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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第二章-三夜を越えて変わる-【第六話】

 廃都市群、そこへ佇む無数の廃ビルの中には、ビルとビルに挟まれる影の薄いビルも存在していた。

 僕らはカイさんの背中へ着いて行くように歩き、その影の薄いビル内部、六階で焚き火を焚いていた。


「確かに、このビルは周囲のビルも相まって周りから見つかりにくいですね。高階を拠点にすることに関しても、ここまで高い場所なら夜中に動物に襲われる事も無いでしょうし」

「あぁ。緊急の非常口としても、八階にある崩れてる隣のビルへの連絡通路があるからな。怪我をするかしないかは保証しないが、実際使えば滑り台みたいで楽しいかもな」

「ケホッケホッ! ……八階から下る勇気はちょっと」

「死なないならマシだろ」


 周囲には若干ホコリが舞っていた。そのせいか、夕刻時よりかは咳が出る。屋内だから仕方がないだろうが、加えて建物が周囲の陰になっているせいで、風も微かな程度しか入ってこない。


「うーん……」


 オディギアが部屋の隅で寝返りを打つ。それに目を取られる僕とメディであったが、カイさんはそんな事はお構い無しに話しを続ける。


「取り敢えず、自己紹介だったな。ソイルにはもうしたが、改めてだ。俺はカイ・ソロウ、ここから東の方にある繁栄都市パレーディアから来た。お嬢さんは?」

「ソイルさんと同じく、シャングリラから来ました。メディ・ハヴァーです」

「メディだな、覚えた。でもって単刀直入だが、お前らに提案がある。飲料、食料を提供する代わりに、お前らにパレーディアへと来て欲しい」

「随分と良心的な提案ですね。私達からしたらメリットしかありませんが、狙いは何でしょう?」

「パレーディアは他の地域や都市と関係を持ち、それらと貿易する事で繁栄してきた都市でな。お前らの知るシャングリラの情報を足がかりに、シャングリラとの関係を持ちたいって訳だ」

「そうして私達から情報を聞き出す為にパレーディアへと私達を届ることができたら、貴方は給料なり報酬を貰えると言う事ですね」

「まぁ、そういうこったな」

「そう、ですね……。そうなると、一方的に利益を得るのが私達だけでは無いので、飲んで良い条件だと思いますが……」


 メディも訝しんでいるようだ。

 やはり、余りに僕らに好条件過ぎる。それ故に怪しさはあるのだが。


「この人、僕に信頼してもらおうと防弾ベストどころか、予備の銃と弾倉まで渡してくれてさ」

「その防弾ベスト……そういう理由だったんですね。まぁ、ソイルさんの生存率が上がるのなら嬉しいですけど」

「パレーディアまでも、この廃都市地帯へと来るのに使った探索トレーラーで送り届けられる。当然、飲食は揃っているし、シャワーだって浴びられるぜ? どうだ?」

「少しだけ、ソイルさんと二人で話させてください」

「んだよ、まだ信じられてねぇのか。でもいい、分かったぜ。ゆっくり話し合ってこい」

「ありがとうございます。ソイルさん、ちょっとこっちに」

「あぁ、うん」


 どこで話すのかと思うと、メディはビルの階段を上がって行った。その背中を追ってメディの後ろへとついて行くが、メディの足は止まることを知らず。

 僕らはとうとう最上階、つまるところの屋上まで辿り着いた。


「分かりますか? あっちが東なんですが」


 東の空は既に暗闇に包まれていて、雲の隙間からは夜星(よせ)が煌めき始めていた。そしてメディは、その空へ指を差してそう言った。


「うん」

「あの方向に私達の目指す楽園があるんです。そして、彼の言う全てを信じるのなら、パレーディアとやらもあの方向にあります」

「方角的にも、パレーディアに行けるのは大きなメリットだね。もしかしたら、本当はエリュシオンっていうの楽園の正体がパレーディアだった……なんて、あくまで空想の域を出ないけど、可能性としてはないわけじゃないしね」

「ではソイルさんは────」

「うん、ついて行ってもいいんじゃないかなって思ってる」

「それがソイルさんの判断なら、私はそれを尊重します。ですが、彼の言う話しにデメリットが無い事も気になって」


 メディの言う事はごもっともであった。どんなに美味しい話しでも、必ずしもどこかにデメリットと言うものは存在しているはずで。しかし僕らはパレーディアどころか、この世界自体を知らない。彼についていったとして、どんな事が起こるのかを想像もできないのだ。


「でもさ、やっぱりこれってチャンスだと思うんだ」

「それは、何故ですか?」

「確かに、僕らはあの人の話の悪い部分を見据えられない。でもそれって、僕らがこの世界を知らないからだ。だったら、先ずはそれを知る為にも、敢えてあの人の話に乗っかってやるのはどう?」

