第2話 フォーマンセル
俺の忙しい日々は続く。
期末テストが終わった学校は既に一学期の消化試合に入っているのだが、それでも平日の出席はサボれない。学業こそが本分とは幸平の言葉だ。
その合間に、アザラクの施設でドロシーさんから特訓を受ける。放課後に出向くこともあるが、基本的には土日に丸一日かけて鍛えあげられるのが日課となっていた。これが中々に辛い。
そして。
当然ながら、俺が一人前になるのを敵が待ってくれるはずもなく。
「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――地獄の業火!」
ウイカの炎が、眼前の敵を焦がす。本日は実戦だ。
座学でこれまでに学んだことを要約すると、アザラクでは世界の魔力係数を常に測定しているという。獣魔が空間を歪めてスペルフィールドに抜け出してくる際に魔力の歪みが起き、それを検知することで出現場所を割り出せるのだそうだ。
正直、どんな仕組みなのかはさっぱり分かっていない。だが、事前に出現が分かるならこちらも余裕を持って挑むことができる。
今日の相手は、パッと見だと牡牛かカバのようだった。ただし、実際のそれとはまるで体格が違う。こちらを見下げてくる巨体に俺はビビッていたが、既に臨戦態勢に入っている他の魔法少女たちと、見た目について談笑する余裕はない。
燃えた敵の体を、今度はメアリさんの水流が呑み込んでいく。
「――泡沫乱撃」
力強い水圧に弾き飛ばされる巨大牛。その見た目に似つかわしくない、鋭い牙を露わにしながら唸り声をあげる。
敵が睨みを利かせてこちらへ向き直った。その姿を忌々し気に見つめ、メアリさんが語気を強める。
「ウイカ、威力をセーブしてるでしょ。半端なことするなら邪魔しないで」
相変わらず口が悪い。最初に会った時は口下手な人だと思ったのだが、どうもコミュニケーション自体に齟齬がありそうだ。
対するウイカは素っ気ない対応。いつも通りとも言えるが、その淡々とした口調がメアリさんの神経を逆撫でしているようにも思える。
「相手は弱い。全力を出す方が無策」
「お強いウイカ嬢はそうでしょうけど。こっちはいい迷惑」
「第一、私の魔法が鎮火する。水で攻撃しない方がいい」
「じゃあウイカが下がって頂戴。手助けなんていらないんだから」
売り言葉に買い言葉。一触即発の雰囲気だ。
今日に至るまで、俺たち四人での実戦は既に何度か経験しているのだが、いつもこの調子で先が思いやられる。
実際、炎の魔法を中心に技を組み立てるウイカと、水魔法の強いメアリさんの相性は、素人目に見ても悪い。性格だけでなく、魔法の噛み合わせもよくないというのは致命的だ。
言い争う姿を呆然と見ていると、大きな溜め息と共にドロシーさんが二人の頭を小突いた。
「メアちゃんもウーちゃんも、そういう話は後にして! センティコアを倒したら好きにしていいから!」
叱られた二人はばつが悪そうに攻撃を構え直す。
目の前の牛はセンティコアと言うらしい。ウイカの言葉から想像するにそれほど強い敵ではないようだが、このチームワークでどうにかなるのか。……不安である。
ともかく、きちんと戦う態勢になった三人を見て、俺も出来得る限り交戦の姿勢を見せる。前線を張ってくれるのは三人を見つつ、後方支援的な立場で現場の空気を味わうのが俺の役割だ。
「来るよ!」
ドロシーさんの声と共に、一同が散開する。センティコアは散り散りになった標的を捕らえることができず、道を突き抜けて対面のビルに激突。
なるほど、こうして動きを見ても単調な物理攻撃が多い敵だ。それほど厄介ではないのがなんとなく分かる。
「鋭き一閃で邪の者に裁きを下せ。――炎撃の斬爪!」
両手に炎の爪を生み出したウイカが突撃。駆け出すと同時に加速の魔法がかかり、目にも留まらない勢いでセンティコアを引き裂く。
それだけでもかなりのダメージだったようで、敵は絶叫と共に地面をのたうち回った。
続けて、ドロシーさんが動く。
