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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第三章−火傷の痕−【第一話】

 複数人の草木を掻き分ける音と土を踏む音が、静寂に響き渡る。


「各位、周囲への警戒は怠るなよ」


 そんな静寂を裂くように声を上げたのは、既に聞き慣れてしまった、カイさんの声だった。


『了解』

「りょ、了解……」


 統率された掛け声に合わせなければならないのは、未だに慣れない感覚だ。

 ────繁栄都市パレーディアに到達してからというものの、早三ヶ月。

 パレーディアから見て、廃都市地帯方面よりかは遙か手前の地帯。

 鬱蒼とした緑しか見当たらぬその地帯は、パレーディアより配られた地図において、空白の地帯だった。

 

「この業務には慣れたかい、外人さん?」

「まぁ、そこそこは……」

 

 嫌味を含むように後ろから僕へ語りかける男声の主は、同じガーディアン所属員の『シニク・ニック』さんだ。

 

「シニク。業務中だぜ、口を慎め」

「ッチ、あいあい。副隊長」

 

 一方、シニクさんを諌め、副隊長と呼ばれた女性の名前は『ロフティ・セレブレッタ』さん。

 その二人に、カイさんと僕を加えて計四名。僕らは、廃都市地帯にてカイさんが身につけていた装備で、森の中を進んでいく。


「各位、止まれ」

 

 先頭を歩くカイさんが、手を差し出して全員を静止する。

 

「ロフティは地図を確認し、残りは周辺警戒」

『了解』

「りょ、了解」


 覚束ない返事をし、ロフティさんを中心に、囲むようにして僕らは周囲を警戒する。

 ────未踏地域の調査。

 廃都市地帯でも聞いたカイさんの業務に、何故僕が参加しているかというと、色々と紆余曲折あるので、今は割愛するのだが……。

 現状としては、現在の僕が所属するガーディアンという、この傭兵集団での業務も概ね理解ができてきていた。

 まず、前提としてパレーディアには二種類の傭兵集団があるようで。

 

 パレーディアの政府機関『ギルド』という組織、それの直属の傭兵集団が『ガーディアン』と呼ばれる傭兵集団が一つ。

 一方で、パレーディアには『ギルド』に属する『キャラバン』と呼ばれる組織が無数にあり、それらが常日頃に商い競争を繰り広げていて、そのキャラバンの中には傭兵稼業で収入を得ているキャラバンがあるらしい。カイさん曰く、それらのキャラバンを出自とした傭兵集団は『一般傭兵(または民間傭兵)』と呼ばれるそうで、これが二つ目の集団。

 

 パレーディアの傭兵集団とは、これら『ガーディアン』と『一般傭兵』の二つを示す。

 これらの違いは、つまるところ『ギルド』所属か『キャラバン』所属かの違いな訳だが……僕が所属するギルド直属のガーディアンは政府機関(ギルド)からの仕事を請け負い、パレーディアの行動範囲を広げるための未踏破地域調査や暴徒の鎮圧のような、いわばギルドの手足として活動している。


「……よし。隊長、描図が完了したぜ」


 ロフティさんの製図作業が終了したらしい。こうなると、また暫く歩いた後に、またもロフティさんの製図作業が待っている。

 そう、未踏破地域の探索は、ひたすらこれの繰り返しだ。


「ありがとうな、ロフティ」

「良いってことよ。アタシはこの能力を買われて、ガーディアンに入ったんだからな」

「そうだな。今後も期待してるぜ」

「合点承知」

「うし。各位、警戒そのまま。隊列を組みなおして、次の地点に向かうぞ」


 カイさんの言葉に従い、僕らはカイさん・僕・ロフティさん・シニクさんの順で、縦に並びなおして再度歩みを進めた。

 きっとこれまでと同様に進むのなら、あと一か二時間は歩くことになるだろう。

 そして、再度歩き初めてから、20分程度が経った頃だった。


「なぁ、ソイル」

「あっ、はい」


 カイさんが静かに僕の名前を呼ぶ。


「まだ慣れないだろう?」

「えっ、まぁ……はい。正直に言うと、まだ。確かに……どんなことやってるとかは、分かってきたつもりなんですけど────」

「前回の暴徒鎮圧戦のときも言ったが。この仕事には、慣れないほうがいい」


 少し前の事。2つだったか、3つだったかのキャラバンが手を組み、ギルドを襲撃する事件が起きた。

 やはり、ある程度の平穏が担保されているコミュニティには、反乱をするものがいるのも付き物なのだろう。

 けれど、その時のことを思い出そうとするのは、過酷で最悪であった下層落ちたての頃の生活を思い出すよりも容易く思い出せてしまう程には強く印象に残った、凄惨な光景だった。

