第三章−左の傷痕−【第二話】
ポタッ、ポタッと。水道から水の滴る音だけが室内に木霊する。開けられた窓からは静かに風が入り込み、小さく私の髪を揺らした。
「メディ」
背後からした声に、机へ向かいながら書物を読み漁る私は、回転椅子を回して振り返る。
そこには、髭を僅かに生やした、茶髪の男性が居た。
「ピュラモスさん、どうかしましたか?」
ピュラモスさんはドアの前に立ったままでいては、その表情は悲しそうに歪んでいる。
「ソルティナが……亡くなったそうだ」
聞いた名は今目の前に居るピュラモスさんと共に、つい最近まで治療を担当していた患者の名前だった。
「そう、でしたか。理由は?」
「自分で、ガラス片を喉へ突き立てて────」
言葉の続きは聞かずとも分かった。頭の中で嫌な演算が働き始める。
「結構です、もう……分かりました。それ以上は、話すのもお辛いでしょう」
「全て、私の……せいだろうか」
俯くピュラモスさんは、肩を震わす。
そんな彼に、私は席から立ち上がっては、その両肩へゆっくりと手を置いて言う。
「ピュラモスさん。医療において、前例の無い治療を成し遂げるには、その成功の下に幾人もの犠牲を積み上げることが必要なんです。今の私達が成し遂げようとしているのもそれであり、そんな私達に必要なのは『いかに積み上がる犠牲を減らすか』です」
「……っ」
顔を上げたピュラモスさんは小粒の涙を瞳に浮かべ、またもや俯く。
「ソルティナさんが自ら命を絶ってしまったことは……とても残念ですが。彼女が自分の命を絶ってしまいたいと思う、この現状を私達は変えようとしてるんです。彼女の無念を忘れず、早く薬を完成させてみせましょう」
「その口振り……まるで、ソルティナが自ら命を絶ってしまった理由を理解してるようじゃないか」
「あくまでも推測に過ぎませんが、昨日までの彼女の様子を見たら、なんとなくは」
「そう、か。確かにそうだな、予測できなくはない、か」
「彼女の遺体は、もう?」
「いや、まだ火葬屋が手続きを進めているところだ。メディも良ければ……顔ぐらいは見に行ってやってくれないか? その間、私はまた資金繰りの交渉に行ってくる」
「はい、そうですね。そうさせていただきます」
ピュラモスさんから一歩退き、私は卓上にあるカバンを肩から提げる。
そして、先程まで机に開かれていた分厚い書物も忘れず、左腰から提げた。
「本当に、その本が大事なんだな」
「はい、私の……生きる意味ですから。────では、行ってきますね。ピュラモスさんも、お気を付けて」
そうして、私はピュラモスさんの立つドアから廊下へ出て、玄関口へと向かう。
「メディ!」
「はい?」
その際、ピュラモスさんへと呼びかけられて、後ろへと振り返る。
「君が……君がいないと。私のキャラバンは、早くも潰れていただろう。だから、その……なんだ。今後も、君の力を貸してくれるか?」
「当然です。救っていただいた恩は、必ずお返しします」
「そういう意味では────まぁ、いい。ありがとう」
私はコクリと頷いて玄関口へ再度足を向ける。
玄関口で靴を履き替え外へ出る。現在地、医療キャラバン『テラペイア』の診療所は、パレーディアの隅のほうに佇んでいる。
目指す火葬場は、ここから真反対の場所に位置していて、徒歩で一時間。運転代行キャラバンに移動を頼んで、十分程度はかかるであろう場所だ。
後者を使用したいところではあるが、テラペイアは金欠運営なため、節約の意も込めて徒歩で向かうこととする。
────私が、パレーディアへと来てから三ヶ月が経過した。
紆余曲折があって、今はテラペイアという組織に身を置きながら、シンドロモンス治療の研究補助を行っている。
当然、その傍らで、私達の目指す楽園『エリュシオン』に関する情報が記述されている禁書『エリュシオン・マグナ』の解読も怠っていない。
私達と言っても、その一人とは離れ離れとなってしまっているので、合流をしたいのも山々だが……今も彼の所在は掴めていない。