「良い子だから暴れないでねー。拘束魔法発動!」
魔法の力で敵周辺の地面が歪んだ。石柱が大地から飛び出し、センティコアの四肢を捕まえるように絡みついていく。
相手をその場に固定した土石は、再びがっちりと固まって身動きを完全に封じてしまった。
「はい、メアちゃんどーぞ」
「お膳立てとかいいのに。――水蛇噛砕」
メアリさんの生み出した水の大蛇が、長い首を伸ばしてセンティコアを噛み砕く。懸命にあがこうとするが、その動きはドロシーさんの土拘束が抑え込んでいる。
なんだかんだで、個々が強いので全然苦戦しないんだな。
出番なく様子を眺めていた俺の背中を、近づいてきたドロシーさんがポンッと押し出す。
「え?」
「ほら、トドメぐらい手ぇ貸しなー? あたしたちの魔力消費を抑えてくれるんでしょ」
「あ、はい!」
言われて、俺はじっくりと魔法をイメージする。といっても特別な技が必要なわけではなく、最後の介錯を任されただけだ。
単純な雷撃をズバッと撃ち出して、センティコアを貫く。
メアリさんの水魔法で全身が濡れていた敵は、よく通るようになった電流に焼き尽くされながら、あっという間に絶命した。
相手の体が勢いよく弾け、光の粒子になって飛び散る。その光を三人の魔法少女が全身で受け止めていた。これで魔力の補給は完了、一件落着。
今回は誰も怪我することなく、極めて安全に終わった。
……のだが。
「メアリ。魔力のコントロールが出来てない」
「全力でやってるだけ。ウイカこそ、手を抜いて負けたら意味ないんだから」
「負けない。負ける要素がない」
「……あのね、ウイカ!」
センティコアを倒したら好きにしていいから、とドロシーさんに静止されていた二人が、本当に戦闘直後から喧嘩を再開している。
バトルが終わったからか、今度はドロシーさんも止めることなく静観する心持ちのようだ。
放っておいていいんだろうか。
「私は長く魔法少女として戦いたい。適度な力でやるのは当たり前」
ウイカの主張は分かる。特に彼女は、俺や学校での暮らしができてから自分の命をセーブするために策を講じるようになった。
しかし、以前の彼女がそうだったように、他の魔法少女は戦うことがすべて。そこで力を温存するなんて以ての外という考え方のようだ。
これも価値観の違いか……。
そう思っていたら、メアリさんが苛立った様子で声を荒げた。
「あなたがそんな態度で挑むから、仲間を見殺しにするのよ!」
そう言った途端、空気が静まり返った。
仲間を見殺し? 何のことだ?
内容については一切分からないが、それがウイカにとって口にしてはいけない話だったことは、雰囲気からすぐに察せられた。
言い返すこともしなくなり、ウイカはただ俯くだけ。
そしてメアリさんも、そんなウイカの反応を見て口をつぐんだ。禁句であることは承知の上だったのかもしれない。
「あちゃー。やっちゃったか」
ドロシーさんが頭を抱えている。
「あの、ドロシーさん。この話って?」
「……だーめ。あたしの口からは言えない。知りたいなら、ウーちゃんが話してくれるのを待ってなさい」
事情は知っているようだが、ドロシーさんからも話してくれないのか。
仲間の死と聞いて一つ頭によぎるのは、魔法少女のバディというシステム。
本来、魔法少女はドロシーさんとメアリさんのように二人一組で作戦に当たる。
そしてウイカにも、過去には相棒がいたらしい。その相棒は戦死したとジェラルド司令から聞かされたことがあった。日本は獣魔の出現率が低かったため、その後もウイカは一人で任務を続行していたという。
この話は、ウイカの元相棒のことなのだろうか。
詳しく聞くのも野暮かもしれないが、どんな人だったのかは興味がある。いずれ知ることができればいいのだが。
「ほーら、みんな。任務は終わったんだし、帰るよー」
ひりついた空気を吹き飛ばすように号令をかけるドロシーさん。
すっかり元気のなくなったウイカやメアリさんと共に、俺たちはゲートをくぐって施設に戻った。




