第9話 スザンナ・バックランド
スザンナ・バックランドは特例だった。
戦略兵器として集められ育てられた魔法少女たちと、それを指導する管理部の面々しか行き来しないアザラク・ガードナーの組織内において、彼女は唯一どちらでもない一般人だったからだ。
組織幹部の子どもで、生まれつき体が弱い女の子。外の世界での生活が難しかったために、此処で治療を受けながら生活しているらしい。普段は車椅子が手放せない子だった。
「あらウイカ。こんにちは」
「……うん」
「今度、ドロシーが茶会でクッキーを焼いてくれるそうよ。あなたも遊びに来てね」
「気が向いたら」
ある時、廊下ですれ違ったスザンナにそんなことを言われた。
魔法少女は基本的に馴れ合わない。たとえバディであっても、獣魔から得られる魔力を奪い合う以上はライバル同士。
けれど魔法少女ではないスザンナは、施設内で誰との軋轢もなく接することができる。そのため、色々な子の遊び相手になっていた。
娯楽のないアザラクの施設にいる中で、スザンナの存在が多くの子にとって癒しになるのは必然だったのかもしれない。
特に、ドロシーとは懇意にしていたようだ。
ドロシーは魔法少女になったのが他の子より遅い。大抵の場合は物心つく前に組織の手で回収された孤児だが、彼女は小学生になるまで外の世界で生活を送っていたと聞く。
だからこそ、一般人であるスザンナの気持ちが一番理解できたのかもしれない。
元々ドロシーの個人的趣味だった紅茶は、いつしかスザンナと共通の話題になっていた。魔法少女は扉を通じて世界中に飛べるので、色々な国で珍しい茶葉を買っては、茶会を開いて楽しんでいたらしい。
ドロシーと同室であるメアリも巻き込まれ、気がつけばスザンナが声を掛けた他の魔法少女も、暇な時に茶会へ参加していたようだ。
……だけど私は、そこへ参加する気にはなれなかった。
情が湧けば、自分や他の魔法少女の命が惜しくなる。スザンナと一緒にいたいと思えば、戦闘時に咄嗟の判断を誤る。それはアザラクの兵器である私たちにとって致命的な欠陥だ。
だから私は、彼女をなるべく遠ざけていた。
しかし、そんなある日。
「スザンナの手術が決まった」
「手術?」
「そうだ」
突然ジェラルド司令に呼び出され、私は司令部でこう告げられた。
スザンナの病気は進行していて、余命幾ばくかという状況だったらしい。今後、寝たきりで安静にして余生を過ごすか、劇薬を用いて残りの寿命を使うかの二択が彼女に迫られた。
劇薬――獣魔の遺伝子だ。
「スザンナを魔法少女にするの?」
「本人の希望だ。戦闘員になれば、寿命は削るが足も自由に動くようになる。あの子は残りを長らえることより、自由を選んだ」
彼女に対するジェラルド司令の淡々とした言葉に、少しだけ複雑な気持ちを覚えた。
外の世界には詳しくないが、たぶんあの子には戦闘員になるよりも幸せなことがあったはずだ。それを投げうってまでこの世界に踏み入ることが良いことなのか、私には分からない。
「そこでだ。比較的安全な日本に彼女を置く。ウイカ、君のバディを変更するために呼んだ」
「……構わない」
呼び出された理由に合点がいった。
二年前から私と相棒が配属されている日本は、とても平和だ。獣魔の出現数も他国に比べてかなり少なく、正直に言うと暇を持て余している。
新人の叩き台としても、余生を過ごすという意味でも、これほど適した場所は無いだろう。
魔法少女は戦うのが目的。編成変更に伴って異動を告げられた当時の相棒は、敵の多い場所に転属となってむしろ喜んでいたぐらいだ。
そうして、意識して遠ざけていたスザンナは私の新しい相棒になった。
「すごいわウイカ、本当に自由に動けるの! これが獣魔の遺伝子なのね」
同室となったスザンナは、車椅子から解放されて本当に楽しそうだった。足をバタバタさせて跳ね回り、素直すぎる笑顔を振りまいている。
その光景がやけに眩しく、私は口を尖らせた。
「遊びじゃない」
「もちろん分かっているわ。これからは先輩として、ご指導お願いします」
スザンナがペコりと頭を下げる。
そうは言うが、彼女は寿命の短い元病弱少女。残りの時間を思えば、鍛え上げるよりも適度にサポートさせる方が良いだろう。
彼女の教育はこちらに一任されていた。私は彼女に基本的な訓練を受けさせつつ、補助魔法や防御魔法の習得特化を進めていく。前線で戦うのではなく、自分の身を守りながらサポートをさせようという考えだった。
スザンナの育成は進んだが、元々体の弱かった彼女には基礎的な体力が無く、肉体の使い方自体が危うい。攻撃面では戦力になりそうもなかったので、私の判断はおおむね正しかったと言えるだろう。
「中々難しいわね」
「うん。防御魔法は全面展開すると魔力を消費しすぎる。相手の攻撃を見て、その場に一瞬だけ壁を作って弾く。やってみて」
「ええ。すぐにマスターしてみせるわ」
彼女は健気だった。
これまで友達として接してきた多くの魔法少女と同じステージに立てたことを心から喜んでいたし、自分がみんなを守ってやるんだと意気込む。
呑み込みの早い方ではなかったが、それでも必死に食らいつこうとする姿勢は見習うところがあると思った。
「ねえウイカ」
「何?」
訓練を繰り返す中で、彼女がにこやかに話しかけてくる。
「今度、ドロシーがケーキを作ってくれるって。一緒にどう?」
「気が向いたら」
またしても誘われてしまった。
今回もはぐらかそうとしたが、スザンナは強く主張してくる。
「せっかく相棒になったんだし、たまにはみんなで積もる話でもしましょうよ」
積もる話とは。
私たちはアザラクの中で暮らし、出現した獣魔を倒すだけの生活をしている。思い出が増えることもないし、談笑するようなエピソードは持っていない。
そういえば、そんな中でスザンナとドロシーはどんな会話をしているのだろう。他の魔法少女も、茶会に参加して何をしているのか。
「……じゃあ、行く」
「ホント!? 嬉しいわ、ウイカ!」
なんとなく興味本位で頷いてしまった。スザンナが大喜びで私の手を取り、キャッキャと跳ねている。
私は、自分の心持ちが少し揺らいでいるのを感じた。これは多分、魔法少女として従じていくためにはよくない。危惧していた変化だ。
けれど、相棒となったスザンナを無下にするのも憚られた。それぐらい彼女は眩しく、太陽のような存在だったから。
「スザンナ」
「なぁに? ウイカ」
「……なんでもない」
全力の笑顔で接してくるスザンナに何かを聞こうとして、私は何も言い出せずに黙ってしまう。
彼女に何を聞こうとしたのだろう。自分でも分からなかった。
スザンナは生い先短い。魔法少女になる前から病気で寿命は尽きかけていて、私の相棒として戦っていられるのも時間の問題だ。
だから、なるべく距離を開けておこうと思ったのに。
――私は、判断を誤ったのだ。




