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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第二章−その男との出会い−【第五話】

 数秒の間。僕の意識は、僕の知らない場所へと行っていた気がした。突如として鳴り響いた銃声に、頬を掠めた銃弾に、僕は死んだのだと錯覚したからだ。

 そうして気が戻ったのは、頬の痛みのおかげだった。尚更、傷の負った場所が、以前にもバチェラを助けに行った際に弾が掠った場所だった。その痛さはその時よりも強い。


「あっ、えっ……?」

「────ッチ」

「し、舌打ち? 人に銃を撃っといて?」

「『化け物』かと思ったらただの人間じゃねぇか。しかもそんなボロくせぇ格好……どっから来た野郎だ?」


 僕に弾丸を放った男は、屋敷のロビーを見下ろすように二階の廊下から僕に話しかける。出会ってそうそう銃を撃ったり、どっから来た野郎とか言う態度の悪さだったり。到底、初対面に向ける態度ではないのにムッと思うが。

 それ以前に、驚くべき事は存在した。


「あれ……貴方、言葉が分かるんですか?! 僕の……!」

「あぁ? それがなんだ。こっちはこっちで聞きてぇ事があんだ」

「それがなんだ……って!」


 男は銃を腰の横に納めながら、階段を下ってはソイルの下へと近寄る。


「武器も持ってない。仮に隠してたにしても、そいつを構える様子もない。そんなお前にこれ以上銃を向ける気はねぇ。が、取り敢えずはお前について教えろ。俺が言葉を理解してるのに、お前が驚く顔をする理由が分かるかも知れねぇし、そもそもなんでこんな所にお前みたいな丸腰の人間がいるのか分かるかもしれねぇしな」


 階段を下りてくる男は、パッと見て30代後半だった。ウェーブの掛かった前髪に、刈り上げた側頭部。くっきりとした輪郭の顔面と強面は、まるで犯罪を犯していそうな恐怖感を持たせる。

 加えて、屈強な肉体を思わせるガタイの良さと、防弾ベストらしき物を身に着けた風貌は、仮に戦いを挑んだとしてもその結果がどうなるのかを簡単に想起させる。

 僕は反抗せずに大人しくその男の言葉に従って、自分がどこから来たのか、誰と共に活動していたのか、ここへ来た目的が何なのかを話した。

 男も、僕の抵抗する気配の無さに警戒を解いたのか、階段の手すりに寄りかかっては真面目に聞いてくれた。


「────でもって、お前は目ぼしいものを見つけにこの館へ入ったってところか。ってか、自己紹介をしてなかったな」

「あっ、そうでした」

「カイ・ソロウ。それが俺の名前だ」

「えっと、ソイル・ペルソンです」

「やっぱり、ここより西のエリアから来たってのは本当らしいな」

「そう、ですけど……『やっぱり』って?」

「まず俺の住む都市じゃ聞いたことの無い名前だしな。加えて、自分で言うのも何なんだが……『カイ・ソロウ』って名前は、そこそこ名が知れてるんでな。さっきのお前の自己紹介が嘘だったとしても、俺の住む都市から来たのなら、俺の名前を聞いただけでたじろぎ程度はしそうなもんでよ。お前はそんな素振りを、これっぽっちも見せやしねぇ」

「……カイさんは犯罪者か何かなんですか」

「視点によるな。ある一方から見たら犯罪者かも知れねぇし、また一方から見たら正義の味方だ」

「警察、みたいな?」

「ハズレだな」

「それじゃあ────」

「正解は傭兵、だ。相応の金で雇われて、相応の結果で返す。それも、俺の場合は都市直属の傭兵だからな。そこそこ名の知れてるってのは、そういう事だ」


 傭兵というのがどんなものかは分かったが、都市直属であるのとそうでないのは何が違うのだろうか……。

 少なくとも、それが有名であるかそうでないかを分ける違いになるステータスと言うのは理解できた。


「はぁ、なるほど……。カイさんは、どうしてこの廃都市地帯に居るんですか?」

「ざっくりと言っちまえば、未踏地域の調査だな。俺の都市じゃあ、貿易だとか外との関係ってのを重視していてだな。内外の繋がりから、技術やら文明やらを発展させてくんだよ。だから、何十年かに一遍、こうして外域調査に出る訳だ」


 つまるところ、このカイという男はそれなりに発展した都市から来たのだろう。更に、都市直属という言葉があるように、その都市はそれなりに組織体系が整っているようにも思える。


