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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第三章−買い物、奇跡、家族と楽園−【第三話】

 前回の未踏地域調査から、およそ二週間程度が経ったある日。

 もはや当然のように、そして、突如として訪れる忙しい日常からの静かなる休日に、ようやく慣れ始めてきたある日。

 贅沢にも僕用に与えられた貸家二階の一室にて、僕は定番となった朝のルーティンの最後の工程を済ます。

 洗面室にて顔を洗い、顔をタオルで拭きながらリビングへと向かった。


「ふぅ……」


 一息を吐いて、窓を開ける。

 同時に、先程吐いた息を吸い直すように大きく空気を吸い込む。すると、野宿をしたときのものよりも重苦しい空気が肺を通過していく。

 次に、視界をちゃんと捉えられるように目を見開いて、目に映る景色を脳内のフィルムに刻む。

 ────パレーディアはお世辞にも、シャングリラ(上層の話だが)よりも発展している都市とは言えない。

 病気は当然のように存在しているし、ビルのような高層建築物が立ち並ぶ訳でもない。

 どちらかというと、建物の様相はシャングリラの下層を想起させる。

 しかしそれでいて、活気や人の様相や治安など、生活感は全く違うものだ。

 商いが盛んというもあってか、売物に関する犯罪は少ないし、規模の大小が分かれる暴動はあるものの、血が流れることは滅多にない。

 あくまでも『滅多に』というだけで、血の流れないのがゼロなわけではないが……それでも、人間どうしのトラブルはシャングリラ下層よりかは少ない。

 そう、パレーディアに住まう多くの人間の生活水準は、シャングリラ上層と並ぶと言っても過言ではないだろう。

 

「あっ」


 そう思い耽っていると、この貸家二階から目の届く小さな商店に目がとまった。

 若い家族連れが、商店を経営しているのであろう老夫婦と笑顔で話し合っている。

 特に喜んでいるのは、その家族連れの子供だ。

 そんな、なんとも微笑ましい光景に、胸が温まって────


「そうだ……買い物に行くか!」


 突拍子もなく思いついた。

 思い返せば、この三ヶ月と二週間。

 しっかりとお賃金は貰いつつも、慣れない生活に必死で、買っていたものと言えば生活に必要な最低限の物のみだった。

 この際、ようやく慣れてきたのだし、嗜好品のような物を買うのもよいだろうと思う。なおかつ、メディも探し、見つけることもできればめっけものだ。

 そうとなれば早速。

 窓を閉め、服を着替え、仕事内でも使用しているボディバッグを持ち、ガーディアン本部へと向かおうと玄関の扉を開けた。

 すると、たちまち清々しいほどの日射しが僕を貫いていく。

 それに空を見上げる。

 その日射しの、余りの眩しさに目を細める。

 しかし、細めた視界に薄っすらと見えたその青は、僕の心に穏やかな安心感をもたらしてくれた。

 そんな平穏を感じながら、僕は貸家の階段を下っていく。

 そうして間もなく、ガーディアンの本部が見えてきて、僕は足の速度を早めていく。


「お疲れ様でーす……」


 扉をくぐると、騒がしい声が聞こえてくる。


「よぉう。総じて掃除に応じる法事ぃ……!」

「あのなぁジャーキー! 黙って掃除してくれ!」


 ソファに座り、何やら書類を書きまとめるシニクさんと、それを邪魔するように掃除をするジャーキーさん。


「次の訓練だが────」

「分かってます。若手を揃えて、合同でやるんですよね」


 訓練室へと歩きながら、僕が入るより前にガーディアンへと入っていた者の訓練内容について話し合うタングさんとカイさん。


「すぅ────ふぅ……」


 キッチンに繋がるカウンターテーブルで、タバコを片手に本をめくるロフティさん。

 他の方も、そんな喧騒の中で皆々がそれぞれの日常を過ごしている。

 恐らくはこの中だと、休日なのはロフティさんと僕ぐらいだろうか。


「がーりあー」


 その時、カウンターテーブルに着くロフティさんが、ガリアさんの名前を呼ぶ。


「はい、なんでしょう?」


 すると、ガリアさんがカウンターテーブルの向こうからひょっこりと姿を現した。

 確かにここへ入ってすぐにガリアさんの影が見当たらないと思ったが、どうやらキッチンの方で屈んでいたらしく、ロフティさん同様の態度から彼女もまた今日は休日なのだろう。


