幕間(21-22) ドロシーとメアリ
「……ん。行った?」
ガチャリ、と扉を開けて顔を出したメアちゃんに、あたしはニコりと微笑みかける。
「おー、メアちゃん。バッチリ聞いてた?」
「まあね。……ドロシー、お節介すぎ」
「あはは。やっぱり?」
ムスッとした顔であたしを窘めるメアちゃん。たぶんあたしがしたアドバイスを快く思っていないんだろう。
お節介、か。
それはそのとおりかもしれない。
あの荒城勇人という少年は、たぶんあたしの言葉なんて無くとも結論を出せる子だ。ウーちゃんのことを本当に大切だと思っている。そうでなければ、こんなところまでわざわざついてくるはずがない。
それでも。
万が一を思うと、一言伝えたかったのだ。
ウーちゃんは不器用な子だが、この部隊では随一の実力者だ。真面目で、戦うことが生き甲斐だと信じている。他の生き方があるなんて考えてないだろうし、求めてもいないだろう。
でも、それだけでは壊れてしまう。あの子の、《《前の相方》》のように。
そんなことを考えていると、メアちゃんは不満そうに言った。
「でもあの子、どうすんだろ。ウイカは関わるなって言ったんでしょ」
少年のことを心配しているのか、それとも言葉を額面通り受け取って、きっぱり組織から離れて欲しいのか。どちらかは分からないが、メアちゃんには思うところがあるらしい。
が、その疑問は随分と的外れだ。思わず笑ってしまう。
「えー? 分かんないかあ。メアちゃんもまだまだお子ちゃまだねえー」
「子ども扱いすんな」
言いながら、彼女の髪の毛をわしゃわしゃと乱す。癖っ毛のメアちゃんは、撫でまわすとクシャクシャになって大層可愛い。
まだまだこのお子様には、男女の機微は理解できないか。
この子も外の世界を知れば、もっと丸くなる気がするんだけれどなー。
あたしたち魔法少女は、任務以外でほとんど外に出ない。一見すると軟禁されているように見えるかもしれないが、外出許可を得れば買い物にも行けるし、不便を感じたことはない。
けれど、そもそも外の世界を知らずに育った多くの子たちは、外に出たいという欲求そのものを持っていない。
メアちゃんも、そんな子の一人だ。
でも、そんな中でウーちゃんは変わった。変わるチャンスを得た。
今の任務に就いてから、まだひと月にも満たない期間なのに、傍から見ていて随分と明るくなったように思う。
……素が無表情なので、分かりづらいかもしれないけれど。
「ねえ、メアちゃん」
「何?」
頭を守るように手で抑え、ぼさぼさの髪に手を当てながら、あたしから距離をとって口を尖らせているメアちゃん。
ああ。本当に可愛いなー、この子は。
「ウーちゃんと一緒に日本担当になったら、どっか行きたいとこ、ある?」
あたしが聞くと、メアちゃんは虚を突かれたようにキョトンとした顔でこちらを見る。
やっぱり、外で何かしてみたいなんて考えもしなかったんだろう。
少し間があって、宙を泳いだ視線がもう一度あたしの方に戻ってきた。
「……ない」
「うわー。つれない返事ぃー」
「第一、日本なんて知らないし」
そう答えると、メアちゃんは少しだけ抗議の表情を見せる。
「ドロシーこそ。そんなこと言って、ウイカと出掛ける気なんかないでしょ」
「えっ」
言われて、あたしは一瞬言葉に詰まった。
ウイカと出掛ける、か。
メアちゃんはどう思っているか分からないが、あたしは過去を清算したつもりだ。《《あの件》》は彼女のせいではないし、あたしが責めていい立場でないことも重々承知している。
だから、同じ日本担当の仲間になるならば、仲良くするつもりだ。癖の強いウーちゃんとメアちゃんの間を取り持って一丸となるには、一番お姉さんであるあたしがしっかりしなくてはならない。
……のだが、どうにもうまく返事ができない。結局、割り切れていないのかもしれない。
「はぁー……。あたしもまだ子どもだなぁ」
「うんうん。ドロシーはまだまだお子さまだね」
「お? なにをぅ!」
あたしの言葉をそのまま意趣返ししてきたメアちゃんに再びガバッと重なって、抵抗する頭を抑え込んでもう一度撫でてあげる。
嫌がっているように見えるが、メアちゃんは甘えん坊で、本当は誰よりもひと肌を恋しがっていることを、あたしは知っている。
「やーめーろー!」
「ふふん、やめないよー」
口では抵抗するが、強く引き剥がそうとはしないメアちゃん。あたしは嬉しくなって、彼女の小さな体をギュッと抱きしめた。
離しちゃいけない。今度こそ。
「……ドロシー」
「なあに」
「痛い」
言われて、あたしは自分の腕に想像以上の力が入っていたことに気づく。抱きしめたというより、これでは羽交い絞めだ。
「ああ、ごめんごめーん」
結局のところ。メアちゃんだけではなく、あたしも。もっと言えば他の魔法少女たちも、寂しいのだ。
魔法少女には本来、バディと二人一組で戦う決まりがある。魔法の相性なども考慮して、より戦略的に戦えるような相棒と組まされるのが定石だ。
けれどジェラルド司令に直接聞いたわけではないが、このシステムの本質は心の状態維持ではないかとあたしは思っている。
身寄りのない者たちが集まって戦っている以上、あたしたちは人間関係の構築にどうしても欠陥がある。トラウマを抱えた幼い少女たちには、心を絆すだけの仲間が必要なのだ。
でも、ウーちゃんには今、相棒がいない。
彼女の寂しさを誰かが埋めることはできない。
「メアちゃん。もう一回、ぎゅーってしていい?」
「はあ。本当に、ドロシーはまだまだお子さまだね」
「……うん」
考えながら、人恋しさにメアちゃんを捕まえる。
あたしは伝わってくる彼女の体温を大事に感じながら、ウーちゃんとあの少年も、良好な関係に戻ればいいなと思った。




