリオットは名残惜しさを完全に隠し、瞬時にいつもの「鉄壁の執事」の顔に戻って身を引く。
完璧な「執事」としての彼の行動に、マリアは胸の高鳴りを抑えるのが精一杯だった。
──だが、マリアは彼に隠された秘密があることを、まだ知らない。
彼の完璧にプレスされた燕尾服の胸ポケットの内側に、彼自身がこっそり編み上げた、小さな『手編みのくまのぬいぐるみ(パステルブルーのリボン付き)』が、お守りのように忍ばされていることを。
そう、エリオットは、一分の隙もない万能の天才執事でありながら、その実、編み物や菓子作り、可愛い小物をこよなく愛する、隠れ「オトメン」なのであった。
そして実は彼もまた、マリアを単なる「守るべき幼子」から「一人の愛すべき、あまりにも不器用で愛おしい女性」として、狂おしいほどに意識していることを──
「お忙しい中、最後までお読み頂き大変ありがとう御座います」
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