 何故なら、そこで僕は────無数の血を見たから。


「慣れませんよ。だってあんなにも血なまぐさい様相……。言っちゃあ悪いですけど、殺人(アレ)に慣れてしまったら僕は、そんなことをする()()としては見ることできません」


 カイさんは優しさのつもりで言ってくれたのだろうが、反して僕は皮肉の意をたっぷり込めて言い放つ。

 

「…………そうだな。その意気だ」


 正直、パレーディア(ここ)に来てからというもの、僕はカイさんと上手くやれているわけではない。

 というか、一方的に僕がカイさんを拒絶しているのだ。先程、カイさんの言った暴徒鎮圧戦や未踏破地域調査において、助けてもらっているにも関わらず、だ。

 分かっている、恩知らずなのは。

 けれど、それ以上にカイさんを拒絶する理由が僕にはあった。

 

「カイ隊長。次のとこを描図したら、今日の部分は終わりみたいだぜ」

「っつうことは、あと40分ぐらい歩いたら終わりですかねい」

「概ね、そんぐらいだな。集落や文明の痕跡が無ければ、だがな」

「だとよ。40分って時間間隔、分かるかい? 外人さんよ」


 露骨な扇動に対し、込み上げる苛立ちを隠す僕は苦笑いで応える。


「やだなぁ……分かりますよ、それぐらいは」

「ニック、アタシたちは仲間だ。いつになったらソイルへの差別を辞めるつもりだ?」

「さあ、そいつがどっかで野垂死ぬまでじゃないですかねぇ」

「ソイルが外から来た人間であろうと、ガーディアンの一員である以上は仲間だろ」


 ロフティさんが味方になってくれていることへ、多少の嬉しさは感じるが……僕の、ロフティさんへ対する本音もカイさんへの気持ち、それと変わりない。


「大体、何の理由もないのにガーディアンに入ってんのが気に食わねぇんですよ。副隊長は生粋の地図屋だから、能力があって勧誘されるのは理解できる。ウェイは分析力が高いし、ガリアは機敏で力が強い。タングは舌が回るし、ジャーキーは…………雰囲気柄が良くてムードメーカーだ。けど、この外人はどうなんですかね。病弱で、歩くのがやっとで、シャングリラだかいう場所の役に立ちそうな知識もない。この際だからハッキリ言いますけど、隊長はなんでこんな取り柄のない奴をガーディアンに入れたんですか?」

「話したところで、お前には関係のない話しだろう。仮にその話しをしたところで、結局は正しい意見がロフティのものであるのには変わりねぇよ。黙って従っとけ」


 気まずい。いくらふっかけたのがニックさんだからと言っても、僕の話題である以上は、何だか雰囲気の悪いのが僕のせいであるかのようだ。


「なぁソイル。お前は何ができんだよ? 何が取り柄なんだよ?」

「それは────皆さんに比べたらまぁ……ないですけど」

「ッチ。本当につまらなくて、どうしようもない奴だな、お前」

「す、すみません」


 及び腰にならざるを得ないのも無理はない。だって別に、ニックさんの言うことは事実であるし。無論、心底腹立たしくはあるが。


「まぁソイルは、協力があったとは言えども、丸腰で大型の『シンドロモンス』を殺ったんだろう? アタシはそれだけで、ガーディアンに入る理由としては十分だと思うけどな」