「どうせ今日の休日も、買い足しに行くんだろ?」

「はい、なので足りない物資をチェックしてました」

「随分と仲間思いだなぁ、お前は」

「今日はこれといった予定もありませんし、炊事担当である以上はこれも重要な業務です」

「業務か、休みなんだから休みゃいいのによー。わざわざ休日に出るんじゃ外出申請を出す必要があるし、業務内だったらそれも書く必要がないんだぜ?」


 そうだ。休日に外出をするためには、ギルドへと外出申請を出す必要がある。

 僕もそれを出すためにここへやってきたのだ。


「ソイルー、どうせお前は外出申請出すために来たんだろー?」


 入り口に立つ僕を見る事無く、ロフティさんは僕へと声をかける。


「あ、はい」

「休みの奴が本部(ここ)へ来るのは、大体がそういう目的だからな。話聞かなくても分かるぜ」


 流石は副隊長と言ったところだ。

 どうやら、隊員の動向のおおよその目的を理解しているらしい。


「ソイルさんも外出するんですか?」


 ロフティさんと会話していたガリアさんも、僕へと声をかける。


「ちょっと適当に、嗜好品的なものを買い物してみようかなぁ……と。これまで、何度か買い物に出たことはあっても、全部必要最低限なものばっかだったので」

「ならちょうどいいじゃねぇか。ガリア、一緒に行ってやれよ。あの店があそこにあるとか、ガーディアンの中で外出マスターのお前が案内してやればいい」

「私は構いませんが、それはソイルさんの判断を聞いてからです。というか、外出マスターとは……」


 突拍子のないロフティさんの提案に、ガリアさんも困惑しているように見える。

 無論、僕もいきなり過ぎる流れに困惑は感じているものの、ここで断ることは失礼になる気がしてならない。


「こちらこそ、ガリアさんが大丈夫なら、僕も大丈夫ですよ」

「だとよ、ガリア」

「分かりました。では買い物、一緒にお願いします」


 ガリアさんは鞄にメモ帳をしまい、こちらへと寄ってくると、カウンターテーブル上にある申請書類を僕へ差し出す。


「ソファに座りましょう。それでもって、ちょうどロフティさんもいますから、すぐに書いて出してしまいましょう」

「ですね、了解です」


 そうして、僕らはシニクさんと向かい合うようにして、ソファへと腰掛ける。


「あのなぁ。ガリアはともかく、なんでお前なんかが一緒に外出するんだよ?」


 やはり、座るや否やシニクさんは僕へと鋭い言葉を投げる。


「成り行きですよ。あそこに座ってるタバコ中毒者さんに提案されたんです」


 その言葉に、僕よりも早くガリアさんが答える。

 すると、カウンターテーブルに向かうロフティさんがこちらを見ることなく、背を向けたままで手を振った。

 しかし……ガリアさんから説明をしてくれたことで、シニクさんから感じるプレッシャーはいくらか低減した気がする。

 そこへ僕は続ける。


「良ければシニクさんが必要な物も買ってきましょうか?」


 すると、一瞬。

 シニクさんは目を大きく見開いた後に、書類の書き込みへと戻る。


「なんでお前なんかに気を遣われなきゃいけねぇんだよ、このクソイル」

「あ、あはは……」


 今のはカチンと来たが我慢。

 最近、シニクさんは不器用なだけなのではと思っていたが、やはりこうも言われてはそうとも思えない……が、ちゃんと我慢だ。

 この人と仲良くなれる日は、いつか来るのだろうか。


「では、書き終えたらロフティさんにお願いします。私、他に準備するものがありますので、良かったら外で待っていてください」


 ガリアさんは優しく微笑みを向けて、更衣室の方へと向かった。

 僕も急ぎで申請書を書きまとめ、それをロフティさんへと持っていく。


「書きましたので、お願いします」

「あいよ。ゆったりとしたガリアとの買い物、楽しんでこいよ」

「了解……なんですけど、なんでガリアさんを僕につけたんです? 不慣れとは言っても、僕だけでも十分に街は歩けると思いますよ?」


 素朴な疑問をロフティさんへと投げ、そして、ロフティさんは煙を吐く。


「あっ、別に一緒に行くのが嫌とかではないんですが!」

「わあってる。そんなの単純な話で、あくまで親睦を深めてもらいたいって魂胆だよ」

「でももう三ヶ月は経ってますし、親睦を深めるって言うには時間が経ちすぎてるような────」

「んなことねぇ、仲は深めてなんぼだ。あと、チーム内の仲を取り持つのも副隊長の役目だからな。お前からじゃ、絶対に誘わないだろう?」

「それは……そうですけど」


 事実だ。確かに今日は誰かを誘おうとも考えていなかったし、これまでにそんなことを思いついたのは一度も無かった。


「それにな、ガリアはな────」


 またも煙を吐き、改まるロフティさん。

 その表情は何やら真剣な面持ちで、大事なことを話さんとする様相だった。


「ガ……ガリアさんは?」


 僕はそれに息を呑み、ロフティさん同様に真剣な表情で聞く姿勢をとる。


「────彼氏がいない」

「………………え」


 数秒の沈黙の後、僕は文字通り、一文字だけを発した。


「なんなら、これまでの恋愛経験もゼロなんだよ。でもって、ガーディアン内に同年代の奴なんて、お前ぐらいしかいないわけだ」


 訳の分からないことを言われて、頭がフリーズしても尚、ロフティさんは言葉を続けていく。

 そうして、再度数秒の沈黙の後、ようやく脳内で落とし込めたロフティさんの言の葉へ、僕は口を開いた。


「いや、あの……はい、なんとなく理由は分かりました。つまり、ロフティさんはガリアさんに恋愛をさせたくて、そのきっかけにでもと、僕と買い物へ行かせることを企んだわけです……?」

