第181話 ユリアス城の意味
とにかく驚きの連続だった。
わずか10日ばかり領を留守にしただけなのに、ブカス街区には立派な外壁ができているし、道も整備されていた。
ビレッジユリアスに戻ってくると――。
僕の屋敷は、屋敷ではなくなっていた。
そう――お城になっていたんだ。
「こ、これは……」
「「「「建てかえました」」」」
奥さんズとガディアナが、さも当然というように口を揃える。
立派すぎる。
前の屋敷ですら僕には不相応だと思っていたのに……これはさすがにやりすぎじゃないかな。
「旦那様に相応しいお住まいにしなくてはなりませんから」
いやいや、僕にお城なんて必要ないよ?
ただの一領主なんだけど。
「ふーん。なかなかいいじゃないの」
もう、姉さんまでそんなこと言うの?
ガディアナは不満げに続ける。
「当初の計画では、この程度ではなかったのですが。
コゾウさんとテノーラさんが『頼むから少し控えめなものにしてくれ』と懇願してきまして……。
不本意ですが、とりあえずこの形に」
……いや、それでこの規模なの?
でも、維持はどうするの?
建てたらいいってものでもないよね。
「旦那様。大丈夫ですわ。
ユリアス城には常時200兵ほどが常在しておりますし、私の薬草研究を理解している医師団にも部屋を持たせました。
従者やメイド、お抱え料理人達など260名ほどがおりますもの。まだ人数は足りませんが、そのうち揃えますので」
もはや、何も言うことはないか。言っても無駄だろうしね。
「そ、そうなんだ……」
当然ながらビレッジユリアス全体を囲む城壁もブカス街区の外壁より数段強固になっている。
ユリアス城……名前は変えてもらおう。研究所にこのエリアの場所、ギルド、僕の名前が付いているものが多すぎるもの。
「えーっ!それはダメだよ、ユリアス」
マーベラが口を尖らせる。
姉さんを含めて周囲のものも「ユリアス城」の名称は決定だと言い始めた。
粘って反対したけれど、結局は押し切られてしまうのだった。
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----王宮東方別宮
地下のイブロスティ女王の隠し部屋。
そこに集った者たちが、気難しい顔で話し込んでいた。
「イブ、行ってみたか?」
「ええ。小ぶりだけれど、機能性に優れた城だったわ」
「そうか……どうする?」
「どうするって?」
テノーラが難しい顔をしたまま、女王――イブロスティに問いかける。
「テノーラが分譲したんでしょうに」
ユリアス達がカシェの泉へ旅立ってすぐ、ガディアナがビレッジユリアスに隣接する土地の譲渡を求めてきた。
テノーラとしては森の別荘や別宮裏手の別宅を建ててもらっていた経緯もあるし、コルメイスの街までは5キロほどある。求められた2キロほどの土地は何の利用もされていない荒野然とした所だったのだ。譲ったところで何の問題もないはずだった。
「まあ、そうだが……まさか城を建てるとは思わないではないか。用途が分かった時にコゾウも『いいんじゃないですか』と承認しただろう!?」
イブの宰相であるコゾウも、城風の屋敷にするのだろうくらいに思っていなかった。
だが建築が始まると、あれよあれよという間に立派な城が立ち上がっていった。気付いた時には、もう遅かったのだ。
「……もう国ですね」
居心地悪そうに座っていたケントが、ぽつりとつぶやく。
「じ、実際にどうなのだ?」
「どうとは?」
「仮にだ。仮にユリアスが国を興したとして……やっていけるのか?」
「やっていけますね」
即答だった。
テノーラが隣のアキトントンにも目で促す。
「そうですね。
人口、技術、産物、仕事、治安――どれも単独で成立しています。
民意も問題ないでしょう」
アキトントンは、それほど難しい顔はしていない。
「ですが、父上の話では――余程のことがない限り、国を興すことはないだろうとのことです。
私も、そう思います」
それぞれが、ユリアスの顔を思い浮かべた。
ユリアスは基本的に争いを好まない。
そう考えれば、独立などはしないだろう――という認識は、自然と共有されていた。
「さっきから黙っておるが……爺さんはどう思っとるんだ?
まさか寝とるんじゃあるまいな?」
皆の視線がテッテラへ向く。
「起きとるわい。ただ、考えるだけ無駄じゃと思うておっただけじゃ」
「それはどういう意味かしら?
ユリアス君が独立したら大変だと思わないの?」
「なぜじゃ?」
「だ、だって……独立よ!?」
「ユリアスが独立して困るかの。独立したら対立するのかえ?そうではなかろう」
テッテラはゆっくりと続ける。
「ユリアスもエリナも、こちらから手を出さねば何もせんよ」
「……まあ、それはそうだけど」
「要はじゃ」
テッテラは肩をすくめた。
「ユリアスが独立しようがしまいが、こちらの出方次第ということじゃよ」
場が静まり返る。
「たしかに……そうですが」
コゾウが口を開く。
「仮にですよ。仮にユリアス卿が国を興した場合――テッテラ様は、どうなさいますか?」
テッテラは顎をさすり、少しだけ考える素振りを見せた。
「……そうさなあ。ユリアスに従うのも一興じゃな」
「なっ!?」
「恩恵はあるし、負担は少ない。当然の選択肢じゃろうて」
そして、軽く笑う。
「まあ、儂らが考えても仕方のないことじゃ。この国としてやるべきことは一つじゃな」
「……何かしら」
「ユリアス――いや、その周りの者を刺激せぬことじゃ」
「………」
誰も、否定しなかった。
やがて会議は自然と終わり、静かに散会となる。
残ったのは、イブロスティとテノーラだけだった。
「どう思う?」
「ん? まあ、爺さんの言う通りだな」
テノーラは軽く息を吐く。
「あとは……こちらで“余計な連中”を抑えるしかない」
「そうね。ドリアンナの先代にも協力してもらいましょう」
「ああ。手は広げておくさ」
二人の視線が、静かに交差する。
――動き出すのは、表も裏も、だ。
※ドリアンナの先代=ドリアンナ・アキサイロ元侯爵。ドリアンナ・アキトントン現侯爵の父。家督を嫡男に譲った後で、ユリアス領に客分として迎えられる。現在はユリアスのカラブレット王国東方担当相の執務を代行している。
パドレオン・ユリアス伯爵領顧問。