「しかし気になるな。お前達の故郷、『シャングリラ』とか言ったか」

「ここから西へ真っ直ぐ、割とすぐの場所にはありますよ。間々に休憩を挟んだとはいえ、3日間歩き続ければ着ける距離には。ただ────」

「ただ、なんだよ?」

「カイさんの住む都市とは真反対で、外部との接触を毛嫌いしてるんです。僕らは、そんな都市を無理矢理抜けてきたって感じで」

「うぅむ。それじゃあ、俺の接触を快く思わないんだろうな。まぁ、それならそれで何とかするが。つーか、何でシャングリラは外との接触を嫌がるんだ?」

「それは…………生憎、生活していた僕にもさっぱり」

「なんだか、訳ありの都市っつう感じだな」


 こうして会話をして、カイさんが見た目以上に話しやすい人なのだと感じた。人は見かけによらずとは、やはり良く言ったものなのだろう。


「…………よし」


 そうしてカイさんは少し考えてから、改めて口を開いた。


「改めて確認するが。お前、東を目指して旅をしているって言ったな」

「はい」

「でもって、ほぼ丸腰の状態で出て来ちまったから、旅の足しになる物を調達しようとしていた。そうだな?」

「……はい」


 何を企んでいるのだろう。さながら取引の前置きの様な会話だが、彼から見て、僕に提示できる物など無いに等しいだろうに。


「なら、お前達に食料と水を提供する。その代わり、ここから東にある俺の住む都市、『繁栄都市パレーディア』に来てもらう。どうだ?」

「…………えっ」


 まるで願ったり叶ったりのような、ご都合主義に溢れた好条件。頷かないという手は無い程に、その条件は魅力的が過ぎた。


「そ、それは……嬉しいですけど。僕から提示できる物なんてありませんよ?」

「いいや、さっきも言ったろう? パレーディアは外交を良しとする都市だと。だから、シャングリラに関する情報を包み隠さず、零から百まで語ってくれりゃあいい」

「それなら今ここで教えますよ。連れて行ってくれる必要なんてないじゃないですか。流石に胡散臭いです」

「ここでシャングリラとやらについて教えてもらったって、シャングリラに接触する準備ができる訳じゃねぇ。それと、信用ができないってんなら…………ほらよ」


 カイさんは背負っていたバックパックから救急箱を出しては、僕の頬を治療しようとする。


「っ!」


 しかし僕は、それを拒否するように後ろへ下がった。仮に、彼の塗ろうとしている薬が毒であったらどうしようもない。


「なんだ。信用を勝ち取る為の行動も認めないってか。なら……ほらよ」


 腰に下げた、さっきのとは違う銃を、彼は僕へと投げ渡す。


「これ……は」

「ここにいる間は返さなくてもいい。そんで、俺に対して危険を感じたのなら、躊躇無く撃て。……ああそうか、換えの弾倉も必要か」


 そんな事を要求すらしていないのに、カイさんは僕へと続けざまに二つのマガジンを投げ渡す。


「こいつもあっちゃ不味いな」


 カイさんは、自分を段々と不利な立場へとしていく。弾倉の次には防弾ベストまで脱ぎ始めた。


「これでお前が俺に引き金を引いた時の俺の生存率はぐんと下がったな。なんなら、こいつを着てもいいぞ。ほら、ここまでして信用しないか?」

「うぐっ、そこまでされたら」


 彼のその行いを信じ、抵抗感を持ちながらも大人しく頬の治療を受けることにした。


「さっき渡した銃、俺を完全に信用しきるまでは返すなよ」

「嫌ですよ、こんな物騒な物……持ちたくもないです。カイさんに敵意とか悪意とか無いのは分かりましたから。お返しします」

「外は何があるか分からないんだ。出てきたばかりだからって、危機感が無ぇのはどうかしてると思うぜ?」

「だからって…………自分の大切な人の命を奪った物なんか、持ちたくもないですよ」

「確かにそれが理由なら…………で頷けるかよ。信用させておいてあれだが、お前が話していた連れさん共が、俺によって危険な目にあったらどうする? そんな自分の都合で、今度は違う物を失う事になるかもしれないんだぜ? この際、危険な目に合わせてくるのが俺でなくてもいい、だが他の危険から守ってやるには(ソイツ)があった方がいいだろう」

「でもこれって、カイさんの護身具ですよね。そんな大事な物の一つを、見ず知らずの僕に渡すなんて……僕に危機感が無いのも大概ですけど、カイさんもどうかと思いますよ」

「ソイツはあくまでも予備だしな。俺は大丈夫だし、何よりもお前には、パレーディアまで同行して欲しいのもある」

「それは、僕の連れと話し合って決めますから。まだ待ってもらわないと」


 そう僕が告げると、カイさんは頬への治療を終えた。


「となれば、ソイリ。お前の連れと合流するぞ」

「話の流れが早すぎます。せっかく何かありそうな館を見つけたのに……。あと、ソイルです」

「あー、そうだったな。悪ぃ悪ぃ、ソイル。ちなみに、この館は探索仕切ったが、もう何も残っちゃいなかったよ。相当な金の持ち主だったんだろうな、服だとかアンティークだとかを持って、街が滅びちまう前に出たんだろうよ」