しかしそんな彼について、確かに分かること。それは、彼が生きているということ。
ある日、急用があり、運転代行キャラバンを用いた移動中に私は確かにこの目で見た。彼が……ソイル・ペルソンが、街中で起きていた喧嘩を諌めていたのを。
アンドロイドである私が見間違える訳はない。あの姿は、紛うことなきソイルさんだった。
故に、こうした移動中であっても、路地裏や人混みの中に、彼の姿を探しているが……あれ以来、彼の姿は見つけられてはいない。
廃都市地帯にて覚えた『不安』、それが今も、胸の辺りに在るのが分かる。
そんな不安に従って、本当はパレーディアを走り回ってでもソイルさんを探しに行きたい。
だがしかし、私の頭の中では、治療が必要な人へ手を差し伸ばさなればという使命感と、恩人であるピュラモスさんへ報いなければと定められた優先度がそれを許してはくれない。
『あっはは!』
『待って!』
私の横を元気にはしゃぐ子供達が走っていく。そんな様子を見て、シャングリラとの生活様式を比較する。
率直に、このパレーディアという都市は、シャングリラの上層と下層を足して二で割ったかのような都市だ。
都市と呼ぶには、シャングリラ上層のようにビルが立ち並ぶ訳でもなく、多くの住居が下層の商店街に存在した建築物のように、トタン造や木造の簡素な作りの家屋が大半だ。
力を持つキャラバンの拠点である平屋や、ギルドの本拠点は鉄筋コンクリート製のようだが、それもごく一部だ。
だが一方、どれだけ貧しくとも必要最低限な生活は保障されている。十五歳を迎えると、キャラバンの起業もしくはキャラバンへの所属が義務付けられており、その後、様々な事情でキャラバンに所属していない状態になろうと、ギルドという大元が斡旋をしてくれる制度があるらしい。
故に、如何なる人であろうとも仕事には困らず、結果、最低限の生活保障を実現しているようだ。
『バザール開催中だよー!』
『お買い得だよぉー!』
火葬場までの距離が残り半分となったところで、そんな掛け声と賑やかな音が聞こえてきた。
一ヶ月に一回、唯一舗装のされたパレーディアの最主要道路であるセントラルルートの通行を制限して行われ、パレーディア中の数多のキャラバンが商戦を繰り広げる催し、『バザール』だ。
「お姉ちゃん! この服、とっても君に似合うと思うんだけど、試着してかない!?」
鮮やかな衣装を身にまとった女性が声をかけてくる。
ショーケース内のマネキンへ飾られた女性の示す格好は、白のブラウスに黒のスカートというシンプルな組み合わせではあったものの、ブラウスにはフロルが、スカートのサイドには金色のボタンがあり、ベルト付きで腰回りを引き締めて見せられるといった格好だった。
「私には……。そもそも、お金も持ち合わせていないので」
「そっかぁ、残念だねぇー」
そう言うと、その女性はすぐさま切り替えて別の通行人に声をかけた。
一人の客に固執するよりかは多方面に声をかけたほうが稼げる確率が高いのだから、当然の行動だ。
再び、火葬場へと足を進める。
「お姉さん! この服、アンタに物凄く似合うと思うんだけど、どうだい?」
先程の服屋とは別な服屋から声がかかる。
その服屋が示した格好は、パット見、まるでメイド服のようだった。
「こ、これは……?」
「誰かに仕えるのが得意なような女の子にピッタリなんじゃないかってデザインでね! メイド服と呼称してるんだが!」
やはりメイド服だった。私がスチュワードロイドだったのなら身に着けていても変ではないだろうが、残念ながら私はメディカロイドだ。
「すみません、私の身の丈に合う衣装ではないと思うので」
「そんなことないよっ! 君のような、華奢でスタイルの良い、特に胸の小さな君にだからこそ似合うはずだ!」
「…………は?」
一瞬、頭の中で相手の発言が侮辱であるのか、称賛であるのか高度な演算が行われたからか、口からは一文字の言葉だけが飛び出していた。