「簡単に言いますけど、命が脅かされる可能性だってあるんですよ?」

「それを分かって始めた旅だし……何より、怯えてばかりじゃ好きなように生きてけない」

「そうですか……。では、約束をしてください。ソイルさん」

「いいけど、また約束? 僕、要領悪いし、そんなに覚えてられるかな」

「単純な話しなので、きっと大丈夫です」


 そよ風が吹き、メディがこちらへと振り向いた。


「ずっと…………私と居────共に行動してください」


 言葉を選び直したように聞こえたが、別行動をする際にあった誤解を再び起こさないように言い直したのだろう。

 流石、アンドロイドだ。同じ失敗はしないらしい。


「分かった。約束する」

「はい。私、ソイルさんには死んでもらいたくはないので」

「…………あっそ。メディも程々に壊れないようにね」

「ふふっ、はい」

「オディギアちゃんはどうする?」

「そうですね。彼女が私達に着いてきてくれるのを良しとしてくれたら、条件に付けて聞いてみましょう」


 ゆったりとそよ風に雲が流れていくのに、今が落ち着いた時間なのだと実感する。夜になって、暑かった気温が落ち着いてきたのも理由の一つだろう。

 そんな中、階段の方からドタドタと駆け上ってくる足音が聞こえた。


「ソイ────」

「高いとこー!」


 メディの呼び声をつんざいて現れたその声の主は、先までぐっすりと寝ていたオディギアだった。


「おはようございます。オディギアさん」

「うん! おはよう!」

「よく眠れたようで何よりです」


 メディがオディギアと会話を進めている間、階段からはもう一人の人影を感じた。


「びっくりしたぜ。急に飛び起きたかと思えば、屋上目指して走り始めんだ。休んでるこっちの身にもなって欲しいもんだ」

「あはは……」


 カイさんが頭を掻きながら姿を現し、同時にオディギアが僕の足へと抱き着いて頬ずりを始める。


「そんで、結論は出せたのか?」

「はい、出せました」


 その発言の傍ら、オディギアの頭を撫でて、更にオディギアは僕の右ももへと顔を埋める。


「是非とも私達をパレーディアに同行させて欲しいのですが……オディギアさんに聞きたいことと、カイさんに一つ提案があります」

「何ー?」

「構わんが、大方想像はできるな」


 オディギアが僕の元を離れ、メディへと近付く。それに、メディはしゃがみ込んでオディギアへ視点を合わせた。


「もしも、私達があの男の人の提案に賛成して、遠くへ行く事になったら、オディギアさんは一緒に来たいですか?」

「うん! ずっと一緒が良い!」


 その発言にメディは微笑み、僕の気持ちは温かく満たされていた。カイさんは、言語が分からないのか堅い表情のままだったが。


「ではカイさん。彼女を同行させる事は可能ですか?」

「聞かなくたっても、同行させられなきゃお前らは着いてこないんだろうしな。多少は飯だの水だの、制限させてもらうが、構わないぜ」

「では、その条件で同行させてください」


 取り敢えずは上手く言ったことに、心の中でガッツポーズを決める。


「そうと決まりゃ、お前らさっさと寝るんだな。早く起きて、準備をしてから出発するからな」


 その言葉に各々は了承し、下階に降りるメディへくっついてオディギアも降りて行った。僕もその後に続こうと、歩みを進めるが────


「おい、ソイル」

「ん、なんです?」


 真面目な声色でカイさんに呼ばれ、足を止める。


「メディだったか、連れの女」

「あ、はい。それが?」

「アイツとはどんな関係だ?」


 何故そんな事を聞くのだろう?

 僕らがカイさんに対して隠している、ないしは話していない事は少ないはずだ。

 唯一隠している事……もしや、メディが人間で無い事がバレたのだろうか?

 それとも、単に僕をからかおうとしているのか?


「どうしてですか?」

「いいから聞かせろ」


 しかして無視をしたり、答えない訳にはいかないだろう。カイさんはパレーディアへ行くまでの間、お世話になる人なのだ。


「ただの旅の仲間ですよ」

「本当か?」

「本当かって……何を疑ってるんです?」

「いや、シャングリラってのは鎖国的な対応をしているって、お前言ってたよな」

「はい」

「そんな場所から、たった二人で抜け出してきたのがどうにも気になってな。俺はシャングリラ自体を知らないから何とも言えないが、二人が只者じゃない気がしてならないんだよ」


 そんな大仰な印象を持たれると、普通に嬉しい気持ちもあるが……僕らはあくまでも、ただの一般人とアンドロイドだ。


「メディがシャングリラを脱出しようって考えてて、そんな時に偶然が重なったんです。脱出する前に大事な人も失いましたけど……その人のおかげと、偶然の重なりで僕らはここにいるんです。だから、僕らは只者ですよ」