 励ましのつもりだろうが、ロフティさんの言葉は……ふと、オディギアを想起させた。


「カイさんと、一緒に居た連れのおかげですから。僕はなんにも」

「連れかぁ。アタシは見てねぇんだよな、ソイルの連れってヤツ。パレーディアには居るんだろ?」

「居るとは……思いますけど、何をしてるかはさっぱり」


 ()()と、断言ができないのも、ここ三ヶ月でメディと一度も会えていないからだ。

 なんなら、僕のことを置いて出発してしまっている可能性もある。故に、断言ができない。


「恋しいかぁ? ────てかそいつ、女か男か?」

「そんな別に……連れの話しは良いじゃないですか」

「その反応は女だなぁ!」

「……はぁ」

「アタシな、色恋話が大好きなんだ! あるなら聞かせろよ!」

「男か女かすらも言ってないのに……」


 僕は分かりやすく肩を落とす。


「各位、気を抜きすぎだ。警戒は怠るな」


 すると、丁度良いタイミングでカイさんが声を挟んでくれた。


「おっと。わりぃわりぃ」


 ただただ、同じ景色だけが流れていく。

 それは、シャングリラを出てから廃都市地帯へと歩んでいくまでの景色と同じようにしか見えない。

 そんな違いの無い景色を、ロフティさんはよくも暗記した上で、それを地図へ転写できるものだ。

 そう関心している時だった。坂となっている道を越え、向こうの景色が見えた。

 カイさんが声を発する。


「各位、警戒を厳に。ここは……雰囲気が違う」


 その景色は、はっきりと分かるほど明らかに違った。

 窪地となっていた空間の形は円形だった。しかし、雰囲気の違うのを理解できた理由というのは、それだけではない。


「何かが焼けた跡、ですかね」


 円形の空間に無数に存在する木々達の葉は禿げ上がっており、地の色は周囲と差を見せつけるかのように灰色だ。

 さながら、焼け野原と言ったところだろう。


「どうするよ隊長? 行くか?」

「……ニック」

「はい、何でしょう」

「目の利くお前だからこそ頼もう。五分やるから、二分で全体を観察し、その後目ぼしい部分と確認できた場所を二分で詳細観察。残る一分で報告しろ、できるな?」

「あい、了解」


 ニックさんは先頭に立って窪地の観察に入る。


「んでもって、俺はニックの護衛をするから、ソイルとロフティは窪地に降りる最適ルートを最寄りの箇所から探して来てくれ。余裕を与えて六分でだ、観察に使う時間も無いしな、雑把でいい」

「了解」

「……了解」


 ここまで時間を詰めて指示を出すのも、空に陰りが見えてきたからだろう。

 トレーラーへ帰る時間も含め、きっとゆったりと探索している時間はないはずだ。

 それを理解したうえで、僕はロフティさんと共にカイさんらから離れていく。


「何事もなければ、もっと先の場所も描図できたんだけどなぁ。また来る手間が出来ちまいそうだぜ」

「経験の浅い僕が言うのもなんですけど、だからこそ未踏破地域なんですよね。きっと」

「んまぁ、それもそうだな」


 何があるか分からない。故に、通った道を再び通ることなどざらにある。面倒くさいが、仕方のないことなのだろう。


「降りられる場所……降りられる場所……か」


 窪地の外周を沿うように僕らは歩く。


「あそこなんて、どうでしょう?」

 