「あっ、いえ。持ち合わせもないので」
「そうか、残念だ! だが、僕はいつでも待っているよ! いつでもいい、是非とも我々のキャラバンを調べてみてくれ!」
やはり、金銭がないのを伝えてると、あっさりと引き下がった。
先程の言葉、恐らくは侮辱では無かったはずだ。その……はずだ。
「そこのお姉さんー! この服────」
「結構ですっ!」
再度、歩みを早く進めて火葬場へと向かう。
今度は、バザールの客引きへ引っかからないようにセントラルルートを避けるようにして進んだ。
「そう。侮辱……では、ないはず」
頭の中では、何かが引っかかったままだった。
◆ ◆ ◆
セントラルルートを避け、裏道を通ったこともあってか、想定よりも数十分遅れて火葬場へと辿り着いた。
「すみません、ソルティナさんを────」
マスクをかけた、火葬場のスタッフへと話しかけると、私が言い切るよりも前にスタッフは反応をする。
「あぁ、お待ちしてましたよ。早く焼却しないと、感染をばら撒くのかとビクビクしていたもんでね」
そのスタッフが、ソルティナさんへ対して失礼な発言をしているのは当然理解した上で、私は咎めることなく続ける。
「大丈夫ですよ、彼女に宿った菌はまだ『発芽形態』であったので、宿主が亡くなった時点で感染の恐れはありませんよ」
「だとしても、解明もされてないわけの分からん病気だ。何が起こるか、怖くてたまったもんじゃないよ」
そうだ、この考え。
パレーディアにとってシンドロモンスとは、計り知れない脅威ではあるが、そんな計り知れない脅威を突き止めようとしていた勇敢な先人達のおかげもあり、必要最低限な情報は実在している。
しかし、怖いものには触らないという生物としての本能からか、そんな情報すらもパレーディア人の多くは知らない。
故に、パレーディアにはシンドロモンス患者への差別や偏見が常識的に跋扈している。
「そう、ですか……。では、早めに用を済ませましょう」
「あぁ、そうしてくれ。女の遺体は建物裏の一番奥にある、焼却炉の側に安置してる。用が済んだらまた声をかけてくれよ」
「分かりました」
「再三言うが、なるべく早くな。シンドロモンスになっちまった奴の死体だ、早く燃やしちまいたい」
「……はい」
常識的な偏見であるのだから、今ここでスタッフを否定したところで真実を肯定してもらうのには、相当な時間がかかるだろう。
ならば、シンドロモンスへの特効薬を完成させ、エビデンスを証明できるようにしたほう理解が早いし、このスタッフ以外の人間にも納得してもらえるはずだ。
スタッフの指示通り、建物をぐるりと周り裏へと回る。
そこには一面に草原が広がる一方で、その中で異質な程に目立つ無数の焼却炉があった。よく見ると、焼却炉へと近付くに連れて、草が禿げ上がっていっていた。
「一番奥は────ここ、ですね」
一番奥の焼却炉までは、歩いて10分程度を要した。恐らくは、先程の建物が火葬屋の拠点で、そこから一歩でも遠くにソルティナさんを置いておきたいということなのだろう。
炉の側に、私の腰ほどの高さの石台があり、その上は雑な形で固定されたシーツがあった。シーツは下に何かがいるかのように膨らんでいて、それがソルティナさんの遺体であるのは瞬時に理解できた。
「失礼、しますね」
シーツの膨らみから、およそ頭であろう場所を予想し、少しだけめくる。
現れたのは、眠るように静かに目を閉じた赤髪の女性だった。
ピュラモスさんの言っていたことを確かめる為、首元までシーツをめくると、そこには惨たらしい状態の首元が見えたので、目を閉じては優しくシーツを戻す。
「無駄にはしませんから。ソルティナさん」
どうして彼女が自ら命を絶ったのか、考えなくとも、先のスタッフの態度を見れば明らかだ。現に、この都市ではそういった人間も少なくはない。
◆ ◆ ◆
────彼女がテラペイアの診療所を訪れたのは、三日前だった。雨が降る中、びしょ濡れて診察室へと駆け込んできたのを鮮明に覚えている。