 強いて言うのなら、メディはアンドロイドの為只者でないのだろうが。しかし、僕が只者でなければ、バチェラを救うことができたのだろうか……。

 ありもしない想像へ、小さく首を振って掻き消しては、目線をカイさんへ向ける。


「まぁいい。細かい事はパレーディアに連れて行ってから聞けばいいだけだしな。すまん、時間を取った挙げ句、嫌な事まで思い出させて」

「あっ、いや別に。謝られるほどの事じゃないので」

「謙遜できる奴と話すのは久々だぜ。────ほら、先に戻れよ。俺は周りの様子をこっから見とく」

「はい」


 語気は強いが、やはりカイさんは別段悪い人ではないのかもしれない。そんな事を思いながら、僕は下へと降りた。

 六階に戻ると、バチバチと焚き火が跳ね火を立てる中、メディとオディギアが世間話に花を咲かせていた。


「明日、早いのに横にならなくてもいいの?」


 そう話しかけて、第一声を発したのはメディだった。


「そうですね、今日は私も寝る必要がありますし……オディギアさんも一緒に寝ましょうか」

「うーん、どうしよ」

「ん? どうかしましたか?」

「今日もソイルと寝たいかも」

「…………へ?!」


 驚きが稲妻のように身体を走る。


「ぼ、僕となんて、これまたどうして?」

「夕方はメディと一緒に居たから、夜はソイルと一緒がいい!」

「…………むぅ」


 オディギアが嬉しい言葉をかけてくれる反面、メディは冷ややかな目つきで、じっとりと生暖かい視線を送りつけてくる。


「な、何さメディ。嫉妬なんてアンドロイドらしくもない」

「そうですね。これが『嫉妬』という感情なんでしょうね。ですが、私当人としては『殺意』に他ならない気がします」

「怖い事言わないでよ!? 僕が悪いわけじゃなくない!?」

「────ふん!」

「わ、わぁっ?」


 メディがオディギアを思い切り抱き寄せる。カノジョはかなりご執心のようだ……。


「オディギアさんはどうしてもソイルさんと寝たいのですか?」

「うん、そうだよ! ソイルと寝るとね、落ち着くんだぁ」

「わ、私と寝ても落ち着きませんか? まだ1回も一緒に寝てませんよ?」

「そうだけど……私は、ソイルがいいのー!」

「そ、そうです。私と寝ると金運が────」


 金銭など関係のない今の状況で、そんな詐欺師紛いの事で釣ろうとしている辺り相当必死らしい。

 そのメディの状況に、一つ言葉を挟んでみることにする。


「上がるわけないじゃん。スピリチュアルで釣ろうとするなんて、詐欺師と一緒だぞ」

「外野は黙ってて下さいよ。……でもまぁ、望まずに選ばれた人には分からないでしょうけどね!」


 ────こんなに性格の悪い言い方をするアンドロイドだったか。子供の魅力というはつくづく恐ろしいのだと実感する。


「メディ、怒ってる?」

「はっ! 怒ってませんよー、オディギアさん」

「────ぷっ」

「何笑ってんですか、ソイルさん」

「いや……」


 必死こいて取り繕おうとしているのに、ニヤけが止まらない。努力している奴を笑うような性格ではないと自負しているが、今回に関しては普段のメディと比べて面白過ぎる。


「見損ないましたよ、そうやっていとも容易く人の事笑う人だったんですね」

「いやだって、いつものメディと印象違すぎて」

「見世物アンドロイドじゃないんですけど」

「ぷぷっ! いや……分かってんだけど……! はははっ! やばい、笑い止まんない!」

「あんな性格の悪い人は置いといて、オディギアさん。私と寝ませんか?」

「やだ! ソイルとが良い!」

「……そ、そうですか」


 敢え無く撃沈。不憫な事にもメディの気持ちは、オディギアに気遣われる事無く今日を終える事となった。


「で、では私と寝たくなったらいつでも起こして下さいね。ま、待ってます……」


 最後の一言はやけに震えて動揺していたため、僕も寝る前に、最後の情けとオディギアにメディとの睡眠を促したが結果は変わることが無かったのであった。

 ────こうして各々が明日に備えて床に着き、静かな夜を迎えた…………否、迎えるはずだった。


◆ ◆ ◆


 深い夜。

 全員が寝静まっているはずのそんな時間に、僕は身体に圧迫感を感じた。


「うぅん……」


 圧迫感が不快だったので、寝返ろうと身体を傾けるが、身体が動かない。では反対方向になら、と逆に傾けるもやはり身体は動かない。

 そんな違和感に加えて、途切れ途切れの息遣いが顔の真上から聞こえてきて目が覚めた。


「……うん? 何?」


 ゆっくりと重い瞼を上げる。

 すると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。


「はぁ……はぁ……!」

「えっ……?! ちょっ、なに?!」


 そこにあったのは、息を荒げたオディギアの顔。その顔はやけに紅潮していて、今にも寝込みを襲われそうな気がしてならない。

 もしもそうでなくても、オディギアは何のために僕へまたがっていて、そんなに息遣いを荒くしているのだろうか。


「ねぇねぇ……ソイル。……──しよう?」

「……はへ?」


 最後に何と言ったのか分からないが、瞼を下ろしてゆっくりと顔を、唇をこちらへと近づけていた。間違いない、これはキスをしようと言ったのだ。

 たった僅かな期間しか共にしていない、それも僕よりも年の低いこんな少女とキスだと?

 いやいやいやいや、絶対できるわけない。というか、僕はオディギアに対してそんな感情を抱いた事などない。それなのにこんなに急に迫られても、どうしたらいいのだろう。

 跳ね飛ばせば良いのか?

 しかし、先ほどメディの誘いを断ってまで僕と寝たがっていたのだ。それはきっとこうする為で、きっと跳ね飛ばしたりなんかしたら傷付けてしまうかもしれない。

 では抱き寄せる?