「おう、そうだ。今閃いた」

「あの、今閃いたって……」


 この人は青少年の恋愛をバラエティか何かだとでも考えているのか……。

 だがまぁ、それを理解できずに否定をするわけではない。

 シャングリラ上層に居た頃は、学校で誰かの恋バナなんかで盛り上がることはしょっちゅうであったし、下層に落ちてからはバチェラだってそう言った話に興味津々だった。

 今はその話題の主役がガリアさんで、引き立て役が僕であるというだけ。

 ロフティさんを一方的に責めようにも、責めることはできなかった。


「まぁいいです、そう言った狙いがあったのは聞かなかったことにします。あくまでも旅の途中であるのに、恋愛なんて以ての外ですから」

「おうおう、まあそんな酷なこと言うなぁ。ガリアの将来の為と思って、な?」

「青少年の心をもて遊ぶ狙いはお断りします!」


 僕は軽く溜め息を吐いてから外へと出た。

 そして、本部に入る前と同様の日射しが僕を貫いていく。

 

「おい、ソイル」

 

 空を仰いで目を細めていると、ちょうど目の前を通ったカイさんから声がかかった。

 先程はタングさんと訓練内容について話し合っていたように思ったが、それは終わったのだろうか。

 

「はい、なんでしょう?」

「買い物に出るんだろう」

「そのつもりでしたけど……」

「帰ってきたら、俺のところに来てくれないか。少し話したいことがある」

「話したいこと?」

「あぁ、そんときに話す。取り敢えず、大丈夫なら俺は執務室にいるから、来てくれると助かる」

 

 それじゃあなと、カイさんは手を上げて歩き去る。

 

「僕の是非は聞かないのか……」

 

 そう呟きながら肩を下げた直後に、扉を開ける音が後ろからした。


「すみません、お待たせしました」


 すると、そこには黒いキャップを頭に乗せて、白の半袖シャツとベージュのスカートを身に纏ったガリアさんが現れた。

 

「あいえ! 全然」

 

 ガリアさんはコクリと頷き、僕の前へ立つ。

 

「では、いきましょうか」

「はい!」

 

 僕は気前の良い返事を返し、ガリアさんの後ろを、晴天の青空のもとに歩き始める。

 あちこちでセミが鳴いてはいるものの、その勢いは廃都市地帯の森林の中よりも弱い。

 ────そうだ、セミの鳴き声で思い出した。

 パレーディアに来てから知ったことだが、そろそろこの暑い、『夏』という季節が終わるらしい。

 ならばせっかくだから、今日買う嗜好品は『夏』らしいものを買おうと、そう決めた。


◆ ◆ ◆


 パレーディアのセントラルルート。

 それは都市を縦断するパレーディアの主要道路だ。道路沿いには、びっしりと露店が集まっていて、歩道には常に人集りが起きている。

 しかし、今でさえ人集りは凄まじいのに、一ヶ月に一度行われる『バザール』という催しでは車両の通行を封鎖してスペースを広げているにもかかわらず、更に人が集まるという。

 それほどに盛況な場所に、僕とガリアさんは居た。

 

「すみません、ソイルさん。荷物を持ってもらって」

「いえいえ、荷物を持つのは慣れっこですし、毎晩三食も美味しいものを作っていただいているのに比べれば造作もないことですよ」

 

 余りに多すぎる買い物の量に困惑しつつも、僕は両手に二つずつの買い物袋を提げて歩く。

 しかし、その量に困惑はしつつも、総勢百名近くは所属しているガーディアンの食料品なのだ。このような量になるのを理解できないわけではない。

 何なら、この量で本当に足りているのだろうか。

 

「加えて、炊事担当は私以外にも数十名ほど居ますし、私だけが作っているわけではありませんから。そんなに大したことはしていないです」

「でもシニクさんは凄く褒めてました。手際は良くて、力持ちで、すばしっこくて、アイツは凄いって」

 

 到底女性に対する称賛にしては、手際が良いぐらいしか嬉しくなさそうなものだが。

 あの人の僕への当たりようを見るに、そんなシニクさんの褒め言葉なのだから、相応に凄いことなのだろう。

 

「シニクさんは周囲の評価を高く見積もる一方で、自分の評価は低い方です。恐らくは謙遜かと」

「け、謙遜……ですか?」

「貴方へのあの態度を見てると、本当に謙遜とは思いにくいですよね。ですが、それを受け入れろと無理強いはしませんけれど、私は少し羨ましくも思いますね」

「う、羨ましい?」

「先程も言いましたが、シニクさんは他己評価が高い一方、自己評価が低い方です。そんなシニクさんが、貴方の評価を低く見積もる……。それはつまり、貴方を自分と重ねているとも捉えられませんか?」

 

 あくまで、評価の低く見積もる対象が『自分だけ』であるのなら、確かにそう言えなくはないだろう。

 しかし、僕はシニクさんとの付き合いが長いわけではない。

 故に、彼の低評価が本当に自分だけに向けられるものなのか、それがはっきりと分からない。

 

「僕が単に外から来た人間だとか、カイさんのコネでガーディアンに入ったことへ嫌悪感を感じてる可能性は……?」

「私は彼でないので断言はできませんが、少なくとも前者は無いと思います。外人外人としつこく言うのは……恐らく、彼の罵倒にとって都合の良い事情だからでしょうね」

「後者は可能性としてあるってことですか?」

「まぁ、あくまで少なからずは可能性があるというだけです。彼自身、隊長へ相当の憧れを持っていますから」


 喜ぶべきなのだろうが、それでも僕は嬉しいとは思えなかった。

 これは残酷なことなのかもしれないが、だって、僕と彼は別人なのだから。

 