 三分程度歩いたところで、急斜面に獣道のようなものが見えた。

 だが、野生の動物が通ってできたにしては植物が全くない。まるで人が通ったことにより、草道が禿げ上がっていったかのような道。


「確かに、ちょうど良さそうだな。となれば、一旦戻るとするか」

「はい」


 ロフティさんは早足でカイさんらの下へと向かっていく。

 僕もそれへついていくようにして小走りで向かう。


「隊長、ソイルが降りるのにちょうど良さそうな道を見っけたぜ」

「でかした。こっちもちょうど調査の目星はついたところだ。時間がない、行くぞ」

『了解』


 ようやく合わせられた同意の言葉の後、僕らは先程の獣道へと向かう。その際、何だかニックさんに睨まれた気もするが……今は気に留めないこととする。

 獣道へと到着後、全員で、足を滑らせないようにゆっくりと坂を下っていく。やはり既に何者が通り続けていた跡だからか、これまでに通ってきた道よりかは進みやすかった。

 そうして窪地となった場所へと降りると、やはり地面は焼け野原のように灰色で、緑が馴染みとなった目には色濃く映った。

 ニックさんが先導して、全員がそれへついていくようにして、荒んだ道を歩く。


「これ、自然的に燃えたんでしょうか?」

「ニック曰く────いや、言わずとももう見えてくるな」


 そこでニックさんが足を止めた。


「気になったとこ、まずはここが一箇所目だ」


 そうしてニックさんが目線を向けた先には、三本の倒木が三脚のように身を寄せ合っていた。


「なんら変哲もない……ただの倒木ですけど」


 強いて気になるところがあるとすれば、焼けたせいか葉っぱが禿げ上がっていることだろうか。


「はっ! やっぱ見る目がねぇな、外人さんはよ」

「…………はい、すみません」


 思ってもいない謝罪の後、再度倒木を凝視する。すると、カイさんが口を開いた。


「無数にある木々の中で、身を寄せ合うように倒れるコイツらは自然物じゃない、そうだな? ニック」

「だと思いますよ、こいつは。────証拠にほら……こっちへ」


 ニックさんが再び歩みを進め始める。カイさんはそれへと淡々とついていき、僕とロフティさんは少し顔を合わせてからその背後へとついた。


「これです」


 ニックさんがその地点へと静止し、その足元へ指を差した。


「コイツは」

「……はぁ」


 ロフティさんが僅かに戦慄の声を上げて、カイさんは溜息を吐いた。

 何事かと、僕もニックさんの指先へと目を向けた……その瞬間、全身に悪寒が走った。


「……っ!?」


 ()()を見た瞬間、身体が恐怖を感じて、汗が一斉に湧き出てくる。

 自分でも分かるくらいに呼吸が早まっていき、挙げ句には、我慢ならずに目を閉じてしまった。その反応は『反射』にも近かったと思う。

 僕らが見たもの────それは。


「焼死体……だな。明らかな人の死体があるとなると、この窪地は文明の跡地なのか?」

「そうだろうな。それも恐らく、人為的に燃やされた場所だ」

「おいおい、ビビってんなよ、外人さん。これよりもずっと酷い有様を見てきたんだろう?」


 ニックさんは挑発のつもりで言っているのだろうが……シャングリラの下層、少女の変容、暴徒鎮圧戦、この焼死体よりかとは言わないが、確かに酷いものは見てきたつもりだ。

 勇気を出して目を開ける。すると案の定、僕の目は、反射的に目を閉じたその時よりも鮮明に焼死体を捉えた。

 全身が真っ黒焦げで、どんな顔をしているのかすらも分からない。その姿勢は布団に包まるように丸くなっていたものの、手元はまるで格闘戦の構えをとるファイターのようだ。

 吐き気が込み上げてくるのを、必死になって堪える。


「ソイルの見つけた獣道も、そうじゃなく踏み分け道だったんだろうな」


 しかしここに文明があったということ。その次に気になるのは、ここら窪地が、何故焼け野原になったのかということだ。


「ロフティ」

「おう、なんだ隊長」

「製図に取りかかれ。今日はここを最後にする」

「あい、了解」

「他は先と同じく、警戒にあたれ」


 その指示で、僕らは先程のようにロフティさんを中心にして警戒態勢へ移った。

 そうして陣形を組むために移動した際、ふと、灰を踏む感覚が気になった。警戒を続けながら、僕はしゃがみ込んでは地の灰を指へ付けた。


