第182話 水の会
カシェの泉から帰って、半月ほど。
ユリアス城は――とにかく騒がしかった。
奥さんズが、次々と出産したのだ。
サリナが男児を産み、そのあとを追うように――。
アンフィとマーベラが、ほぼ同時に女児を産んだ。
「お、おぎゃああああ!」
「ちょ、そっちも!? 同時!?」
「落ち着いてください! 次はこっちです!」
「お湯! まだ!? いや、それは冷ます前のやつです!」
「だ、大丈夫です! 任せてください!」
……そんな感じで、城の中は一時ちょっとした戦場だった。
慣れているはずの産婆たちも、さすがに三人同時というのは初めてだったらしい。
廊下を走る足音、飛び交う声、慌ただしく出入りする人影。
普段は整然としている城が、その日ばかりは別物だった。
そして今。
「みんな可愛い!」
目の前にいるのは――僕の子供たちだ。
「ユリード。ほら、お前のお姉さんたちだぞ」
「わあ……おとうさまに似ていますね。
私にも抱かせてください」
「つ、次は私にも!」
ティアもラナも、目を輝かせている。
順番待ちをしているあたり、ちゃんと我慢はしているみたいだけど……今にも割り込みそうだ。
1歳になるアースもニコニコしているが――さすがに触るのは怖いらしい。
手を伸ばしかけては引っ込め、を繰り返している。
「ほら、優しくな?」
そう言うと、小さく頷いた。
サリナとの子はユリード。
アンフィとの子はユリーラン。
マーベラとの子はユリレンス。
名前を呼ぶたびに、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。
気がつけば、子供が一気に増えていた。
城の中は、笑い声で満ちている。
泣き声すらも、どこか柔らかく聞こえるから不思議だ。
子供部屋はいつも賑やかだ。
リグネールの子、マーネール。
ツキシロとスイレンの子、イヴァ。
そこにユリードたちが加わって――もはや集会所のようになっている。
「きゃーっ!」
「だ、だめ! 引っ張っちゃ!」
「アース、それは食べ物じゃない!」
「イヴァ、そこ登るところじゃないよ!?」
……うん、にぎやかだ。
僕も、子供たちのために頑張らないといけないと決意を新たにする。
みんな笑っている。
けれど――。
マーベラだけが、少し複雑そうな表情を浮かべていた。
「ごめんね、ユリアス。
うちの子……人間じゃないかもしれない」
ユリレンスには、小さな尻尾があったんだ。
短くて、細くて――ちょこんとしたものだけど。
「何言ってるの!?」
思わず声が出る。
「マーベラ、僕たちの子供だよ。
そんなの関係ないよ」
「そうですよ、マーベラ」
アンフィがきっぱりと言う。
「うちの子も、姉様の子も、マーベラの子も――
全部、ユリアス様の御子です」
そして、少しだけ強く。
「ティアもラナも、アースもイヴァもマーネールも――
みんな兄弟姉妹です。
そうでしょう? 旦那様」
もちろんだ。
血が違っても、種族が違っても――。
子供たちは、みんな家族だ。
「う、うちの子まで……!?
ううぅ……ありがとうございますぅ……」
リグネールが泣き出す。
……まあ、そうなるよね。
でも、もう、とっくに家族なんだから。
それから誰が言い出したのか――。
子供部屋に集まる子たちは、みんな僕のことを「おとうさま」と呼ぶようになった。
――その頃。
城の一室では、まったく別の空気が流れていた。
――――――――――
重厚な扉が閉ざされ、外の喧騒は届かない。
長い卓を囲むのは、ユリアスに近しい者たち。
奥さんズ、エリナ。ユリアスの重臣たち。
さらに、王国側の貴族――アキトントン、アキサイロ。
そして。
シムオールの大商会の代表。
ルドフラン領の元旅芸人の座長。
身分も立場も異なる者たちが、同じ席についている。
だが、誰一人として違和感はない。
ここにいる理由は、ただ一つ。
ユリアスという存在のもとに集った者たちだからだ。
「では、始めましょうか」
静かに口を開いたのはエリナだった。
その一言で、場の空気が引き締まる。
「本日の“水の会”の議題は一つです。
我らは、ユリアス卿に反する者を排し――
支える意思を持つ者たちを、ここに集めました」
「……一つ、よろしいですか」
アキトントンが静かに口を開く。
「ケント侯爵の姿が見えませんが……」
場の空気が、わずかに揺れる。
エリナは表情を変えずに答える。
「今回は、意図的に外しました」
「……理由をお聞きしても?」
「身内に、反ユリアス派がいるためです」
「……ケント侯爵ご本人ではなく?」
「ええ。本人は問題ありません」
「ですが、情報は人を介して漏れます。
意図せずとも、です」
アキトントンは小さく息を吐いた。
「……承知しました」
それから――。
各人に、それぞれの役割が告げられていく。
短い確認の声が、いくつか交わされた。
だが、大半は――すでに理解していた。
立ち上がる者たち。
その一人一人に――。
小さな黒いプレートが手渡された。
五センチほどの、無地の板。
一見するとただの黒いプレートだ。だが――。
わずかに魔力を流すと。
そこに、ユリアスの紋章が浮かび上がる。
「肌身離さず持つように」
それだけが告げられた。
それが水の会の証なのである。
ここにいる者たちは――すでに理解している。
そして、皆一様に誇らしげだ。
水の会、これからどんな活動をしていくのだろうか。




