第三章−哀情−【断章一】
今から三か月前。
トレーラーで廃都市地帯を抜け、三日が過ぎた頃。
火傷を負い、トレーラー内で寝たきりとなったままのソイル。それを付きっ切りで看続けるメディ。
廃都市地帯で拾った、シャングリラとやらから来た人間を乗せたトレーラーは、何事も無くパレーディアに到着した。
到着後、俺はいつものように外から保護をした人間をギルドの案内役へ任せ、ガーディアンの拠点へと戻る。
「隊長! 戻ったんですね!」
鉄筋コンクリート造の拠点へと入るや否や、ソファに座っていたニックが立ち上がっては俺の名前を呼ぶ。
「ああ。外から二人、人間を保護してきた」
「マジすか……って、それより! なんで俺たちを置いていったんです? ジャーキーの奴、めちゃくちゃ悲しんでましたよ」
「せめてロフティは連れていくべきだとは思ったけどよ。皆々忙しかったろ? それに、トレーラーの試運転で大事があったとして、大人数が面食らうのは御免だしな」
「だからって、隊長だけが面食らうこたぁないでしょう? 俺らだって────」
思いやりだろうが、過ぎたことは過ぎたことだ。さっさと探索用トレーラーについての報告をまとめたい。俺は話すニックの口の前に人差し指を突き出した。
「大丈夫だ、なんかあっても俺には経験がある。お前だって、俺を舐めて言ってるわけじゃねえんだろ?」
「ま、まぁ。はい」
「しかもこうして帰ってきたんだ、文句もねえだろ。まあだが、心配してくれてありがとうな」
「俺……皆に伝えてきます。隊長が帰って来たって」
「おう」
ニックはトレーニングルームのほうへ、そそくさと足を早めて行った。
「わぁお、隊長ぉ!」
ニックと入れ違うようにして、射撃場からジャーキーが入ってくる。
「お帰リリック、女将はミミックぅ!」
「そんな女将いるわけねえだろ。しかもお前……」
かきあげた金髪にサングラスを付け、いつものように何を言ってるか分からない様子。
「どこが悲しそうなんだよ」
「オウ、ひどい言いようだぜい。オイラめちゃめちゃ寂しかったんだぜ? 寂しすぎるがあまり、間違って副隊長をママって呼んじまったぜ」
「その出来事、絶対俺の居る居ない関係ねえじゃねえか」
「ウップスマックス、確かに関係ねえぜ」
「せめて関係のあるエピソードを話してくれ」
駄目だ。
約一週間振りに戻って来て、部下と話せるのは嬉しい事だが、このまま話しに花を咲かせたままでは報告をまとめようにもまとめられない。
「すまん、自室に戻る。ちょっと疲れたしな」
「オッケーホッケー、ゆっくり休むんだぜいっ!」
「ゆっくりはできんが、言葉に甘えて多少は休ませてもらうぜ」
「外した装備は、オイラが片付けといてやるよぉっ」
「ありがとな、助かる」
身に着けた装備を外し、それを遠慮なく机の上へと置いていく。
そうして全ての装備を外し終えると、ジャーキーは銃からマガジンを抜き出したり、安全を確認してからその整理を始めた。
申し訳ないが、ここは甘えるとしよう。
ガーディアンの拠点を抜け、向かいに建つ、同じく鉄筋コンクリート造の建物へと足を向けていく。
そして、見慣れた鉄製の扉の前に立つ。
「……すぅ、はぁ」
扉を開き、重苦しい音が鳴る。
一週間近くも放置していたせいか、部屋は少し埃っぽい。そんな中で、身体は自然とベッドの方へと向かっていき、そして倒れるようにして身を投げた。
すると、疲れがどっと襲いかかってくる。
「あぁ……眠ぃな」
分かっている、眠ってしまってはいけない。
まだやることがある。
「はぁ……!」
深く溜息を吐いて、体を起こそうとしたその時。ふと、ベッド横のサイドテーブルに置かれた写真立てが目に入った。
それは十年前の、今は既に解体されたキャラバンが運営していた娯楽施設で撮った写真だった。写っているのは、俺と妻と、そして息子と娘。
そこに写る家族の時間、恐らくは最も幸せであった時期だ。
妻は今も、どこかで幸せに生活しているのだろうか。
そういえば、最近は息子の墓参りにも行けていないか。そろそろ行ってやらなければ。
…………娘に関しては、今回も見つからなかった。