「時間が経ってる。しかも若干湿って……雨で消火されたのか?」


 周囲を見渡すと、僕の見知った人間以外の人影が一つもない。


「ここが燃えてから、仮に生き残りがいたとして。時間が経っても尚、誰もここには戻ってきた様相がない……。ここはもう、死んだ場所なのか……」


 そう思うと、若干の寂しさを覚えた。廃都市地帯で感じたのと、同じ感情だ。

 再び三脚のように倒れた倒木を見ると、そこがテントのような……もしや、住居であったのかもしれないと、そんな可能性が想像できた。

 焼け跡を見ると、あの館を思い出す。

 オディギアと共に崩れ落ちたあの館。最悪僕も、あの焼死体のようになってしまっていたかもしれないと思うとゾッとする。

 今は装備で隠れているが、腕の装備下の包帯はそんな可能性があった何よりの証左だろう。


「……よしっと。できたぜっ、隊長」

「良くやった。撤退すっぞ!」

『了解!』


 周囲を確認後、僕らはここまでの道を戻っていく。

 そして駆け足で進み、窪地の景色が早巻きで進んでいく中、なんだか景色に違和感を覚えた。


「なんだ、何か」


 景色が薄暗くなっていて、夕方の訪れを早く感じるようになったからではないだろう。


「待てっ、隊長!」


 そこで声を上げたのはニックさんだった。


「三時の方向! 窪の縁に何かいる!」

「獣か?」

「いいや、あれは────このまま……走ったほうがいいかもしれないです……!」


 獣以外の選択肢、人間であったとしても、ここに人間は存在しない可能性のが高い。となると、残る選択肢は。


「シンドロモンス……?」


 ────シンドロモンス。

 パレーディアの人間がそう呼ぶ、かつてオディギアが変容を見せたその怪物らの総称。


「恐らくそうだろう。ヤツらの状況は?」

「数は……三。小型ですが、人の面影はもうないです。変容期は越えた個体かと」

「どうするよ、隊長。伝染期に移られでもしたら、しばらくはここいらを調査すんのはできなくなるぜ?」

「…………各位、止まれ」


 嫌な予感がする。

 気付かれれば敵になり得る存在が、すぐそこにいるのだから、それはなんら感じても不自然ではない予感ではあるだろう。

 しかし無論、向こうは気付いていないのだから、逃げることも可能だ。

 けれど、ニックさんが言い放つ『小型』という単語、ロフティさんの意見、そして足を止めるように指示を出したカイさん。

 感じた嫌な予感は、避けるはずのリスクを被る、そんな予感だった。


「ロフティの言う通りだ。各位、戦闘態勢!」


 それは予感が的中したことを報せる、最悪な掛け声だった。皆々が腰に提げられたガスマスクを装着して、僕も遅れるように身につける。

 そうして心奥で、息が切れてしまいそうなほどの溜息を吐く。


「逃げられると思ったのに。なんてのが、顔に出てるぜ? 外人さん」

「わ、分かってますよ。ロフティさんの意見はもっとらしいものだし……!」


 強がりか、はたまた恐怖か。無意識にも僕の手は、胸元にぶら下げられた銃器を深く握り込んでいた。


「ニックは俺と陽動。臭激弾で敵を引きつける」


 シンドロモンスは、感染対象の感覚器官をある程度は使用して対象物を特定しているらしいが、主に頼っている感覚とされているのが、『臭い』らしい。

 廃都市地帯で苔玉を誘導する際に立てた見立ては、おおよそその通りだったようで……加えて、ヤツらは刺激臭のような強い臭いに激しく反応する。

 当然、銃撃後の硝煙の匂いにも反応してしまうため、その匂いを上回る『臭激弾』で奴らの気を引きつけようということらしい。


「俺等が誘導してる間、ソイルが酒精弾を浴びせて、ロフティの曳光(えいこう)弾で引火させる」


 曳光弾とは発火剤が仕込まれた弾丸で、飛翔中に光を放つ特性を持つ。

 通常、(物にもよるが)対象物を引火させられる程に発火するわけではないが、場所を報せる目印になったり、焼夷弾なんかよりも持ち運びに適していたり、ガーディアン内では愛用されている代物だ。

 一方で酒精弾とは単純な仕組みなもので、ただ弾丸へアルコールを詰めただけのものだ。

 だが、そんな単純なものも優秀な着火剤になるもので、曳光弾と組み合わされば火炎瓶やその他引火物を持ち運ぶよりも便利な反面、着火性が弱い曳光弾の弱点を補う事が出来る。