「ほんとに私、シンドロモンスになってしまうんでしょうかぁ! そんなの……いやぁっ!」
そんな、酷く焦燥して慌てふためく彼女を、ピュラモスさんと一晩をかけて落ち着かせた。
彼女を落ち着かせている中で、ソルティナさんが情緒の不安定な方だというのが分かった。過去の話しも聞いたが、人に作った貸しが返せなくなり、水商売に手を出さなければ生計を立てられないほどであったそうだ。
人によっては、彼女の人生は自業自得と言われても仕方がない人生ではあるのだろう。だが、当人の出自や事情、それは、患者の命を救わない理由にはならない。
それが命であるのなら、と。
私も、ピュラモスさんも、救う道を選択した。
二日前、彼女は言った。
「こんな状態になった私なんか、シンドロモンスになろうとしてる私なんか、誰も相手してくれるわけがない……。そんなんじゃ……商売成立しなくて、返さなきゃいけものも返せない……」
パニック状態から落ち着いた彼女は、酷くネガティブな様子だった。
至極当然だ。すぐにもやらなければならないことを背負ったうえで、治療例の無い病気を患ってしまったのだ。
「シンドロモンスについて研究をしている、規模の小さなキャラバンがあるって……聞いたんです。もしかしたら治せるんじゃないかって、期待してきたんですけど……」
結果、彼女の期待に応えることはできなかった。
特効薬を間に合わせることも、彼女の心を救うことも、できなかった。もちろん、前者も後者も『時間』が必要なのことは分かっている。
だが、そんな言い訳に甘えていられるほど、テラペイアにも、彼女にも時間があるわけではない。
それを示すように。一度落ち着いたはずの彼女は、再びの焦燥感に追われたのか。
────そして昨日、シンドロモンス患者用の病棟から失踪した。
最悪時間を空けてしまうと、発芽形態を越えて伝染形態へ移行してしまうと感染を広げる可能性があったため、ピュラモスさん他テラペイアのスタッフ総出で探したが、その姿を見つけることはできなかった。
最終的にはガーディアンへとバトンが渡り、その果て、今に至る。恐らく、ガーディアンが見つけた時、既に彼女は亡くなってしまっていたのだろう。
◆ ◆ ◆
「おやすみなさい。ソルティナさん」
シーツで彼女を覆い隠した後、閉じた目を開ける。
「こうした結果になってしまったのは……とても、残念です。一人でも貴方のように哀しむ人達が少なくなるように頑張りますから。見ていてくださいね」
いわゆる、『お祈り』を済ませて、私は火葬屋の建物へと戻った。
「用事、終わりました」
建物に入り、先程話したスタッフに声をかける。
「やっとか。たかだか顔を見るだけで、随分とかかったな?」
「少し考え事をしていましたので」
「ハッ。考え込むぐらいなくせして俺の態度には、これっぽっちの怒りを見せようとしないのは何でなんだか」
「どういうことです?」
「アンタ、死人を貶すような俺を失礼な奴だとは思わなかったのか?」
「シンドロモンスを患った方に対して、貴方の意見は世間一般的な物でしたし……何より、揉め事にはできませんから」
「はあ。────俺ね、思うんだ」
「何を?」
スタッフの目線が私ではなく、天井を眺めるように向けられていた。
「ここに来る奴らが、どういう気持ちで焼かれ行く友人や家族、知り合いの遺体を見ているのか」
「どういう、気持ちで……ですか」
「……俺は、色んな人間を見てきた。見送る側も、見送られる側も。身体の一部が欠損している奴、身元も分からず持ち物だけでその人だと決められた奴、最後まで生を全うした奴、シンドロモンスになりかけた奴。それらを笑って見送る奴、泣いて見送る奴、恨んで見送る奴。色んな奴がいた。アンタは、見送られる人間に対して何を思った?」
感情を考えるのは、アンドロイドの得意とするところではない。否、理解はしている。