 それを聞いて、とんだ肩透かしを食らった気分になった。

 結果的にまた頬を怪我してしまったが、そんな事があった上でも尚気になる屋敷内の様子を、こうもあっさり言われてしまったのだ。


「あれ、探索仕切ったって……全部? 隅から隅まで探索したんですか?」

「当たりめぇだろ。『仕切った』って言ってんだから」

「…………そうですか。……はい、じゃあ合流しに行きますか」

「何落ち込んでんだよ?」

「落ち込んでるというか。ついさっきまでこの廃都市地帯を歩き回ってて、ようやく見つけたしっかりとした建物に、何かあるんじゃないかって好奇心が湧いてたので。肩透かし食らったかなぁ……みたいな」

「そういう事か。まぁ、気にすんなよ。これから好奇心を満たすに足る事は何度だってあるだろうからよ」

「まぁはい……。そうかもしれませんね」


 一瞬、謝罪はないのかとも思ったものの、確かに両者において悪い方など居ない。

 なんなら、フォローしてくれている分だけありがたいくらいなのかもしれない。


「ほら、場所に案内しろ」


 仕切り直すように、カイさんは僕の背中を軽く押した。

 それに若干身体がよろめき、その言動から彼の言う傭兵なんてものじゃなく、やはり犯罪者なのではと頭をよぎった。


「はぁ」


 彼に聞こえない程度の溜め息をつく。二人目の外の人間に出会えたというのに、何故こんなにも喜べないのか。それはカイさんの対応がオディギアと真反対であったからなのもあるかもしれない。

 そうして館の扉を開けて、合流場所への道へと戻る。


「なぁ。さっき、同行者が二人いるって話してくれたな?」


 二人……正確には一機と一人だ。メディを一『人』扱いするのはどうにも腑に落ちなかったが、誤った認識をカイさんにさせないためには黙っておくのが得策だろう。


「はい。それがなにかしました?」

「その内の一人、シャングリラを出てから会った人間って言ったよな」

「はい」

「そいつについて詳しく教えろ。分かる範囲で、お前の偏見込みで良い。とにかく分かったこと、感じたこと、全部だ」

「え……あっ、はい。いいですけど、でも僕だって出会ってちょっとしか経ってないので、雑把な事しか分かりませんよ?」

「いいんだよ」


 オディギアについて、シャングリラから来たという僕や、名前は出していないがメディよりも興味を示しているようだった。


「赤い髪の少女で、名前はオディギアって言います。歳は明らか僕よりも歳下で、言語も僕らとは別々な物を話してます。なんだか家出してきたらしいですけど、集落の掟かなんかで話せないらしいですよ」

「……はぁ、そうか」


 カイさんは軽い溜め息を吐いた。まるで期待していた何かに裏切られたかのようなその反応は、僕の持つ情報に何かしらの希望を持っていたかのようだった。


「溜め息……。まるで、僕が話すことに期待してたかのような反応ですね」

「そうだ、そうだけどよ。観察力がある事は評価できるが、あんまり考え無しに人の図星を口に出すなよ。人によって苛立つ奴もいるだろうからな」

「別に怒らせようとした訳じゃ────でも、はい。確かにそうですね。気をつけます」


 きっと知られたくないような事なのだろう。配慮が足りていなかったと反省をする。


「ところで、よくもまぁ言語の違う奴の事をたった短期間で理解できたもんだな」

「シャングリラから一緒に来た連れも、オディギア自体も賢いので。なんだか、互いに会話を進めちゃって。僕なんて、ジェスチャーつけてもらって断片的に分かる程度なのに」

「それが普通だろうよ。俺も、未踏地域の調査で何度か現地民と話した事があるが、どいつもこいつも何を喋ってんのか理解できなかった。特に、発展した都市や、人が密集している地域から離れれば離れる程、他言語の奴らは多くなっていくしな。それを分かる奴ってのは相当頭のキレる奴だけだ」


 そんなカイさんの言葉の中で、


『発展した都市や、人の密集した地域から離れれば離れる程に他言語の奴らは多くなっていく』


 その一言が引っかかった。

 オディギアの住んでいた集落は、その集落から家出してきたオディギアがシャングリラを出て間もなくの僕らと出会った事からして、シャングリラとそこまで離れた距離にある訳では無いはずだ。