 一番ない。これはどんな理由があっても絶対にできない。

 メディを起こすか?

 だが、メディの眠りを妨げるのはメモリの整理の邪魔をするということで、不具合を起こしたりしないだろうか。そもそも、忍んでこんな事をしてきたオディギアの気持ちを傷付けかねないか。

 そんなこんな考えている内に、オディギアの顔は鼻と鼻が触れ合うところまで迫っていた。その地点でオディギアの顔は静止し、その唇からは(つば)を垂らしていた。

 唾を垂らすのに違和感は感じたが、どうすれば良いか分からずに目を閉ざす。

 ────そこでふと、先輩の顔が(よぎ)った。僕の好きだった先輩、あの人が僕と少女がキスをしましたなんて聞いたらどんな顔をするだろうか。きっと堅い口調で、ドン引きしながら僕を罵るのだろう。

 嫌だ、そんなの嫌だ。

 シャングリラに戻る事は無い。いや、戻れない。だから先輩に会うことは二度と無いのだろうが、それでも僕は────あの人を忘れられない。


「ごめん! オディ────」


『バァンッッ!』


 オディギアを軽く跳ね飛ばそうとした刹那、夕方に聞いたような音が僕の声をつんざいた。同時に、身体へとかかっていた圧迫感が心地よいぐらいに無くなる。

 

「な、何────?」


 ゆっくり瞼を上げると、そこにオディギアの姿は無い。

 周囲を見ようと身体を起こす。何も敷かずに寝た事で、身体は悲鳴を上げていた。


「間一髪だったな、ソイル」


 声のした方向を見やる。すると、階段の方に立つ人影。それがカイさんであると分かった。

「間一髪って何です? オディギアは────」


 先の音、自分の身体への圧迫感が無くなった事…………そして、間一髪だったというカイさんの言葉に一瞬で悪寒が走る。嫌な予感が頭の中を埋め尽くす。


「撃った。俺がな」

「────っ!」


 撃たれたというオディギアを見やる事無く、カイさんの襟元に飛び掛かる。


「は!? なんでっ!?」

「説明していなかったな、『奴ら』について。てっきり知ってるもんかと思ってたぜ」

「説明って────そうだオディギア!」


 焦ってオディギアの方へと駆け寄るも、三歩進んだ時点で足が止まった。その後、本能が一歩、僕を後退らせる。

 僕の寝ていた場所から少し離れたところ、そこにだらしのない姿勢で横たわるオディギアが居た。

 髪は無様にも広がっていて、顔面を覆い尽くしている。そんな姿からは到底生気など感じる理由は無く、極めつけには赤色の髪を上からベタ塗るように、側頭部から溢れる赤色の液体が広がっていく。


