エピローグ 変わらない日々
「……全然分からん」
「見せて。……うん、これはこの公式を当てはめるの」
期末試験が間近に迫り、部活動も各自休みになっている。試験勉強に集中する期間を学校全体で取っている形だ。
真凛や幸平も自由な時間が増えたので、俺とウイカを含めた四人は試験勉強に励んでいた。学生の本分というやつだな。
ちなみに此処は幸平の家。
中学時代にあった騒動は後々彼の両親も知るところとなり、それから俺と真凛は大変感謝された。以降こうして何かあるたびにお邪魔させてもらい、大変良くしてもらっている。
今日はウイカが初めて来訪させてもらったが、共通の友達としてこちらも歓迎された。
幸平の部屋で俺たちはテーブルに向かい、こうして教科書やノートに向き合いながら云々唸っている。
……というのは半分嘘。唸っているのは主に俺だ。
「なーんで、転校生で外国人のウイカちゃんがイサトより勉強できてるのよ」
真凛が口を酸っぱくして言う。
俺は正直勉強が得意ではない。幸平からはやれば出来そうだと評されたこともあるが、そのやればというのが難しい。
だから集まって試験勉強をすると、大抵は秀才な二人が俺に教える会になってしまう。ここまではいつもの事だった。
だがしかし、ウイカまで勉強できる側だとは思わなかった。だって海外の人だし。なんなら現実の常識が欠けている魔法少女部隊の人なのに。
俺は今、隣で端的にアドバイスをくれるウイカに萎縮しながら数学の解き方を教わっている。
「というか、ウイカさん凄いね。地頭がいいのかな」
「転校する前、日本の高校一年生が受けているカリキュラムの基礎は学んだ。予習の賜物」
「どっちにしても凄いことだぞ、それ」
事前の学習ですべて頭に入っているというのは充分すぎるほどの才能である。それこそ地頭が良くないとそうはいかないだろう。
よく考えたら、ドロシーさんやメアリさんだって日本配属になるという話を受けてから学んだだけで流暢に話せていたのだ。ウイカも含め、魔法少女というのはみんな賢いのかもしれない。
……あれ? ウイカって、俺に会った翌日に転校してきたよな? 事前に基礎を学んだって、いつ?
まさかこれも、魔法の力で知力をブーストしていたりするのだろうか。
そんなことを考えながらウイカの方を見ると、彼女は少しだけ表情を動かす。
「イサト、失礼なこと考えてる。勉強は努力次第」
「あ、はい。すみません」
全部見抜かれていた。
たしかに学力をチートしているかもなんて、実際に勉強した人に向けて考えるのは失礼だ。反省。
「……なんか。一層仲良くなってるわね、二人」
不意に、真凛が呟く。
その視線が俺たちに向いていることに気づき、俺とウイカは顔を見合わせた。
様子を見ていた幸平がクスクスと笑う。
「仲良きことは美しき、だね。イサト」
「お前なあ」
こいつには以前、ウイカのことが好きなんだろうと揶揄われた。その時は好きが恋愛とは限らないみたいなことを言ってはぐらかされたが、間違いなく幸平は俺の感情を誤解している。
幸平は基本察しが良い。俺たちが本当の親戚でないことも見抜いているようだったが、その上で深くは追及しないと断言してくれた。
でもだからこそ、俺たちのことをただならぬ関係だと解釈しているのではないか。察しとは邪推ではないと理解してほしい。
そして、真凛も真凛だ。
「まあ、あたしとしても。二人が仲直りしてくれてよかったけど」
「だから、あれは喧嘩じゃないというか……」
真凛は俺たちの親戚設定をまだ信じている、はず。たぶん。
それでも俺たちの親密度には色々と疑問を持っていると思われる。命を懸けたバディだなんて言っても意味が分からないだろうし、そこは仕方ない。
しかし真凛の場合は、俺との仲もそうだがウイカへの友情もあって疑いの目は止まないようだ。
「いい? 仲良くてもいいけど……一線は越えちゃ駄目よ」
「どんなアドバイスだ! 越えねぇよ!」
「? 一線って何?」
「やめろやめろ! 疑問を抱くな!」
下世話な詮索によってウイカに新しい知識がつきそうになるのを、俺は全力で阻止する。
それを楽しそうにケラケラと笑って見ている幸平。お前も止めろ。
俺が無言で訴える視線を向けていたら、幸平はパンッと手を叩いて全員の視線を集めさせた。
「よし。明らかに集中力も落ちてきたし、一旦休憩しよう。こういう時は糖分を摂るのが一番」
「糖分。甘いもの?」
言いながら、じんわりと目を輝かせるウイカ。中々現金な奴だ。
だがここで休憩は賛成。勉強が出来ないのは自分のせいだが、三人の先生と一人の生徒と化している現状に俺は結構落ち込んでいる。ここまで悲しい対比になるとは思わなかった。
一度お菓子でも食べて傷を癒そう。そうしよう。
「じゃ、取ってくるよ。たぶんバウムクーヘンがあるかな」
「ばうむ……どんな食べ物?」
「ウイカちゃん、食べたことないの? 美味しいわよー」
「美味しい? 食べたい」
すっかりウイカの餌付け担当になっている真凛を見て苦笑しつつ、幸平が部屋から出ていくのを見送る俺たち。
ここで手伝うよと一緒に出ていくのが気遣いというものだが、もはや俺たちの間にそんな遠慮や配慮はない。それぐらい水入らずだと受け取ってほしい。
そう。
そんな関係の中にウイカもいて、もはやそれが当たり前になっている。
真凛がいて幸平がいて、そこにウイカもいる。これが俺の普通。何も変わらない当たり前の日々。
ここまで色々あったが、ウイカが俺たちの日常に溶け込んでいるのが何より嬉しかった。
「休憩なら、あたしもトイレー」
「一々言わんでいいから、行ってこい」
真凛も立ち上がり、部屋から出ていく。あれでも淑女なのだから恥じらいを持って欲しいが、これもそれだけ気を許した関係ということで納得する。
ウイカが、緩やかに微笑む。
「試験勉強も、楽しい」
「おう、良かったな。……俺はなんか複雑だけど」
友達をわいわいやることにウイカは喜びを見出しているようだが、それも含めて俺の出来なさが際立って一層悲しくなってきた。
とはいえ、彼女が純粋に楽しんでくれているならそれが一番だけれど。
「これが、生きたいってことなんだね」
「かもな。ウイカがそう思うなら、そうだ」
「うん」
静かに頷き、彼女は扉に目を向ける。幸平が持ってくるバウムクーヘンを待ちきれないという表情だ。
楽しそうにしてる彼女の日常を守る。俺たちの普通をウイカに知ってもらう。
同時に、俺が魔法を使って彼女の普通に入り込んでいく。戦うことでウイカを助けられるなら、何も悩むことはない。
それがこれからの、俺とウイカの日常になっていくのだろう。
「なあウイカ。俺が戦って、ウイカがマナを回収し続ければ、寿命は戻るんだよな?」
「理屈上は。でもイサトは私が魔法を使ってサポートしないと、まだ無理」
「そうだよなー……頑張るしかないな」
「うん。でもその前に、テストも頑張って」
「……そうだよなー」
課題が多すぎる。俺はがっくりと肩を落とした。
どちらも完璧にこなせるように俺自身が努力するしかない。ウイカの寿命を守っていくことが、平和な日常を守っていくことになるのだから。
目の前の小さな魔法少女が死ぬ前に、二つの世界を懸命に歩む日々が始まった。




