第1話 夏休み前
期末テストも落ち着いて、一学期にも終わりが見えてきた。
ウイカが転校してきてから既にひと月以上。真凛や幸平とも仲良くなり、村瀬さんたちとの親交も続いている。彼女は完全にクラスへ溶け込んでいた。
細かな部分で戸惑うこともまだまだ多いみたいだが、周りの人間もウイカに親切にしてくれるので、なんとかやれている。校内にいる間は俺以外といる時間も随分と増えたように思う。
「おーい、イサトー! ウイカちゃーん!」
今日はというと、真凛から提案されて買い物に出掛ける手筈になっている。待ち合わせ場所に向かうと、人混みの向こうから安原真凛の明るい声が聞こえてきた。
大きく手を振る彼女と、その隣で柔和な笑みを浮かべている佐武幸平。
俺たちも連れ立って二人に合流した。
「やあ、イサト。ウイカさんも」
「おう、待たせたな」
「うん」
軽く挨拶を済ませると、真凛が待ちきれない様子で話し出す。
「ね、ウイカちゃん! はやく行こう!」
「待て待て。まず、今日の目的はなんだ?」
買いたいものがあるからついてこい、という真凛の一方的な提案に乗っただけで、これから何をするのかはまったく聞いていない。
ウイカは主体性なく流されているが、俺は要件ぐらい聞いておきたい気分だった。
すると、真凛より先に幸平が口を開く。
「言い忘れてた。イサトとウイカさんは、夏休みに予定あるかい?」
「え? そういや特にないな。毎年お盆に爺さん家に行くから、それぐらいか」
「ない」
俺とウイカの返事を聞いて、幸平は頷く。
「僕の親戚が、別荘を貸してくれるって言い出したんだ」
「別荘?」
これまた、いきなり規模のデカい話だ。幸平の家は結構大きいと思っていたが、別荘持ちの親戚まで出てくるとは。実は結構なお坊ちゃんなのかもしれない。
とりあえず話の流れは分かった。つまりその別荘に遊びに行かないかというお誘いだな。
「せっかくなら、みんなと旅行したくてね」
「都合が合うなら別に構わないけど……。それで買い物?」
今日の目的とイマイチ繋がらず俺が疑問を投げかけると、今度は横から真凛がニュッと顔を出してきた。
「その別荘、近くに綺麗な川があるんだって! 泳ぎたくない?」
「おお。たしかに良さそうだ」
夏の川でひと泳ぎ。近くでバーベキューなんて出来た日には最高の思い出になるだろう。
ん? ということは、川で真凛やウイカの水着を拝むことになるのだろうか。
「イサト。私、泳ぐのは……」
隣でウイカが不安そうに呟く。
そう言われて思い出した。彼女は戦闘の傷が体に残っていることから肌を出せず、学校の水泳授業も見学したと以前に聞いている。
前にそのことを教えてくれた真凛も、事情は知っているはずだが。
「その川、ほとんど貸し切り状態らしいの。ウイカちゃん、あたしたちしかいないんだけど、水着は嫌かな?」
「人の目がないところで、僕らだけならどうかって真凛は言うんだけど。気乗りしないなら、泳ぎ以外の遊びも沢山あるから、考えて欲しいな」
真凛と幸平が互いにそう言う。
ウイカはその提案に困っているようだ。傷の状態は前に見せてもらったが、たしかに直視するのは結構痛ましい。二人がどういう反応をするのか、当人が心配になる気持ちもわかる。
それでも、ここまでの期間で彼女は真凛たちを信用している。熟考の後、こくりと首を縦に振った。
「うん。泳いでみたい」
「やった! イサトも感謝しなさいよ、ウイカちゃんの水着が見れることに」
「なんだそれ」
そりゃあ、はっきり言って女子の水着を見れるのは嬉しい。そこを俺は否定しない。
だが、この件でお礼を言う相手は真凛ではなく、別荘に誘ってくれた幸平だろう。ナイスだ幸平、よくやった。褒めて遣わす。
何故か自分の手柄として語る真凛に抗議の目を向けてみるが、彼女は華麗にスルーしてウイカの両肩を掴むと、ぐいぐい押しながら歩き出した。
「さあさあウイカちゃん! さっそく水着を選びにいこー!」