「アンタぁっっ!」


 外していなかった防弾ベストから銃を引き抜き、カイさんへと向ける。


「寝る間も装備を外していなかった点には感心してやるがな。兎にも角にも、そのガキがそこまで進行してるんなら説明は後だ。さっさとトレーラーに移動するぞ」

「なんですかそれ……! 人撃っといてその反応!」


 まるで何事も無かったかのような態度に腹を立て怒鳴り立てる。

 しかし、カイさんはそんな僕を無視してはメディを運ぼうとしゃがんでは、背負おうとした。


メディ(こいつ)、随分と眠りが深いのか? 銃声があったのに起きやしねぇじゃねぇか」

「メディに触れるなっ!」


 オディギアを撃ったカイさんがメディへ何をしだすのか、想像できたものじゃない。

 僕は引き続き銃口をカイさんへと向けては、引き金を、発射する限界まで引き絞る。

 カイさんはそれにようやく危機を感じたのか、メディへ触れる寸前に横目でこちらを見る。


「ソイル、状況が呑み込めねぇのは分かる。だが、今お前がするべき的確な判断は自分の行動じゃなく、外の世界の人間の行動を信じることだ」

「それが、アンタがオディギアを……人を撃った事を納得する理由になるんですかっ?! そんなの間違ってる!! オディギアは────」

「バケモノだった。単純な話だ」

「……は?」


 限界が来た。脳みそが熱くなるような感覚がして、頭が沸騰するとは本当に存在する言葉なのだと思い知る。

 自分と、メディと、あそこまでフレンドリーに接してくれたオディギアがバケモノであるはずない。そう言われて良いわけがない。


「アンタ……いい加減にしろよ。それ以上……それ以上言ったら撃ち殺すぞっ!」

「あまり感情的になるな。ったく、見りゃ分かるか。そんなこんな言ってたらもう動き出しそうだしな」

「動き出すって、何が────」

 カイさんは顎を使ってオディギアを示す。


「ソ……ソイ…………シ……ヨウ……?」


 バカな。撃たれたはずのオディギアが言葉を発している。人間は頭部を撃ち抜かれたら即死するのではないのか。


「────なんで……だよ?」


 先程、倒れていた状態までは生気を感じなかった。いや違う。今もだ。

 しかしどうして、オディギアは確かに両手をついて立ち上がろうとしている。


「……っ。見かけによらず重いな、この女。ほら、ボサッとしてねぇで、さっさと行くぞ!」


 カイさんが放ったその声に、僕の身体は動く事を知らないかのように動ずる事ができなかった。


「おいッ! 聞いてんのか、ソイル! グズグズしてっとテメェもそうなるぞ!」

「オディギアちゃん……? どうしちゃったんだよ……。さっきまで一緒に寝てただろう?」

「ウダヨ……? ニ、ネテタ、ヨ」

「────ちっ……! 手を焼かせる」


 その舌打ちを最後に、カイさんの気配は消えた。きっとメディを連れて逃げ出したのだろう。

 今があり得ない状況で、逃げなければならないような状況なのも理解できる。だがしかし、未だオディギアとはコミュニケーションを取れているではないか。

 ならばまだ、救いようがあるということではないか。

 ────しかし、コミュニケーションが取れてどうするのだろう。僕は、こんな状況になってしまったオディギアに何を語りかければいいのだろう?


「と、取り敢えず……大丈夫?」

「ウ? ダイジョウブ? ダヨネ?」

「こっちから見たら大丈夫だよ。オディギアちゃん」

「……ッタ、ヤッタヤッタヤッタヤッタ。ソイル、ワ、タシ、ジョウブ!」


 足元がおぼつかないのか、ふらふらとした足取りでオディギアが僕へと距離を詰める。


「ソイ、ル? ギュ……ットシテ!」


 首をがくり下へと傾けながら無気力に歩く、オディギアの顔は髪に隠れて見えない。そのせいもあってか、不気味さを感じることを禁じ得ない。


「あ、あぁ。おいで」


 そう声をかけながら腕を広げると、同じようにオディギアは腕を広げる。


 その時だった。オディギアは腕を広げた事で、顔を覆う髪がずれ、(おもて)が露わになる。


「あぁっ……?!」


 その表情に驚き、尻もちをつく。

 側頭部と鼻からは血を流し、瞳は虚ろで目は開ききったまま。口をあんぐりと開けては、その片言を発するごとに口は閉じ切っていない。

 バチェラの最後は笑っていたとは言え、その姿が死んでしまった姿なのだと理解できた。同様に……いや、バチェラの時以上に分かりやすく、そこでようやく理解ができた。

 やはり彼女は、既に死んでいるのだ。


「ンデ? ナンデ、コワ、ガルノ? ……イル!」


 恐怖で身体が動かない。逃げようと後退っているつもりなのに、僕の身体は忍び足よりも進まない。

 恐怖に駆られ、パニックに陥った人間が動けない時に取れる行動は限られている。怯え竦むだけか、それとも……その逆か。


「ごめんっ! ごめんよぉっ!」


 気付けば僕は銃口を向けていた。先のオディギアの表情から、オディギアが人でない何かになってしまったのだと、ようやく頭で理解できたからだ。


「ソ…………イル?」


 その時の僕に躊躇いは無かった。躊躇った先の未来の事など、考える暇もなかったからだ。


『バンッ!』

『バンッ!』『バンッ!』


 三回の射撃音が一回と二回に分けられて響き渡る。当然、それらは僕の手のひらから発せられた物だ。


「……タイ。イタイ。イタイイタイイタイイタイイタイィッッッ!?!!?」


 三発中二発の弾丸は、オディギアの腹部と胸部を貫いた。そうして、発せられた金切り声には、既にオディギアの面影は無い。


「ごめんっ……ごめんよぉ!」

「……タシ、マダ……ミンナ……ト────!?」


 撃たれた事によって膝をついたオディギア。しかし、その身体には更なる異変が見え始めていた。


「アァァ……? ソイル、……タシ……ダカ、フワフワ……スル」


 彼女の全身の皮膚からは、白く、そしてウネウネと蠢く短な触手が生え始める。さながら、無数の(うじ)が皮膚から天へと身体を伸ばしているようだった。

 しかし、オディギアの身体から生えてきたそれが蛆で無い事は一瞬で理解できた。何故ならそれらは、まるで一本の太木の枝になるように、様々な身体の箇所で互いを絡ませ合い始めたからだ。

 そこでまた一つ悟った。このまま銃で攻撃し続けても、この場を凌ぐ事などできない。この、オディギアだった何かは、その程度では止まらないのだ。

 それもそうだ。今目の前にいるオディギアの皮を被った何かは、既に死んでいるはずで。もしそうでなければ、既知の存在を超えていて、そんな奴に人間の常識が通用する訳が無い。

 

「イイィィッッッ……! アァァッ……ソイルゥッ?」


 奴の発する言葉、それが人間らしく無くなってきたおかげが、ようやく頭が冷えてきた。受け止めきれない部分は、あれがオディギアの偽物という解釈にして無理矢理頭を納得させる。