娘が行方不明になって、既に九年が経つ。やはり……諦めるべきなのだろうか。
俺は、現実から目を背け続けているのだろうか。いや違う、娘はまだ生きている。生きているはずだ。
「ダメだな、今考えても無駄か」
毎回、このベッドに身体を預けるとナイーブになっている自分がいる。そうして毎度の如く、気付かぬ間にも眠りにつき、散り散りとなったはずの家族の夢を見るのだ。
優しく、懐かしく、温かかったあの時間を見て、夢から覚めてはそれが今の自分にとっての悪夢であると認識する。
今回も、気付けばまた目蓋は閉じていた。意識は暗闇へと落ちていく。
そしてやはり、段々と浮かび上がってくる家族の顔ぶれ。
「────そういえば、ソイルのやつ。若干、息子に似ていた気がしたな……」
◇ ◇ ◇
無事、パレーディアへと到着後。僕らはカイさんの言葉に従い、ギルドとやらの案内役へと従った。
そしてその人に着いていった先で、僕らは予想だにもしていない空間に入れられた。
レンガと呼ばれる材料で組み上げられ、窓と入り口が格子で覆われていた空間。さながら、牢屋と呼ぶにふさわしい空間だった。
外はあれほどまでに暑かったというのに、その部屋は非常に冷たく、そして不気味に感じるそこに、僕とメディはバラバラに分けられるようにして入れられた。
その部屋の中央で、僕はギルドの人間と、机を挟んで向かい合うようにして一対一で会話をする。
「それで、シャングリラとやらに関しての情報はそれまでなのか?」
「さっきも言ったじゃないですか……!」
幸い、カイさん同様に言葉は通じたものの、尋問と言わんばかりにその相手は一方的に言葉を投げてくる。もはや、言葉が通じていないも同然だった。
そうして、こんなにもカビ臭く、埃が漂うような部屋に入れられ、ひたすら高圧的な態度で質問をされ続ける。それは、到底客人に対して取られるような態度ではなかった。
「ケホッ!!」
「さっきから咳き込んでばかりじゃあ、話しにならないんだよ、外人」
「す、すみま────ケホッ、ケホッ!」
シャングリラの体制、生活様式、僕の過去、当時の流行。僕は聞かれたら事に対し、ある程度は包み隠さず話したつもりだった。
ただ、メディの正体だけは混乱を招く可能性がある故、何としてもバレる訳にはいかなかった。ので、正体がアンドロイドであるという話題には、なるべく抵触しないようにはしたつもりだった。
しかし、そう避けながら話したことが悪かったのか、ギルドの人間の尋問はやまない。それどころか、時間が経つほど咳のひどくなっていく僕に苛立ち、語気は強まっていくばかりだ。
そうして気付けば、格子へと射し込む光は段々と黄色く色付いていった。こうして対面で話しをしてから、既に五時間は経っているだろう。
そんな時に投げられた質問だった。
「では、お前はどうして抜け出してきた?」
「ケホッ! シャングリラとは違う……本当の楽園を目指すためですよ」
相手はシャングリラの人間ではない。禁書であったエリュシオン・マグナに書かれていたことを、シャングリラではタブーとされていたことを多少話しても問題ではないだろう。
「ほう、本当の楽園とな?」
「それついて、何か知りませんか?」
「少なくとも、俺の知ることではないが。今は俺がお前に聞く時間だ、質問に質問で返すな」
「ケホッケホッ! すみません」
「どこにあるんだ、その楽園とやらは」
「分かりません……。けど、僕の住んでいた場所よりも東の方角にあるって」
「はっ! お前ぇ、目的地の場所すら知らないのに外に出たのか」
相手は鼻で笑う。馬鹿にされている気もするが、今は我慢だ。
「まぁ、はい…………。でも後悔はしてないですよ! 僕の恩人の、『好きなように生きろ』って言葉を、僕は実行できてる気がしてますし! 少なくともシャングリラ下層での生活よりかは自由ですし!」
「はは。好きなように生きて、その恩人とやらとおんなじ結末を辿るのだとしたら、そいつはかなりの傑作だぜ?」
「そ、そんな傑作ですかね……? あはは」
その皮肉めいた発言にギリギリで踏ん張り、出せてやっとだったのが苦笑いだった。