私はデータの集積と分析を繰り返し、人の感情というものを理解できるのだから。
……だが、いざ『自分の感情を表へと出す』というのを思考したとき、それは数あるパターンから導き出された、模倣された感情なのではないか。
人間と同じ感情ではないのではないか。
つまるところ、そんな思考があるもので、このスタッフの質問に対する正しい回答ができず、言葉が詰まる。
「私は────」
包帯の巻かれた左腕を握る。
「死体の女の話しをしたとき、アンタは淡々と俺に安全を促した。感情的になっちまうことはなく、その後の俺の言葉にもなびく様子もなくだ。あの女とお前がどんな関係性だったかは知らないが、あまりに無感動に見えたから、つい聞いちまってよ」
なんと答えるのが正しいのだろう。私がアンドロイドであり、人間でないことを少なくとも伝えるべきでないのは明白だが……。
人間であるならば、もっと悩み、悲しむのだろうか。もっと感情的になって相手へ思いの丈を伝えるものなのだろうか。
先程行った『お祈り』も、やはり模倣的な行動に過ぎないのだろうか。
「私は────」
その時だった。
『ブーッ!』
カバンの中から小さな振動が響き、それは都市内だけで繋がる通信機によるものであった。そしてそれが、急ぎの連絡であるというのは一瞬で理解できた。
「あ、すみません」
「構わんぜ。ただ、こっちはもう作業を開始させてもらう」
結局、スタッフの質問に対する回答はできなかった。それをさして気にせぬように、スタッフは建物裏へと足を向ける。
急いでカバンから通信機を取り出そうとして、声が聞こえた。
「さっきは突拍子の無い質問を投げて、試すようなことをしてすまなかった」
そう言った火葬屋のスタッフは私の言葉を聞く間も無く、建物裏へと入っていった。
私はそれを数秒間眺めた後、俯いて通信機を手に取る。
「はい、メディ・ハヴァーです」
「メディっ! 私だ!」
元来、通信機の使用には料金がかかり、資金難のテラペイアでは節約志向につき緊急時のみの通信と決めていた。
そんな通信機の先の声は、ピュラモスさんだった。
「急ぎで相談したい報せが二つあって……!」
「はい、お願いします」
「一つは……ソルティナの家族にも、シンドロモンスの感染が確認されたというのと────二つはその家族が、我々の研究の被験体になるって言ってるんだよ! 私は……どうすればいい?!」
「分かりました。一先ず落ち着いてください、私もすぐにそちらへ向かいますから」
「すまない、私が不甲斐ないばかりに……! 運転代行は使ってくれて構わない、場所はパレーディアの南西方角に電飾で飾られたレストランがある。店名は『ガルドル』ってところだ。頼む!」
「はい」
通信が切られる。
火葬屋のスタッフへ一声でもかけてから出立しなければ失礼であるのは理解していたが、ピュラモスさんの焦りようから、なるべく急いだほうが良さそうだった。
先程のスタッフも既に影が見えなくなっていたので、私は運転代行キャラバンが来るであろう最寄りの停留所へと向かった。
◆ ◆ ◆
看板にはお洒落な文字で『ガルドル』と書かれていて、ピュラモスさんの言う通り店の外は電飾で飾られていた。
しかしその電飾に電気は点いていなく、外観は、さながら廃墟を思わせるほど活気を感じさせなかった。
そんな、開業している様子には見えないレストランの扉をくぐる。
「メディ!」
入店して早々、駆け寄って来たのはピュラモスさんだった。
「ピュラモスさん、お待たせしました」
「病理組織検査を試みたが……結果は通信の通りだ。彼女の家族には厨房で待機してもらってる」
通信では慌てふためいていたピュラモスさんも、少しの時間を置いたからか、幾分落ち着きを取り戻しているように見えた。
「ありがとうございます」
厨房へ向かう最中、ソルティナさんへも抱えていた一つの疑念点が浮かぶ。
「入る前に一つ、いいでしょうか?」
「どうした?」