「カイさんの言う通りにしときゃ良かったな……。後悔しても遅いけど……!」


 すっかりと冷え切った頭では、恐怖で動けなかった身体を動かす事など容易かった。迷い無く立ち上がって、逃げる事を選ぶ。

 しかして、背を見せて逃げると言うのは危険だろう。銃口を『偽物』に向けたまま早足で後退っていく。


「ナンデ……? ニゲナイ……デヨォッ!?」


 突如として偽物との距離が詰まる。当然、それは僕からではない。目の前の偽物が、まるで子供のような体当たりでこちらへ向かってきたのだ。


「んがっ!?」


 先のふらついた足元からは考えられない速度で迫られたもので、僕は避ける事も出来ず階段へと吹き飛ばされる。


「ケホッケホッ……! くっそ……! ケホッ!」


 とてつもない衝撃が胸に加わったせいか、はたまた舞い上がった埃のせいなのか咳が止まらなくなる。しかし、胸には喘息の時とは違う痛みを感じる。恐らくは前者が理由か。

 しかし、そんな事を気にしている場合ではない。偽物が明らかな敵意を持っていたのは確かで、すかさず偽物の位置を確認する。


「ソ、ソ、ソソ、ソ……」


 偽物は僕の立っていた地点に居た。

 そこでふと、カイさんの言っていた非常口を思い出す。


「ケホッ! ……八階だったな、確か。────ん!」


 正直、咳が辛くて起きたくもないが、無理をしてでも身体を起こす。そうして、必死こいて階段を上る。偽物が階段まで吹き飛ばしたくれたのは、不幸中の幸いだろう。


「ハッ……ハッ……! ケホッ!」


 二段飛ばしで駆け上がる階段。しかし、偽物は黙って見過ごしてはくれない。


「コワ……イヨ……! イッ……ショガ、イイィィィッ!」


 背中からは金切り声が聞こえる。

 そんな声に振り向く事無くひたすらに階段を上り続ける。


「七階! あと一階!」


 踊り場に差し掛かった地点。脱出の為の非常口は目と鼻の先だった。


「────うおっ!?」

 

 だがしかし、足首に何かが絡まるような感触が走る。すると、足元から引っ張られては、左半身に鈍い痛みが走った。


「痛っ!!」


 間髪入れず、瞬く間に僕の身体は下の階へと引きずられていく。

 触手だ。先ほどは白かった無数のウネウネが、一本に束ねられた緑色の触手となって、僕の身体を引っ張っている。

 だが、アドレナリンが分泌された頭は痛みをいつまでも引きずろうとなどはしなかった。

 反射で身体が動く。足に絡まった触手めがけて、一発。二発。三発。四発と乱射する。自分の足に銃弾が当たることを考える余裕すらないほどに。


「キィッ!」

 

 幸いにも、銃弾は僕の足には当たらずにその全弾が触手に命中した。触手は千切れ、それに悲鳴を上げる偽物。


「ケホッ! ……クッソ!」


 再び階段を駆け上がる。多少下階に引っ張られはしたものの、大した距離ではない。勢いのまま、僕は八階へと辿り着いた。

 カイさんの言う通り。そこには、このビルと向かいのビルを繋いでいたであろう連絡通路があった。しかし、その連絡通路は向かいのビル、四階へと突き刺さるように傾いており、とても不安定なように見える。


「何が非常口だよ……! こんな不安定で、安全に脱出できるから非常口じゃないのか?!」

「ワタシハネェッ!」


 後ろから声が迫る。文句なんて吐いていられる場合じゃない。

 不安定な坂道に、まるで初めて水に触れる子供のように、ゆっくりと足を伸ばす。そこから、一歩。また一歩と慎重に坂を下る。


「ドコォゥ……イル?」


 声の近さ的に偽物が八階に辿り着いたらしい。もたもたはしてられない。がしかし、連絡通路の斜面は想像よりも滑り、尚更磨り減った僕の靴では少しでも歩行に慎重さを欠けば、先の見えぬ四階まで滑り落ちていく事だろう。


「イタァ! ソイルイタァッ!」

「やばい……やばいやばいやばい!」


 連絡通路の丁度真ん中へと差し掛かった直後。偽物は僕を見つけるや否や奇声を上げ、間髪を入れずに驚異的なジャンプ力とスピードで飛び跳ねる。

 しかしそれは僕めがけてではない。連絡通路の先、四階の入り口へと立ち塞がったのだ。


「コイツ……冗談だろ!」


 コイツには知能がある。そう確信した。

 八階から、坂を下る僕へ向かって体当たりをしては、体当たりをした後に己もダメージを負いかねない。

 では、移動せずとも触手を伸ばすのはどうか?

 しかしそれでは、恐らく確実ではないのだ。重力を加味すれば分かる事だろう。対象を上から引っ張るのと下から引っ張るの、どちらが少ない力で引っ張れるのかなど、『人間』である僕らからすれば考えなくとも分かる事だろう。

 そうだ。コイツにはある程度の知能がある。それも、少なくとも『人間』に近しい知能が。ただ無作為に体当たりをしたり、触手を絡ませたりするだけではないのだ。

 そして案の定、偽物はその触手を、坂道でバランスを崩すまいと姿勢をとるのに必死な僕へ伸ばしてくる。


「あぁクソっ!」


 下る姿勢を咄嗟を変えて反対方向へ翻る。だがしかし、姿勢を変えたのも束の間、触手は僕の足へと巻き付いて、それに僕は腹這いになるように姿勢を崩す。


「うわぁぁっ!?」

「ソイルソイルソイルゥッ!」


 必死こいて何かに捕まろうとするが、連絡通路にそんな場所など存在しない。

 ならばと先と同様に身体を翻し、銃を向け、引き金を躊躇う事無く引く。

 ────が、銃からはカチカチと、弱い音が鳴っては弾丸が出ることがない。


「……弾切れだった?! こんな時に?!」


 であれば他に何が出来るだろう。

 銃を投げつけるか?