しかし駄目だ、相手はこちらを感情的にさせて何かを吐かせようしている気がする。踏みとどまらなければ。
「いやっ、既に傑作かぁ! その恩人とやら、制限のされた場所で好きに生きれなかったからって、自分の夢見た生き方をお前に押し付けて、そんで死んじまったんだ。わがままにも程があるよなぁ?」
「…………なんだって?」
分かっている、怒ってはいけない。それではきっと、この人間の思う壺だ。
「好きに生きたら、次は外で会ったガキを殺す羽目になったんだろ? 呪いの言葉じゃあねぇか? まだそのガキがシンドロモンスであったのが幸運か?」
「あの」
バチェラの次はオディギアのことまで。
それに違う。僕がオディギアを殺したわけじゃない。あの苔玉、あれがオディギアを蝕み、僕はそれからオディギアを楽にしてあげただけだ。
そして、バチェラの言葉────
『ただ全力で生きて…………自分のしたいことを………………して』
あれは決して呪いの言葉なんかじゃない。僕を前へと進ませてくれた、希望の言葉だ。
それをコイツは、何も知らないくせに。僕の過去をさっき少しだけ聞いただけのくせに。まるで知っているかのように語る。
それが無性に腹立たしい。
「極めつけは────」
正面の男は隣の壁を見つめた。
「隣にいるあの不細工か?」
『ガランッ!!』
椅子の跳ねる音が陰鬱な部屋に軽快な音を響かせた。
「ッ!?」
気付けば僕は向かいの男の胸ぐらを掴み、かつてないぐらいに感じた怒りを目元に浮かべて、まっすぐに見つめていた。
「お前、さっきから知ったように僕の大切な人達をけなして……挙げ句の果てにはメディまでっ!」
怒りを口にして、僕はハッとした。
そうだ。思う壺にハマった。
それを示すように、向かいの男は口元をニヤリとさせる。
「おいおい、やけに好戦的な態度だな?」
「あっ……いや、すみません。つい────」
掴んだ胸ぐらを離そうと、ゆっくり手を引いた。その瞬間。
「ぶッ!?」
顔面に鈍い痛みが走った。そして僕の身体は、殴られた勢いのまま、椅子をひっくり返しながら後ろへと吹き飛んだ。
背中に感じる激痛。顔面を抑え、僕は悶えるように横になった。
「ケホッケホッ!!」
そして咳のタイミングが重なって、口の中に血の味が広がった。直後、顔の残る痛みを受け容れる間もなく、腹部に重い痛みが走る。
「ぐっ!?」
「生意気なっ! 外人はっ! こうして分からせないとなぁっ!」
一言一言ごとに腹へと蹴りが入れられていく。
「これが! お前の恩人がっ! 好きなように生きろと! 望んだ結果だよっ!」
「がッ! あっ!」
重たい。言葉がこんなにも物理的な重さを帯びているだなんて、人生で初めての感覚だった。
続けて、八回、九回。
そしてようやく十回目を迎えて、その蹴りが止まった。
「ふぅー……咳ばっかりで気持ち悪いし、悪いのが感染っちまうぜ」
ようやく痛みが止んだ。
「ケホッケホッ! ケホッ! ケホッ!」
しかし、痛みの余韻が未だ顔面と腹部に残る。加えて、咳も先程よりも酷くなってきている。
「クソッ、胸ぐら掴まれて死ぬかと思ったぜぇ。まあ幸い、聞き出すことは聞き出したしな、俺を襲おうとした罰だ。しゃんと、パレーディアの労働力にでもなってもらうぜ」
朦朧とする視界には、牢屋の扉へと歩いていく男の足だけが映った。その男の一歩一歩の足音毎に、視界は段々とボケていく。
そうして男が扉を抜けて、視界は完全に闇に覆われた。
「彼に何をしたんですかっ!」
隣の部屋から、メディの怒号が聞こえる。
いけない。このままでは、メディも僕と同じようになる。
「駄目だ、メディ……ケホッ……!」
絞るように出した声も、ただの呟きに過ぎなかった。
「はぁ……はぁ……」
息が乱れたままだ。それでも伝えなければ。
「メ……ディ……ーッ!! 僕は大丈夫だぁっ! だから冷静になれぇっ! そいつらに逆らうなぁ!」
振り絞って出せて、今の声が限界だった。
横になった身体を翻し、仰向けになる。
胸が何度も浮き沈んで、声を出した反動を食ったかのように僕は咳き込み……そして、深く気を失った。
◇ ◇ ◇