「あっ、すみません。あそこの雑貨屋、寄っていってもいいでしょうか?」

「大丈夫ですよ」

 

 話のキリが良いタイミングで、ガリアさんは露店に立つ壮年の男性のもとへと向かう。

 僕もそれへ着いていく。

 

「すみません。タオル、三十枚ください」

 

 相変わらず凄い量だと驚くを覚えるものの、この前に食材を買った際にも聞いたことのない数量を言い放ったものだから、この驚きは今に始まったことではない。

 

「今日は連れさんもいるのか。にしても、その子に持たせてる荷物……今日も相変わらず多いね、ガリア」


 行き慣れたの商店なのだろうか。

 壮年の店主に、ガリアさんは覚えられていたようだった。

 

「はい、今日は手伝ってもらっているんです。凄く頼りになる方ですよ」

「あっはは! そうかいそうかい、よもやデートってやつではないか?」

 

 僕は聞こえない音で息を漏らし、その勘違いに肩を下ろす。

 そして、それが店主の勘違いであるのを訂正しようと口にしようとした時。

 

「はい。誇れる彼氏です」

「…………は?!」

 

 突拍子もない発言に僕は声を漏らす。

 そして、店主も目を丸くし、ガリアさんに称賛の言葉を贈っていたが……この場で最も驚いたのは僕であるのは間違いないようだった。

 

「確かにガリアは力持ちで、普段なら両手に五袋ずつ提げてるのに、今日はそっちの子が持ってるもんな。さぞ頼り甲斐のあって、気の遣える良い彼氏なんだろうな!」

 

 店主もすっかりと信じ切っている様子。

 しかし否定をしようにも、こんなにも褒めてもらったあとで、加えてガリアさんの面子も考えると中々言い出し辛い。

 

「なな、なんてこと言うんですか……!」


 店主に聞こえぬよう、ガリアさんに耳打ちする。


「す、すみません。咄嗟に何と返せばよいか分からず」

 

 その声量に合わせるように、ガリアさんも小さな声で返す。

 

「だからって嘘は良くないでしょう、嘘は……!」

「たまに見栄をはりたくなるときがあるじゃないですか……! あの、あ、あれが少々……」

「調味料入れるような要領でとんでもないこと言わないでくださいよっ。ましてや即答だったじゃないですか」

 

 ひそひそと話す僕らを前に、店主が僕へ指をさす。

 

「そっちの子は、何か買っていくかい? なんでもあるよ!」

「えっ!? あっ、と……そうですね」

 

 夏らしい嗜好品を買うということ以外は特に何も考えていなかったため、選択を迫られたのに少し心臓が跳ね上がる。

 先程、ガリアさんはここを雑貨屋と言っていた。

 となると、確かに、その目的となる嗜好品があるかもしれない。

 

「好きな物とか事とか、ないのかい?」

「好きな物……カメラとかですかね?」

 

 そんな質問に、僕はシャングリラ上層で生活していた時のことを思い出した。

 部活動として『写真部』に所属していた僕だが、部活に入る前はそこまで写真を撮るの事が好きな訳でもなかった。

 しかし、部活動を続ける中で、友人、そして先輩と関わりを持ってからはその行為が好きなことになっていった。

 そうして、元来の目的は『夏らしい嗜好品』であったものの、その事を思い出して、僕は店主の質問へ率直に答えた。

 すると、店主はシャングリラで言うチェキカメラらしきものを指す。

 

「こいつはどうだい? フィルムチャンバーには五十枚が入って、その場でプリント可能。この専用バッテリーを使えば、一回の充電で三日は持つ!」

「お……おぉっ!」

 

 フィルム容量とバッテリーの話を聞いて胸が躍った。

 確かに、本体のサイズは大きめな方だが、それに目を瞑れば、野外で使い続けていくこと……なおさらに今後の旅で持ち運ぶのなら都合が良い。

 