「え、うん」
先走りながら進んでいく二人に続いて、俺と幸平もゆっくり後を追う。
〇 〇 〇
そこから物凄い勢いで、真凛によるウイカ一人ファッションショーが始まった。
売り場の水着を手にしては、共に更衣室に飛び込んでいき、中で「やーん、可愛いー!」だとか「凄い似合うー!」と唸っている。一度もカーテンを開いてくれないので、我々男性陣はその姿を見ることも叶わず、暇を持て余す他なかった。
仕方ないので適当に男物の水着を見て回っていると、隣で幸平が話し出す。
「そういえば、イサトとウイカさんがどうやって仲直りしたか、聞いてなかったね」
仲直りというと……二週間前の話か。
あの時、俺がアザラクに入るか否かでウイカと一度距離をとった。
クラスメイトは当然事情を知らないので、突然会話しなくなった俺たちを喧嘩だと見ていたし、それは幸平や真凛も同じだ。その上、こいつからは「勉強が学生の本分だ」「それでも彼女を放っておけないなら、そっちがイサトの本分だ」などと、アドバイスになっているのか怪しい助言をいただいた。
結果として、あの言葉を受けて俺は意識を変えることになったし、それについては感謝もしている。
「なんというか、上手く折衷案をとれた感じになった。ちょっと俺のワガママは聞いてもらったけど」
「そっか。まとまったならよかった」
「深く詮索してこないところ、本当に感謝してる」
気にしてくれているのに、踏み込んではこない。幸平は心底良いやつだなと思う。
真凛も含めて、いつかウイカの事情について真実を話したい気持ちはあった。巻き込みたくはないが、この二人に嘘をついたままなのは寝覚めが悪い。
すると幸平は、悪戯を思いついた子どものような顔で口を開いた。
「真凛は純粋だから、君たちが親戚であることをまだ疑ってないと思うけど」
「お、おう」
「うちのクラス全体で言うなら、そろそろ限界だと思うけどなあ」
突然俺のヘタクソな言い訳に言及され、顔が強張る。
ウイカは母方の遠い親戚である、というのが表向きの俺たちの関係だ。だが、絶えず彼女の世話を焼くところや、ウイカも俺から離れず一緒に行動しているところを見せ続けていれば、その関係性については疑問も生じるだろう。
最初に面と向かってそれを指摘してきたのが幸平だ。彼は特別鋭い方だと思うが、そうでなくても周囲から怪しまれるのは時間の問題である。
「……やっぱ、怪しい?」
「まあね。特に、時折イサトから溢れてる熱のこもった視線がさ」
「はあ!? んなもん出てないだろ!」
何をワケの分からんことを。
俺はウイカを守りたい。彼女の過酷な生き方を知って、それを助ける力が俺にあるのだと知った今、そうしたいと思うのは自然な感情だ。
これは決して恋愛ではない、あえていうなら慈愛だ。いつくしむ心。
クククッと喉を鳴らして、幸平は口元を抑える。
「イサトは、自分にも嘘をついてるのかい?」
「お前、なんか勘違いしてるぞ!」
「ククッ。そうだね、勘違いだ」
全然理解していない反応に、釈然としないものを覚える。
しかし、さらに反論しようかというところでウイカと真凛がこちらに戻ってきた。手には既にこの店の袋がぶら下げられている。
「おまたせー。二人とも、当日は期待して待ってなさいね!」
「楽しみだね。真凛のお墨付きなら、さぞ可愛いんだろうなあ」
ホクホク顔の真凛に、幸平が用意していたような感想を言う。
着る側ではなく、コーディネートした側が自信満々だ。真凛は胸を張って答える。
「任せなさい、任せなさい! この原石を磨き上げるのが、今回の最優先事項だわ」
「……真凛さん、ちょっと強引」
よく見ると、ウイカが少しだけ上気している気がする。無表情なのは変わらないが、なんというか恥ずかしがっているような……。
そんなウイカの態度に、真凛はさらに口角を上げた。
「ホンットーに可愛いんだから!」
なんか、暴走している気がする。大丈夫かこいつ。