 そうなるとカイさんの言葉には当てはまらなくなってしまうが、シャングリラが外部に対し、長期的な閉鎖対応をしてきた事を鑑みれば、当てはまらないのには合点がいく。

 するとやはり疑問は浮かび上がってくる。何故シャングリラの言語が、明らかにオディギアの集落よりも離れたパレーディアから来たカイさんには伝わるのだろうか。


「それならなんで、僕の言葉がカイさんに伝わるんですか?」

「さぁな。単純理由、言語のルーツが一緒なんじゃねぇのか?」

「言語のルーツ……パレーディアやシャングリラ以外に、発展した都市ってあったりします?」

「知りたいか?」

「なんですか、急に勿体ぶるような言い方して」

「それを知りたいなら、しっかりパレーディアまで着いて来るんだな。そうしたら教えてやる」


 パレーディアへ行くに値する理由が一つ増えた────気がする。

 僕の決断がどうであれ、結局は皆で決める事だ。もしも行かなかった事になったとしても、エリュシオンを目指す道中で見つければ良いだけだ。


「兎にも角にも、皆で決めなきゃ行けない事なので。それは合流してからの話しです」

「そうとなりゃ、さっさと合流地点に向かうとしようぜ」

「そんなに焦る必要なんてないですよ。カイさん」

「迅速かつ的確な行動は未踏の地域では必須と言っても過言じゃない。それを焦りに見えたんなら、お前は今後の行動の仕方を考えたほうがいいぜ」

「…………はい」


 皮肉めいたその言い方はまるで父親のようで、反抗しそうになるのを既のところで堪える。

 そういえば、下層へ落ちる前に交わした父親との最後の会話の中でも、父はそんな言い回しをしていたか。そう考えると、メディは尚更、バチェラの言い回しもまだ優しい方だったのだろう。


「次の道、真っ直ぐ行った交差点が合流地点です」


 セミ……と言ったか。昼間とは打って変わってカナカナカナと悲しげに泣いていて、同時に空色が暗くなり始めているの感じる。

 夕日が沈む前に合流すると言ってからさほど時間は経っていないはずだったが、それでも時刻は夕方へと差し掛かっているのが分かった。

 そんな中、東方向の通路、その角から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「────やがて朝は~♪ 訪れるものだけど~♪」


 聞き覚えのある歌だ。シャングリラに住む者で、その歌はバチェラのような下層生まれ下層育ちのような人間以外は絶対に知っている有名な歌だった。


「お前の連れか? やけに良い声で歌うじゃねぇか」

「ええまぁ、そうなんですけど……」


 『アナタノタメノウタ』、確かそんな題名の子守歌だ。幼い頃、母が歌ってくれたし、保育施設でも歌わされたのを覚えている。

 悲しげなセミの声に、穏やかで美しい声で歌われるその子守歌にどこか懐かしさが過る。

 その懐かしさにふとシャングリラの方向を見てしまう。


「───夜は~♪ 貴方の為に~♪ ある~♪」

「帰りたくなったか? ソイル」

「いや……大丈夫です。ただ少し、懐かしいなぁって」


 そうしてカイさんがシャングリラの方向を見つめる僕へ話しかけた直後、角から歌声の主が現れた。


「あ、ソイルさん」


 眠ったオディギアを背中に背負い、それを起こさないよう穏やかな足取りでメディはこちらへと歩いてきていた。

 刹那、僕の横にいる人物へ目を向けては一瞬の警戒を見せるも、カイさんの雰囲気や、その人が僕と近くに居る事などからか、その警戒を解いてはゆっくりとした足並みを変えずに近付いてくる。


「アンタが────」

「シーっ」


 カイさんが話しかけようとしたところで、メディは静寂を促した。

 そうして囁き声で話しを続ける。


「自己紹介などは安全な場所でしませんか? 彼女を起こしたくもありませんし、急に寝て覚めて目の前に見知らぬ人が居たら驚くに決まっていますから」

「……はぁ、分かった」


 『迅速』な行動ができなかったからか、カイさんは若干の苛立ちを感じているように見えた。

 そうして僕らは軽く話し合った結果、安全な場所であるビル群地帯へと足を向けた。

 崩壊の危険がある事も懸念したが、動物が歩き回ったりすることを考えるとビル側の方が比較的安全という事になった。

 加えて、カイさんは何日間かここに滞在していたらしく、その仮拠点が僕らの探索したビル側にあるらしい。

 カイさんが信用に値する人間かどうか。それは僕らに渡された銃と替えの弾倉、カイさんが脱いでは渡してくれた防弾ベストという、『人間性』では無く『物』だけを頼りに信用せざるを得なかった。

 少なくともこの時、僕は彼を信頼してしまっていたわけだが────

 この後の彼の行動で、人間を容易く信じる事がどれだけ恐ろしい事なのかを、僕は知る事になるのだった。

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