「ソルティナさんの感染状況は発芽形態であったはずです。故に、彼女からご家族へ感染する可能性はない。仮に、感染源となり得るものがソルティナさん一家の周囲にあるとしたら、それはなんだと考えられますか?」
「それは……確かにそうだな。そいつも含めて、彼女の家族らに聞いた方が早いかもしれない」
「そう、ですね」
『コンコンコンッ!』
厨房の扉を軽く三回ノックし、「失礼します」と声をかけてから入る。
「ヒッ!?」
私が室内へ入るや否や、部屋の隅に居た赤髪の女性が小さな悲鳴を上げる。その女性は大事そうに何かを抱えていて、怯えるように更に隅へと寄っていく。
よく見ると、女性の腕の中には、同じく赤髪のまだ幼い男の子がいた。
両者共に、髪の色とその面影から、やはりソルティナさんの家系なのが分かる。
「大丈夫ですよ、落ち着いて。さっき言ったでしょう、仲間の医者を連れてくるって」
ピュラモスさんの宥めるような発言に、まるで只事ではない状況なのだと把握し、周囲を見渡す。
仕込んでいた食材だろうか。余程清潔とは言えぬ程周囲へと散らかされていて、棚に並べられていただろう物品も、まるで地震で崩れたかのよう地面へと落ちている。
「何があったんです?」
「私も詳しいことはまだ分からないんだが……いつものように資金交渉の為に歩き回っていたら、物凄い物音がこの店の方向から聞こえたんだ。急ぎ駆けつけたら、ここで男が暴れまわっていたもんだから、ガーディアンを呼ぶと言い放った途端に、そいつらはどこかへ行ってしまった」
「では、後にガーディアンが来るんでしょうか?」
「いや……それがな」
ピュラモスさんの視線が、隅でうずくまる女性へと向けられる。
「もしや、彼女が拒否したと?」
「あぁ。でもって、応急手当をしようとしたんだが私のことを知っていたようで……『ソルティナがお世話になった』と、言われて彼女らがソルティナの身内なんだと分かったよ」
「では被検体を買って出たというのは?」
「応急処置のついで、念のために君の考案したシンドロモンス専用病理組織検査を試したら、見事にそれが検出されてね。診療所に来るように伝えたら、喜んで被検体になると……。今はあんな風に怯えた様子だが……」
概ねの状況が掴めてきた。
ガーディアンへの通報を拒否したこと、自ら進んで被検体となることを選んだこと、その二つを鑑みても、この女性と少年にはやはり只ならぬ事情があるようだ。
しかし、今重要なのは、その事情を聞きだすことでもなんでもなく、彼女らを安全かつ設備の整っているテラペイアの診療所へと連れていくことだ。被検体云々の話は、その後に幾らでも決められる。
「すみません、挨拶が遅れました。医療キャラバン、テラペイアのメディ・ハヴァーです。団長であるピュラモスさんの助手をやっていますので、腕に関しては信頼していただければ」
ピュラモスさんを絡めることで、信頼感をもってもらおうとしたがどうだろうか。
「メディ……さん、ですね」
怯える様子は変わらないが、ひとまず名前は認知してもらえた。
「ソルティナの治療も、私と担当していたんだ。信じてくれて構わないよ」
そう言って、ピュラモスさんは隅の女性へと近付いて、側でしゃがみ込んだ。
「被験者になってくれる話しは別として、ひとまずは診療所へと来てくれないだろうか? 詳しい検査や、ケガの治療もしたい。料金は取らないし、どうだ?」
女性はしばらく黙り込み、そして口を開く。
「長い滞在にならず……弟も一緒であるのなら」
「もちろんだとも」
「長い滞在にならず、と仰りましたが、何か理由が? 再び暴漢の来る可能性を考慮するのなら、診療所に暫く居られたほうが安全ではありませんか?」
「それじゃダメなんですっ! いくらでも研究にはご協力しますし、姉の恩だって返しますっ! だけど……このお店は……守らないと!」
強く言い返す女性からは、軽いパニックを感じた。しかし、状況的にも無理はない。