「最大充電には、どれくらいかかるんです?」

「太陽光でだけど、半日程度だ」

「十分ですっ! 買いで!」

「あい、どうもっ! 今なら五十枚入りのフィルムと、専用バッテリー、そいつら全てが入る持ち運び用鞄も付けられるよ!」

「なな、なんと……! すみません、じゃあそれも付けてもらって!」

「あいあい、毎度ありっ」


 ボディバッグから財布を取り出そうとしたとき、すっかと興奮しきった僕の肩にガリアさんが手を置かれ、彼女は囁くように言う。


「あ、あの、ソイルさん。合計金……やばいですよ」

「えっ?」


 そう言われて店主が言った商品のラインナップ、その値札を確認して合計すると、僕が一月(ひとつき)で稼ぐ給料とほぼ同額であった。

 身体が一瞬で泡立つ。

 しかし、既に梱包を始めている店主を見て、今から取り消すことなどできなかった。


「だ、大丈夫……です。払えなくはないので……」

「凄い青ざめてますけど……本当に────」

「大丈夫ですっ!」


 暫くは贅沢なご飯を食べられそうにない……。

 が、致し方あるまい。

 過去の生活に比べれば、最低限の衣食住があるだけでも贅沢であったのに、こうして嗜好品を買えるのなら、パーッと買っても許されるだろう。

 そう言い聞かせて、僕はその合計金額を腑に落とした。

 加えて、「そうだ」と、それと本来の目的を思い出す。


「あの、夏らしいものって……何かあったりします?」

「夏? もうそろそろ終わりだけど……そうだな、アイスとか水瓜かな?」

「それって食べ物系、ですよね」

「ん? なんだい、手に残るものがいいのかい?」


 嗜好品といっても、食べ物、飲み物、など数多くの種類がある。

 だが、僕が望んでいたのは店主の言う通り、手に残る物────つまりは手芸品だ。


「そうですね。手に残る物があれば、それが良いです。あと、なるべく頑丈なやつで!」

「そうだねぇ、頑丈で、手に残る物か……」


 店主は顔を歪め、ガリアさんも考えに耽るように商品のラインナップをじっくりと眺めている。

 そうして、ガリアさんが一つの商品を指差した。


「これ、確か『向日葵』ですよね。直接見たことはありませんが、隊長らが探索へ行った際に咲いていたのを見たと聞きました」

「ん、ああそうだね。これは、その向日葵っていう花を模したお守りだね」

「これ、夏らしい物なんですか?」

「俺も植物に詳しいわけじゃないが。この花はね、夏にしか咲かないみたいなんだよ。んで、こいつはそれを模してつくられたレジンアクセサリーってわけだ」

「レジンアクセサリーってなんです?」

「樹脂を固めて作ったアクセサリーらしい。俺も作ったことはないからね、つい綺麗だったものだから、適当に仕入れただけなんだが」


 僕自身、実際にヒマワリという花を見たことは無い。

 だが、アクセサリーであるそれが、僕には何故だか美しいものに感じた。

 三か月前に、短い間だったが旅を共にした、まるでその娘の笑顔のように満開に開く花。


「買います。これ」

「お、これでいいんだな?」


 僕は、無意識にもそれの購入を口に発していた。

 きっと他にも夏らしい物品はあるのだろうが、僕は何よりも『それでなきゃいけない』とそう思った。


「これを買うならねえ、対になるアクセサリーもあるよ! この月見草って花のアクセサリーなんだがね!」


 店主が続けざまに取り出したのは、大きく開く花弁が外周に向けて淡く桃色がかかった花を模した、これまたレジンアクセサリーだった。

 ツキミソウというその花も実際には見たことはない花だったが、色立ちは優しく、ヒマワリに打って変わって真反対のイメージを抱かせる。

 まるでそう、向日葵が満開の笑顔だとするのなら、月見草は穏やかな微笑みといったようなイメージ。

 それは(まさ)しく、今僕の探している人物を表すような花だった。


「それも……それも買います!」

「ちょっとソイルさん……ほんとにお金大丈夫なんですか?」

「この二つのアクセサリーはカメラほどそう大した値段ではありませんし、大丈夫ですよ」

「むぅ……なら良いのですが。私、嫌な予感を感じます」


 僕のお金が底を尽きて、借金でもする未来だろうか。

 だが、そこについては問題はない。

 こうなる事を見越して……ではないが、これまでの給料は常に必要最低限の物へ回してきた。

 今月いっぱいを凌ぐことはできる、はずだ。


「では毎度ありっ! また寄ってくれよなー」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 ────支払いを済まし、買ったものを店主に梱包してもらってから、その荷物を受け取る。

 だが、花のアクセサリーは何やらお守りらしいので、肌身から離さまいと、ポケットにしまっておくことにした。

 これまでの荷物を併せると、僕の腕力にも限界はあったために、雑貨屋で購入した以降の荷物は流石にガリアさんに持ってもらえることになった。

 そんなこんな、雑貨屋で僕は目的の物を購入できたし、残るは二軒の店舗を回り、残る必要物資の購入をして今日の買い物は終了だ。

 ガリアさんとは突然買い物に行くことにはなったものの、過去のことやガーディアン内の色んな人のこと、そして今のことなど、色々なことを話せたのは楽しかった。

 ……しかしでも、どうしてか、僕の胸にはどこかすっぽりと穴が空いているような……そんな空白感があった。

 そしてそれは買い物を済まして、その帰り道に大きくなったのだ。


◆ ◆ ◆


 全ての買い物が終わり、僕とガリアさんは帰路につく。最終的な荷物の量は、僕が両腕合わせて四袋。ガリアさんが両腕合わせて三袋。

 正直、長時間持っているものだから腕は悲鳴を上げている。


「あの……持ってもらってる荷物、本当に重くないですか?」

「問題……ないですね……!」

「雑貨屋の金額見た時より青ざめてますよ?」

「大丈夫ですっ!」


 意地を張って、しかして腕はパンパン、汗は滴っていく中。

 僕らはセントラルルートを抜けて、道の角を曲がろうとしていた。

 その時だった。


「────あっ、ソイルさん!」

「うぇ!?」


 突如として身体が後方に引かれ、身体が若干宙に浮く。

 どうやらガリアさんが僕の腕を引いていたようだった。

 何事かとガリアさんへ振り向こうとした刹那、振り向いていく視界の隅に、見覚えのある色の髪をなびかせる女性が映っていた。


 止まる事なくゆっくりと動いていく視界、しかしその全体像を捉えようと、僕の脳は世界の速度を遅くさせていく。


「まさか……」

 