 駄目だ。恐らくは与えられるダメージの割に、武器を失うというデメリットが大き過ぎる。

 では近接戦を仕掛けるか?

 これもきっと難しい。僕は、既に足の自由を奴に奪われていると言っても過言ではない訳で。加えて奴の体には、既に束へとなった無数の触手が生えている。一本だけで僕一人を引っ張る力を持つそれに、殴り合いの喧嘩をした事も無い僕が張り合えるとは思えない。


「アァ……ア、ソイル……! イッショ二……ナロゥ?」

「あぁっ、クソクソクソっ!」


 考えている内にも、僕の身体は為す術も無く奴に引き寄せられていく。

 そうして連絡通路の終端、四階の壁へと差し掛かるそこで、僕はとうとう偽物に捕まった。


「はぁ……はぁ……ケホッ! ケホッ!」


 見上げるそこには、既にオディギアの原型を留めていていない化け物が目に映った。両目からは、手足から生える無数の触手と同じようなものが生えており、口元には粘ついたヨダレを足元まで垂らしている。

 頭の中では既に諦観という思考が巡っていた。そのせいか、ゆっくりと瞼が落ちていく。

 僕はこれからどうなるのだろう。思い返せば、カイさんは『テメェもそうなる』とか言っていたっけか。もしや、僕もこの化け物と同じようになるのだろうか。


「ギギィァ────!」

 

 僕にはもう、この化け物が何と言っているのか分からなかった。コイツは既にオディギアでは無いのだ。

 カイさんの言葉に素直に従っておけば。オディギアと過ごした中の、どこかにあったかもしれない異常を見つけられれば。僕が只者じゃなければ。幾つもの後悔が頭を過る。

 しかし……後悔していない事が一つだけあった。

 ────エクソダスをした事。

 僕の人生に、刹那でも多くの感動をくれたそれだけは、後悔の無い事だったと思う。


「あぁ……死にたくないなぁ……」


 そう呟くと、触手が足だけでなく肩を押さえ始める。

 目を閉じる中で、どう殺されるのか分からない中で、顔の前からは粘ついた水音だけが聞こえてきて────


◆ ◆ ◆


『ズドンッ!』


 そんな重々しい、まるで銃声のような音が聞こえた。

 同時に、足と肩の重さが軽くなった気がする。

 この感じ……さっきも────


「二回目だなぁっ! ソイル!」


 僕らの居たビルと連絡通路で繋がっているビル。そのどちらでも無い、こちらを見通せる別なビルからその声は聞こえた。咄嗟に目を開けると、連絡通路の壁へと偽物が打ち付けられている。それ程までに強力な銃撃なのだろう。


「ギィィィィッッ!」


 そうして、その重たい銃声は、何度も、何度何度も偽物へと向けられる。その度に、偽物の身体は抉れ削がれ、その触手を落とされていく。当然、僕の足に絡まる触手も。


「ソイルッ! 暫くソイツは動けねぇ! そのビル伝って下に来い!」

「あ、は、はい!」


 カイさんはてっきり逃げたものかと思っていた。一先ずは、その言葉に従って偽物が立ち塞いでいたビルへと移る。言葉通り、偽物は追ってこない。ビルを下るついでに空になった弾倉を交換しておくとしよう。

 そうしてようやく外に出る。偽物との戦闘になって一時間も経っていないはずだが、まるで外が久々のように感じる。


「ケホッ! ケホッ!」

「良く生き残ったじゃねぇか」

 そこにはメディを背負ったカイさんが居た。

「カイさんのおかげで……何とか、まぁ」

「一先ず、話しは後だ。奴らの再生速度は凄まじいからな。トレーラーは廃都市地帯の最東端に置いてある、そこまでダッシュで行くぞ」


 あそこまで撃たれたというのに、奴にはまだ動く余力があるというのに驚く事を禁じ得ない。


「は、はい!」


 高重量であるはずのアンドロイドを軽々と、加えて肩から前に、足から腰までの長さを持つライフルを背負うカイさんは、速度を落とす事無く早歩きで進む。

 しかし僕はと言えば、どうにも呼吸が苦しくてその足に追いつくのが精一杯だ。


「大丈夫か? ソイル」

「ケホッ! ケホッ! ……ちょっと頑張ってるかもです」


 状況を凌いだ事もあって、頭の興奮は収まりつつあって、頭は冷静さを取り戻していく。だが反面、興奮が収まった頭は先ほどに負った痛みを段々と鮮明にしていく。階段で打ち付けた左半身、体当たりを食らった胸、触手が巻き付いた足、銃を撃った反動をもろに食らった手、そんな箇所を焼ける痛みや鈍い痛みが走っている。


「キツイんなら俺が背負ってやりたいが……生憎コイツ、目を全く開けねぇんだよ」

「あんな事があって、まだ?」

「あぁ。どんだけ寝坊助なんだ、この女は?」

「さ……さぁ? 僕も出会ってから日が浅いので」


 いくらメモリの整理があるからと言って、ここまで目覚めるのが遅いものだろうか。

 それとも、僕がされかけたように、偽物に何かされたのだろうか?