「隊長、起きていますか?」
部屋の外から聞こえた女の声で目が覚めた。そいつはガリアの声だった。
「ん……あぁ。起きてるよ」
身体を、呻きながら起こす。寝覚めは悪い。
また、家族の夢を見たからだ。
「すみません、ご確認をしていただきたいことがありまして」
「待ってろ、すぐ出る」
時計を見やる。どうやら、寝入る前から、およそ五時間程が過ぎているようだった。
「結局、報告内容もまとめてねぇ……」
愚痴を呟き、ベッドから降りてから玄関を扉を開ける。
「確認って、なんだ?」
そこに居たのは、短い金髪に蒼い瞳をした、華奢な見た目の女だった。やはり、声の主はガリアで間違いなかったらしい。
「ハンドガンが一丁分だけ不足してるんです。確認したのがジャーキーさんとのことなので、確認漏れの可能性もありますが……私もチェックして、確かに不足しているのを確認しました」
「ハンドガン、一丁分……」
そういえば、防弾チョッキは、負傷したソイルの治療の為に外す必要があって返された記憶はあるが。
ハンドガンは返された覚えがない。
「しくったな。多分、ついさっき連れてきた外の奴らに貸しっぱなしだ。自衛の為と信用を得ようと渡したんだがな ……。ギルドの連中、聞き込む際に手荷物は取るんだったか?」
「いえ、聞いた話では、大体の場合聞き取り後だったかと」
「はぁ……。ギルドの奴らにあれやこれや言われる前に、回収に行くとすっか」
「そうですね、面倒事は減らしましょう。差し支えなければ、私もお供させてください」
「んだな、頼んだぜ。ガリア」
「はい、お願いします」
先程見た夢を頭から取っ払って、俺はソイルらの連れて行かれたであろう待機場へと足を向ける。
そして、宿舎から出るとガリアが提言した。
「一応、ジャーキーさんも連れていきましょうか?」
「ん、あぁ。そうだな。一応、装備のチェックはアイツもしてくれたんだしな」
「了解しました。連れてきます」
ガリアはそう言ってそそくさと拠点へと入っていった。
そうして、ガリアがジャーキーを連れて来るのを待つ中、拠点の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「ジャーキーさん、装備の回収にギルドの拠点へと行きます。支度をしてください」
「オゥ、オイラにはオイラのやらなきゃいけない、今日が期日のお仕事があるんだよう! だからやだぁ、まだぁ、マザァ!」
「ダメです。わけの分からないこと言っていないで、早く行きますよ。隊長の提案ですから、断るわけにもいかないです」
「仕事が終わらなかったら、お風呂掃除なんだよぉ! そんなのお黒麹さんなんだよぉ!」
拠点から聞こえてきた二人の問答。
いつものようなジャーキーの、何を言ってるのかよく分からない発言に俺も混乱を覚える。そして、ガリアもそこまで無理をさせなくても良いと思ったのも束の間、続けてガリアの声が聞こえた。
「……はぁ。────すたったーまっざふぁっかー。叫ぶ犬の遠吠えい、喘ぐ肉の端くれい、よぉう」
「ウップスアックス!? なんかちょいグロテスクな雰囲気で対抗してきたんだよぉっ!?」
「認めなお前の負けぇ、震えた声音を裂けぇ……? ん……やっぱり、貴方の真似をやってると自分でも何言ってるか分からなくなりますね」
「だが、今の言葉……しかとソウルに響いたぜ。おーけい分かった。行くぜ、行くぜぇ!」
「今のが、響いた……? まぁ、行ってくれるのなら良いですが。全く、私から声をかけたとは言えど、本当に訳が分かりませんね……」
そいつは今に始まったことじゃない。と、心の中で呟いたとき、拠点から騒がしかった二人が出てきた。
「お待たせしました、連れてきました」
「あいててて、ガリア耳を引っ張んなよぉ! よ、よぉ隊長ぉ……お待たせだよぉ!」
「うし、来たな。行くぜ」
足をギルドへと向ける。ジャーキーにはいきなりで申し訳がないが、このまま着いてきてもらうとしよう。
◆ ◆ ◆
久々に踏み入れた空間は、夏場であるというのに酷く冷たく、まるで人間の存在を感じないほどに静かだった。