「ううむ……君達がこの店を長期的に空けられないのも、仮に空けられたとして店の警護をガーディアンへ任せられないのも分かった。ならばこちらで民間傭兵を雇って警護してもらうってのはどうだ?」
ピュラモスさんの咄嗟の提案は名案だろうが、テラペイアの懐事情を考慮した場合は別だ。
「ピュラモスさん、それは……金銭的に大丈夫なんですか?」
「いや、うん……大丈夫、ではないが。尚更に、今回の資金繰りも失敗したからな……。だが、命の関わるときに金がどうこうも言ってられないだろ?」
「ピュラモスさん……はい、その通りですね」
そうだ。このための節約生活だ。
ピュラモスさんの覚悟へ感心しながら、彼女らの様子を伺うと、呟くように声を発する。
「それ……なら、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。私と、メディを信じてくれ」
ピュラモスさんはしゃがんだまま、その女性へと真っ直ぐに目線を合わせる。
それに女性はコクりと頷いだ。
「名前、聞いていなかったね」
「…………シュガリット。こっちの弟の名前が、フラワス」
腕に抱き抱えられたフラワスさんは何も応えない。姉のシュガリットさんよりも怯えているようだ。
「シュガリットにフラワス、確かに覚えた」
すると、ピュラモスさんが私へと目線を飛ばす。
「では、私は民間傭兵を呼んで事情を説明しておくから。メディ、君はシュガリットとフラワスを、代行を使って診療所までお願いできるかい?」
「はい、分かりました」
ピュラモスさんと入れ違うようにして、シュガリットさんへ近付き、手を差し伸べる。
「立てますか?」
シュガリットさんは黙り込んだまま、私を睨み続ける。その目つきは先程よりかは優しいものの、やはり私を疑っていることに変わりはないようだった。
「分かりました。良いものをあげましょう」
私は徐ろにカバンから小さな丸い包みを取り出す。そして、二人へと視線を合わせる。
「これ、キャラメルというお菓子だそうです。昨日診た患者さんからいただきました。包装紙も保存力が高いものみたいなので、比較的質は良好かと」
しかし、二人の視線は変わらない。
────であるならば。
「あむっ」
その目の前で、キャラメルを一つ頬張って見せた。
食しても大丈夫なものだと、ただただ淡々に、二人を見つめ続けるまま咀嚼を続ける。
「ん……。はい、これで大丈夫なのを示せたでしょうか?」
「もらっても、返せるものが……」
「では、笑顔をください。とびきりとまでは言いません。ただ微笑む程度で、構いませんから」
ポカンと口を開けて、二人は私を見る。
そして────
「本当に、いいんですか?」
フラワスさんが小さな声を投げる。
「はい、もちろんです」
「……ありがとう、お姉さん」
シュガリットさんの弟であるフラワスさんがそう言って、ゆっくりと表情を綻ばせていった。
「はい、こちらこそありがとうございます」
フラワスさんはシュガリットさんの腕から怯えるようにするまま離れ、私の手の平のキャラメルを取った。そして、私へと食べる許可を求めるような視線を送る。
微笑んで頷くと、取ったキャラメルを口へと運ぶ。
「…………これ、おいしい」
その反応は、まるで食い初めという反応だった。私も、このパレーディア産の『キャラメル』というこのお菓子を、今初めて食べたが、私よりもここに長く住んでいる彼の反応から見るに珍しい食べ物なのだろうか。
「シュガリットさんも、いかがでしょうか?」
シュガリットさんは俯き、私の側でキャラメルを頬張るフラワスさんを見てから、四つん這いでこちらへと寄って来てキャラメルを取った。
「本当にすみません、いただきます」
キャラメルが、恐る恐る口へと運ばれる。そうして、彼女が口へと入れた瞬間。
「これ────甘い……! とっても……!」
驚嘆の声を上げたシュガリットさんの表情は、フラワスさん同様に綻んでいく。そして、私の要望通りの微笑みを見せた。