 ────カノジョは焦るようにして走っていた。白衣と銀髪の髪がなびいていき、その小柄な身長はやはり、僕の探していたその人と特徴が合致した。

 

「メディっ!!」


 地に足が付き、確信よりも前に咄嗟に出た声。

 それに、走って角から飛び出してきた女性は立ち止まる。

 そしてこちらへとゆっくりと振り向いて────


「ソイル……さん?」


 その女性が僕の名を呼んで、僕は確信をした。

 目の前にいるのは紛れもなくメディ・ハヴァ―だと。


「くっそ! どこだ!!」

「だから、そっちの角だよ!」

「すばしっけえ女だなぁ! ほんとに!」


 メディの出てきた角から怒声のような、重々しい声が響いてきた。少なからず、穏やかな事態ではなさそうだ。

 そして、その声の言う『女』というのが今目の前にいるメディであるのも確かだろう。


「っ!」

 

 思考よりも先に、足を強く踏みしめて、思い切り良く前へと駆け出す。

 せっかく後ろへと引いたくれたガリアさんには申し訳ないが、僕は両手に持った荷物を地面に置き、目の前のメディへ駆け寄った。

 約三ヶ月ぶりの再会。

 ずっと探していた再会。

 胸の高揚がこれまでにないもので、感じていた空白感が一気に埋められた気がした。

 

「メディっ!!」

「ソイルさんっ────!」


 距離を詰め、メディまであと数秒でたどり着ける。

 ────そして、角を過ぎた、その刹那だった。


「いったっ!?」


 視界が急速に地面の方へと傾いていく。

 そして身体の側面からは強い衝撃が走り、僕は角よりも反対方向へと吹き飛ばされていた。


「ッチ……! なんだよ邪魔だなっ!」


 同時に、僕へ吐き捨てたのであろう語気の強い言葉。

 それは、さっきの重い声の主だ。


「っ、くそ……!」


 駄目だ。すぐにでも起き上がらなくては。

 このままだと、また離れ離れになる。

 身体を起こそうと、地面へと力を込める。


「この泥棒女がよっ!」

「さっさとソイツは返して欲しいんだがねぇ」

「お断りします!」


 メディと、カノジョを追いかける三人の男との間で会話が始まる。

 

「大丈夫です?」


 その間に、起き上がろうとする僕の肩には、優しく手が乗せられ、それがガリアさんのものであるのは分かった。

 

「彼女、ソイルさんの知り合いでしょうか?」

「事情は後で説明しますから、カノジョを助けないと!」

「……と言われましても、なんだか向こうの会話を聞く限り、被害者は彼らのように聞こえますよ?」


 そんなはずはない。

 確かに、男らは泥棒だのなんだの言っているが、メディが泥棒行為を悪意で行うわけがない。

 間違いなく、何かしらの事情がある。


「その目────はぁ。全くもう、今日はオフなんですがね。信じますよ、ソイルさんのこと」

「ガリアさん…………すみません!」


 ガリアさんは僕から離れ、その男達のほうへと向かっていく。

 僕もそれに続いて身体を起こす。


(わたくし)、ガーディアンに所属している者ですが、何かトラブルでしょうか?」

「ガーディアン……」


 男達はその単語を聞いて若干たじろいだように見えた。

 その様子を際立たせるように、三人のうち二人がひそひそ話をしている。

 

「あー、いえ。こりゃあこっちの問題ですからね。ガーディアンさんには関係がないというか────」


 男の意識がガリアさんとの会話に向いたその時。

 隙を縫うようにして、メディの足が反対方向に向く。


「あっ……!」

 

 カノジョのその動きに、僕は不意に声を漏らす。

 ……そうか、行くのだ。

 この三か月で、僕には僕の生活が生まれたように、メディにも同じように生活が生まれているのだろう。

 やらなければならないことが、今のカノジョにはあるのだ。

 カノジョの旅路は、今も続いているのだ。

 そう考えると、僕はメディを引きとめることができなかった。

 何も……言えなかった。

 

「……っ!」

 

 ────でも、それでもやりきれない思いが胸にはあった。

 だって、名前を呼び合っただけが再会なぞお断りだ。

 また、僕らは会える。すぐにでも、会える。

 なんだか、そんな気がして。

 

「また! また会える、メディっ!」


 僕はポケットへ入れていたお守りを無造作に選び、メディへと投げていた。

 宙を舞ったのは、淡い桃色。

 メディは動かそうとした足を止め、顔だけをこちらへ向けてそのお守りをキャッチして──── 

 何も、言うことなく。

 ただ、その足を颯爽と動かしていった。

 そうして、みるみるとメディとの距離が空いていく。

 

「クソがっ! アイツ、逃げやがったぞ!」

「追いかけないとさ、やべえよ!」

「すいませんねぇ、ガーディアンさん。私らはね、大丈夫なんで、じゃあこれにて……」


 男達もそれを追いかけようとするが、せめてメディの逃げる時間稼ぎにでもなればと、僕は口を開いた。


「ちょっとは事情を話していただきたいですけどね。僕、ぶつけられましたし!」


 男は舌打ちをして、面倒くさそうに頭をかく。


 ────その後、二十分程度の聴取を男達から行ったが、盗まれた物やメディとの関係性については何一つとして出てくることは無かった。

 実際、ガーディアンを疎むような態度であったり、盗まれた物を明言しなかったあたり、メディに盗まれたというものは相当にやましい代物なのではなかろうか。

 しかし、被害者側が荷物の取返しなどを求めていない事や、そもそも僕らが休日であることなどを含め、それ以上の追及をすることはできなかった。

 