「……ここ、こんなに牢屋っぽいところだったか?」
「前回隊長がここへ出入りしたのは、私の記憶だと数年も前だったと思います。そう感じるのも無理はないかと」
一歩踏みしめる毎に、コツコツと足音が空間に響く。そんな音に、僅かな心地良さを感じながら歩みを進める中、俺は口を開く。
「到底、外から来た人間へ聞き取りを行う空間に、相応しいようには見えないな」
「同感です」
「カンカンに同感だぜ、いえいぃ……」
「カンカンいらねえだろ、つかカンカンじゃキレてんだろ。なんでキレてん────」
「隊長」
ジャーキーへツッコもうとしたその瞬間、ガリアが声を低くしてそれを遮った。
そんなガリアの目線の先には、格子で囲まれた空間がある。俺の位置からは、中が死角となって見えなかったものだから、ガリアやジャーキーよりも前に出て中を確認した。
「んなっ……!?」
するとそこには────
まるで死んでしまったかのように地面へと伏した状態のソイルがいた。
「おいっ、ソイル! 大丈夫かっ?!」
俺は咄嗟にソイルが倒れ込む部屋へと駆け寄り、格子を両手で握っていた。
「…………う」
ソイルが呻くように小さな声を漏らす。どうやら生きてはいるようだ。
「隊長、彼が」
「あぁ、俺が連れてきた異邦人だが……にしても────」
ソイルの身体には幾らかのキズやアザが見えた。それは、ここに来たときには付いていなかったものだ。
まさかじゃないが、俺が着いていくように言ったあの案内人にやられたわけじゃあるまいな。
「とにかくだ。コイツ咳が酷くなると呼吸できなくなっちまうんだ、さっさとこっから出してやらねぇと死んじまうかもしれん。ジャーキー、ここの鍵取ってこれるか?」
「ガッテンバッテン承知のお家だぜ!」
何故だか焦りが込み上げる。明らかに倒れたソイルを見たことが原因であるのは確かだが、廃都市地帯でシンドロモンスと戦闘したときにソイルがケガをした状態であったときには感じなかった。
────さっき見た家族の夢のせいか。
「隊長」
ガリアに声をかけられてハッとする。
「すまん、どうした?」
「隣の部屋、扉が開いているように見えますが……」
周囲を見渡すと、誰も収容されていない部屋の扉は閉められているように見える。加えて、無数にある部屋の中にメディの姿が見当たらない。
「もう一人がいねぇ」
「なっ……! 脱走したのでしょうか」
「そうかもしれねぇが、今はコイツのほうが優先だ」
しかし、仮にメディが脱走したとして、ソイルを見捨てるような選択をするだろうか。
「へいっ、隊長! 適当に聴取するとか理由つけて、鍵持って来たぜ」
「ありがとうな、よくやった」
普段変なことばかりを言う奴だが、こういうときは頼りになる。
「しかし、ギルドの人間は本当に適当ですね」
「全くだぜ、物の管理なんかには口煩いのによ」
「それもそうですが、ジャーキーさんの嘘に騙されることが、ですよ」
「ほわっつ?」
二人の会話をよそに、俺はその檻を開ける。
「ソイル、おい!」
駆け寄り、優しくその背中をさする。
「メ……ディ……」
ソイルは掠れた声でメディの名を呼ぶ。
どうやら意識が朦朧としているようで、俺の声が届いていないようだった。
「ったく、ギルドのヤツらは何してやがった……!」
ソイルを背中に抱える。
「ガリア、ジャーキー。悪いが、コイツを一旦ガーディアンの拠点まで連れて行く。無茶振りを承知で頼みたい。お前ら二人で、ソイルを連れてくことをギルドの奴らに説明つけといてくれないか?」
ギルドに任せてたはずのソイルがこうなり、メディはいなくなっている。もしもこのまま、どうなるか分からない状態でギルドに預け、ソイルに逝かれてしまったら胸糞が悪い。
「さっきも余裕だったし、全然大丈夫マイジョブぅ!」
「まあ、ジャーキーさんでも大丈夫だったのなら大丈夫なのかもしれませんが……すみません、多少無理のある言い訳になってしまったらすみません」
「構わねぇ。お前ら、ありがとうな」
俺の感謝に二人が頷く。
そうしてその場を二人に任せ、俺は早足でガーディアンの拠点へ向かう。