「どうでしょうか、多少は私のことを信じていただけましたでしょうか?」
二人の目つきは先程よりかは柔らかなものとなっていて、少なくともそれが、疑念の目ではないのは確かだった。
それを示すように、二人は私の言葉へと頷いた。
「ありがとうございます。では、早速ですが、代行を捕まえにいきましょう。民間傭兵の方がここを護衛してくださるまでは、ピュラモスさんが見張っていてくれるはずです」
「……はい」
そうして私は彼女らを引き連れ、ここへ来たときと同じようにして代行を捕まえに、外の停留所まで向かう。
店を出るまでの道中で、通信機越しに会話をするピュラモスさんとすれ違った際に目が合った。
会話の邪魔をするわけにもいかなかったため声はかけなかったが、ピュラモスさんと合ったその目は、確かに信頼の眼差しを向けてくれていた。私はその眼差しへ、小さく頷いて返した。
「ねえ、お姉さん」
停留所に辿り着き、運転代行を待ってる間、フラワスさんが私へ声をかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「その左腕の包帯は、何の怪我なんですか?」
「これは────」
シャングリラにて銃弾を受けて(軽微ではあったが)損傷したのに加えて、廃都市地帯にて崩した姿勢を持ち直した際、負担をかけて破損しまった箇所を露わにしないようにと、巻いていた包帯だった。
私がアンドロイドかつ、外から来た人間であるのを悟られてしまえば、少なからず得られた信頼を喪失してしまう可能性がある。真相を話すのは控えるべきだろう。
「料理をしてたら火傷をしてしまって。その時のものです」
「お姉さん、お料理できるんですね」
得意ではないが……レシピさえあれば、できなくはない。
「まあ、はい。出来なくはないですね。決して得意とは言い切れませんが」
「そうなんですね……! 僕らも、レストランを経営していたので、お姉さんがよければ僕らが教えてあげます!」
気分を良さそうにして、フラワスさんが声を上げた。その声音から、予想以上に私を信頼してもらえたようなのが分かる。
「では、是非とも教えていただきたいです。向こうに着いて、検査が終わったらお願いしますね」
「はい!」
そんなフラワスさんの様子を見つめるシュガリットさんの表情は、優しく微笑んでいて、かなり安心しているようだった。
ひとまず、このまま何事もなければ、診察までは問題なくいけそうだ。
しかし、未だ残された疑問はある。
この二人、そしてソルティナさんが、どこからシンドロモンスに感染したのか。
現在、テラペイアのシンドロモンス用病棟にいる患者は、過去にパレーディアよりも外に出ていたことにより感染した者が殆どだ。
そして都市内が起因となって、感染が確認されたケースはこれまでにない。
ソルティナさんに関しては、水商売において出向いていた範囲がどこまでなのか不明である以上は、パレーディアよりも外でシンドロモンスに感染した可能性はゼロではないだろう。
だが、目の前の二人に関しては『可能性』すらも分からない。その為には、診察後に彼女らにこれまでの生活の背景を尋ねる必要がある。
「僕の得意料理、芋料理なんです。姉はお肉料理なんですけど……お姉さんは、強いていうなら何の料理が得意なんですか?」
「私は────」
そういえば、得意な料理というものが私にはない。
レシピ通りに作れば、間違いなく作れてしまうからだ。加えて、普段は健康を視野に入れた料理をレシピ通りに作る程度なので、何かの料理を作るという目標を抱えたことがない。
そう考えて、ふとソイルさんがどのような食生活を過ごしてるのか気になった。ちゃんと、健康に気を遣った料理を食べているのだろうか。
そもそも、食生活以外でも健康に気を遣って生活を送っているのだろうか。
私がおらずとも、しっかりとした生活しているのだろうか。
それが気がかりで仕方がなくて……私は、左腕の包帯をギュッと握った。