 そして、帰り道。ガーディアン本部が、目と鼻の先になった地点でガリアさんが言う。


「ソイルさん、貸し(いち)ですよ。それと今回の件、あの女の人についても後でたっぷりと聞かせてもらいますね」

「それは勿論……。すみません、休みだったのに、無理言って助けてもらって」

「それはまあ、本来はああいうのを諌めるのも私達の仕事です。ソイルさんの決断は、私達に与えられた役割には背いてませんから。ただ、休日に、誰の指示でもなく独断で取り締まるのがまずいってだけで」


 それもそうだ。

 ガーディアンのメンバーが休日に、わざわざ外出申請を出すという目的は、ガーディアンという権力をかざした個人の暴走を防ぐためだ。

 そう言った意味では、今回の行動は規則に反しているものと言っても過言ではなかった。

 結果的には、取り締まりや被害の届出を受理したわけではないため、問題になることはないだろうが……。


「因みに……貸しっていうのは?」

「うぅん、そうですね」


 ガーディアン本部前でガリアさんは足を止め、僕も続けて足を止める。


「また今度、一緒にお出かけしていただく。で、どうでしょうか」

「え、そんなことでいいんです? もっと何かご飯を奢るとか、炊事のお手伝いをするとかじゃなく?」

「はい。今日のお買い物…………存外に悪いものではありませんでしたから」


 そう言いながら隣に立つガリアさんは、美しい金色の髪を揺らしながら、優しく微笑んだ。


◆ ◆ ◆


 今日買った僕分の荷物を部屋において、僕は執務室へと向かった。


「失礼します」


 ノックを三回してから木扉を開ける。


「来たな、ソイル」

「待ってたぜい」


 そこに居たのは、カイさんとロフティさん。つまりは、隊長と副隊長の二人だった。

 こうお偉い役職が揃っているのを見ると、何だか職員室に呼び出されて叱られたのを思い出す。


「えっと、カイさんから話したいことがあるって聞いてて、ロフティさんも居るのは……?」

「ん、あぁ、私か。家探してたら面白そうなもの見つけてな、お前に見てもらいたくて来たんだよ。隊長の話のついでだ。つうわけで、隊長お先にどうぞだぜ」

「じゃあ、遠慮なく」


 カイさんは僕をソファへと案内し、それに従うように僕は着席する。一方でロフティさんは邪魔をしないようにか、部屋の隅で腕を組んで外を眺めていた。


「なあ、ソイル」

「は、はい。なんです、改まって」


 カイさんは少し俯いて、唾を飲み込む。

 その様子に僕も緊張を覚えるのと同時に、カイさんが言葉を発するのにこんなにも時間を要することなぞ、一体どんなことであるのか好奇心もある。

 そうしてようやく、若干震えた声でカイさんは口を開く。

 

「俺の……息子にならないか」

「………………へ?」


 本人としても、相当勇気の必要だった言葉だったのだろう。

 カイさんは言葉を後ろへ進めていくにつれて、その声量が小さくなっていったの反し、話すスピードが早くなっていった。

 ……しかし、それ以前に何かしら叱られると思っていたので、その衝撃の提案に僕は一文字しか発せられなかった。

 

「唐突な提案なのは分かってる。でもって……お前が俺から距離を置こうとしてるのもな」

「それは────」

 

 事実であり、間違いではない。そして、それがどれだけ恩知らずな態度であるのかは理解している。

 しかし、僕は忘れちゃいない。

 暴徒鎮圧戦において、人を撃つことを躊躇った僕が、引き金を引けずにいて、後ろから刺されそうになった時。

 カイさんがそいつの頭を一発で打ち抜き……それに留まらず、死体に対して何発も頭へ銃弾を撃ち込む光景。

 その時の、異様なまでに冷え切って、それでいて狂気的に感じたカイさんの瞳。

 その後も僕の目の前で数人の命を躊躇いも無く葬ったカイさんの姿を。

 それは今でも夢に出てくるほど、衝撃的な光景だった。

 

「かなり昔の話、俺には家族が居てな。妻と娘と息子、そして俺の四人家族だった」

「……ベッドの横の写真立てにあった人達ですよね?」

「あぁ。それはもう、順風満帆と言えるような生活を送っていた……はずだった」

「何が、あったんです?」

「お前も経験したと思うが、鎮圧戦ってのは、基本的に街中で行われるもんだ。そこでな、見られちまったんだよ……偶然戦闘区域にいた、家族にな」

「まさか……」


 またも、()()光景が頭を過る。


「俺はあくまでも仕事だと割り切ってやってるつもりだが、人殺しを当然のように思ってはいない。だけどその場じゃ、家族にそうも説明していられなかった。……俺は、家族の前でも、容赦なく引き金を引き続けた」