道中、背中にソイルの呼吸を感じて安心を覚えたのは良いが、同時に不安を感じていたのも確かだった。
この先、コイツをどうしてやればいいか。
ガリアとジャーキーが、ギルドのやつへどう伝えていようと、あの場からソイルを連れだしたのは俺だ。責任の多くは俺にある。
「俺は、どうかしちまったんだろうか」
ふと、そんな言葉が漏れていた。
これまで、パレーディアより外から連れてきた人間は、ソイル同様にギルドのやつらへ全て任せてきた。
今のソイルの状態がギルドの連中によるものだったとしたら、過去に俺が他に連れてきたやつらも、恐らくはそのような仕打ちを受けていたに違いない。
だがきっと、その事実をもっと前に知っていたところで、俺がこんな罪悪に近い感情を持つことは無かっただろう。
ここまで連れてきた人間の中には、家族と離れ離れになった奴、酷い怪我を負った奴、大切な物を喪った奴もいた。だのに、この事実を知っても尚、現に俺の中にそいつらへの罪悪感はない。
それが俺の仕事だと割り切れているからだ。
────だが、ソイルへ抱く感情は違う。出会ったときにはなんら、特別扱いもしていなかったはずなのに。
今になって俺は、こいつをここへ連れてきたことを────後悔している。
「……クソが」
ああ、胸糞が悪い。きっとこれも全部、夢のせいだ。
◇ ◇ ◇
初めに動いたのは瞼だった。
「うぅ……?」
目に入ったのは、闇の中の知らない天井だった。
────初めてベジタリアンで目を覚ました時や、廃都市地帯でも経験した、『目を覚ますとそこが知らない場所』なんていう感覚に、そろそろ慣れを覚え始めてきたかもしれない。
「起きたか」
視界の隅へぼんやりと光が見えたのに気付いたタイミングで、その声は聞こえた。そして、右耳に入ったその聞き覚えのある声へ、僕は咄嗟に顔を向ける。
「カイさん……」
そこには、キッチンで手元だけが見えるよう照らし、調理をするカイさんが居た。
カイさんとその手元を見て、嗅覚も目覚め始める。香ばしい……まるで、上層で生活していた時を思い出すかのような匂いだ。
「何で────ていうか……メディは?!」
「まぁ落ち着け。ここは安全だし、お前が気になっていることも、俺が分かる範囲でだが説明もしてやる」
カイさんは作ったものを皿へと盛り付け、キッチンからベッドへと歩いてくる。
そのタイミングで、ようやく部屋の全体をはっきりと認識できた。
────この部屋の構造は、シャングリラでの寮生活を想起させる。
狭いワンルーム。仄かに照らされる壁は白色で、部屋には装飾品などが全くなく、机やベッドなどの必要最低限な物しかない。強いて生活感を感じれるものと言えば、ベッドの横に置かれた写真立てぐらいだろう。
写真に写るカイさんらしき人物と、カイさんのこの場へと慣れているかのような様相からして、ここは恐らく、カイさんの自室だろうか。
「ほら、ベッドから起きて。座れよ」
部屋の中央のミニテーブルへ皿を置き、そのまま腰を下ろすカイさんは、僕を正面へと誘う。それに応え、僕もベッドから起きては、カイさんの正面へと座った。
「すまなかった」
「え?」
カイさんが皿をこちらへと差し出す。食え、ということなのだろう。しかしそれ以上に、カイさんの謝った理由が気に留まる。
「ギルドの連中が、外から連れてきたお前らのような人間をどう扱っていたのか、知らなかった」
「あ、あぁ……そういう、ことですか」
その事実を知らないカイさんと、ギルドの人間がやったことには全く関係がない。がしかし、自分がギルドの人間の案内に従うよう促した結果だ。
それを後悔しているのだろう。
「別に、カイさんが悪いわけじゃないじゃないですか。だってそれを知らなかったんでしょう? なら、仕方がないですよ」
認めたくはないが、僕もあのギルドの人間を理解できないわけではない。
なぜなら、下層の人間を死体共と呼んで、差別していた過ちがあるからだ。
「それに、理解はできます。異物を排斥したいって感情。────だとしても、僕の過去や恩人を罵ったことは許せないですけど」
「随分と落ち着いてるな」