 何よりも、遠距離から簡単に火を点ける事ができるのは、シンドロモンスに対して大きな有効打になる。


「危険だとは思うが、見たところ伝染期でない以上、囮を立ててやるのが安全だろう。時間もない、早急に終わらせるぞ!」


 そのやり方が誰を考えられて実行されようとされているのか、思考せずとも分かった。

 カイさんが、『安全だろう』と言い放ったタイミングで僕の方を見たからだ。


『了解!』


 全員の掛け声に合わせ、ニックさんとカイさんは、対象のシンドロモンスへ回り込むように接近していく。


「じゃあ、アタシらは隊長達の反対側から攻撃するぜ。小型(チビ)が三体だからって油断すんなよ?」


 ロフティさんが僕の肩を軽く叩いて、先導するように先に走っていく。

「…………はぁ」


 小型が三体、別段四人も居れば難しい敵ではないだろう。しかし、僕のパレーディアへと来た目的は、こんなことをする為であったわけではないはずだ。

 そういった意味の溜息を外へ出したのと共に、僕は足を動かす。


「ソイル、ちゃんとついてくんだぜ!」

「は、はい!」


 ロフティさんの後ろを追いかけて、木々の隙間を縫って走っていく。

 正直、追い付こうするので精一杯だ。

 ガーディアンに所属してから、ある程度のトレーニングを行っていたとはいえ、たかだか三ヶ月程度のトレーニングでは、ガーディアンのメンツに追いつくことはできない。

 そんなことを思っていると、僕らの反対方向から何発かの銃声が響いた。


「隊長ら、ちゃんと引きつけてくれてるみたいだな」

「はぁっ、はっ! ですね……っ!」


 ガスマスクを着けながらの全力ダッシュだと言うのに、平然としているロフティさん。

 彼女だけではない、ガーディアンの皆々がこのような体力の持ち主だ。本当に異常だと思う。


「相変わらず見にくいな、このガスマスク」

「でもしょうがないですよ……。でないと、臭いが……」


 臭撃弾の放つ臭いは、吐き気を誘引する程の臭いだ。その影響をこちらが受けてしまっては元も子もない。

 加えて、シンドロモンスは周囲の人間へ感染を広げていくという性質を持ち、現在対峙している個体は感染を拡大させる形態ではないものの、それへの対策も込めたガスマスクらしい。


「息を切らして、いざ狙いをつけるときに誤射すんなよ?」

「ぜぇ……わ、わかって、ますよ……!」


 カイさんとニックさんがシンドロモンスの気を十全に引き付けたところで、僕らは所定の位置につく。

 禿げ上がった倒木共の隙間に何体かの影が通る。二つは人間の影、そして残る三つは怪物の影だ。

 影が進んでいく方向の先、続いていく木々の隙間に銃の先を向ける。

 マスク越しへ映る、曇った視界に目を凝らし────


「はぁ…………ふぅ」


 息を整えて、狙いを澄ました。


「っ!」

『バンッ!』『バンッバンッ!』

 

 三発、酒精弾を放つ。

 一発はそびえ立つ樹木へと、二発は対象二体へそれぞれ一発ずつ命中した。


「やったっ、当たった!」

「油断すんな!」


 シンドロモンスを引きつける隊長らが木々を抜け、少し開けた場所へと出た。


「今だな……っ!」


 ロフティさんが曳光弾を放ち、酒精弾が命中したうちの一体へと命中させる。


『ぐ……ぎぃ!』


 薄暗かった空間に、温かい色の炎が灯る。

 しかし、その炎の揺れは決して心の暖まる動きではなかった。


『ぎ、ぎぃぃぃッ!』


 火が点き暴れ狂うシンドロモンス。薄暗くて見えなかったその全身が、一体が燃え上がったことで周囲を照らし、その容姿がはっきりと見えた。

 確かに人型だが、体表に人らしい面影は微塵も感じられない。やはりオディギアの時のように、身体の至る所からは細く短な触手が生えていて、体と共にくねらせている。

 そのような仕草で、どうやってまともに走る人間へ追い付けるのかが分からない。


『ギあああぁッ!』

『ガっ……!?』


 悲鳴のような叫声と、驚くように短い音を発したシンドロモンス達、それは、三体のうちの一体が燃えたのを見えての反応だった。


「バカどもが」


 それに続き、第二の火が放たれる。

 曳光弾は通常の弾丸よりも、弧を描くようにしてシンドロモンスへと飛翔していき、酒精弾を浴びたもう一体へ火を起こす。


『グぅぃィあぁァッ!』 


 刹那として全身へ火が回った二体目のシンドロモンスが悶えるうちに、一体目がとうとうとして地に伏して、声を上げなくなった。


「よく当てますね……! ほんと」


 曳光弾と通常の弾丸は、弾道の勝手が違う。それを意図も容易く命中させるロフティさんへ感嘆する。


「次、アタシ達が後一発ずつ当てりゃ勝ちだぜっ?」


 返ってきた言葉に集中を取り戻し、再度照準器へ視線を合わせ直す。

 ────だが、照準器へ捉えたシンドロモンスの動きに、躊躇いを覚えた。


『ぎッ……ぎぁ……!』


 カイさんらを追いかけるのに夢中であったはずのシンドロモンスが、狼狽えているように見えたからだ。

 その証拠に、体はくねらせながらも、そいつは一歩後ろへと後退るような仕草を見せた。


「……あっ」

『ギゃぁ────』


 燃えた二体目が倒れる。


「ソイルっ! ボサッとすんなっ!」

「……っ!」


 引き金を引く寸前で、オディギアの最後を思い出した。

 オディギアは死の際において、僕の名前を呼んでくれた。

 もしや……僕の前にいるコイツらも、元は何かしらの関係を持ち合っていた人間で、オディギアのように、人間であった頃の断片が残っているのではないか。

 そうだ。それにシンドロモンスには、人間並みでなくとも、知性が見受けられた。だとすると……僕が銃を向けるコイツらは────


「バカ野郎っ! 仲間が死ぬぞ!」


 仲間が死ぬ。

 そのワードが頭の中で反芻する。

 例え相手に人間としての意識があったとしても、僕の行動で仲間の命一つが消えさる。

 それを考えると────


『バンッ!!』

 