「何かされたんですかね、アイツに」

「いやそれはないな。お前らが寝てからあのガキをずっと監視してたが、ガキが何かしだしたのは、お前にまたがったのが初めてだったぜ」


 メディは言っていた。

 

 『で、では私と寝たくなったらいつでも起こして下さいね。ま、待ってます……』


 そう言っていたメディが、直ぐに起きないなんて事があるだろうか?

 つまりは、メディの起きない理由は別にある可能性が高い。


「だとしたら、やっぱりただ眠りが深いだけかもしれません。ケホッ!」

「ったく。仕方がねぇな」

「僕は大丈夫ですから、そのままカノジョを運んであげてください」


 取り敢えず、メディが人ではない事を秘密にしつつ、さらりと話しを流す。

 もし可能性の一つとして考えられるとしたら…………シャングリラ側の問題だろうか。

 考えられるとすれば、シャングリラを出ても尚、アンドロイドへと影響を与えそうな要因。つまりは、シャングリラから発せられる生命信号(ライフシグナル)が途切れたとすれば、メディが目覚めないのも納得がいく。

 もしもそうだとしたら、メディはもう目覚めないのだろうか。

 正直な事を言うと、今メディが動けない状態なのは厄介なこと極まりない。きっとメディの治療速度なら、僕へ素早い応急処置を施す事など造作もない事だろうが、このままではメディも僕もカイさんの足を引っ張ったままだ。

 だが、こちら側で外部要因が発生していないという事はシャングリラで何かあったのだと考えるのが自明で……。しかしそれなら、シャングリラでアンドロイド全てが動いていないということになる。それはきっと、シャングリラにとって都合が悪いに違いない。であるならば、そのうち復旧されるのを待って今は最善を尽くすのみだ。


「ケホッ……! ……ケホッケホッ!」

「おい、ほんとに大丈夫そうか?」

「大丈夫……ですから。このまま……ケホッ! 行きましょう」


 咳を吐き出しながらの早足は、身体に無理を与えている気がしてならない。しかし、そんな無理をした努力が結実したのか、ようやく郊外の住宅街が見えてきた。


「うし、あと20分。歩けそうか?」

「20分……って、そんなかかかるんです?」

「しゃあねぇだろ、最東端なんだから」

「取り敢えず……ケホッ! 頑張ります……」


 流石のカイさんも、額に汗が流れ始めていた。メディや装備の重さに加え、この暑さだ。歩けるだけでも尊敬する。


「良く……歩けますね。ケホッ。そんな装備で、メディも抱えて」

「鍛えてるしな。それに、こんなんで音を上げてたら『ディザイア』じゃあ直ぐに死んじまうよ」

「『ディザイア』……?」

「俺らの住む『世界』、その名前だ。お偉い学説を唱える奴らは、この『世界』じゃなくて『大陸』だとか細かな事を言ってるが、んな些末な事はどうでもいいな」


 そうか。シャングリラより外に世界が広がっているのだから、それよりも外の世界というのが存在するのは当たり前で、改めて自分が小さな世界の中に過ごしていたのだと思い知らされる。


「何も知らないまま、外を旅してく事なんてできねぇんだ。しっかり覚えとけよ」

「は、はい」


 住宅街に入り、周囲には無数の廃墟が目に映る。そして、その瞬間────


「ソイルっ!」


 突然にしてカイさんから大声が上げられた。

 何事かと身体は跳ねるが、カイさんの焦りようから、奴が追いついてきたのだと予感する。

 そうしてその予感は、僕らの行く先へ先回るようにして、廃墟をその巨躯で潰しながら現実となって現れた────


『ガぁぁァァァァッッ!!』


 人の言葉を失ったそれに、もはやオディギアらしさなど微塵も残されてはいない。

 その全身は僕よりも背の低かった先の状態と異なり、家を丸ごと潰す程の巨躯へと進化を遂げていた。そして、例えるなら苔玉だろうか。見た目も、球体の下部から(ツル)を足のように生やして動かし、上部からは無数に生えた巨大な触手を蠢かせていた。


「どこまでも行っても、楽に終わってくれそうにねぇな。特に、コイツらと関わっちまった時はよ」

「……迂回しましょう」

「アイツは廃都市群からこの郊外まで追いついてきたんだから、そいつは運が良かったらできるだろうな。伝染態末期の奴らの機動力にはかないっこねぇよ」


 そうしてカイさんは優しくメディを地面に下ろす。それは、さながら諦めの姿勢にも見えた。


「じゃあどうするんです? 言っときますけど僕、諦めたくないですよ」

「あぁ……」


 為す術無し、そう思った。カイさんの発言通りなら、僕らに既に未来は無い。

 だがしかし、それでもカイさんの目は真っ直ぐで。


「そうだ、それは俺もそうだ。簡単に諦めたくはねぇ。……だからな────」


 そうして、彼はライフルを両手に持ち直して言った。


「────ここで奴を殺す」

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