「さっきの緊張が続くような状態に比べて、カイさんの用意してくれたこの状況が安心できるからですよ」
「…………そうか、そいつは良かった。その様子なら、本題に入っても大丈夫そうだな」
軽く咳払いをして、カイさんは背もたれへ身体を少し預け、再度姿勢を直す。
「俺から話すことは二つだ。一つ目は、メディの行方と現状について」
メディについての話は「説明をしてやる」と言われた時から、何かしらあるのだろうと身構えていたので、その名前が出てきても驚くことはなかった。
「お前が倒れていた時、メディはあの空間にはいなかった。どっかに逃げたのだとして、仲間にも探させてはいるが……今のところは何も無しだ。正直なところ、ギルドから正式な要請でも出ない限り、人探しにそこまで時間もかけてらんねぇし、朝までには打ち切るつもりだが……。まあ、今のところで要請が出てねぇのに加えて、適当な奴等のことだ、今出てねぇなら今後も要請は出ないと思うな」
僕は綻んだ一方で、膝上に置いた拳を強く握りしめていた。
「そう……ですか」
それはメディが、上手く逃げることができたのかもしれないという安心感と、メディに見捨てられてしまったのではないかという不安ゆえだった。
廃都市地帯にて、夜中の廃ビル屋上で一緒に行動することを約束したメディに限って後者はないだろうが……それでも、メディは命の取捨選択ができるメディカロイドだ。可能性としてはゼロではない。
「カイさん。朝までは、カイさん側でも探していただけてるんですよね?」
「ああ、そのつもりだが────」
「僕も、探します。一緒に探させてください。メディに確かめたいことがあるんです」
自然と身体が前のめり気味になる。
「そいつは構わねえよ、好きにしてくれ。だが、それは二つの目の話を聞いてからだ」
「分かりました。お願いします」
「二つ目は、あの牢を出たお前のこれからだ」
「僕の────これから」
僕のこれからなど、僕が決めるものなのに。
わざわざそんな言い方をするのは、まるで今後のパレーディアにおいて、好きなように活動できないのを示しているかのようだった。
「パレーディアではな、十五歳を迎えた人間は必ずキャラバンっつうものに所属して、労働をしなければならない決まりがあってな。それはパレーディアの外より来た人間も例外じゃない」
「それは……僕も、ここにいる以上は働かなければならないって、そういう事ですかね」
「あぁ。そこでお前には、俺らの傭兵組織へ所属してもらうことになった」
「…………えっ、あ。ど、どういうことですか、それ! 僕まず、ここで働くとかも決めて────」
「悪いが拒否権はねえ。あの牢屋からお前を出す為に、ギルド────つまりは、パレーディアを仕切ってるような奴らに、俺らのところで働かせるってふうに説明しちまった」
「そ、そんな勝手なっ!」
僕は勢い良く席を立ち上がる。
「でなきゃお前は、最悪あの牢の中で死んじまってたかもしんねぇだぜ? それに、郷に入ってはなんとかって言うだろう」
「なんですかその言葉…………っていうか、僕はシャングリラのことをお話しするのを条件にここへ連れてきもらったはずで、お互いに条件は達成されてるじゃないですか! 僕には、僕らには目指す場所があるんです!」
「だが、メディの行方は分からず。旅を続ける為の物資も無く、それをここで補充している間の仮宿もない。違うか?」
「それは…………そうですけど! だからってそんな、メディに話すことなく決めるなんてできませんよ! なんなら今すぐ探しに────」
僕がそういうと、カイさんは顎で皿を指し、僕へと食べるように促す。
「せっかく作ったんだからな、食えよ」
改めて、皿に乗せられた何かの肉と玉ねぎの炒め物を見ると、確かに食欲がそそられた。加えて、今日は何も口に入れていない。それも異常までに美味そうに見える一因だろう。
僕は突っ立ったまましばらく皿を見つめ────
「……ありがとうございます。これは……その、いただきます」
席を立ち上がった時と同じ勢いで椅子へ座り、それを口へと運ぶ。
「ん、これっ!」
久々に舌の上を走るジューシーな肉の味。恐らくは獣肉だろうか?