 僕は反射的に引き金を引いていた。

 その後、ロフティさんが間髪を入れず、空中に火花を散らす。

 そうしてしばらく、僕の耳に残り続けたのは仲間からの叱咤ではなく、シンドロモンスの残響だけだった。


◆ ◆ ◆


 ────先程の戦闘から、大体四時間程度が経っただろうか。

 僕らはトレーラーに揺らされ、パレーディアへと移動していた。

 暗闇の景色だけが窓を流れていく中、車内へ響くのは、運転席へ座るカイさんと助手席に座るニックさんの話し声だけだった。

 俯き鉄面を見つめる僕の胸中には、罪悪感と後悔が募る。

 前者は引き金を引いてしまったということへ、後者は躊躇ったが故に皆に迷惑をかけてしまったということへだ。


「おい、ソイル」


 耳元で囁いて、僕を呼んだのはロフティさんだった。

 何を言われるのか、ある程度の予想ができるとはいえ、きっと叱られるのだろうと身体が跳ね上がる。


「なんで躊躇った?」

「奴らの様子を見てたら、少しの人らしさがあった気もして……僕がこれから弾丸を放つ対象は、『人間』なんじゃないかって……そう思ったら、撃てなくて────」

「馬鹿だな、お前は」

「……すみません」


 あの後、ロフティさんは、僕が発砲を躊躇ったことをニックさんやカイさんへ言うようなことはしなかった。

 きっと、差別発言をするニックさんを諌める手間を作らないためだろう。


「アタシはな、大切な者を何度も奴らに奪われた。だから、お前の躊躇った理由が分からねぇ」


 失望されるのには、もう慣れた。他のガーディアンのメンバーだってそうだし、ニックさんもそうだ。今こうして話す、ロフティさんでさえこうだ。

 だからこそ、信頼を掴み取るためには、自分を変えなければならないのだろう。

 ────けれど。そんな覚悟、僕にはない。


「ロフティさんの言うことは正しいと思いますよ……。けど……僕は────」

「ずっとそのままでいればいい」


 反論をする前に呆れられてしまった。そう思った直後に、ロフティさんは続ける。


「優しさってのは、時には甘さにもなる。だけど、あの隊長がお前をガーディアンへ入れたっていう理由を、ここ三ヶ月間ずっと考えてみたんだ。でもって、ニックの言う通り、包み隠さずにはっきりと言うのなら、お前には秀でた長所があるように見えない」

「そう…………でしょうね」

「別に、アタシの言葉選びが下手くそなだけで、落ち込ませる為に言ってるんじゃないぜ。だけど今やっと、お前の長所が分かった気がするんだよ」

「それは、優しさ……じゃないですね。『甘さ』、ですか」

「アタシは少なくともそう思う。でもって、もしもそれが正解なら、お前のその甘さが、いつか役に立つことがあるって隊長は見込んだんだろ。だから、いっそ甘いままで居てみてくれよ」


 それが嫌味なのか、優しさなのかは分からない。

 口調は嫌味ったらしかったものの、すぐ後にロフティさんから右腕を数回優しく叩かれ、表情を見ると、ニカッと笑ってから再度右腕を軽く叩れた。

 装備とその下の包帯越しであるのに、火傷の痕が酷く痛んだ。

 下層人(コープス)のことは、メディのことは、オディギアのことは、廃都市地帯で出会ったカイさんのことは、意図も容易く信頼することができたのに。

 ロフティさんやニックさん、そして一度信用したはずのカイさんでさえも、今の僕は心から信頼することができていない。言葉の真意を常に窺ってしまう。

 パレーディアに来てから、たったの三ヶ月。

 ……僕は、繁栄都市にあてられてしまったのだろう。そんな自分を強く呪う。

 ギュッと、火傷の痕を握った。

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