 もし仮に、僕がその場に居合わせたカイさんの家族だったとして。

 最愛なる家族が、優しくしてくれていたはずの父親が、人を殺す様を見てしまったら。

 僕ならきっと、止めに入ってしまうだろう。

 いくらそれが仕事で行われた行為だとしても、家族を守るためであったとしても、例え法で殺人が認可されていたとしても。


「そうして、最後の一人にとどめを刺そうとしたとき。息子(カイル)が俺へと駆け寄ってきて言ったんだ。『お父さんやめてよ、いつものお父さんはどこいっちゃったの?』ってな。その言葉に、俺は何も言えなかった。言い返せなかった」


 息子さんの気持ちを、僕は激しく理解できる。

 少なからず僕だって、人を殺めるカイさんを初めて見たとき、そう思ったからだ。


「俺はな、そのカイルの問いかけに答えてやることができなくてな。それで、カイルを安心させてやろうとするのに夢中になって、答えを返そうとして、俺はついさっきまでとどめを刺そうとしたやつへの反応が遅れちまった。……結果、息子は殺し損ねた奴に撃たれ、死に、以降は家族との関係が悪化していっちまった」


 カイさんは両手を顔の前で組み、後悔するようにうなだれる。


「息子の次は、俺を怖がった娘が家出をして、パレーディアの外に出たっきり帰ってこなくなった。妻は、俺が悪くないのを伝えてくれていたのに、しかし本当は俺に気持ちをぶつけたいのを必死に堪えていたのに……でも俺はそれに応えられなかった。仕事に追われていたのもあったし、何より娘の捜索をするために自ら進んで未踏破地域の探索にも出ていたから、家を空けることも多くなって、妻のことも見ることができていなかった」


 カイさんは顔を上げた。


「それから何年も経って、お前が俺の前に現れた。確かにお前は、顔も髪色も体格も、あの時のカイルとは全く違うが……お前には重なる面影があるんだよ。この三か月でそれを感じたんだよ。だからなんだか、そんなお前を見てるとほっとけなくってな。大事に……したくなっちまってな」


 カイさんのその表情は、かつてない程に穏やかだった。そこで思い出し、気付いた。

 僕を息子にしてくれると提案するこの人に、僕は父親らしさを感じたことが、確か廃都市地帯であった。

 あの時は……そうだ、皮肉めいた物言いに、僕の実父を感じたのだ。

 カイさんが僕へ息子さんを感じてくれているのは、きっとそれと同じなのだ。

 加えて、鎮圧戦にて、カイさんが僕を刺そうとした奴に銃弾を何発も打ち込んだのは、息子に重ねた僕を守ろうとする気持ちが過剰に前へ出てしまったからではないかと。

 

「いや、答えは今ここで出す必要はねえからよ、また……良いときに教えてくれ。なんだか、色々と話したら恥ずかしくなってきちまった!」

「あの……カイさん」


 気まずそうに、そして、あからさまに目を背けて笑うカイさんを僕は真っ直ぐに見つめる。


「僕の故郷には、きっとまだ実の父親も母親も生きています。それでも……いいんですか?」

「お前の親の場所はなんだって構わねえ。お前が良ければ、それでな」

「確かに今はパレーディアで生活を送っていますけど、いつ旅に戻るか分からなくても?」

「あぁ。俺が、旅に出たお前の帰って来られる場所の一つになることができれば、それでいい」


 血の繋がっていない者と家族となるとは……なんだ?

 バチェラと同じように生活すること?

 というかそもそも、家族とは何だ?


「────しばらく、お時間をいただいても」

「あぁ、ゆっくりと決めてくれ」

 

 駄目だ。今の僕には考える時間が必要だ。

 カイさんが僕を息子として求める意味、家族とは何なのかを考えなければならない。

 何かしらの答えを導き出さなければ、僕は……カイさんの提案を受け止め切ることができない。


「うしっ、俺から伝えることは伝えた。あとはロフティのターンだな」


 カイさんは膝に両手を置いて立ち上がり、扉へと歩いていって、部屋の隅で外を眺めるロフティさんを見る。


「……ああ、んだな。じゃあ、私の話に移らせてもらうぜ」

 

 扉が開けられるのと同時に、今度は僕の正面にロフティさんが座る。


「あんな話の後で悪いな」

「あ……いえ」

「まあ、人生は決断の連続だ。でもって、結局はどんな選択をしようと後悔は付きまとってくんだ。だったら、お前の選択に正解も間違いもないんだからな」


 ロフティさんは(おもむろ)に筒のようなものを取り出し、その筒の蓋を開ける。


「ほんで本題だぜ、ソイル。お前、元々は東を目指して旅をしてたって聞いてな。それで、私の家系は代々地図屋だからよ、パレーディア近郊だけじゃなくて、もっと先の描図された地図が無いか探してみたんだよ」

「パレーディアよりもっと先が描図された地図……?」

 

 筒の中からは古びた紙が出てきた。


「もしかして……それって!」

 

 それが机の上に広げられる。

 そう、それは(まさ)しく────

 

「ああ、高尚な学者様ぐらいしか持ってない、世にも珍しい……高価な世界地図だぜっ!」


 この大陸、全ての地名が記載された地図だった。

  

「これが、ディザイア大陸の全容……」


 そして、僕らの目的地である東。

 その端に、何よりも気になる文字が記載されていた。


「やっぱり、実在したんだ……。エリュシオンは!」

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