もしそうだとしたら、実に上層ぶりの肉だ。
加えて玉ねぎは、下層でも口にする機会はあったが、獣肉が料理に入るだけでこんなにも違うものか。
噛めば噛むほどに滲み出てくる味に、僕はすっかりと気を取られていた。
「さっきも言ったが、探すのは好きにしろ。ただメディの奴は、仲間が総出になって五時間以上探索をしてるが見つかっちゃいねぇ。加えて、探索にあたってる全員はこの街で生まれ育った奴らだ。そんな面子で探してんのに見つけられんねぇってんだから、お前が探したところで見つけらんねぇだろうって忠告はしておくぜ」
僕はその言葉を聞き、噛み締めていた肉野菜炒めを飲み込む。
「でもって、見つからねぇのに探すぐらいなら、明日から始まる労働に備えてゆっくりと休むんだな」
カイさんは椅子を立ち上がり、ベッドより反対側の部屋奥へと歩いていく。
「どこに?」
「俺も探しにいくんだよ、メディを」
「だったら────」
「言ったろ、なるべく休んどけ」
僕の言葉をぶつ切って扉を開けるカイさん。
「ちょっ!」
追いかけようと立ち上がるが、テーブルに残された料理を見てその足が止まる。そうして、一瞬だけ料理に気を取られたのも束の間、扉の閉まる音だけが部屋へと響いた。
「くそっ……。なんでこんなことに」
厄介なことになった。
こんな状況は、別段パレーディアへと来てから始まったことではないが、だとしても、廃都市地帯での一件から多少の休息はあってもよいものではないのか……。
いいや、カイさんが休むように勧めてくれている、今がその時なのか。
僕は溜め息一つ吐いて、ゆっくりと椅子へと腰をかける。そうして机の上に残された、食べかけの料理をぼーっと見つめた。
「カイさん、どうしてこんなにも親身になってくれたんだろう」
カイさんが牢屋で倒れていた僕を見つけてくれなきゃ、僕はきっと死んでいたかもしれないのか────と、考えて。
下層へと落ちたバチェラが、僕を救ったくれたときのことを思い出す。
『そりゃあ、倒れてたアンタを見つけた時にもう死んでたら話は別よ。けど、息をしていたのに放っておいて、あとあと死んでたら、なんか夢見が悪いじゃない? だったら、しっかりと助けた上で死んでもらうか生きてもらうかしてもらったほうが、私はスッキリするから』
バチェラはそう言っていた。
もしもカイさんがそれと同じような感情で僕を救ってくれたというのなら、なんだかその優しさを断われないような気もしてきた。
「シャングリラであろうと、外の世界であろうと……それが人なら、優しさも同じ、か」
再び、カイさんの作ってくれた料理を口元へ運ぶ。
「やっぱこれ……美味い」
気付けば僕は肩の力を抜き、口と腕以外の身体を動かすことなく、ただその咀嚼だけに集中していた。
そして実感した。人間にとって、食事という行為が、どれほど安息感の覚える行為であるのか。
そうして哀れにも僕は、知らぬ間にカイさんの言葉に甘えてしまっていたのだった。




